前に一歩、進んだ先に
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あれから少しして、私達の状況は変わった。ボンゴレのボスや守護者、そして私も、今は日本にいる。それは、日本で建造中であるボンゴレの重要な拠点を、出来るだけ早く完成させる為だ。
そうせざるを得なくなってしまったのも、二ヶ月程前からだろうか。“ミルフィオーレ”というファミリーから、ボンゴレが攻撃を受けるようになった。何故攻撃を受けるようになったのかは、医療班の私には知らされていない。だけど、今回ボスや守護者と一緒に日本まで来たのには、ちゃんと理由がある。怪我をした時の治療はもちろんだけれど、今回来たのはその造っている拠点についてだ。
ツナは、仲間が傷付くのをとても嫌う。仮に、傷付いたとしてもなるべく早く治したいという思いがある。だから、新しい拠点には医療室を多く作るのだと言っていた。だから、早く拠点を完成させる為にも、医療に携わる私が一緒に来たということなのだけれど。
「それから、ここに置こうと思ってる薬品なんだけど……」
「薬品ね……それなら、粗方目星は付けてるよ」
「そうか。ありがとう、助かるよ」
「全然。ツナも忙しいでしょ?これくらいは私がしないと」
「いや。目星を付けて、直接交渉にまで行ってくれる瑠奈に比べれば、俺なんてまだまだだよ」
驚き、目を瞬かせる。ツナは知っていたのか。確かに、入用な物は予め交渉には出向いてる。薬品に関しては、そこまで調達に時間はかからない。だけど、これが機械になれば、ここに運び込むまでに相当時間もかかる。だからこその交渉だし、これも拠点を早く完成させる為だと思えば、全く苦でもない。ただ、交渉に出向いていると、ツナに知らせるつもりはなかったのだが――まさか、知られていたとは。
「一人でも多く、迅速に治療出来る。そんな拠点を早く作りたいからね」
「……本当に、瑠奈がいてくれて助かるよ。ありがとう」
二人で頷き合い、『さ、早く造らなきゃね』だなんて言いながら、笑うツナと共に作業に戻った。
あれから、三ヶ月。今、拠点は約四割が出来たところ。ついこの間、集中治療室と第二医療室が出来たのだ。これで救える命も格段に増えたし、治療出来る幅も広がった。本来なら、ツナと喜びたいところだけれど、そうもいかない。というのも、最近になってミルフィオーレが何故ボンゴレを攻撃するのか。その理由が、医療班にまで伝わってきたのだ。
ミルフィオーレの狙いは、ボンゴレリング。今は、リングの制度と匣が物を言う時代だ。そうなれば、『制度が最高峰であるボンゴレリングを手に入れる為』というのも納得がいく。
「俺が、もっと早く対処していれば……」
「そんなの今更でしょ。言ったって仕方ないよ」
「何とか現状を打開しないとな!」
「どうしますか、十代目?」
ツナは悩んでいる。これからどうするかを。そして、後悔もしている。もっと早くに対処していれば、本部はここまで攻撃を受けなかったかもしれない。そう、思っているのだろう。
「……壊そう」
「え?何を、ッスか?」
「ボンゴレリングを壊すんだ。こんな争いの元になるなら……ない方が断然良いに決まってる」
これが、ツナの出した結論。
――なんともツナらしい……。
思わず笑いが溢れた。けれども、その結論に納得していない人がいるのも事実で。
「どうしてっスか!これは、俺ら守護者の証でしょう!?」
「そうだ!沢田、考え直せ!!」
獄寺とお兄さん。この二人は、反対するだろうと何処かで思っていた。そんな中でも、落ち着いて二人を見るツナは紛れもないボスの姿で。
「……いえ、これは決定事項です。隼人、お兄さん。俺達はこんなリングが無くても、ボスと守護者で、ファミリーである事に変わりはない。俺達は、共に戦った仲間だ。リングより確かな“絆”で繋がっている。
……それがあるだけじゃ、駄目なのかな?」
獄寺の言うことも理解出来るけれど、ツナが言うことも尤もだ。確かに、代々引き継いできたリングは、この先続いていくファミリーにとって、大切なことに変わりない。だけど、きっとリング以上に必要なのは、ツナの言ったような絆や信頼関係なんじゃないだろうか。そして、それが無くては、リングがあったって苦難になど立ち向かえないだろう。
