刀剣乱舞
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私の記憶で一番古い思い出と言えば、彼に会った日のことだろう。
幼い頃、両親に連れられて帰省した祖母のいる田舎。そこに私と同じくらいの歳の子はおらず、遊ぶにも一人遊びのみ。時々、両親が遊んでくれたけれど、挨拶回りや親戚のもてなしなど何かと忙しくしていた。幼心にも、その忙しさはわかっていたのだろう。だからこそ一人で遊んでいたし、近い場所へ遊びに行ったりもした。
現在では、『幼い子供が一人で遊ぶだなんて危険だ』 『危ない』という声もあるだろうが、幼い頃にそれが許されていたのは、もちろん田舎の小さな村だったからにすぎない。私のことは、“〇〇さんの家のお孫さん”と認識されていたし、小さな村の中だ。知れ渡るのは早かった。だから、一人で遊んでいてもどこかしらに人の目はあったし、私が知らずに危ないところへ行こうものなら声をかけられて、すぐに安全な場所へ戻される。そんな場所だったからこそ、一人で遊ぶことが出来たのだ。田舎にいる間、そのように過ごしていたものだから、ここの村では誰かに話しかけられることが普通なのだと思っていた。
「へぇ……君は、俺が見えるのか?」
ある日の黄昏時。遊び終わって帰ろうとしていた道すがら、幼くして初めて息をのむほど美しく、夕暮れの橙に染まる真白な人に目を引かれた。“真白“”というのは“服が”ではない。“服を含めた全身”だ。髪も、橙に照らされはしているものの、その内は白に煌めいて見える。それに、肌だって橙に照らされていなければ、透けてしまうのではないかと思うほどだった。服も白の着物だったのだから、どこを見ても“真白”だった。ここまで真白な人を見るのが初めてだっただけに、興味があったというのもあるし、何よりとても綺麗な人だったから――。
彼からかけられた言葉にこくりと頷けば、とても嬉しそうに笑っていたのを今でも覚えている。“鶴丸”と名乗ったその人は、私の頭を撫でた。
「また……会いに来てくれるかい?」
「うん!つるまるにあいにくるよ!!」
「そうか!それじゃ、約束だ」
指切りを交わして、鶴丸に見送られながら帰宅する。家で『友達が出来た』とはしゃいでいた私に対し、私と近しい年齢の子供がいないことを知っていた両親は、とても不思議そうにしていた。けれど私はまた鶴丸に会えるのが楽しみで、そのことだけが頭の中を占めていた。
翌日、早速約束を果たそうと会った場所へ向かったが、そこに鶴丸の姿はなく。
――まっていたらくるかな……。
そう思いながら、そこで一日ずっと待っていた。けれどもその日、鶴丸が来ることはなかった。その翌日も、そのまた翌日も、どれだけ同じ場所で待とうが鶴丸に会うことも、人伝に彼の話を聞くこともなかった。
『約束を破られた』と感じた私は、家で泣きじゃくった。一向に泣き止む様子が無いものだから、理由を両親に聞かれて答えたのだ。『約束をしたのに鶴丸が来ない』と――。
「鶴丸……?そんな人、この村にいたかしら?」
「いや、村の外れの……ほら、山の頂上に小屋があっただろう。確かそこの近くにあった祠で祀られているものが、そんな名前じゃなかったか?」
「あぁ……小屋ってあの不思議な職業だった人の?もうあそこは、誰も立ち寄らないはずだけど……」
「“七つ前は神の内”とも言うくらいだ。何かに呼ばれたのかもしれない」
そんな話が行われていたなんて、その当時の私は知らず――。何かを察したのか、不気味に思ったのか。まだ家へ帰る日程は先だったというのに、この年は両親が早々に予定を切り上げて帰路についた。
そうして村を離れて幾日か経てば、あれ程泣きじゃくっていたというのに幼さ故だろうか。私は鶴丸のことも忘れ、日々を安穏と過ごすようになっていた。友達と遊んでは学び、よく食べてよく寝る。そう過ごして一月、二月と経ち、正月を迎え、春の息吹を感じた後は桜を愛で、鯉幟が空を泳ぐ。その後にやってきた雨の季節を終えれば、蝉の鳴き声がそこかしこで聞こえてくる。そしてまた気付けば、お盆の季節を迎えていた。
