刀剣乱舞
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
カチリと大きく響いた音が、真っ暗な部屋に響く。午前零時を告げたその音は、七夕である七月七日になったことを知らせた。
暗い部屋にふわりと音もなく舞い降りたのは、黒地に赤を纏った者。部屋でゆっくりと眠る少女を見て、愛おしそうに赤の瞳が細められる。
「ね、主。今年も七夕が来たよ」
小声で話す彼の言葉は、眠っている少女には届かない。けれど、それでも構わないとでも言うように、彼は少女の傍らに腰掛けては話し続ける。
「主が転生して、もうどれくらいになったかな……毎年見てるとわからなくなるね」
寝返りでさらりと顔にかかった髪を払うと、彼はその手をぎゅっと握り締めた。触れた彼女の感覚を、忘れないとでも言うかのように。
「……自分が選んだことだってわかってるけど、やっぱ話せないのは辛いよ」
くしゃりと笑った顔は、泣き顔にも見えるようなものだった。
事の始まりは、少女の前世にまで遡る。審神者として過ごしていた少女の傍らには、いつも彼がいた。共に過ごし、笑い、語らう仲間であり、愛を囁く間柄だった。
そんな日常が壊れたのは、ある七夕の日だった。『七夕のお祭りをしよう』と企画した少女は、こっそりと万屋へ出掛けていった。短冊を買い、折り紙を買う。そして最後に、手で抱え持つほどの大きさの笹を買った。
――短刀の子たちと一緒に飾りを作ってみようかな。
思いを馳せながら、本丸までの帰路を辿る。楽しみからだろうか、ふわふわと浮くような心地で辿る足取りは軽かった。
「キャー!!」
「逃げろー!!」
そんな足取りを止めたのは、劈くような悲鳴と肉を斬る音だった。このようなことをする者で思い当たったのは、対峙している時間遡行軍。
――助けに行かなきゃ……!!
駆け出そうとしたところで、ドンと受けた衝撃で歩みが止まる。胸元を見れば、ぬらりと赤く染まった刀。そして、少女が後ろを振り返れば――。
「きよ……みつ……?」
刀剣男士である加州清光の姿。視線が合えば、彼は音が鳴りそうなほどにんまりと不気味に笑う。刀が引き抜かれれば、支えを失ったかのように身体は崩れ落ちた。必死に彼へと伸ばした手は掴まれることはなく、『もう興味はない』とばかりに一瞥して駆けていく。
「ど……して…………あなた、が……」
愛する人と同じ姿をしたものが、自らに敵意を向けた。暗くなる視界の中で、彼女は絶望を抱えずにはいられなかった。『清光が裏切った』と思い込んでしまったのだ。相手が少女の愛する“加州清光”ではないとはいえ、衝撃と恐怖の前では、『彼ではないのだ』と正しい判断が出来るはずもなかった。
「主!落ち着くんだ!!」
「主様!」
「止めて!離してよ!早くここから出して!!現世に帰らせてぇ……っ!!」
幸いにも、少女は助かった。けれど、トラウマとして植え付けられた先の出来事は、審神者として本丸で過ごすことを困難にさせた。
――また、誰かに裏切られてしまう。
少女が疑心暗鬼に陥ってしまったからだ。けれど、共に過ごした記憶があったからだろう。男士たちを傷付ける道ではなく、自らが去ろうとした。
彼は、自分が近付けば少女が一層怖がることをわかっていた。抱き締めたい気持ちを抑え込み、痛いくらいに拳を握り締める。少女から見えないところで、叫び続ける声を聞くことしか出来なかった。
「何も出来ない俺が、主の恋人だなんてさ……」
「仕方ないだろ。僕たちは主を見守っていこう」
「……ん、そーね」
そう決意して幾らか経った頃、“審神者業継続困難”と政府から判断された少女は、審神者の資格を返却。その後、政府管轄の病院へと移ったが、間もなく儚くなった。
そして、主のいなくなった少女の本丸の刀剣男士たちは、引き継がれることよりも政府へ所属することを選んだ。少女が巻き込まれた事の経緯を調べたいと願ってのことだった。
「君が初期刀の加州だね」
「そうだけど……」
政府へ行った初日のこと。政府の職員が、彼に声をかけた。内容は、主であった少女に関すること。
