D.Gray-man
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「ストラーッイク!!」
「……はぁ」
また始まったと遠目から彼を眺める。今日も目に色を映して、一目散にストライクだったらしい女性へと向かっていく。
彼と同じ任務に就くのも、幾度目だろうか。任される任務に彼が相方としてほぼ必ずいるものだから、こうして溜め息をつくのも、幾度目になるのか。回数を覚えていないほど彼は女性に向かって行ったし、私も同じだけ溜め息を付いた。――いや、最初は溜め息ではなく、しゃくり上げそうになる声だったかもしれない。
「先に行くわよ」
「後で合流するさー!」
声を掛ければ反応はしてくれるものの、すぐにふいと女性の方を向く。昔、彼のことが好きだと気付いた頃は、その一挙一投足に振り回されて一喜一憂した。こうして他の女性に目が行くことにも、チクリチクリと針に刺されるように傷付いたものだ。なにせ、目の前のことを見るのに必死な、何も知らない少女だったのだから。
けれど、人間は経験をして成長していくもので。刺激を得て皮膚が厚くなってくるように、気が付けば多少針で刺されたところで“痛い”と思わなくなった。痛さを感じるよりも、ただ感覚が麻痺しただけなのかもしれないが。
「あ……」
一人街を歩いていると、同じ教団服の人達が目に入る。向こうもこちらに気付いたようで、手を振ってくれる。こちらと同じ様に、男女で任務に当たっているらしい。
――向こうは、楽しそうで良いわね。
振ろうと思って挙げた手。けれど振る気になれなくて、そのまま下ろそうとすればがしりと掴まれる。
「ちょっ……」
「おーい!近くだったんかー⁉任務、頑張るさー!」
彼に掴まれた手が右へ左へと行き来する。私が睨みつけるのも厭わず、横に立つ彼はとても楽しそうだ。『ありがとう』 『そっちも任務頑張って』と言って、背を向ける二人。
「行かないの?」
私の問いかけに、彼は笑みを崩さない。私がどの意味で言っているかを知っているくせに。
確かに、彼はふらふらとしている。けれど、そのように見えて、その実彼が見つめている人が一人だけであること。そして、それが誰であるかはわかっていた。
「遠くから見てるだけでも、良いなって思ったんさ」
「本当、嘘つきよね」
現に彼の翡翠の瞳が、まるで目の前の光景を閉じ込めるかのように見入っているというのに。そんな心にもない言葉を紡ぐのだから。
「何言ってるんさ。全然、そんなこと――」
「そんな風に笑わないで」
全てを隠して、綺麗に笑う彼をどれだけ見てきたか。隣から、正面から、嫌というほど見てきたのだ。
「ちゃんと伝えれば良いのよ」
「……伝えられるわけねぇだろ。オレはブックマンなんさ。だから……っ⁉」
ようやく見せてくれた彼の気持ちは、辛いのだと叫びだしそうなほど悲痛なもの。表情が、それを物語っている。その赤い髪のように、燃え盛る思いを抱いているくせに。
――本当、馬鹿みたいね。
掴んだ彼の胸倉をぐいと引き寄せる。今まで、視線が合わなかったわけではない。けれど、彼の奥底を見るかのように、ここまで真っ直ぐに見つめ合ったことは無いかもしれない。
「腹、括ったらどうなの。ブックマンだからって一歩引いてることも知ってるわ。でも、貴方があの子に向ける感情は嘘じゃないでしょう?」
「瑠奈……」
『嘘であれば良い』と、そう願ったことだってある。その翡翠の瞳に映るのが私だけであれば良いとも。でも、それよりも彼の綺麗すぎる笑顔を見るのが嫌だった。だから、後押しするの。彼の本当の笑顔が見たくて。
とんと彼の背中を押せば、力を入れたわけでもないのにふらふらとよろける。こちらを振り返った彼の顔は、まだ不安そうに見えた。普段の頼れるような格好良さは何処へやら。
「早く!行っちゃうわよ!!」