だけどボンゴレには、こんなに素晴らしい人達がいる。リングが無くたって――。
「……あぁ。沢田、その通りだな」
「……すんません十代目。俺達には、絆があるんスよね。……それに!リングが無くても、俺の忠誠心は変わりません」
「だな!んじゃ、二人も納得したし、砕いちまうか」
良い笑顔で言った山本に、獄寺が突っかかっていたけれど。無事に、ボンゴレリングは全て壊すことが出来た。
「ボス……これで、良かったの?」
「……うん。これで、争いの元にはならないはずだから」
「ツナ。大丈夫……なの?」
「ハハ……ごめん瑠奈、ちょっと俺に付いててくれないかな」
「……もちろんだよ」
不安そうに言うものだから、私はそう返すことしか出来なくて。もう、ここに争いの種であるリングは無いけれど、不安は拭いきれないのだろう。そう思う私も、内心不安なのか少し体が震えていて。お互いの不安を掻き消すように、ずっと手を握っていた。
ボンゴレリングを壊した二週間後、ボンゴレ本部が陥落したと凶報が届いた。そして、その翌日。ミルフィオーレから連絡が入る。
『明日の午後、ボンゴレボスであるツナと話がしたい』
ツナが、ミルフィオーレからの会談に呼ばれた。
「……ツナ、行っちゃダメだって」
私がこう言おうと、ツナ自身は行く気満々である。陥落したボンゴレ本部の事や、今各地で次々と消えている、ボンゴレ関係者の事について話をするのだと静かな決意を持って。
だけど、どうしたって私は行くことに賛成は出来ない。もちろん、ツナが話に行く内容は、どれも今のボンゴレには必要な事ばかりだ。それでも賛成出来ないのは、『会談に一人で行く』と言うのだから。
相手は、あのミルフィオーレ。力にリング、全てが揃っていると言ってもいいファミリー。守護者を連れて行ったとしても危険な場所だ。向こうが『話し合いだ』と言っても、ツナが危険になる確率は恐ろしく高い。
――もしかしたら、死んでしまうかもしれない……。
そんな不安ばかりが過ぎって、私はツナを引き留めていた。
「いや、俺一人で行く」
「どうして?行かなくたって、解決する方法ならきっと……!」
「ありがとう、瑠奈。……でも、これは俺がしなければならないことだから」
「だけど!!」
“一人なんて無茶だよ?”
“そんな危険なところに行ってほしくない!”
“ここにいて!!”
そんな思いがぐるぐる回る。だけど、きっとツナは――。
「……ごめんね。だけど、俺はボスだから。ボンゴレのみんなも、もちろん瑠奈も。守らなきゃいけないし、俺にとっては大切な、守るべき存在なんだよ。だから……」
「うん……そう、言うと思ったよ。大丈夫。……ちゃんと、わかってた」
『だから、ごめん。ワガママ言って、ごめん』と、そう呟いた声は、聞こえていたのだろうか。本当は、ちゃんとわかっていた。『ツナはボスで、自分は医療班なんだ』という、立場の違いも。そして、これは自分のワガママだとも、『今、ツナを止めても行ってしまう』ということも。だって、私達は双子なのだから。言わなくてもわかっていた、ツナの事だから。
「それじゃあ、そろそろ時間だから。行かないと……」
「ツナ!!……絶対、絶っ対!ここに、帰ってきて……」
「……うん。それじゃ、行ってきます」
それだけを言って、部屋を出たツナ。こういうとき、戦闘や話し合いには無力な自分に、本当悔しくなる。まるで、中学生の頃の私のよう。まだあの頃と違うのは、ツナの事情を知った上で、同じマフィアにいるということ。
――今は、何も知らずに待つわけじゃないから。
その分では、今の方が気持ち的にまだ楽だ。だけど、今はただ待つだけ。そうなると、どうしても様々な感情が頭を占めてしまう。“怖い” “寂しい” “悲しい” “怒り”。それにもし、ツナがいなくなってしまったら――。
「神様……お願いです、ツナを無事に……!!」
私はただ、ツナの無事を強く祈るしかなかった。
そして次の日。私は自室で、信じられない話を聞いている。
「嘘……だよね?」
「…………」
「嘘でしょ!?ねぇ、獄寺!!」
「……悪い」
「悪いなんて聞きたくない!絶対、嘘!!だって……ツナは……っ!!」
――帰ってくるって言ったんだから。
私は、獄寺を置いて部屋を飛び出す。後ろから獄寺の声が聞こえるけど知らない。私がただ目指すのは、ツナの部屋だ。
――だって、絶対嘘。ツナが……ツナが……!!
