クロスオーバー
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「さ、主。これ首からかけてね」
「うん!」
黒に金のライン、そして赤を身に纏った人に渡された、赤と黒のお守りを首からかけてその人と手を繋ぐ。今日は万屋へ行く日。当時幼かった私は、その人と出掛けるのが大好きだった。
「それじゃ、買い物してくるから。主は少し待っててくれる?」
「わかった。いってらっしゃい」
手を繋いでいた人を見送って、店先で胸元にあるお守りが気になっていじる。ふとほつれた糸を見つけて、それを引っ張ればしゅるしゅると音が鳴って糸が抜けていった。またお守りを見れば、側面に穴が開いていて中に指を入れてみる。かさりと音を立てたものを指で掴んで引っ張れば、小さな紙が入っていた。複雑な絵と文字が書かれた紙は、急に吹いた突風に乗って上へと舞い上がる。なす術もないまま見ていれば、それはどこかへと消えていった。
「主、お待たせ。帰ろっか」
「うん」
『紙が無くなった』と言い出せないまま、手を引かれて来たのは森の中。来るときもここからやって来た。
「それじゃ、俺が先に通るから後から付いて来てね」
「わかった」
光の柱の中へ、手を繋いでくれていた人は入っていく。そのまま、音もなく消えたその人を追って私も行こうとした。けれど、磁石が反発したかのように光の柱からは飛ばされてしまい、起き上がってもう一度試そうとした時には、光は跡形もなく消えてしまっていた。
「どうしよう……」
途方に暮れていれば、ガサガサと周りの草木が揺れる。
――おばけだったらいやだ……!!
音が鳴っているものと反対方向へと駆け出そうとした。だがそれは叶わず、ぐいと腕を掴まれて引っ張られてしまい、バランスを崩す。そのまま、倒れこんでしまったけれど、不思議と痛くない。
「はやくどいて」
「ごめんなさい……」
どうやら倒れた拍子に同い年くらいの男の子の上に倒れこんだらしい。他のところを踏まないように気を付けて下りれば、彼は起き上がって服をはたく。じっとこちらを見る彼の瞳は、少し細められて怒っているように見える。
「ひとりはあぶないでしょ。それもおんなのこひとりで」
「でも、いっしょにきたひとがいなくて」
「はぐれたの?……ほら、こっち」
「どこに……」
「おとなのとこ」
今思えば、ただ心配してくれていただけなのだとわかる。その時は、心細さから近くに誰かいてほしくて、その男の子の後を追った。
その後、合流した男の子の両親と一緒に病院や警察に行った。健康状態に問題はなかったけれど、私がどこの誰であるかはわからなかった。そのまま大人の間で話は進み、施設に預けられる――はずだった。
「ねぇ、うちでいっしょにくらせないの?」
「亜貴、そう簡単な話じゃないのよ」
「このこひとりなのに?いっしょのほうがいいんじゃないの?」
私を連れてきてくれた男の子・亜貴の言うことに思うところがあったのだろう。亜貴のご両親は動いてくれた。
「待たせてしまったね。これで、君も今日から家族だ」
「かぞく……」
「そうよ。よろしくね」
少し経った頃、私は神楽家に迎え入れられた。名前すらわからなかった私に、“瑠奈”という名前を付けてもらった。初めて貰ったものにわくわくした感覚。そして――。
「瑠奈!」
呼ばれる度に煌めく音が、独りぼっちで暗く感じていた私の心を照らしていくようだった。
――これが私なんだ。
そう、強く思うほどに。
あれから二十数年。成人した時にお世話になった神楽家を離れ、今は一人で暮らしている。家を離れてもう数年になるけれど、今でも『一緒にご飯を食べないか?』 『ここに出かけないか?』と連絡が入る。その連絡が、『私には家族がいるのだ』と実感してどれほど心強く嬉しいか。
本当の娘のように育ててくれた、優しいあの家族に恩を返したい。年月を重ねる度に、幾層にも積み上がったこの気持ちを抱えながら、何が良いかと考える。だが、考えて悩んでいる内に迷走してしまっていた。
「駄目だ……何が良いんだろう……」
「あれもこれもって考えすぎ。もう少し絞ったら?」
「でもやりたいこともいっぱいなんだもん……亜貴、何が良いと思う?」
「それ、僕も返される側のはずなんだけど」
「亜貴は別!」
亜貴の部屋で相談するのは、この部屋の主。亜貴は私の返答に不服そうだけれど、私にとって亜貴は“特別”なのだ。
幼い頃のことは、はっきりと覚えていない。けれど、亜貴が私の世界を作ってくれた。それだけは、どんなに時が経っても覚えている。私の救世主であり、ヒーローな彼は、きっといつまでだって特別な存在だと思う。
「……これからRevelで集まるんだし、相談してみればいいんじゃない」
「そっか!確かに!!ありがとう、亜貴」
