刀剣乱舞
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「もうやだぁ……」
学校から泣いて帰ってきた。誰もいない家。時計の秒針だけが響いている。夜には賑やかになるリビングを通り過ぎ、真っ直ぐに向かうのは自分の部屋だ。部屋に到着すれば、少しでも元気が出るようにと、小さい頃から大事にしている指輪を指に嵌める。赤い宝石のような石がキラリと輝くのを見ているのが好きで、ずっと眺めていたくなるくらいに好きな物。だから、こうして指輪を嵌めれば元気が出る――と思ったが、今日は特に心が沈んでしまっているようだ。元気が出ない。学校でのことを思い出しては、じわじわと目に涙が溜まり、耐えきれずに頬を伝った。
「ねぇ、何で泣いてるの?」
聞こえた声に辺りを見渡す。周りには誰もいない。あるのは、見慣れた部屋の家具だけだ。
「おーい、こっちこっち」
「……どこ?」
「下!下向いて!」
声に導かれて下を向けば、嵌めている指輪の石の中。光る石の向こうで、小さく人影が見えた。表情はわからない。けれど、手を振ってくれているのが辛うじてわかった。
「あなたは誰?」
「ボク?ボクのことは、ごっちんって呼んで」
「ごっちん?」
「そうそう!それで?君は何で泣いてたの?」
聞こえてくる声は、お父さんやお母さんから聞くような“心配”ではない。けれど、気にかけられているのはわかる。だからだろうか。自然と、口に出していた。
「学校でいじわるしてくる子がいるの」
「……そんな悪いやつがいるんだ」
「うん。いつも物を隠されたりする」
「それ、お父さんやお母さんには……?」
表情はわからないけれど、少しずつ聞こえる声が低くなっていく。“心配”のような悲しそうな声じゃない。むしろ、怒っているように感じた。
「言えない。お父さんもお母さんも、あんなに大事にしてくれてるのに」
両親は共働きだ。けれど、帰ってきたら私の頭を撫で、たくさんお話をしてくれる。抱きしめてくれる。そんな二人に、『いじわるをされる』とどうして言えるだろうか。
――二人に悲しそうな顔をさせたくない。
私が言えない理由は、それだった。学校が嫌だと思っても『二人には絶対に秘密にするのだ』と、『泣くことになっても、両親がいない時間だけにするのだ』と私が密かに決めていたことだった。そんな決意のようなものが、顔に出ていたのかもしれない。指輪の向こうから、優しい声で『そっか』と小さく聞こえた。思わず指輪に顔を向ければ、笑んだような声が聞こえてくる。
「じゃあ、これからはボクが話を聞くよ」
「……聞いてくれるの?」
「もちろん!話すと少しすっきりするしね。どんどん話してよ」
「ありがとう、ごっちん」
それが、声だけを知るごっちんとの出会いだった。その日から、まるで世界が変わったかのようにとても楽しい日々が待っていた。
「ただいま!ごっちん」
「おかえり。今日も学校お疲れ様」
家に帰り、声をかければごっちんの声がする。夜まで一人で過ごしていた家は、静かで寂しいものでは無くなった。
「歴史の勉強かぁ。今はどの時代を勉強しているの?」
「戦国時代だよ。関ヶ原の戦いの前まで来てね」
「関ヶ原!そっか……あの時代も色々とあったからね。懐かしいなぁ」
どこか遠いところを思うような温かな声。なのに、何故か悲しそうにも聞こえた。
「……何か、見てきたみたい」
「どうして?」
「懐かしいって」
「さぁ、どうだろうね。内緒だよ」
ごっちんと過ごす日々は、私の心を優しく包みこむような温かなものだった。けれど、時折聞く言葉の端々に不思議な印象を抱いていた。
そんなごっちんと過ごして、幾多の年月が過ぎた。私の背も伸び、泣いて帰ってきていた頃を懐かしく思うくらいに季節は過ぎ去り、もうあと数か月で成人を迎える。
「今日は何処か寄って帰るの?」
「うーん……明日からテストだからなぁ……」
ごっちんは、変わらず側にいてくれる。幼い頃と変わったのは、帰ってから指輪を嵌めて話しかけるのではなく、嵌らなくなってしまった指輪にチェーンをかけて、ネックレスとして持ち歩いていること。今の私が持つには、『デザインが子供っぽい』と両親に言われてしまったこともあった。二人はアクセサリーを買ってくれようとしてくれたこともあったけれど、『これはずっと大事なものだから』と断った。今更、ごっちんのいない日々に戻る想像が出来なかったことが大きいかもしれない。
「今日は大人しく帰る」
「この間のてすと、散々だったって言ってたもんね。それが良いんじゃないかな」
「……一言多いよ、ごっちん」
そうして、のんびりとごっちんと話しながら歩いていく。こうして外で話しても、ごっちんの声が他の人に聞こえないことは知っている。一度、部屋でごっちんと話している時に、お母さんが入ってきたことがあった。
「あら、電話中にごめんね」
その時に気付いたのだ。ごっちんの声が、私以外の人には聞こえないことに。外で話していれば、不思議そうな顔で見られることもあるけれど、気になることはない。私としては周りにどう思われるかよりも、ごっちんと話をする方が大切だった。だから、今もごっちんと話しているのだけれど――。
「あ、ここ近道なんだよね」
「……待って!今日は止めた方がいい」
「大丈夫だよ!早く帰って、ご飯炊かなきゃ」
共働きの両親の為にも、早く帰って手伝わなければとごっちんの制止を振り切って横道に逸れた。事件が滅多にないところだから、思いもしなかった。
「グオオォ……!」
まさか、そこでお化けのようなやつに会うだなんて――。
「え……?あれ……」
「走って!!」
ごっちんの声をきっかけに、弾かれるように駆け出した。それに気付いたお化けも追ってくる。後ろのやつをちらりと見れば、刀を持っている。
――お化けに恨まれるようなことした覚えないけど!