大きな音を立てて転がるように入る。
「はぁ……はぁ……っく……」
「……君か」
「ひ、ばりさん……ツ、ツナは……?」
「瑠奈。ツナなら、こっちなのな……」
息を切らせながら入ったツナの部屋。そこには、ランボ、雲雀さん、山本がいた。私は、答えてくれた山本のところへ行く。その時、見たのは――。
「ツ、ナ……」
棺桶に入ったツナの姿。はっきりとしない感覚のまま、ふらりふらりと側に立つ。
――何で、そんなとこに入ってるの……?
改めて中を認識すれば、足の力が抜けてしまったかのように崩れ落ちる。棺桶に手を伸ばす。無機質なそれは冷たくて、中に入れられているツナが可哀想だと思うほど。
「ねぇ、ツナ。そこ冷たいでしょ?早く起きて。まだ、いつもみたいに『ただいま』って聞いてないよ?
それに、ツナはボスでしょ?大切な守護者にこんな顔させてちゃダメじゃん。
あ、もしかしてどこか怪我した?だったら、私が治療するからさ。
だから、そんな意地悪してないで起きてよ、ツナ……ねぇ……ツナっ!」
「瑠奈。ツナは、もう……」
「……嫌だ!そんな……私を置いていかないでよ!!ツナぁ!!」
呼んでも反応しない。ピクリとも動かない。
――あぁ、ツナは……。
『死んでしまったんだ』と、そう頭が理解したら自然と涙が流れてきて。次の瞬間には、ツナにすがりついて泣き叫んでいた。
それからどれくらい経ったのか。未だに涙が頬を伝う中、何処かで雲雀さんの声が聞こえた。かと思えば、手を引かれて部屋から連れ出されていた。
「雲雀さん……私は……」
私はまだツナといたい。その言葉が続かないまま、手を引かれるままに廊下を歩く。
「ほら、ここ。座りなよ」
「……失礼します」
連れてこられたのは雲雀さんのアジト。今は草壁さんもいないらしい。促された畳に座ると、雲雀さんが近寄ってきて――気付けば、抱きしめられていた。
「雲雀、さん?」
「沢田綱吉は……
死んでいないよ」
小さいけれど、確かに耳に届いた。そして、聞こえた瞬間、周りの音が消えた。信じられないまま、雲雀さんを見つめる。
「本当、に……?」
「こんな事で嘘ついてどうするの?」
その後、雲雀さんは抱きしめながら小声で教えてくれた。
一つ目
今、ツナは仮死状態にある事
二つ目
今の現実を変えるため、ミルフィオーレの一人と、ツナ、雲雀さんで企てた極秘事項な事
三つ目
十年前からツナ達、ボンゴレファミリーが来るという事
これを聞いた時には、力が抜けた。ツナが生きていた事がただただ嬉しくて――。教えてくれなかったのは少し寂しかったけど、これが終われば、また笑い合う未来があるんだって思えた。
けれど、そんな話の中で三つ目の話だけは信じがたかった。とはいえ、昔、我が家でよく見た光景がある。リボーンに泣かされたランボが、大人ランボになるというものだ。大人ランボになる時、ランボが使っていたのは十年バズーカー。それを使って、十年前の彼らが来ると言われれば、その存在を知っている以上、納得せざるをえない。
「私に……出来ることは、あるんですか?」
「十年前の君自身が来るのは、十年前の沢田綱吉が来た三日後の予定だ。それまでは、治療を主に担当してもらうよ」
「そっ……か。わかりました」
十年前なら、まだ匣や炎についてはあまり話はなかったはずだ。となると、訓練は必須だろう。私にも、出来ることがある。
――だけど、その先は?
今の私が入れ替わったとしたら、十年前の私は大丈夫なのだろうか。今は、私自身もリングや匣を持ってる分、それを使用したりはするけれど、それ以上に医療班は知識や技術が必要になる。だけど、もし十年前の私が、治療関係を独自に学びだした頃だとしたら――。
「雲雀さん、お願いがあるんです」
「……なに?」
「私が知る、医療に関する事を、ノートに書いて残したいんです」
「ノート、ね」
技術に関して直接教えることは無理にしろ、やり方や知識は書いて残せるのではないか。そうすれば、独自に勉強していた頃だったとしても、多少は治療が出来るはず。そう思った末の方法だった。
「ふーん……まぁ、いいんじゃない?」
「ありがとうございます。……それと、リングの炎の灯し方と匣の開匣の仕方を、教えてほしいんです」
「……君に?」
「十年前の私に、です」
これが――今の私が考えつく、過去の私に出来る事。リングに炎を灯せられるようになれば、匣は使える。そうすれば、晴の匣は使えるはずだ。何も知らない十年前の私は、どういう事かよくわからないかもしれないけれど。でも雲雀さんの事だから、属性から特性からきっと説明してくれるだろう。そう思っての、お願いだ。
「……わかったよ。ただ、容赦はしないから」
「そこは……!ちょっと甘めでお願いします!!」
――このままだと、十年前の私がボコボコにされかねない……!それは困る!
