刀剣乱舞
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僕の前にいる貴女は、前の世と同じ姿をしながら違う表情で笑う。
「松井さん。どうぞ」
「あぁ、宮坂さん。ありがとう」
書類が重なる僕のデスクの上に、そっとお茶を置いてくれた彼女。にこりと綺麗に微笑んで去るけれど、あの表情が上辺だけだと知っているのは、おそらく僕だけだ。
「宮坂さん、本当に綺麗だよな」
「高嶺の花というかなんというか……」
そんな声がちらほらと聞こえる。『そうだろう』と自慢したい気持ちと、今の世ではただの同僚であり、何も言えない自分に気持ちは沈む。
前の世。つまりは前世なわけだけれど、そこで僕は刀剣男士だった。戦いながらも、仲間と過ごす日常はどれも新鮮で楽しくて、血が沸くようだった。そこで、僕の主だったのが彼女だ。彼女の前世。僕は近侍として常に側にいて、気付けば彼女が気になるようになった。そうしていつしか、彼女と心を交わした。『こんなことがあっても良いのか』と思う程に、とても幸せで満ち足りた日々。花が綻ぶように笑う彼女は、とても美しく輝いて。そんな日が続くのだと、信じて止まなかった。
「主、早く逃げろ!!」
「嫌よ、松井を置いていくなんて……!」
語気を強めて言おうが、決して引くことはない。泣いて縋る彼女を、どうして振りほどけようか。けれども、このままでは危険なことに変わりはない。
――せめて、主だけでも逃さなければ……。
そう思ったと同時に見えた、煌めいた銀色。思わず駆けて躍り出た彼女の前。
「松井ーっ!!」
激痛が走ったと思えば、そこからじくりじくりと熱を持ち、膝から崩れ落ちる。彼女の声と共に、パリンと何かが割れた音を聞いた。
――貴女を守れたのなら、それで良いのかもしれないね。
そう考えたのを最後に、意識を手放した。
「まさか……人になるだなんてね」
今いる会社の屋上には、ひと一人いない。手を握っては拡げてみる。刀剣男士だった頃とは何も変わらない今の姿。けれど、刀を握っていたあの頃とは違う。目が覚めた十数年前から今までの記憶がしっかりとあるし、それが僕の歩んできた“人生”だ。
――宮坂さんと出会うとは思わなかったけれど……。
主であった彼女を見た瞬間、驚きに動きが止まった。見た目も話し方も、仕草でさえ同じだったのだから。
――僕が意識を手放したあの後、宮坂さんも……。
そう思えば、愛していた彼女を守りきることが出来なかった悔しさもあったけれど、再び巡り会えたことは奇跡のように感じた。それも、ほぼ同年代。話す機会だってある。
「あ……」
キィっと高い音が後ろから鳴り、振り返ればそこにいたのは彼女。いつものように笑みを浮かべるけれど、上辺だけの愛想笑い。『奇跡が起こった』とは思うけれど、これだけは頂けない。僕が欲しいのは、これではないのだから。
「ごめんなさい。お邪魔でしたか?」
「そんなことないよ」
こちらも微笑みを浮かべれば、何処かホッとしたようにも見える。僕がいる方と反対に設置されたベンチに腰掛けた彼女。それを見て、込み上げてきた感情は何なのか。不満、焦り、苛立ち、恋しさ、哀しさ――。どれもが入り混じり、ぐちゃぐちゃになったように感じて、自分でも何に突き動かされたのかはわからない。感情とは裏腹に、ゆったりと歩を進めて彼女の隣に座れば、少し警戒されている気がした。
「何か、ありましたか?」
「貴女は……何も覚えていないんだね」
「……何のことですか?」
『覚えていれば良いのに』と思ったことは一度や二度ではない。あの頃はすぐに届いた心の距離は、今はこんなにも遠い。
――あんなにも、縋ってくれていたのに。
ゆらりと心を過ぎった暗い感情。『それではいけない』と思うのに、どうしてもこの手に貴女が欲しくて。触れそうな距離にあった手を、ゆっくり確かめるように絡めていく。
「あの……松井さん……」
逃げ腰になっている彼女の手を引き、腰に手を回す。温かな存在を確かめては、心が満ち満ちていく。彼女は、僕の腕の中だ。せめてもの抵抗か、僕の胸を押し返そうとするけれど、腰を引き寄せ耳元で囁く。
「またあの時のように、瑠奈は僕に溺れてくれるだろう?」
「あの時……?」
びくりと肩を震わせている姿は、まるで狙われてしまった草食動物のようで。ずっとずっと愛していた彼女。逃げられると思っていたらしいその姿に、浮かぶのは微笑ましさ。
その可愛らしい姿に、『逃がすはずがないのに』と舌舐りした。