REBORN
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「へぇ……君、良いね」
「……どうも」
恭弥さんに出会ったのは、中学生の時だ。ショートカットで背も高め、ちょっと喧嘩にも強かった私は、何故か絡まれることが多かった。
恭弥さんと出会った日も、いつものように絡まれて橋の下まで。『なんてテンプレートな』と思いながらも、話し合いで済ませてくれたらという淡い期待。そんなことはもちろんなかったのだけど。無視して帰ろうとすれば腕を掴んでくるものだから、その後は気付けば殴り合いだ。一人、二人と倒していき、最後の一人が倒れたと思えば、上から声がした。かけられた言葉は冒頭の通り。声のした方へと顔を向ければ、太陽がちょうどその人の後ろにあって、眩しくて仕方がない。つまりは、逆光でその姿はちゃんと見えないわけなのだが。橋からこちらを見ている黒い影が見えるだけだ。なんとも反応がし辛く、かけられた言葉にはただ『どうも』と返した。なのに、何処が楽しかったのだろう。空を流れる真っ白な雲の中に浮かんだような、黒い姿の彼から聞こえる声は弾んでいた。
「君、うちの学校へ来なよ」
「どういうことですか?」
「そういうことだよ。それじゃ」
「……いや、話が見えない」
私の言葉が聞こえなかったらしい影はいなくなり、頭を傾げながら帰路についたのだった。
そんな話をして翌日。休日でゆっくりしていた時だった。何度も鳴らされるインターホンに、今日は両親がいなかったことを思い出す。
「はーい」
「お前が宮坂瑠奈か」
「……そうだけど」
目の前にはリーゼントの集団。この時の私はあまりにも絡まれる機会が多すぎて、『また来たのか』と苛立ちを感じていて、とても初対面に向けた対応では無かったと思う。
「俺は草壁だ。委員長からこれを預かっている」
「委員長……?」
この時に初めて会った草壁さん。もちろん、当時委員長であった恭弥さんのことなど知る由もない。怪訝に思いながら渡された袋を見れば、目の前の人達と同じ学ランが入っていた。
「何で……学ラン……?」
「それは……」
私は女だ。制服も女子の物を着ている。だから、疑問を浮かべていたのだけれど、目の前にいた草壁さんも渡された時は知らなかったと後で聞いた。
「君、その方が動きやすいでしょ」
「委員長!」
聞こえてきた声は、昨日聞いた人のもので驚く。まさか、見えなかった話がいきなりぶっ飛んでくるなんて。
「や、動きやすいとは思いますけど……」
「それじゃ、行くよ」
「何処に……」
有無を言わせないまま、連れてこられたのは並盛中学校。うちの学区では無いはずのところへ、何故連れてこられたのか。よくわからずに付いていけば、ある部屋へ到着した。
「応接室!?」
「何いちいち驚いてるの。ほら、入りなよ」
今までで一番、付いていきたくないと思った。けれど、圧がすごい。それこそ、今までで一番ないくらいにグサリと突き刺す――もしくは、上から押し潰すようなもの。出そうになる溜め息をぐっと堪え、一歩部屋へ足を踏み入れる。
「今日から君は風紀委員だ」
「……何処の?」
「ここのだけど。その服を受け取っておいて、今更“やらない”は聞かないよ」
聞けば、転校手続きも何もかもが済んでいるという。確かに、昨日『うちの学校へ』という感じの話は聞いた。
――この人だったのか。
返答はしなかったけれど、そう言われたことは覚えている。けれど、本当に転校になるようなことをするとは思わないじゃないか。
「あぁ、委員長は僕だから。群れたら咬み殺す」
我が道を行く委員長。これが私と恭弥さんの出会いだ。そして、今ならわかる。これくらいのこと、恭弥さんならやりかねないということが。
並盛中学校へ転校してからは、忙しい日々だった。前の学校と違って、絡まれることは無くなった。それと喧嘩になることも。むしろ、話をしに行くことが増えた。“風紀を乱した”という名目で。
「沢田綱吉!また群れたりして、どういうつもりかな」
「え!?俺!?」
「そうだけど。委員長からも、よく見ておくように言われてる」
「そんなぁ……」