表情にも現れていたのだろうか。わたわたしていると、間近からクスクスと笑い声が聞こえる。
「そんな笑わなくても……」
「瑠奈。面白いね」
「いや、そんな面白がられても……そういえば、あんな極秘情報をどうして教えてくれたんですか?」
実は気になっていたことだ。私は医療班でしかなくて、他の守護者が知らない中、自分に教えてくれるなんて――。
「沢田綱吉から頼まれたんだよ」
「ツナから?」
「沢田綱吉が死んだと知って、あまりに取り乱すようなら教えてくれとね」
「……申し訳ないです」
確かに、取り乱していた。『ツナが死んだ』なんて信じられなくて、信じたくなくて。
――……獄寺や山本には、悪い事したな。
「それから、言わずにいて中学の時みたいに怒らせたくないし、ウチの大切な医療員だから。過去から来る瑠奈に対しての準備もあるだろうってね」
「やっぱり、いつでもわかってたんじゃない。ツナのバカ……」
これからを変えるため、任務に出るときでも。向こうに協力者がいたって、危険な場所には変わりない。そんな場所へ行くとしても、ツナはそんな時でも私の事を考えてくれていたのだ。そう思うと、涙がまた溢れてきて。ふと、私から離れた雲雀さんがこっちを見て微笑んだ。と思ったら――。
「ぶっ!」
「ほら、それで目元冷やしながら部屋まで帰りなよ。やること、あるんでしょ」
雲雀さんに投げつけられたのは、冷たく濡れたハンカチ。濡れてる分、当たった場所が痛かった。でもここは――。
「ありがとうございます、雲雀さん」
「どういたしまして。それより、早くしなよ。今日、本部が壊滅したみたいだから」
「壊、滅……ですか」
あまり表情を変えずに言ってのけた雲雀さんを見ながら考える。
――今日、壊滅に……という事は、昨日ツナを撃ってから、か……。
もとより、こうするつもりだったのだろうと思うけれど、何とも行動が早い。
「僕は、少しここを出るからね。……あぁ、そうだ。予定では、二日後だよ。沢田綱吉が来るのは」
「そんな急に!」
「じゃあ、またね」
颯爽と出て行った雲雀さんを見送るしかない。いきなり聞かされた日程に焦りは出るけれど、仕方ない。私は私の出来ることをしよう。時間もないのだ。早く部屋で準備をしないと。
十年前のツナが来るまで、あと二日。頑張ってやるんだ。ツナの為にも、守護者やボンゴレの為にも。そして――過去の私の為にも。
あれから二日。雲雀さんから聞いた話では、今日、十年前からツナが来ることになっている。私が取り組んでいることも急ピッチで進めて、何とか半分まで出来た。おかげで、ここ二日は徹夜だけど。
この作業の為にずっと部屋に籠もっていたけれど、ツナの事がショックで部屋に籠もっているんだと思って、そっとしてくれる人達ばかりで――本当に有り難い。今書いているこのノートも、用意している匣にリングも、誰にも知られることはないから少し安心している。守護者にも極秘の事だから、知られるわけにはいかない。
――何としてでも、早く仕上げないと……。
過去の私が来るまでも時間がない。ツナ達が来れば、きっとあまり時間も取れないだろう。そんな中、聞こえてきた足音。念のため、引き出しの中にノートを入れる。コンコンと軽い音を立てた扉を開ければ、立っているのは山本だ。
「よっ!今から、門外顧問の使者を迎えに行ってくるぜ!!あ、あと今、イーピンとランボが、笹川とハルを迎えに行ってるから」
