マギ
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「紅覇様、紅炎様がお呼びです」
「ん?何だろ……。瑠奈、ちょっと行ってくるねぇ」
「はい。行ってらっしゃいませ」
特に予定のない日の午後。割り振られた仕事も終わってしまって、武官も兼ねた従者の瑠奈とのんびりお茶をしていた。そんな中、炎兄の従者が呼びに来たものだから仕方なく出てきたけれど、心の中は不満な気持ちが煙のようにもくもくと立ち込める。
――……もうちょっと瑠奈と話したかったんだけど。
そうは思っても、出てきてしまった後ではどうしようもない。目の前を歩く従者に付いていき、着いたのは炎兄の私室。こうなれば、さっさと終わらせて自室に帰ろう。コンコンと軽く扉をノックする。
「炎兄、入るよー」
「来たか。……ひとまず座れ」
「はーい」
部屋へ入れば、執務をしている炎兄がいた。こちらを一瞥し、書類に戻された視線。促された席に座れば、早く戻りたい僕はすぐに口を開く。
「で、どうしたの?わざわざ呼び出してまでさぁ」
「……瑠奈に恋人はいるのか?」
止まった音に少し冷えたように感じた空気。言われた内容を理解するまでに数秒かかった。そして、ようやく脳にその内容が届いたと同時に椅子から飛び上がる。
「はぁ!?な、何で炎兄がそんな事気にしてるの!?瑠奈は僕の従者なんだけど!!」
「俺ではない。……俺の兵が瑠奈に惚れたようだから、もし恋人がいないなら、見合いの席を設けてやろうかと思っただけだ」
飛び上がって反論する僕を気にするでもなく、淡々と炎兄は告げる。もう、何が何だか――。理解出来たを通り越し、いっそくらくらする。ただでさえ、炎兄から瑠奈の名前が出ただけでも驚きだったというのに、まさかこういう内容だなんて誰が予想出来るというのか。
確かに今、瑠奈に恋人はいない。けれども『見合い』だなんて、そんなもの――。そんな考えがぐるぐると回っている中、炎兄から出た次の一言で、思考が止まった。
「瑠奈はお前の手が付いているわけではないだろう」
それはそうだ。瑠奈には、どうしたって手は出せなかった。
「そろそろ瑠奈も、相手を探して幸せになっても良いんじゃないのか?」
「そう……だけど……」
瑠奈に手を出せば、彼女を汚してしまう気がしてお手付きには出来なかった。お手付きにしなくたって、『見ているだけでいい』 『側にいてくれるだけでいい』と思っていたから。けれど、そのせいで今この話が出ているのだとしたら。そう思えば、心が黒くどろどろと濁っていくようで。
――見てるだけで良かったはずなのに、どうして……?何でこんなに僕は焦って……。
どろどろしたものが込み上げてきて気持ちが悪い。少しでも気持ち悪さを押し込めようと、従者が出してくれたお茶を飲むために湯呑を手に取る。ふと、飲もうとしたお茶の水面に映った僕が、いつしか見かけた瑠奈の表情と似ている気がした。
確かあの表情を見たのは、夜枷の為に女を招き入れたときだったはずだ。
――瑠奈も、僕が夜枷で他の女を抱いてるとき、同じ気持ちだったのかな……。
そんなことを思いながら映った自分を見つめていれば、再び炎兄から声がかかる。
「紅覇、どうした?」
「……炎兄、瑠奈はあげられないよ。結婚も、相手だってまだいらない」
「それはお前の感情論だろう。瑠奈の意思ではない」
「そうだけど!!」
良縁の機会だというのに、その機会を奪ってしまうかもしれない。そうわかっていても、出たのは拒否の言葉。僕のこの気持ちが、“瑠奈”という従者に対するものなのか何なのかはわからない。けれど――。