「おっ!会いに来てくれたんだな!!」
今年もまた一人、遊び終わって帰る時のことだ。村外れにある山の頂上へと続く小道の前で、彼は夕陽に照らされて立っていた。それまで忘れていたはずなのに、声をかけられた瞬間に昨年のことを思い出す。“つるまる”と呼んだ彼の存在も――。
「つるまる!!なんでやくそくやぶったの⁉ひどい!!」
大粒の涙を流しながら訴える私を、おろおろと見つめる彼はどこにでもいるお兄さんのようだ。どうにか私を宥めようとしているのだと、すぐにわかった。
「悪かった。俺はこの日にしか会えないからな……」
「このひ……?」
「あぁ。毎年、今日のこの日、黄昏の時間にしか君と話せないんだ」
「まいとし?たそがれってなに?」
「今は分からなくても構わんさ。ただ毎年、俺のところへ会いに来てくれるかい?」
「よくわからないけど……わかった」
理解などまるで出来ていない幼子。なのに返事を返したのは、ただただここで会った友人とまた会いたいと思ったからに過ぎなかった。
「ありがとうな。待ってるぜ」
昨年と同じようにぽんぽんと私の頭を撫で、嬉しそうに笑った鶴丸。私はそんな友達との約束を、毎年一人で心を躍らせながら楽しみにするようになる。
そんなことを続けて十数年。毎年、お盆の決まった日。黄昏の時間にだけ会える“鶴丸”。若い見た目に反して昔と変わらない真白な髪、真白な肌、そして真白な着物を着た彼は、改めて思えば“鶴”といった印象は確かにあった。とはいえ、毎回会うのは黄昏時なだけに、その白も夕陽に染まって橙を帯びているところしか見たことはないが――。
そんな彼は、出会った当初より少し大きくなってからの十数年で様々な話をしてくれた。初めから話してくれなかったのは、おそらく初めて会った頃は幼すぎて、彼の話を理解出来なかったから敢えて彼が話さなかったのかもしれない。
彼から聞いた話は多種多様で、彼の友達の話や住んでいた場所の話、そして戦の話。このご時世にそのような話を聞けば、彼が何なのかはなんとなく察しがつく。それに、こんな季節の限られた日にしか会えないし、何より出会って十数年も経つというのに見た目が何一つ変わらないのだ。薄々思ってはいたが、彼は戦で亡くなったこの田舎の幽霊なのかもしれない。
とはいえ、私しか見たことがないというのも気になるところではあるが、幻覚といったものでないのは事実だ。幼い頃から幾度も私の頭を撫でてくれた彼からは、温もりを確かに感じた。人のような、それを。
そんな事を考えながら、私は今年も田舎へと向かう。きっと、今年も会えるであろう彼へと思いを馳せながら――。
「おばあちゃん、来たよー!」
「あらあら、よく来たね。いらっしゃい」
「お世話になります」
「土産もいっぱい持ってきたからな」
「ありがとう。さ、上がってちょうだい」
田舎の村へ着けば、変わらない風景に懐かしさを感じる。都会よりも涼しく感じるのは、木々が多いからだろうか。足取り軽く祖母宅に到着し、声をかければ奥から出て来てくれた祖母。今年も元気そうな姿を見て安心する。両親も軽く挨拶を済ませ、部屋に入れば寛ぐ。ふと目に入ったカレンダーを確認すれば、鶴丸に会うのは二日後の夕暮れ。黄昏時だ。去年は“さだぼう” “みつぼう” “からぼう”という人たちの話だった。その前は、よく怒る人たちだと“かせん”と“はせべ”という人たちの話だったか。
――今年はどんな話が聞けるんだろうな……。
そう思えば、今から会うのが楽しみでわくわくしてしまう。
「あのー……ごめんください」
「はぁい」
お客さんだろうか。普段そこまで来客は気にしないけれど、今回はなんとなく誰が来たのか気になった。部屋から顔だけを出して玄関を見やる。そこにいたのは、私より幾らか歳上のように見える女性だった。
――毎年来ているけれど、あんな人いたかな……?
