刀剣乱舞
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「蘇言機?」
「はい。蔵の奥に眠っていました」
そう言って目の前に五月雨が置いてくれたのは、埃が被って少し古びれた蘇言機。なんともよく見つけたものだ。つい、まじまじと見つめてしまう。
「頭?何がありましたか?」
「ううん。何でもないよ」
今日の内番に掃除当番も組み込もうという話になった昨日、誰をあてがったものかと近侍と話していたときのこと。たまたま通りがかったということもあるだろうが、『私で良ければ』と立候補してくれたのが五月雨だった。少し意外だったこともあるけれど、素直に助かるし、立候補までしてくれたことがとても嬉しい。『雨さんがやるなら』と手を上げてくれた村雲と一緒に、蔵の清掃を任せたのが今朝早くのこと。
現時刻は、日が天辺を通り過ぎて傾き始めた頃だ。朝から始め、今持ってきてくれたということは、今の今までしっかりと取り組んでくれたということだろう。頑張ってくれた五月雨と村雲に、何かご褒美をあげたくて出た言葉。
「五月雨。この蘇言機だけど、村雲か五月雨にあげるよ」
「……良いのですか?」
表情が特段変わったわけではないけれど、目をキラキラさせてこちらを見つめるものだから。青年くらいの男性に言うものではないかもしれないが、それがどこか可愛らしくて、ついつい吹き出してしまった。
「うん、良いよ。見つけてくれたのは五月雨だしね。季語を録音して残すのもいいし、村雲と使っても良いかもしれない」
「季語……!確かにそうですね。有り難く頂戴します」
蘇言機を抱えて、僅かに綻んだ表情に心嬉しくなる。喜んでもらえて良かった。つい微笑ましくなった。
「あ、これもあげよう。頑張った二人へ。他の子達には内緒だよ」
「っわん!!」
五月雨と村雲が、随分前に『好きだ』と言っていたお菓子がちょうどあったことを思い出し、五月雨の手に乗せる。喜びからだろうか、思わず吠えてしまった五月雨に笑ってしまった。
時間遡行軍と戦いながらも、穏やかで賑やかな日々。こんな日が続くと思っていたんだ。数日前までは――。
「主!ここは僕が引き受けるから、二人と一緒に早く!!」
目の前で、時間遡行軍を一人引き止めるのは松井。周りは見知った光景のはずなのに。自分の本丸のはずなのに、目の前の光景だけが異常で、何より信じたくない。それでも、聞こえる金属音や肉が斬れる音は、脳裏に叩きつけるように『現実なんだ』と知らせてくる。これは異常事態であり、“危険”なのだと。
「松井!一人では無茶だ!!」
「主、僕もいるから大丈夫だよぉ。だから、早く行って」
「桑名……」
一人戦う松井に、寄り添うようやってきたのは桑名。『二人ならば大丈夫だ』と言うけれど、そんなわけがないということは、時間遡行軍の数を見ればわかる。なのに、松井も桑名も留まることを許してはくれないのだ。
「主!早く!!」
「頭!!」
「二人共……ごめん……っ!」
二人を置いて、五月雨と村雲と走り出す。そこかしこで聞こえる金属音に耳を塞ぎたくなる。それでも、立ち止まることや対応すること。どれも今の私には許されていないことで。目の前を走る五月雨と村雲を追うしかなかった。
少し走って辿り着いた本丸の外れ。現世に行くには、ここにある扉を使う必要がある。
「さぁ、頭。頭は現世へ向かってください」
「……二人は?一緒に行くんだよね?」
さも私だけが現世に向かうことが当たり前だとでも言うように、扉へ促す。『二人と一緒に行く』と思っていただけに、恐怖からか不安からか。思わず伸ばした手は震えていた。
「俺達は……ここで時間遡行軍が来ないように見張ってるよ。ある程度したら、そっちに行くから」
「どうして……そこまでするの……?」
――私はそこまで価値があるの……?
そう思ってしまうほど、皆は私を助けてくれた。ここから逃がそうと、こんなにも必死に。きっと、私は泣きそうな顔をしているだろう。だというのに、目の前の二人は微笑むものだから。
「俺の……大切な主だからね」
「えぇ。頭には、無事でいてほしいのです」
「うん、雨さんの言う通りだよ。だから、行って!」
「頭。現世で……また会えることを願っています」
開いた扉へ、とんと背中を押される。吸い込まれるようにくぐった扉。転けないように体勢を戻せば、バタンと音を立てて目の前で扉は閉まった。
そして、どれだけ開けようとしても、こちらから開くことは二度となかった。
数日後、こんのすけから渡されたのは、少し古びれた一つの蘇言機。
『ねぇ、これで録れてるの?』
『そうみたいですね』
『何話す?』
『頭とやってみたいことはどうですか?』
『うーん……主とやりたいこと……あ!俺、甘味屋?行ってみたい!』
『良いですね。私は、頭と雲さんと季語探しに』
『行こうよ雨さん!もう少ししたらきっと紅葉が綺麗だよ』
『紅葉……!きっと、鮮やかに色付いているのでしょうね』
『主、これ聞いたら一緒に行こう』
『頭、楽しみにしています』
そこで途切れた録音。二度と叶わないであろう願いに、私は静かに涙した。