確か、今日からCEDEFの人がくるはずだ。それに、今はボンゴレ狩りが為されてる。京子達だって対象だ。みんなが戦闘に巻き込まれる前に――。
「うん、わかった……京子達、早く連れてきてあげて」
「おう!伝えとく。アジトに獄寺がいれば良かったんだけど、まだ帰ってきてなくてな」
――獄寺、ツナのとこに行ったっきり、まだ帰ってないのか……。
苦笑した山本の表情は、私に対しては“悪い”だった。けれど、彼も獄寺の気持ちをわかっているから、何も言わない。
きっと、一番ツナが死んだとなって後悔しているのは獄寺だ。じゃなきゃ、こんなにも長い時間ツナの棺桶のところにいるなんてしないだろう。それに、一度獄寺がいる時に出会したけれど、ずっと思いつめた顔で祈っていた。
――もしかしたら、私も計画の話を聞いていなかったら、獄寺と同じような事をしていたかもしれないな。
きっと、『何故、ミルフィオーレに行くのをもっときちんと止めなかったのか』と悔やんでいただろう。そう考えたら、本当に二日前は獄寺に悪いことをした。獄寺だって、ツナのことを受け入れるのに必死だったはずなのに。私は、獄寺に対して泣き喚くことしか出来なかった。
「それじゃ、行ってくるぜ。すぐ戻ってくるし、一応小僧がいるから大丈夫だと思うけど。何かあったら、信号出してくれよ」
「うん……え?今、何て……」
自然に返事をしたけど、ふと気付いて聞き返す。今はいない人の呼び名が出てきたはずだ。いや、聞き間違いかもしれない。だけど、聞かずにはいられない。
「え?信号出してくれよって」
「違う。その一つ前」
「小僧がいるから」
「それっ!小僧、って……リボーン?何で?リボーンは死んだんじゃ……」
そう、この時代のリボーンはもう死んでいる。
――だとしたら、ツナ達と同じように?
聞きたいけれど、先に口に出せないもどかしさを抱えながら山本の言葉を待つ。
「昨日、十年前からここにな。ちゃんと伝わってなかったか……言ってなくて悪いな」
「ううん、大丈夫。ありがとう。時間、とらせてごめん……」
「気にすんなって!んじゃ、行ってくるのな」
「……行ってらっしゃい」
山本を見送って、言われた言葉を反芻する。
――もうリボーンが来ている。なら、ツナ達ももうすぐ来るはずだ。
そう思えば、もう居ても立ってもいられない。一度、作業を中断して応接室に行ってみることにした。多分、あそこはモニターもあるし、一番最初に通される部屋だ。まだ部屋が決まってなければ、そこにいるはずだから――。
「……早く行こうと思ったんだけどな」
気が付けば、向かう途中でふと目に入った第二治療室に入って、薬のラベルの確認や、包帯やガーゼの置き場所を紙に書いていた。無意識に、過去の私に対する用意を進めている自分が怖い。とても、良いことではあるけれど。
時計を見れば、あれからかなり時間も経ってしまった。そろそろ山本も帰ってるだろうか。CEDEFの方が来ているならご挨拶もしておかないといけない。それから、リボーンも。
書いた紙を治療室のよく見えるところに貼り出し、今度こそ応接室に向かう。中が騒がしい気もしながら、ノックをして扉を開ける。
「山本、帰って……ツナ?」
「え!?も、もしかして瑠奈?」
「何であいつがボンゴレに!?」
「ちゃおッス」
覚えている声よりも、幾分か高めの声。
――間違いない。十年前のツナだ。獄寺とリボーンもいる!