それ程に見覚えのない女性で、じっと見ていれば会話が微かに聞こえてくる。
「…………外れの山の……」
「あぁ!!…………さんのお孫さん……」
「……祖母から…………渡すようにと」
「…………ました。確かに……」
“外れの山”と聞くと毎年行っているだけに、思い浮かぶのは鶴丸がいつも待っているあの場所だ。あの近辺にある小屋はいくつか知っているけれど、ほとんどが既に空き家なはずで、もう長い間誰も住んでいなかったと思うのだが――。
女性から何かを受け取り、見送ってから部屋へ戻ってきた祖母をじっと見る。先程のやり取りを見ていたことに気付いていたらしい祖母は、受け取った物を渡してくれた。
「あなたにですって。貰っておきなさい」
「……私に?」
渡されたものは、薄桃色のお守りのようなもの。
――何で私にこれをくれたんだろう。あの人とは会ったこともないはずなのに。
頭を巡らせれど、理由は皆目見当も付かない。疑問は残るが、とりあえず持っておくことにした。
「さぁ、お風呂が沸いているから。先に入ってきなさい」
「はーい!」
それがどんなものなのかも、どういった経緯で渡されたのかも知らずに――。
日は経ち、鶴丸に会える日。もう昔のように遊び回ることが無くなってしまったこともあり、『夕涼みに行く』といった名目でいつも祖母宅を出るようにしている。
今日も朝起きてから祖母たちの手伝いをし、昼が過ぎたらのんびりする。天辺から落ちてくる日を見ながら『もう少しか』と心を馳せる。今日は心なしか日暮しの鳴く時間が早くて、『もうそんな頃だろうか』と少し焦ったりしながら。ケータイと財布をズボンのポケットに入れ、出ようとしたときに薄桃色のお守りが視界に入る。
――持っていた方が良いかな。
何故かそう感じて、お守りも一緒にポケットへ入れて外へ出た。
夕方になり、少し気温が下がったように感じるとはいえ、まだ陽はじりじりとそれぞれを照り付ける。そんな中をゆったりとした足取りで、村の外れへと向かう道を辿る。村の外れ、山の頂上へと続く小道の前。ここがいつも鶴丸と会う場所だ。
「……誰もいない?」
おかしい。もう日は傾き、黄昏時に迫っている。いつもなら、これくらいの時にはいるのに。
「もしかして、上にいる……?」
鶴丸がどこから来ているのかは知らないけれど、毎年この小道の前で会うのならば、もしかすると彼はこの小道の上――つまりは頂上にいるのかもしれない。『成仏したのかもしれない』というような考えが過ることもなく、会うことを当然のように思っていた私は、そんな仮説を立てて一人小道に入り込んだ。
小道を登り、どれくらい経っただろうか。木が生い茂っているからか、奥へ進むにつれて辺りは陽が届かずに薄暗くなる。それに湿気ているのか、足元が水分を含んで滑りやすい斜面をずっと登っているのだ。山道が整えられた山登りよりも、体力と気力が持っていかれていると思う。
どれくらい登ったのか。ようやく見えた段差に手をかけ、よじ登れば、目の前に見えたのは鳥居。そして、悲しいかなそこから続く階段だ。
「え……?まだ、登るの……?」
昔に比べ、今はインドアな私の体力では、今の山登りでも息は絶え絶えである。正直、階段を登る気力はない。今だって、がっくりと肩を落としてしまうくらいだ。
けれど、彼に会うのは年に一度のこと。ならば、会って話したいじゃないか。恨めしい階段を睨み付けるように見て、大きく息を吸い、長く吐く。気合を入れるように頬を叩けば、ゆっくりでもしっかりとした足取りで階段を登っていった。
「つ……着いたぁ……」
息を荒くしながら登りきった階段の先にあったのは、橙に照らされた広場だった。鳥居があったくらいだ。てっきり、本殿や社のようなものがあると思っていたのに――。周りを見渡せば、広場の端に少し大きめの小屋が一つ。そしてその奥に古びた祠が一つあった。あの鳥居は、この祠の為のものだったのだろうか。
「……刀?」
祠が気になり近くへ行けば、そこに祀られているのは刀のようだった。黒く汚れてはいるが、所々薄っすらと白と金が見える。
――どんな刀かはわからないけど、これが神様ならお参りをした方が良いのかな。
じっと刀を見ていれば、後ろから足音が聞こえてきた。
「なぁ、どこかにいるのか?」
「鶴丸……?」
足音と共に聞こえてきた、聞き覚えのある声に振り返れば、鶴丸が広場をきょろきょろと見ている。私が名前を呼んだにも関わらず、まるで聞こえていないかのように、そして見えていないかのように探し続けている。
「何で……気は感じるのに見当たらない……」
「鶴丸!私待ってたのに――」
「何処だ⁉何処に隠れている!!出て来い!!」
声をかけるが、やはり私への反応がない。今だって、違う方向を向いている。
――もしかして、私が見えていない?