特に、沢田綱吉とは話す機会も多かった。恭弥さん自身もそうだったからだと思う。いつだったか、黒曜の人のところへ行ったときも、半壊した夜の学校に行ったときも。他にも考えれば幾つかあるけれど、そこには沢田綱吉と友達がそこにいたように思う。
『宮坂は後で来れば良いよ』といつも言われることもあって、到着は何もかもが終わったあと。恭弥さんは、少なからず喧嘩が出来るから私を並盛中学校へ呼んだのだと、そう思っていた当時の私は、何も役に立てていないことが辛かった。どうしたら強くなれるのか。もっと恭弥さんの役に立てるのかと悩んだけれど、今ならわかる。ずっと、恭弥さんが私を気にかけてくれていたことに。私が絡まれることにうんざりしていたことも、絡まれた時にしか手を出さないことも、何処で調べたのか恭弥さんは知っていた。だから、必要最低限で済むようにしてくれていたのだ。そうだと気付いたのは、もっと後になってからだったけれど。
ただ、その時は尊敬するようになった恭弥さんの役に立ちたい。それだけだった。
その気持ちが変わったのは、ある夏の日だ。夏祭りのショバ代回収に駆り出された時だった。私は基本的に回収したお金を持っている役割で、話をするのは恭弥さん。回収出来なかったお店を物理的に潰すのは、他の委員の人たち。
「……気になるの?」
「あ、いえ。大丈夫です」
屋台に並んでいる、つやりと光るりんご飴。それが美味しそうに見えて、つい見すぎてしまったのかもしれない。それに気付いた恭弥さんが声をかけてくれた。とはいえ、今は委員会の仕事中だ。“大丈夫”と言ったけれど、恭弥さんはそれが気に入らなかったらしい。
「ワオ、僕に嘘つくんだ」
「すいません、そんなつもりじゃ……」
慌てて否定するけれど、聞かずに恭弥さんは横に逸れる。と思えば、りんご飴を手に戻ってきた。
「ほら、食べなよ」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
渡されたりんご飴は、真っ赤で屋台の電灯を反射して光る。ぺろりと一舐めすれば、甘さが口の中に広がる。思わず口角が上がった。
「ふーん……美味しいの?」
「はい」
「へぇ」
そこからは、一瞬だった。大きな手にりんご飴を持った手首を掴まれたかと思えば、恭弥さんはりんご飴を齧る。視線は、何故かこちらを向いたまま。
「……甘いね」
「りんご飴、ですから……」
そう返せば、絡まっていた視線はふいと逸らされて、恭弥さんは前を歩いていく。その場に立ち尽くした私。手首に残る体温が、どんどんと上に上がっていくようだ。顔が、熱を持っていく。手元に残る、齧られたりんご飴は赤さを主張している。きっと、私も――。
「夜で……お祭りの時で、良かったかも……」
屋台で光る橙の灯りが私を照らす。すぐに恭弥さんを追うことは、出来なかった。そして、そんなことは後にも先にもこれきりだ。
あれから約十年。私は今も恭弥さんの近くにいる。あの頃より、髪は伸びた。ちょっとした、気持ちの違いからかもしれないけれど。
そして今でも私は、相変わらず恭弥さんの部下だ。恭弥さんの隣に立っているつもりなのに、あの人は気付けばふわりふわりと流れて遥か上へと上っている。手を懸命に伸ばすのに、その手は届くどころか空を切ってしまうのだ。その度にどれだけの虚しさを抱え、胸を焦がしたか。
「あなたが私を見ることなんて無いと、わかってるんですけどね」
部下としてしか見ていない。それはわかりきったことだ。けれど、風に乗って何処へでも行けるあなたが憎い。自由にふわりと行ってしまったかと思えば、風向きがこちらへ向いてこれ以上ないほどに近くにいる。そうして私を翻弄するのに、くすりと微笑みを残してまた去っていくのだから。
「ずるい人、だよなぁ……」
ぼんやりと見上げた夏空。真っ青な中に白い入道雲がよく映える。まるで、私の心を占領していく様を見ているようだ。
あの日、彼に囚われた夏祭り。また行けたなら、その時は――なんて、夢物語だろうか。
「瑠奈、恭さんがお呼びだ。そろそろ行くぞ」
「はーい」
そんなことを思いながら、今日も私は恭弥さんの近くにいるのだ。