嬉しさに思わず笑顔が浮かぶ。
「私、今ボンゴレで医療班やってるから……」
「それでいるんだな」
「うん。……闘うことは出来ないから、お世話になりっぱなしだけど……うわっ!」
リボーンと話していたら、後ろから来た突然の衝撃に驚いた。何だったのかと不思議に思って後ろを向けば、私より身長の低いツナが抱きついていた。十年後のツナは、私より断然身長が高かったから不思議な感じだ。
「……ツナ?」
「俺……っ!京子ちゃんや母さんに、何かあったんじゃないかって思って、心配だった……だけど一番……消えてほしくない、無事でいてほしいって、瑠奈を考えたんだ。
無事で、良かった……っ!!」
身体を震わせて話すツナ。その姿と、二日前の私が被って見えた。きっと、今の世界の現状を聞かされただけなら、『大切な人が無事ではないかもしれない』と不安に思っても――そして、最悪を想像していても仕方がない。そんな小さく見えるツナを、私は精一杯抱きしめた。
「……ほら、ツナ。大丈夫、私はちゃんとここにいるよ?」
「うん。瑠奈、良かった……」
「ありがとう。……さ、ツナも獄寺も疲れてるだろうし、そろそろ休んで。この下の階に居住区があるから」
母さんや京子達が心配だと思うけれど、今は休む方が先決だ。二人を促せば、戸惑いながらも頷いてくれる。
「うん。それじゃあ……行ってくる。獄寺君、行こう」
「わかりました。じゃーな」
「おやすみ」
どんどん時は進んでる。過去の自分が来るまで、あと三日しかない。
――何とか、終わらせて引き継ごう。
私の技術、知識、匣、リング。全て、あのツナを、ボンゴレを守る為の術なのだから。
さて、今日が入れ替わる前日。二日前にツナ達が来てから本当に大変だった。
一日目は、京子達の迎えに出たランボ、イーピンと合流する為に、ツナ、獄寺、山本が向かった。本当は、『山本がいるのに帰ってくるのが遅いな』と思った。だけど、まさか山本が十年前と入れ替わって、戦闘になっていたとは――。
やっとツナ達が帰ってきたと思えば、ツナは怪我をしているし、山本だけでなく、迎えに行ったイーピン達、京子達は十年前の姿になっていた。正直、何がどうなったのかと混乱したくらい。
――十年前のボンゴレファミリーが来るのは聞いていたけど、まさか京子達までとは……。
本当に驚いた。けれど、京子達と再会を喜ぶ前に怪我人の治療が先決。獄寺がツナを連れていたから、そのまま第一治療室に運んでもらって、私は治療に当たった。
その間、獄寺はずっとツナの傍を離れなかった。今もそうだと思っていたけれど、獄寺はいつまでも『十代目!』ってツナを慕っている獄寺なんだと思えて、心が温かくなった。
「治療、終わったけど」
「十代目は大丈夫なのか!?」
「ボンゴレの医療班、信頼してよ。それに、怪我はしてるけど、死にかけたわけじゃないんだから。安心して」
「そうだよな……サンキュ」
そんな会話をした次の日だった。京子がアジトからいなくなったのは。
確かに、『元気がないな』と思ってはいた。けれど、『疲れもあるのかもしれない』と、ただ迫る時間に焦って自分の事を優先した結果、京子がいなくなってしまったのだ。疲れだけじゃない。こんな時代にいきなり放り込まれて、不安に思わない人はそうそういない。大人である私が京子のケアをすべきだったのに、怠ってしまったからにすぎない。
――本当、不甲斐ない……。
そんな後悔の中、救難信号を出したヒバードと、京子を追ってアジトを出たツナ達四人の姿を、モニター越しで見ている事しか出来なかった。本当は、すぐにでも飛び出したい。私自身で京子を探しに行きたい。だけど、私がいては足手まといだとわかっている。私は、戦えない。
「……ごめん、京子」
帰ってきたら、いっぱい謝る。だから、たくさん不安とか悩みを話してほしい。私はそれを京子と一緒に受け止めて、今の時代の事、改めて目を向けたいんだ。これは、罪悪感からとか後悔からじゃなくて――友達だから。
――だから、早く帰ってきて……。
さて、そう思ってどれくらいが経ったのか。あまり覚えてはいないけれど、今目の前にいるのは重傷患者の山本。もう一人の重傷患者である獄寺は、先に終わらせたから、今はツナとリボーンが付いてる。それに、雲雀さんもさっき戻ってきたから、後で明日の事について話に行こう。それから、京子とも。
「いっつ……」
「ほら、あまり無理しない。寝てて」
山本の声に目をやれば、起き上がろうとしたのか。当然痛いであろう身体に顔を顰めている。この状態で起き上がるのは無理があるだろうに。嗜めれば、もう一度ベッドの上に横たわった。