そして昨年までの優しく、穏やかな鶴丸とは違って、今目の前にいる鶴丸は怒気と焦りが前面に出ている。これまでと全く違う様子の鶴丸に驚きを隠せない。彼は、いつもにこにこと笑いながら話してくれていたじゃないか。頼れる兄のようなところがあって、人の驚くようなことが好きで、それを毎回とても楽しそうに話していた。
――私の頭を、あんなに優しく撫でてくれていたのに……。
目の前にいる鶴丸はまるで人が変わったようで、つい恐ろしく感じてしまった。
「なぁ、約束しただろう?『毎年、俺のところへ会いに来てくれる』と……君だって、俺に会えなくてあんなに泣いていたじゃないか!!なのに……どうして俺の前に出て来ない……っ!!」
悲痛な声が、私と鶴丸しかいない広場に響く。
――そうだ、約束したのは私だった。
鶴丸の言葉は正しい。確かに、過去の私はそう言った。けれど私は、目の前にいる今の鶴丸を恐ろしく感じている。そして幸か、不幸か。彼からは何故か私が見えていない。
――このまま逃げた方が……いや、怖いと思ったとしても毎年一緒に過ごしたのに、こんなに悲しそうな鶴丸を放ってなんて……。
悲しげな声を聞いて、恐ろしく感じたというのに彼へ近付こうとした。その時、ポケットに入れたお守りが落ちかけたことに気付く。あっと思うも、それはするりとそのままポケットから滑り落ちた。思わず手を伸ばし、地面へと向かうお守りを受け止めた――はずだった。
「そこか」
聞こえたのは、感情を感じない硬い声と一瞬鳴った金属音。お守りを受け止めようとした手の平の上には、無惨にも真っ二つになってしまった薄桃色の物。
「つる、まる……?」
手の上にある物を信じたくなくて、震える声で呼びながら鶴丸を見やる。今まで見たどの表情よりも冷たくて、恐ろしくて――そして、愉悦を顔に浮かべていた。
「まさか、俺の邪魔をしていたのが主だったなんてなぁ……どうやってそのお守りを手に入れた?」
「これは……おばあちゃんの知り合いの人が、届けに来てくれて……」
「へぇ……流石主、俺のすることもお見通しだったってことか」
ゆったりとこちらに近付いては、真っ二つになったそれをひょいと持ち上げ、私に背を向けて更に細かく切り刻んでいく。憎しみが籠もったかのように、何度も、何度も。
「何でそんなに……」
「俺をこの地に縛り付けた相手の渡した物を、喜ぶと思うかい?」
刻んだ物は、風に乗った桜のように舞っては消えていく。鶴丸の表情は見えないけれど、周りの温度が下がっているのではないかと思うくらい、暗くて冷たい雰囲気が漂っている。
「縛り付けた?鶴丸は幽霊じゃないの?」
「幽霊?まさか!俺は付喪神だぜ?今は……何なんだろうな」
ようやくこちらを向いた鶴丸の、遠くを見つめながら寂しそうに笑う姿は、何処か辛そうで悲しげだった。何故そんな表情を浮かべるのか、私では気持ちを汲むことは出来なかったけれど、でも一つだけ直感で感じたことがある。
――このままでは何か起きてしまう。
どうしてそう思ったのかはわからない。だからこそ、聞かなければと思った。
「縛り付けたってどういうこと?」
「そうだな……順を追って話そうか」
彼の抱えている思いを――。
俺が審神者である主に仕えていたのは、もう数十年も前のことだった。本丸で仲間と過ごし、戦に出ては刀を振るい、そして共に高め合う。そんな忙しくも充実した日々を過ごしていた。どれくらい経った頃だろうか。
「ほぉ、やや子か!」
「そうなの。だから、この本丸も別の人に来てもらうことになったのよ」
政府のやつと婚姻を結んだ主が子を宿し、引退することになった。主の祝い事だ。これほど喜ばしいことはないはずだった。
「それで、鶴丸には私と一緒に現世へ行ってほしいの」
「……俺がかい?」
『引退を迎える主と共に現世へと渡る』。それは、もうこの戦いには参加せず、主の家を守る神になるということ。無論、家を守るのだから顕現されることは滅多になくなるし、ただ主を助け、見守る存在になる。
「それは……退屈で心が死にそうじゃないか」
「そうね。家のみを守るとすれば、そうかもしれないわ」
「どういうことだ?」