ひとまず、頑張って走ってはいる。走ってはいる、のだけれど、運動が並以下の私では逃げ切ることは難しかったらしい。お化けが刀を振り上げる。
――もう、駄目……!
普段運動をあまりしなかったからだろうか。足がもつれて倒れ込んでしまう。刀が無慈悲にも振り下ろされる。死を意識した、その時だ。
「え!?」
眩い光が指輪から溢れた。強い光に思わず目を閉じる。瞼の向こうに感じた光が収まる頃、高い金属がぶつかる音が鳴り響いた。おそるおそる目を開ければ、振り下ろされた刀を受け止める赤い髪の男の人。
「大丈夫?怪我はない?」
「……ごっちん?」
刀を受けながらこちらを向いた人は、こんな状況だというのに、にこやかに笑っている。声を聞いて、ようやく目の前の人がごっちんだとわかった。
「そこにいて。ボクが敵を片付けるまで」
「でもごっちん、危ないよ……!」
「大丈夫だから。ボクが勝つよ」
その言葉と共に敵へと駆け出すごっちん。テレビの時代劇で見るような、刀での戦いが目の前で行われている。正直、怖いと思う。けれど、胸が高鳴るのは何故だろう。
――ごっちん、頑張れ!
金属がぶつかる音を何度も、何度も聞きながら、心の中でごっちんを応援する。それから少しして、ずぶりと嫌な音が鳴った。ごっちんが、敵に刀を突き刺したらしかった。悲鳴のような声を上げながら、敵のお化けは消えていく。
「……終わったの?」
「うん、終わったよ」
「すごい……すごかったよ!ごっちん!」
ごっちんに駆け寄ろうと思ったのに、腰を抜かしてしまったらしい。立つことが出来なかった。それを見て、ごっちんはこちらへ近寄ってきてくれる。そこで気付いた。ごっちんの身体が、透けていることに――。
「何で、透けてるの?あ、指輪に戻るってこと?」
「……違うんだ。ボクは、ここでお別れしなきゃいけない」
「どう、して?」
そして、ごっちんは語ってくれた。私の知らない、私のお話。未来でごっちんと関わるお仕事をしていた私は、敵に狙われて敢え無く亡くなった。それからも執拗に狙われてしまった私は、ごっちんと関わるお仕事に就く直前に命を落とすのだという。それならと、更に過去を遡ってお守りとして近くで見守る。それを担当していたのが、ごっちんだったのだという。けれど――。
「そんな……ちょっと、急なことで頭が……」
「まぁ、信じる方が難しいか。でも、事実なんだ」
いつもの、にこやかな状態ではない。表情が嘘ではないと語っていた。
「そして今日、ボクは君を守ることが出来た。指輪も、ボクの力を留めておくにはそろそろ限界だったし、間に合って良かったよ」
指輪を見れば、光った時に割れたのだろうか。粉々になってしまって、修復が出来ない状態だった。
「大事なものを壊しちゃってごめんね」
「これが大切なのは、ごっちんと話せたからなんだよ」
「……そっか、ありがとう。ボクは、また君と一緒に本丸で過ごしたかったんだ。君がくれた思い出を、ボクは未来のボクに繋げて行きたかった」
「そこで、私とごっちんは仲が良かったの?」
「うん、仲良しだった。おつう……他の子も一緒にね。もう、僕の役目はこれで終わりかな」
ごっちんの姿は、後ろがはっきりと見えてしまうのではないかというくらい透けてしまっている。
「やだ……ごっちん、やだよ……!」
「最後に泣かせてしまってごめんね。でも、もし許されるなら――」
音にならなかった一言を残し、ごっちんは光となって消えていった。残った私は、立ち上がることも出来ないまま、粉々の指輪だったものを手に泣くことしか出来なかった。
ボクのこと、忘れないで