「へーい。……それにしても、変な感覚だな」
「何が?」
一体、何の話だろうかと山本に目を向ければ、嬉しそうに笑っている。
「ちょっと前まで、瑠奈は俺達とあんま話しなくてさ。で、こないだのリング争奪戦から、話すようになったんだけど、今は勉強ばっかで全然話せないし。
俺、ずっと仲良くしたかったのな。ツナの妹だからとかじゃなくて、普通にクラスメートとして。
でも、十年前は話せなくても、十年後にこうやっているって事は、俺ちょっとは仲良くなれてんのかなーって!何か不思議だけど、嬉しくてな」
確かに十年前、リング争奪戦が終わってからは一心不乱に勉強していた。
――山本、そんな事を思ってくれてたのか……。
そんな言葉に嬉しくなったのは、私も同じだ。
「あの頃ね、初めてツナ達のやってること知ってスゴく怒った」
「あぁ……怪我してるツナに怒ってたな」
「でしょ?でも、あれは何も出来なかった自分に対して怒ってた部分もあってさ。みんなを支えたい、と思って行き着いたのが医療だったわけ」
「そっか……確かに医者なら勉強する事になるのな」
匣での治療を終え、山本に包帯を巻きながら昔を思い出す。
「そりゃ、私だってみんなと楽しい事して過ごしたかったけど……それよりも将来、みんなと一緒にいるためには、あの頃頑張るしかなかったんだ。
だから、今こうしてここにいられるし、遅くなったけどみんなと楽しい時間も過ごした。私のした選択に後悔してないよ。むしろ、感謝してる」
これは本当に今、私が思うこと。あの頃の思いが、決意があったから、今私はここにいる
「んじゃ、俺も過去に戻ったら瑠奈を応援しないとな」
「……ありがとう。絶対、喜ぶよ」
仲良くしたかったのは私も同じ。だから、ツナ達がいつも羨ましかった。『楽しそうだな』って、遠くから見ることしかなかったのだから。
だから――声をかけられて、『頑張れ』と言われるのはあの頃の私は嬉しいだろう。そう確信している。
そこで、山本が気にしてることを言っていないことに気付く。
「今は、みんなと仲良く過ごしているよ。山本は、よく気にかけてくれるし、私も頼りにしてるんだから」
ラルを迎えに行ったときが良い例だ。わざわざ、部屋まで伝えに来てくれるのだから。
「頼り、か……へへっ。じゃあ、俺も今から頑張るのな!」
「その前に怪我を治してからね。……楽しみにしてる」
「おう!……そういえば、十年後の獄寺って……」
良い笑顔で返事したと思えば、やっぱり気になるのは獄寺か。友達、だからか。
「獄寺はちょっと落ち着いたかな。まだ突っかかることはあるけど、あれで心配性なんだ」
一度、治療室に置く機械の交渉をする為に外を出歩きすぎて怒られたことがある。その後、『次から俺がついて行くから言え』と言っていたのだ。懐かしい。
「そっか。落ち着いたのとか想像出来ねーけど……あ、じゃあ、右腕は!?」
「それは……ノーコメント」
山本には悪いけれど、これは内緒にしておこう。“想像にお任せします”というやつだ。そんな和やかな雰囲気で話をした。
「入るよ?」
「あ!瑠奈……さん!!」
山本の治療の後、私が来たのは京子達の部屋。ハルと帰ってきた京子と話したいと思ったから。十年前の二人は何処か緊張した面持ちで、思わず笑いが込み上げる。
「酷いな、京子。普通に呼び捨てでいいのに」
「う、うん……」
「瑠奈ちゃん、スッゴくビューティフルになってます!」
「全然。変わらないよー。むしろ年をとるとね……」
「あー!あー!それ以上聞きたくないですーっ!!」
何だろうか。この何気ない会話が、とても嬉しい。
――十年前もこうして優しくしてくれたなぁ。
けれど、そんな思いに浸る前に言いたいことがある。
「京子、本当に心配した。何かあったらどうしようって……」
「ううん。私こそ、勝手に出てごめんなさい」
「全然!無事で、良かった……おかえり」
「……ただいま、瑠奈」
そうして二人で抱きしめ合っていたら、『ズルいです』とハルも入ってきて、三人で抱きしめ合っていた。それから、三人で色んな話をした。このアジトの事、家族の事、過去の事。ただ、恋バナに発展した時はどうしようかと思ったけど。
けれど、久々に話せて本当に良かった。そう思うくらいに心は晴れ晴れとしている。
――よし、これで後は雲雀さんだけだな。
雲雀さんのアジトまで少し早足で向かう。入る許可はもらっているから、こうしてすんなり行けるのだけれど。
「雲雀さん、いますか?」
「あぁ、君か。入りなよ」
