ハイキュー
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休憩を知らせるホイッスルが鳴る。先程まで絶え間なく聞こえていた、ボールを打つ音や掛け声、キュッと高く鳴るシューズが体育館を擦る音。それらと入れ替わって、賑やかな話し声が至る所から聞こえてくる。
内容は耳を澄まさなくてもわかる。大体は練習のことだ。
『あの時のフォーメーションは上手くいった』
『トスの高さはどうだった?』
『レシーブの受け方はもっとこういう形で』
『ブロックにつられすぎ』
そんな会話があちこちから。少し先で王様と日向がトスとスパイクに関して言い合っているのも、いつもの光景だ。普段ならば、その会話に茶々を入れるところではあるけれど今回は違う。
「ねぇ、飲み物ちょうだい」
「はーい!お疲れ様」
声をかければ、ハキハキとした声に日だまりのような笑顔で返してくれる女の子。合宿に来ている間だけ、臨時のマネージャーで来てくれている宮坂さんだ。
「今日、見ててどうだったの?」
「月島くん、やっぱりブロックすごいね!ドシャット決めまくってたし……」
「そ、ありがとう」
中学から同じだった宮坂さん。いつも周りに人がいるイメージがある。明るくて元気。けれど『うるさい』と思ったことはない。むしろ、声が聞こえるとつい耳を傾けてしまうことだってあった。
いざ話すとなっても踏み込み過ぎるわけでもなく、宮坂さんは過ごしやすい距離感を保ってくれる。程々に話し、程々に聞く。空気も柔らかい気がして、話しやすい。だからか、沈黙になったとしても『早々に切り上げよう』と思ったことがない。
それに、話したこともよく覚えていると思う。いつだったか、バレーのことを聞かれた。『ルールもよくわかってない』って確か言っていたけど、今ではルールも僕のポジションもわかっている。先程の会話が良い例だ。
「……馴れないことデショ。頑張り過ぎないよう、程々にしたら?」
「ありがとう。でも、せっかく月島くんが誘ってくれたし、ちょっと頑張ってみたいなって」
確かに、今回宮坂さんに『合宿の間、手伝ってほしい』と声をかけたのは僕だ。臨時のマネージャーを探していると聞いた時、ふと思い浮かんだのが宮坂さんだった。
――他の人になるくらいなら。
そう思ってのことだった。『心当たりがある』と答えた僕に視線が集まった時の、周りの表情は忘れない。
「月島……どうした?大丈夫か……?」
「心当たりだと……?お前!もしや彼女か!?」
「いや、絶対好きな子だ!なぁ、月島!好きな子だろ!?」
驚愕と嫉妬、揶揄が入り混じる混沌とした空間に、ただただ放っておいてほしい気持ちが強くて、冷ややかな目で見てしまう。
「手伝いがいらないなら良いです」
「すいません」
「ごめんなさい」
「よろしくお願いします」
そんな経緯で誘ったけれど、宮坂さんは二つ返事で承諾してくれた。紹介の為に部活中連れて行けば、宮坂さんは持ち前の明るさですぐ溶け込んでいった。
合宿当日になれば、谷地さんや清水さんに仕事内容を教わりながら動いている姿が目に入った。
――張り切り過ぎじゃない?