聞けば、主はある村の巫女だったという。故に現世へ渡った後、俺が守るのは家だけではなくて“村全体”なのだと主は言った。規模が大きくなったことに『面白そうだ』と思ってしまったのが、俺の運の尽きだったのかもしれない。
「良いぜ。驚きの結果を君にもたらそう」
「やだわ。平穏に過ごさせてちょうだいね」
そうして、引退を迎えた主と共にやってきたのが、今いる田舎の村だった。のどかで自然が多く、心地良い。主が村へ帰れば、皆に歓迎されていた。『巫女様、よくお戻りで』と。そのときに気付いた。この心地良さは、村人たちの信心の深さから来るものだということに。だからこそ、巫女である主をこんなに歓迎しているのかと。『この信心に応えていかなければいけないのか』と俺が思ったのもこのときだ。
「ここから村がよく見えるでしょう。鶴丸は、ここで村を見守ってちょうだいね」
刀に戻った俺は、主の家の近くに建てられた祠で祀られた。ここに来るまでの道も切り拓かれ、階段が整備されて多くの村人が俺の元へ参拝に来た。家族の安寧を願うもの、仕事の無事を願うもの、田畑の豊作を願うもの。
――刀として邪気は払えても、俺は恩恵を与えられない。だが、こうして詣でてくれる村人に、俺も何か出来るかもしれない。
日が経ち、人の思いに触れている内に、来てくれる村人へ対してそう思うようになった。というのも、主と共に現世へと渡ったことで“守り神”のような存在になったのだろうか。人の心に寄り添いたいと思うようになり、人に願われる度、力も強くなっていくように感じた。だから、後日『願いが叶った』 『ありがとう』と村人が報告に来たときは、それは嬉しかった。
――付喪神の俺でも、心の拠り所になって叶える手助けが出来るのか。
そう思うことが出来た。俺は、少なからずこの任に誇りを持ち始めていた。
「鶴丸、どうかしら?ここの暮らしは……」
「あぁ、悪くない。人の願いを叶える手助けも良いもんだ」
現世に渡ってから一年に一度、決まった時間だけ、俺は人の形で顕現されることになった。それがお盆のこの季節、黄昏時だ。『もし見える人がいたとしても、お盆の幽霊だと思うだろう』という、主の配慮だった。
「産まれたやや子が次は巫女かい?」
「そうなる予定よ。ただ……」
「ただ?」
「……最近は、村離れする人が多いでしょう?この子も出て行くと言い出すんじゃないかって」
「……そうならんように願ってるさ」
そう憂いていた主。その心配は、十数年経った頃に現実となった。主の娘は、主と将来のことで揉めた晩に村を飛び出していった。そして何年か経った後、上京した先で結婚したと連絡が入った。
「主……」
「ごめんなさい。一人にしてくれるかしら……」
「あぁ、わかった」
あの時の主の気の落ちようは、見ているのも辛い程だった。そして、その頃には俺の元へ足繁く通っていた村人も少しずつ減るようになっていた。
主に孫が出来た頃だったか。その頃には出ていった娘と和解して、お盆と正月に娘は主の元へ顔を出すようになった。それに対して主は嬉しそうにしていて、主の子が村へ戻ってくることは俺もただただ嬉しかった。
そんな小さな喜びを共有したいと思っても、俺が話せるのは主だけだ。それに、主と話が出来るのも一年に一度。唯一話が出来る日をずっと心待ちにしていたが、この時には主も歳を取ったことで足を悪くしていて、外で長く話せなくなっていた。
――誰かと話がしたい。主の血縁だ。もしかすれば、娘や孫と話せるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いたりもしたが、娘も、孫も主の血を引いているとはいえ、俺の声を聞くことも姿を見ることさえ叶わなかった。
それから数年経った後、主が亡くなった。俺にただ一言、『連れてきてしまってごめんなさい』と言い残して。葬儀が終わった後、娘も此処へは寄り付かなくなった。手入れされることが無くなった参拝用に整備された階段は、ところどころ破損し、終には雨の土砂に埋もれて勾配のついた小道になった。そして、この頃には村人からの参拝も、迷い込んだ人も誰一人来ることはなくなった。
――俺はどうすればいい?人の願いで強くなったこの力を何に使えばいい?