そう声を掛ければ、彼は戸惑いながらも走り出す。すぐに二人に合流したと思えば、あの子に笑い掛けられて照れ臭そうだ。そして次に浮かべたのは、ようやく見れた無邪気で幸せそうな笑顔だった。
「コムイ室長?良いかしら」
「どうぞ、入って」
あれから任務も無事に終わり、彼と教団へ帰ってきた。『報告へ行く』と言って、彼と別れたのが先程のこと。『二人で行けば良いさ』と言った彼を先に部屋へ帰すのは、骨が折れた。
――聞かれるわけにはいかないもの。
目の前にいるのはコムイ室長。神妙な面持ちでこちらを見ているのは何故か、今はわからないけれど。
「ひとまず報告から。任務は成功よ。イノセンスはこれね」
「……うん、ありがとう。ご苦労さま」
そう言ってこちらを見る瞳は、寂しげだ。というよりも、悲しそうに見える。
「何かあった?」
「……瑠奈とラビが一緒に報告に来なかったのは、初めてだろう?」
「そう、かしらね」
確かにこれまで彼と共に任務に出た時は、彼が今回のように付いて来たがり、断る理由も無いのでいつも共に報告を行っていた。報告が終われば、食堂でご飯を食べて彼が部屋まで送ってくれる。それがいつもの任務から戻ってきた時の日常だった。
そして、その日常の一つが違うだけで、何故コムイ室長が悲しそうなのか。ひとえに私が彼を思っていることを、コムイ室長が知っているからに過ぎない。任務で彼と組むことが多いのも、戦闘時に私のイノセンスが彼をサポート出来ることもあり、『せっかくだから』とコムイ室長が割り振ってくれていた。
「……ずっと気にしてくれていたのに、ごめんなさい」
「いや、君が謝ることじゃないよ。……むしろ、辛い思いをさせて済まなかった」
「それこそ、コムイ室長が謝ることじゃないわよ」
気にしないでほしい。そう思いながら、コムイ室長に笑いかける。
思えば、コムイ室長にはお世話になってばかりだった。私が黒の教団へ来た当初、心細さから泣いていた私を励ましてくれたのは、室長になりたてだったコムイ室長だ。リナリーと共に、とても可愛がってくれていた。こうして、影から私の恋を応援してくれる唯一の人だった。
「もう、私は大丈夫だから。だから……ラビ以外の人と任務に行かせて」
「……わかった」
私は笑っているのに、コムイ室長には見えていないのか、変わらずに辛そうな表情を浮かべている。そのまま伸ばされた手は、優しく頭を撫でてくれた。頭から伝わる熱が、目の奥に集まっているのだろうか。目の奥が熱くなり、いつしかぽろぽろと雫が零れ落ちていく。
「今は、しっかり泣きなさい。次に向かって行けるようにね」
ラビのことが好きだった。だからこそ、少しばかり強く言ったとしても、彼が幸せになる方へ押してあげたかった。例えそれが、私自身が傷だらけになることだとしても。
彼のあの笑顔が見れただけで、私は満足なはずだから。
任務を受けにコムイのところへ来た。いつもなら先に来ているはずの瑠奈がいなくて、寝坊でもしたのかと思いながら任務概要の用紙に目を通す。そして、目を疑った。
「……は?何でアレンなんさ?瑠奈は……」
「瑠奈は神田君と任務に行ったよ」
「何で……だって、オレ等大体一緒で――!!」
「二人共、違う子と組む時期が来ただけだよ。何もおかしいことじゃない」
「でも……!!」
「ラビ、これまでは“たまたま”瑠奈と組む機会が多かった。それだけなんだ」
コムイは、ただ淡々と言うばかり。コムイの言うこともわかる。現に、毎回違う相手と任務に行くやつだっているのだ。オレみたいに、同じ相手とよく任務に出ることは稀なのだろう。
あの日から、あの子はオレに笑顔を向けてくれて心が高鳴る。
――幸せさね。
そう思っていたはずなのに。何故だろうか、隣で支えてくれていた瑠奈がいない事実は、胸にぽっかりと穴が空いたようだった。
それを塞ぐ術を、オレは知らない。