「どういたしまして」
ふっと笑った亜貴の眼差しは柔らかな陽だまりのようだ。仲間内に見せるこの柔らかさを感じる度に、私も彼から大切にされている一人なのだと実感出来る。
「ほら、早く戻って用意して。もう少ししたら出るんだから」
「あ、ごめん。先に出て欲しいんだ」
「何で?」
「やることがあるから」
そう伝えれば、亜貴は少し考えてから『早く来なよ』と声をかけてくれた。こういう時は、何も言わずに私の意思を尊重してくれるのを知っている。そんなところが、本当に有り難かった。
先に出た亜貴を見送り、再び入った亜貴の部屋にプレゼントを一つ置く。教わりに行って、こっそり染めた刺繍糸。きっと『不格好だ』と笑うだろうけれど、それでも嬉しそうにしてくれると思う。それが、ここに来てからずっと見てきた“亜貴”という人だ。
「よし、私も行こうかな」
準備を済ませて、Revelの面々と待ち合わせているお店へ向かう。車で行ってもらい、途中で降ろしてもらう。
「ここで良いんですか?」
「はい。今日はなんだか歩きたい気分なんです」
車を見送れば、ゆっくりと歩を進める。今日は外の景色がいつもより綺麗に見えて、軽い足取りで景色を楽しみながら。夜に染まりつつある夕暮れの時間。すれ違う人の顔が、暗く見えにくくなる時間帯だ。
「ここのお店かな」
辿り着いたビルを見上げる。今日はこのビルの中にあるバーに行くと言っていた。腕時計を見れば、待ち合わせ時間から少し過ぎている。
――私が一番最後かな。
そう思いながら入り口を潜ろうとすれば、向こうから人が歩いてくる。それが、よく見知った人だったから、思わず立ち止まる。
「亜貴?」
声をかけるけれど、不思議な間が空いて亜貴はこちらを向く。見た目は亜貴だ。それは間違いない。けれど、どこか雰囲気が違う気がする。何とも言えない違和感が喉元まで来ているのに、上手く言葉にならない。
「場所が急遽変わったんだって」
「え?今?」
「そう、今。電話がかかってきた」
変更の連絡は何もない。通知だって来ていないけれど、今かかってきたのだと言われれば、それを信じる他ない。
「ほら、行こう」
差し出された手を取り、亜貴に引かれるまま歩いていく。
――この感じ、どこかで……。
ふと懐かしい感じがしたけれど、記憶といういくつもある引き出しからは探し出せない。何かが引っかかってしまって、見ることが出来ないのだ。
「もう少しだから」
そう言った亜貴の顔はよく見えなくて、ただただ付いていくしかなかった。
「おまたせ。まだ槙だけ?」
「いや、亜貴も来てる」
「あれ?神楽いたんだ」
「ちょっと。僕がここにいちゃおかしいわけ?」
店に入ってきた羽鳥。羽鳥から隠れた位置にいたからか、僕がいることに少し驚いたように思った。
――僕、結構来るの早かったんだけど。
そう思いながら問えば、羽鳥はなんとも言えない顔をする。何があったのか。
「いや……さっき、神楽のそっくりさんとすれ違ったからさ。なんか不思議な感じがして」
「はぁ?」
「ふむ……やはり、先程見かけたのは神楽じゃなかったんだな」
また羽鳥がからかっている。呆れたものだと思ったのに、次にやって来た桧山くんまで同じことを言うものだから、これはからかいではないのだと理解してしまった。
「ちょ……桧山くんまで」
「下の入り口ですれ違ったんだが……あまりにも似ていたので、思わず振り返ってしまった」
「あぁ、桧山も会ったんだ。俺もエレベーター乗るときにすれ違ったんだよね。神楽のそっくりさんと」
「やめてよ、気持ち悪い……」
ぞくりと悪寒が背中を這う。『自分とそっくりな見た目の人間がいる』なんて、誰だって良い気はしないだろう。
「なに、神楽。もしかして、ドッペルゲンガーが怖いとか?」
「確かドッペルゲンガーは死の象徴だとも言われていたな」
「……まぁ、ただの亜貴のそっくりさんなんだろうけどな」
「別に怖いわけじゃない。自分が二人いたら、そもそも不気味ってだけ」
羽鳥のからかいスイッチが、パチリと鳴った気がする。慶ちゃんがまぁまぁと抑えてくれることだけが救いだ。先程の悪寒がまだ続いていることもあって、“ドッペルゲンガー”なんてそんな不確かなものをあまり信じたくなかった。
「そう?案外楽しくやれる気がするけど。……それに、俺も桧山も見てるんだし、まだ来てない瑠奈も見てるかもしれないね。神楽のそっくりさん」
「……そう言えば、瑠奈が来るの遅くないか?」
「確かにそうだな……遅れるならば、いつもは連絡が入るはずだ」
「もー……何やってるんだか……あ、もしもし、瑠奈?」
羽鳥が瑠奈の名前を出したことで、この場にまだ彼女がいないことに気付く。時計を見れば、とうに集合時間は過ぎている。
――そんなにやることが長引いているわけ?