一振りで過ごす時間が増え、そう考えるようになった。一年に一度だけある人の姿で顕現される日に、この山に続く小道の前に立っても、俺が見えない村人たちは目の前をただ通り過ぎていくだけ。声をかけても、誰にも届かない。刀の時だって、誰も会いに来やしない。どんどん刀は錆びていき、黒ずんでいく。白と金に輝いていたあの頃が懐かしく思うくらいに。
『主がここに連れて来なければ、こんな思いをすることもかったのに……』
『今の村人を助けて何になる』
『誰も俺のことを見やしない』
『なぁ、誰か……誰か、俺を見つけてくれ……!!』
そう思っていたある年のことだ。顕現が出来る日に、ぼんやりと山の頂上へ続く小道の前に立っていた。もう日が沈みかけ、空が赤く染まる。
――あぁ、やっぱり今年も俺のことが見えるやつはいなかったか。
『そんなやつは現れない』という諦めはあるのに、“話せる誰か”を求めていたことが執着となって、諦めているはずなのに執着がこびりついて取れやしない。希望を持つだけ無駄なのだと、だからがっかりするのだとわかっているのに――。
そんな時だ。向こうから歩いてきた幼子と目が合った。『俺じゃない物を見ているのか』と思い、見渡しても特に何もない。
――俺を見ているのか?本当に……?
「へぇ……君は、俺が見えるのか?」
期待半分、諦め半分。けれど、俺の言葉が届けばとどれほど強く願ったことか。じっと見ていた俺の前でこくりと頷いた幼子。その様を見て、どれだけ心が満たされたことか。
「俺は鶴丸。よろしくな!」
「……うん」
少し恥ずかしそうに頷いた幼子が、どこか可愛らしくてつい頭を撫でる。この行動すら懐かしくて、思わず涙が滲んだ。
「また……会いに来てくれるかい?」
「うん!つるまるにあいにくるよ!!」
「そうか!それじゃ、約束だ」
ここ数十年。こんなに嬉しいことがあっただろうか。喜びに震える指で、小さな指と指切りを交わし、幼子を見送った。幼いながらも、神との約束を交わしたんだ。魂に刻まれたことだろう。今日から、俺に関する出来事を忘れることはないはずだ。
「毎年、会いに来てくれ……俺にな」
久々に触れた、幼子特有の少し高めの温かさ。そのぬくもりを忘れぬよう、手を握りしめる。そのことだけで、一年が早く過ぎ去るような気がするほど、心は喜びに満ちていた。またあの幼子に会えると、それだけを希望にして――。
「おっ!会いに来てくれたんだな!!」
一年が経った頃。また山の頂上へと続く小道の前で立っていれば、幼子は遊んだ帰りなのか、またしても道向こうから歩いてきた。声をかけると、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。
――ん?驚いたのか?
なんて思ったのも束の間。幼子は目に涙を溜めてこちらへ駆け寄り、俺の足を何度も叩く。
「つるまる!!なんでやくそくやぶったの!!ひどい!!」
「えぇ……」
泣きながら訴えてくる幼子を、どうしたものかと考える。『約束を破った』と言うくらいだ。もしかしたら、どこかの日に俺を待っていたのかもしれない。その行動を知り、心がむずむずとする。それに、意図せずとも口角が上がってしまう。『この幼子は俺に会いたかったのか』と実感すれば、足元で泣きじゃくる幼子がとても愛おしく思えた。
「悪かった。俺はこの日にしか会えないからな……」
「このひ……?」
「あぁ。毎年、今日のこの日、黄昏の時間にしか君と話せないんだ」
「まいとし?たそがれってなに?」
「今は分からなくても構わんさ。ただ毎年、俺のところへ会いに来てくれるかい?」
「よくわからないけど……わかった」
理解などまるで出来ていない幼子だ。なのに返事を返してくれた。俺を思ってなのかはわからんが、それだけでも胸が温かくなった。
「ありがとうな。待ってるぜ」
ぽんぽんと昨年のように幼子の頭を撫で、これから来る“この日”をずっと心待ちにしていた。
「なのに、俺の邪魔をしようとしていたんだ主は……」
「どうして?私が鶴丸と話せたら……それで良いんじゃないの?」
「いや、違う。主は気付いていたさ。俺が話すだけじゃ事足りなくなると言うことも」
――話すだけでは事足りない?それってどういうこと……?
