D.Gray-man
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「神田、向こうみたいよ」
「あぁ」
一面黄金のように見える砂に、足が沈んでは重さを感じながらまた足を上げて一歩先へ。スッと進めないでいるそんな私たちを笑うかのように、太陽の熱を乗せた風は軽やかに砂を舞わせて行った。
地図を見ながら時間と太陽の位置を確認し、相方の神田と目的地に向かっていく。道中、彼との目立った会話はない。ザッザッと砂を踏む音が聞こえるだけだ。
「わっ!」
「はぁ……気を付けろ」
「ごめんなさい、ありがとう」
砂に深く足が沈んでしまったのか。纏わりつく砂の重さに足を取られて転びそうになったところを、神田が手を引いて助けてくれた。
――前を歩いていたはずなのに、よく気付くものね。
私からのお礼の言葉を聞いて、何も言わずに彼はまた私の前を歩いていく。ぶっきらぼうだけれど不意に優しさを感じる彼の行動は、心を羽根で擽られているようで思わずくすりと笑みが溢れた。
彼と組むのもどれくらい経ったのか。コムイ室長にお願いしてラビと組む回数が減ったと思えば、次は神田と組む回数が増えた。『これもサポート出来る君のイノセンスを考慮した結果だよ』とコムイ室長は言ったけれど――。
「へばったのか」
「ううん。大丈夫」
「……そうか」
何かと気にかけてくれる、神田に任せた方が安心だと思ったのかもしれない。現に、また歩き出した神田は私の前を歩いていっている。傍から見れば、神田が私を置いて、先々行っているように見えるのかもしれないけれど実際は違う。砂が風に舞って、前方から飛んでくるのを少しでも抑えようと、壁の役割をする為にあえて私の前に神田が立ってくれているのを知っている。現に、この砂漠に足を踏み入れてからというもの、私は前方から砂を被ることはあまり無かった。神田が隣に来るのは、話し合う時くらいだ。
――ラビは、いつも隣だったっけ。
ふとした時に過ぎるのは、ラビと行った任務の数々。いつだって隣を歩いてくれていたこと。戦いになった時は、私に被害が来ないようにずっと守ってくれた。困ったことだって多かったけれど、それ以上に過ごした些細な時間が嬉しかったのだと今更ながら思う。
「……未練がましすぎるわ」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も」
離れられれば思いを断ち切れるのではないかと思っていた。教団内でも、共用の場所に行く際は人の少ない時間を狙っているし、ラビが訪ねて来た時も何かと理由をつけて会わないようにしている。そうして思いを過去のものにする為、忘れようとした。捨てようとしたくせに、思い出すのはいつだって燃える赤髪に飄々と笑う彼なのだ。
「瑠奈。一度、休むぞ」
「え?そのまま行けば、間もなく着くでしょう?」
「良いから座れ」
急にくるりと目の前の神田が振り返ったかと思えば、かけられた言葉に戸惑う。神田はその場に座り込み、私の手を引く。勢いに逆らわずにいれば、ストンと砂の上に私も座り込んだ。
――パンツ姿で良かったかもしれない。
『スカートだと砂が熱かったかも』と些細なことを思いながら、隣に座る神田を見る。静かで落ち着いていて、息が乱れているようなこともなく、疲れた様子は見えない。あまりにじっと見すぎていたのだろうか。神田が深い溜め息をついたかと思えば、こちらを見つめる。
「何かあんなら話せ」
「……何もないわよ」
「何もないならそんな顔してねぇだろ」
「…………」
「バカウサギか」
無言が肯定になることは知っている。けれど、個人的な話なのだ。なんと言っていいかわからずに、ただ黙っていることしか出来なかった。
「ずっとあいつと組んでいたのが、急に変わったんだ。コムイは話さなかったが……」
「そう……」
コムイ室長は、安易に私事を話す人ではない。きっと神田は、察しながらも私を気にかける程度で見守り、ずっと近くにいてくれたのだ。
「私自身の問題なの。迷惑かけて、ごめんなさい」
「迷惑じゃねぇ。誰と組もうが任務は任務だ」
「……そっか」
『迷惑じゃない』と言い切ってくれた。『気にするな』と言ってくれたようで気持ちがふわりと軽くなる。思えば、心が相当重かったのかもしれない。ようやく、笑えた気がした。
「ありがとう、神田」
「俺は何もしていない。だから、そうしていろ」
頭をぽんぽんと撫でられる。優しい兄のような神田の態度に、笑みが深くなるのを感じた。
そんな時だ。勢いよく砂を踏む音が聞こえて、感じていた温かさが急に無くなったのは。
「何してるんさ」
「あ?」
「ラビ?」
神田と私の間には、先程までいなかった――いや、ここにいるはずのないラビがいた。ラビは私に背を向けて、先程まで撫でてくれていたであろう神田の手を掴んでいる。聞こえた声色がいつものような温かなものではなく、冷たく固いもので緊張が走る。
「何もしてねぇだろ」
「でも今……!」
ラビは何かを言おうとして口を噤む。何を言いたかったのかはわからない。けれど、ふと見えた表情が何かを耐えているようだった。
「ラビ、どうしたの?ラビも任務じゃないの?」
「……あぁ、任務さ」
私の問いかけにハッとしたかと思えば、ばつが悪そうに目を伏せる。大槌小槌の『伸』で来たらしいその元を辿れば、そこにいたのはあの子だった。
――あの子との任務なのに、どうしてここに……。
ラビにとっては喜ばしい任務なはずだ。なのにラビはあの子を遠くに残したまま、辛そうな顔をしてここにいる。
ラビの幸せを願っていた。私がいなくなれば、ラビはあの子と幸せになると思っていた。ラビはあの子が好きなのだから。
「ラビは幸せじゃないの……?」
その辛そうな顔も、神田に向ける暗さを帯びた瞳も、何故そうなってしまったのかわからない。小さく呟いた言葉は、砂に埋もれて消えた。