そう思いながら、ケータイで瑠奈に連絡を入れる。少しの呼び出し音の後、すぐに電話は繋がった。
『え!?亜貴!?』
「何、その驚きよう。早くしてよね。みんな揃ってるんだから」
僕からの電話に驚いたような瑠奈。この時間なのだ。電話をかけるのだってわかりそうなのにと思いながら、既に揃っている旨を伝える。
『何で隣にいるのにわざわざ電話?それに揃ってるって……』
「は?隣?」
『え?電話……してない?じゃあ、隣にいるのって亜貴じゃ――』
「……瑠奈?瑠奈!?」
言葉の途中でぷつりと切れた電話。『何かあったのかもしれない』と言いようのない不安が襲いかかる。
「瑠奈、どうしたの?」
「……わかんない、電話切れちゃって。でも、さっき『隣にいるのにわざわざ電話するのか』って言ってた」
「……それ、亜貴のそっくりさんが隣にいたって事じゃないのか?」
ずっと話に出ていた、僕に似ている人。もしかしたらと思ったことを、慶ちゃんも考えていたようだ。
「連れて行かれたってこと?」
「やめてよ、そんなの!そんな事、あるわけない……」
そんな考えを否定したくて、振り払いたくて、声を荒げる。でも、ケータイを持った桧山くんの表情は晴れない。
「だが、今ケータイにかけてみたが繋がらないぞ」
「ひとまず探しに――」
「待って!電話……もしもし!瑠奈!?いきなり電話切ってどういうこと!?」
探しに出ようとした時に鳴り響いた着信音。画面に表示された瑠奈の文字を見て、タップする指に力が籠もる。溢れ出しそうだった不安と心配が、声の大きさとなって電話口で弾けた。『心配かけて』と続けようとした言葉は、ケータイから聞こえた声に喉で止まる。
『あー、かぐらさん?今回は姿借りたよ。ありがとね』
「……誰?瑠奈は?どこにいるの?」
『ねぇ、質問多すぎない?主……あぁ、瑠奈だっけ?瑠奈なら無傷だし、何ともないから安心して。場所は……そーね、神域っていうのかな』
電話の向こうから聞こえる声は、溜め息をつきながら答えてくれる。だけど、内容がなんとも現実なものではない。
「しんいき?ふざけてないでちゃんと……」
『ふざけてないから。普通の人間は来られないんだし。で、俺が誰って話だけど……神様』
「神様とか何!?さっきから答えが全然なってないじゃん!」
思うような答えがなくて、焦れったさが爆発する。安否は確認出来たのに、場所も相手もわからない。
――早く連れ帰ってやりたいのに……!!
はっきりとしないものに苛立ちと焦りが募っていく。
『本当の事言ってるんだけど……ま、信じても信じなくても俺には関係ないからさ。それに元々、瑠奈は俺たちのだったんだしね。返してもらうから』
「ちょっと……!!」
切れてしまった電話はもう繋がることはなく、無機質な定型文を垂れ流すだけだった。ケータイをポケットに入れ、駆け出そうとする僕の腕を掴まれた。
「亜貴!」
「探さなきゃ……早く……」
「神楽、落ち着け」
「そうそう。俺たちもいるんだし、きっと見つかるよ」
「……うん」
その後、僕たちは情報を集めて瑠奈を探したけれど、情報がどれも曖昧で二転三転するようなものばかり。見つけることが出来なかった。
行方不明になった瑠奈と僕の“神域” “神様”という証言から、『神隠しにあったんじゃないか』と噂が流れ出している。
「瑠奈、絶対に僕が見つけるから……」
それでも僕は、諦められずに瑠奈を探し続けている。