考えても私の頭では追いつかず、理解が出来ない。先程の話だけならば、私が彼と毎年話すだけで良いと思ってしまったのに。
「だから、先を見据えた主は孫を通して君にお守りを送っていた。あれを持っていれば、俺から君は見えないからな」
鶴丸が私を見つけられなかったのは、あのお守りがあったからだったのか。だとしても、何故あれが必要だったのか。どうして、今年はあのお守りを渡されたのだろう。
「今年、君は成人を迎えるだろう?」
私の考えを読んだかのように、鶴丸は話し始める。走る緊張感に、息が詰まりそうだ。
「……そうだよ。よく、覚えてるね」
「そりゃあそうさ。ずっと、この十数年……この日を心待ちにしていたんだからな」
「どういう……いたっ!!」
鶴丸に握られた腕は、鶴丸の手が食い込んでしまうのではないかと思うほど強く容赦がない。まるで、『逃さない』とでも言うように。
「今年は俺が顕現出来る最後の年だった!!来年からはこの祠で誰とも話さず、ここに鎮座するだけ!誰も来やしない中、ただ一振り!!そんなの、耐えられると思うかい……?」
「鶴丸……」
痛々しい表情で目を伏せる鶴丸を、見ていることしか出来ない。それでも、先程の話からもわかる。彼は、ずっと寂しかったのだ。唯一話せる主さんが亡くなり、村人も来ず、娘さんやお孫さんとも話せない。毎年たくさんの人たちの話してくれた彼の様子を思えば、話せる人も、見える人もいないこの状況は、どれほどの苦行だったのだろう。
――だから、ここに縛り付けられたって恨んでいるんだ。
そっと鶴丸の頬に手をやる。いつも感じていた温もりはなく、夏だというのに氷のように冷たかった。
「鶴丸、話せなくなっても私が毎年お参りに来るよ。刀だって綺麗にする!だから――」
「そんなことで、俺が満足するとでも?」
鶴丸に引き寄せられ、ポケットから落ちた財布とケータイが音を立てる。けれども今はそれを気にする間もなく、近くなった鶴丸をただ見上げる。
「もっと昔に出会っていれば、俺もそれで満足しただろうな。だが、俺はもうそれだけじゃ足りないんだ」
「何が……わっ!」
急に立ち込めた雲と、直ぐ様変わった曇天の空。降り出した雨は、瞬く間に大雨へと変わる。ふと見た鶴丸の手には、これが本来の姿だったであろう白と金に輝く刀の姿。
「……もう、この村が沈むまで雨が止むことは無いだろうさ」
にやりと笑った鶴丸に血の気が引く。
――神様って、こういうことなの……!?
「やめて鶴丸!!どうしてそんなこと!!」
「俺を先に見捨てたのはこの村だろう?」
「だとしても、避難させに行かなきゃ……!」
鶴丸から離れようと抵抗してもびくともせず、むしろ抱き締められてしまう。
「離して!お願いだから!!」
「君は、俺と一緒に神域へ行くんだ。猶予として、俺が顕現出来る最後の年まで待ったんだからな」
「神域……?なにそれ……」
「君は俺と二人、そこで過ごしてくれればいい。これまで毎年一緒に過ごしていたように。俺と話し、時には食を共にしてな」
「そんなのやだ!!お父さん!お母さん!!おばあちゃん!!逃げ――」
激しい雨音に声は掻き消された。祠からは刀が消え、そこに残ったのは彼女が落としたケータイと財布のみ。
その二つも、雨に流されて何処かへ消えてしまったが――。