「……瑠奈を幸せにするのが僕じゃいけない?」
ぽつりと呟いた、思わず口を突いて出た言葉。自分の中の感情は整理出来ていないけれど、炎兄に正論を言われたとしても、瑠奈だけはどうしても譲れなかった。
「いけないわけじゃない。だが、お前は瑠奈に執着し過ぎていないか」
確かに、何かあればすぐに瑠奈を呼んでいる。それは、瑠奈と一緒にいるのが楽しくて安心するから。だから、側に置きたい。
「……大事に思ってる。それだけだしぃ。……ていうか、瑠奈の事を良く思ってる兵って誰ぇ?僕が手を付ければ、他は瑠奈のこと諦めてくれるの?」
ちらりと頭に過ぎったことだった。興味も、含んでいたかもしれない。問えば、そんな話になると思っていなかったのだろう。炎兄は豆鉄砲を食らったような顔をしたと思えば、すぐにいつもよりも難しい顔。
「……兵の名前は教えられない。他の奴等に関しても、紅覇の手付きをわざわざ狙いはしないだろうが――」
「そっか、わかった。ありがとう炎兄」
「待て!紅覇!!」
持っていた湯呑を置いて、静止の声なんて聞かずに部屋を飛び出す。その勢いのまま廊下を駆けてして自室へ。自室まで少しばかり長く感じた距離も、扉が見えてくれば心做しかほっとした。勢いを抑えられず、思いきり開けた扉をすぐに施錠する。誰にも、邪魔されるわけにはいかないから。
「紅覇様?」
勢いよく帰ってきた僕を心配そうに見つめる瑠奈。そんな瑠奈を見て、『ようやく戻ってきた』と安心する。そして、彼女に聞いておきたかった。
「瑠奈……瑠奈は、“お見合い”したかったぁ?」
『否定の言葉が出ればいい』と、そんな風に考えるのは自分の選択を正当化したいからだ。『僕の選択は間違っていない』 『まだ、瑠奈に相手なんていらないはずだ』と。けれど、瑠奈から出た言葉は――。
「お見合い……ですか。良い人がいるなら会うべきなのかな、とは……っえ!?紅覇様!!」
最後まで聞く前に、僕の中で何かが弾けた気がした。
――何で……そんなこと、聞きたくなんてない……!!
気付けば瑠奈の手を引いて、僕の寝台に投げていた。
「……っ、何が……。紅覇様⁉」
瑠奈が逃げ出さないように、両手を寝台に押さえつけて馬乗りになる。眼下に見えるのは、目を白黒させている瑠奈。『驚かせたかもしれない』と思っても、弾けてしまったところから溢れ出した感情は止められない。
――……ねぇ、どうして僕じゃダメなの?こんなにも……あれ?僕はこんなにも……?
止め処無く溢れ出す、どろどろとした黒い感情の中に、何かがきらりと輝いた気がした。それを掴みたくて、必死に手を伸ばす。
「瑠奈。僕が幸せにするから……優しくするから……」
「待ってください、紅覇様……!」
じたばたと動く瑠奈を悠々と抑え付ける。瑠奈は武官とはいえ、そして僕は小柄とはいえ、男と女なのだ。本当は、こんな力任せなことはしたくない。瑠奈を傷付けたくはない。でも――。
「瑠奈を守る為なんだ……!この時間を……おまえと一緒にいられる時間を、僕は無くしたくない……っ!他のやつの横でおまえが笑うなんて、考えたくない!耐えられない!!」
感情のままに叫べば、瑠奈は悲しそうにこちらを見る。頬を一筋伝った涙が零れ落ち、瑠奈の頬に落ちる。
――泣くつもりなんか、無かったのに。
瑠奈の頬に落ちた涙も、つうっと線を描いて伝っていく。まるで、瑠奈も泣いているかのようだ。
「紅覇様……。でも、私は……っん」
「ごめん……今は、黙って」
伝えようとしてくれた瑠奈の言葉を遮る。
もう少しで掴めそうな“何か”を探して。
噛み付くようにキスをした。