促されて部屋へ入ると、雲雀さんは相変わらずピシッと正されたスーツを着ている。いつも部屋に戻ると、着流しを着ている印象だったけれど――。
「今日は着ないんですか?」
「……何が?」
「いえ、着流しを……」
「あぁ。今、沢田綱吉を噛み殺してきたとこだからね。着替える暇は無かったんだ」
大方、群れたんだろうなと想像がつく。ビアンキ達も帰ってくると聞いていたから、雲雀さんからすれば騒がしかったのかもしれない。それよりも、着替える暇が無かったとは。
「そんな時にお邪魔して、すみません」
「構わないよ。明日の事だろう?」
「……はい」
流石は雲雀さんである。言わずとも気付いていたらしい。
「で、進み具合はどうなの?」
「徹夜でなんとか、です。後は最終確認をこの後に…」
「あぁ、それでそんなに顔が酷んだ」
「……雲雀さんって地味に酷いですよね」
ちょっとした悪態をついてみる。これでも少しは気にしているのだ。肌荒れだとか隈だとか。心の柔らかいところにグサリと刺された感覚。だけど――。
「入れ替わったら、嫌でも休めますから」
「……まぁね」
「ただ、それが永遠の休みにならないように願うばかりですよ」
少し冗談めかして言ってみたのに、目の前のお方は気に食わなかったらしい。拗ねたかのようにムスっとしてる。
「僕がいるのに、そんな事になると思ってるの?」
「いいえ、安全だと思ってますよ」
「なら、安心して休んでいなよ。入れ替わりは、明日の正午の予定で、その時は僕もいるつもりだから」
「はい、わかりました。それじゃ、もう一頑張りしてきます」
「うん、行ってらっしゃい」
入れ替わりは明日の正午。部屋に戻って最終確認だ。
あれから、戻って確認して良かったと胸を撫で下ろす。一つ機械の事を書き忘れていて、それを知ったときは本当に血の気が引いた。
つい先程書き終わり、時間も今は十一時二十分。
――なんとか間に合ったかな。
ただ、ここ五日間。ろくに寝ていないからか、頭がグラグラしている。けれど、もう少しの辛抱だから――。
先程見た時計をもう一度見れば、いつもなら今の時間はお昼ご飯の準備か、早ければ食べ始めている頃だ。となると、大食堂にいるはず。部屋に鍵をかけて、みんながいるであろう大食堂に向かう。
――あぁ、この部屋がエレベーターの近くで良かった。
もうあまり残っていない体力で歩くのは億劫だ。エレベーターの壁に凭れ掛かりながら、大食堂のフロアまで到着を待つ。
到着すれば、覚束ない足取りで大食堂を目指す。中に入ってみれば、獄寺と山本を除いた面々がそこにいた。雲雀さんも、まだ来ていないみたいだけれど。
「ちょっ、瑠奈!!どうしたの!?その顔色!」
どうやら、今日はお昼が早い日だったらしい。ご飯を食べていたはずのツナが、こちらを見たかと思えば、立ち上がって駆け寄ってきた。昨日言われたところではあるし、顔が酷い自覚はある。
「あぁ、やっぱり酷い?」
「やっぱりって……?」
「ちょっとまとめ作業してて、気が付いたら朝とかあったから、ほとんど徹夜続きなんだ」
「ちゃんと寝ないとダメだって!」
嘘はついていない。あれはまとめ作業だから。結局、ツナには怒られてしまったけれど。
「何騒いでるの」
「雲雀さん!どうしてここに!?」
「あれ?雲雀さん」
雲雀さんが来たのか。ちらりと時計を見れば、時間は正午五分前。そろそろだ。
「僕は、瑠奈に貸した鍵を取りに来たんだけど?」
「あ、これですよね。ありがとうございました」
そう言って渡すのは、私の部屋の鍵。本当、この人は何でもお見通しだと思う。
「どういたしまして。役に立ったかい?」
「えぇ、それはもう」
「……雲雀さんと瑠奈って仲が良いんだね」
「お世話になってるからね」
「……そうなんだ」
話している雲雀さんと私を見ながら、ツナは複雑そうな顔だ。昔、『結婚するなら守護者しか認めない!』と言っていたときと、同じ顔をしている。
――やっぱ何年経っても、一緒なんだね。
懐かしさからか、微笑ましく見えてしまった。十年後のツナと、また話せた時は何て言ってくれるだろう。そんな風に思いを馳せながら。
「もう十二時か」
「あ、そうですね」
時間だ。直に私は入れ替わるだろう。くるりとツナを見れば、首を傾げている姿が目に入る。
「ツナ。修行、大変だろうけど頑張ってね。私、ずっとツナを応援してるんだから」
「……うん、頑張るよ。過去に戻るためにも」
その言葉を聞いた瞬間、白い煙に包まれた。
頑張れ、ツナ。ツナなら、きっと世界を変えられる。
そして、後は頼んだよ。過去の私……。
(あなたがみんなを……ツナを、支えてあげて)