そう思っての言葉だった。けれど、まさか僕が誘ったからだなんて。はにかむ宮坂さんは、いつも見ている笑顔よりも輝いているように見えた。こう、肺がきゅっと紐で締められるような息苦しさとボールみたいに跳ねた鼓動。
――何でこんな……。
初めての感覚に少し戸惑いがある。けれど、すぐに収まりそうもないそれは、目の前の彼女からの影響らしい。
「宮坂さ――」
「宮坂さん。俺も……飲み物もらえる?」
『宮坂さんと何か話せばわかるかも』なんて思いながら、声をかけようとした。それを横からやってきた赤色に遮られてしまったが。
「用意してありますよ!孤爪さんもお疲れ様です!」
「ありがとう」
手渡されたボトルを受け取り、ふわりと笑った孤爪さん。練習試合の為に、合宿に合流している音駒。だから、ここに孤爪さんがいるのは当然だ。ただ、宮坂さんは孤爪さんと初対面のはずなのに、既に仲が良いように見える。現に、孤爪さんが笑っているのを初めて見たのだから。
そして、孤爪さんに満面の笑みで返す宮坂さんにもだ。あの笑顔に救われたこともあった。だけど今は、黒い霧が心を覆っていくみたいだ。
「孤爪さん、わざわざこっちまで来たんですかぁ?」
「うちはマネージャーがいないから、烏野のマネージャーにお願いしてるんだ」
「へぇ……マネージャーがいないと大変ですね」
「まぁ。普段は順番にやるから」
ついつい口から皮肉が飛ぶ。黒色に支配されるかのように、どろどろした何かが溢れ出そうだ。ふと浮かんだのはただ一つ。
――『何で他の人に笑うの』……そんなこと思うなんて。
深い関係でもない。そんな僕が、宮坂さんに言えることはないとわかっているはずだ。なのに、心がずっと反発する。
「月島くん。音駒の方が大変だからって呼ばれたのが私なんだから」
「……そうなんだ」
「うん、私も合宿に来てから聞いた」
宮坂さんの話が本当ならば、僕は音駒のために宮坂さんを連れてきたことになる。何とも癪だった。けれど、そんな僕の気持ちは置き去りに、目の前の光景はどんどんと進んでいく。
「なので、何か手伝える事があればいつでも言ってくださいね!」
「ありがとう。助かる」
穏やかで和やかな光景。なのに、僕はそこに入れずにいる。今は、口を開けば毒を吐いてしまいそうで、口を閉ざすしかなかった。
「あれ?孤爪さん、もしかして寒かったりしますか?今日冷えますし」
「うん……宮坂さんは、温かそうだね」
「はい!カイロ持ってますし、中もちょっと厚着で……孤爪さん!?」
「あ、本当だ。温かい……」
確かに孤爪さんは寒そうに震えてた。運動しているときはあんなに熱気があるように思うのに、休憩時は外の気温も相まって体育館はなかなか冷える。気持ちはわかる。僕も寒い。
だけどこれはわからない。今、僕の目の前では、孤爪さんが宮坂さんを抱き締めている。急に起こったことに反応が遅れたけれど――。
「っ孤爪さん!何してるんですか!?」
「え?宮坂さんが温かいから暖を取ってる」
あっけらかんと言い放つ孤爪さんに、一瞬自分がおかしいのかとも思った。けれど、すぐに『そんなことはない』と持ち直し、孤爪さんをキッと見据える。
「そうじゃないです!そんな許可もなく、いきなり抱き締めるなんてこと……」
「……宮坂さん、嫌だった?」
「嫌……じゃないですけど、急は照れます……」
宮坂さんは、照れて顔を真っ赤にしている。
――何で嫌って言わないの?
本当に、意味がわからない。目の前の光景を見ていたらイライラしてきて、思わず孤爪さんを宮坂さんから引き剥がした。
「……なにするの」
「……でも、やっぱり急はダメですよ」
「宮坂さんは嫌じゃないって言ってたのにね」
「それは……」
直接、宮坂さんの言葉として聞いただけに言い返せない。言葉に詰まってしまった僕を置いて、孤爪さんは宮坂さんに話にいく。
「でも、そろそろ練習戻んなきゃ……宮坂さん、また連絡する。終わってからアップルパイ食べよ」
「アップルパイ、孤爪さんが好きなやつですよね!」
「うん。嫌かな?」
「全然!私も好きですよ。連絡待ってますね」
いつ、そんな会話をしたのか。何処で連絡先を交換したのか。聞きたいけれど聞けないこの状況に、僕はただ突っ立っているだけだ。力が籠もってしまった拳が痛い。そうか、これは――。
「ありがとう。それじゃ……月島もまた」
「……はい」
孤爪さんが戻っていっても、僕と宮坂さんの間に会話はない。
『宮坂さんが好きだ』
そう気付いたのに、横から取られそうな焦り。こちらを向かせられなかった悔しさに、胸がチリチリと痛んだ。