「まだまだ先のことかもしれないし、訪れないかもしれない。それでも聞きたいかな?」
「……いいから、話してくれる?」
そこで聞いたのは、少女に会えるかもしれないということ。正しくは、“生まれ変わった少女に”だ。
「現に昔から働いている男士が、主の生まれ変わりに会いに行った報告は多い」
「じゃあ、俺の主も?」
「可能性はある。ただ……」
「ただ?」
言いにくそうに淀む職員に首を傾げる。ちらりと彼を見たと思えば、視線は合うことなく言葉のみが響く。
「生まれ変わっても、君は直接会うことは出来ない」
一瞬止まった思考。少ししてようやく脳が動き出したのか、一気に疑問が思い浮かぶ。
『何故俺は直接会えないのか?』
『他の男士は直接主に会ったのに?』
『可能性があるのにどうして?』
言いたい言葉をぐっと飲み込んで、ただ『どうして』と呟いた。思ったよりもか細くなったそれは、今の彼の潰えそうな気持ちそのものだった。
「今回のトラウマを呼び起こさないためだ」
「あ……俺が……」
――別の俺が、主を刺したから。だから、俺は会えないんだ……。
悔しさに胸が痛いくらいに締め付けられる。彼は少女を愛していた。今も、愛している。けれど、それはこの先も認められないものなのだと言われたようで、彼は俯くしかなかった。
「だが、夜であれば……会うことは出来る」
「え……?どういうこと?」
「寝ている時であれば、君は主の顔を見に行くことは出来るよ」
『話は出来ないけれど』と職員は言った。他の男士たちは話すことも出来たらしい。けれど、“また主に会える”という事実だけが彼の中には残った。
「それでも良い。主に会えるなら、それで……!!」
どんな形でも良いから少女に会いたかった。喜びで力が抜けたのか、思わずしゃがみ込んだ彼の頭を、ぽんぽんと撫でて職員は去っていった。
それからはただがむしゃらに彼は働いた。いつ少女が生まれ変わっても良いように。会いに行く際、余計なしがらみが生まれないように。“少女に会える”という、ただそれだけの希望を持って――。
そうして何年、何十年と待った先に少女が生まれ変わっていたことを知った。彼の努力の甲斐もあり、会いに行く許可は思ったよりもすんなりと下りた。ただ、付いた条件は仕方のないものだったが。
“余計な影響を与えないよう、面会は年一回とする”
その文章をみた時、思わず彼から出たのは苦笑だった。それでも、会えることには変わりないと毎年七夕の日を選んだ。
「それにしても清光、何で七夕なの?」
「んー?だって、ロマンチックでしょ?」
「何が?」
「年に一回だけ会えるなんて、織姫と彦星みたいで。主は覚えてないけど、俺は主への思いは忘れないから……良いかなってね」
「……ふーん。良いんじゃない!」
そうして冒頭へと戻るわけだが、彼が相棒である男士とそんな話をしたのも数年前の話だ。
「もう、朝になっちゃうね」
少女に話かけ続けて、気付けば暗かった部屋が少し明るくなっている。窓から外を見れば、薄っすらと太陽が顔を出して、淡い橙から薄紫に染まる空。
「また来年来るよ。今年も主に会えて良かった」
掬った髪の一房に口付ける。心残りはない。そう思って部屋を出ようとしたときに、彼の目に入ったのは七夕の笹だ。
「……これくらいなら、許されても良いよね」
きっと政府に知られれば、怒られるだろうことはわかっている。けれど、行ったことに悔いはないと、晴れやかな表情で部屋から消えた。
鳥の鳴く声がして、少女が目を覚ます。ばっと勢いよく起き上がり、辺りを見回すがいつもの風景があるだけだ。
「どうして、いつも見えないんだろう」
毎年、七夕の日に少女は夢を見た。顔は見えない。だが、少女の側に寄り添ってくれる黒地に赤を纏う誰かは、温かく優しい。
「なんで……?」
ぽたぽたと少女の頬を伝う涙は、何故流れるのか。理由がわからないまま、小さく嗚咽をもらしながらただただ涙を拭った。
笹に吊るされた少女の書いた短冊。そしてその裏側に小さく書かれた願い事。
『いつか、夢の中の人と会えますように』
『主に愛してるって伝えられますように』
二つの願いが込められた短冊は、空けられた窓の風にひらひら揺れた。