魔法使いの約束
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憧れた、大好きな先生。
「ルチル先生!大好き!!」
「ふふ、ありがとう。私もルーリエが大好きだよ」
そう伝えて抱き付けば、優しく笑って抱き返してくれる。後ろをついて歩くほどに、そんな先生が私は大好きだった。
「本当にルーリエは兄様が好きですね」
「うん!優しくて、カッコよくて大好き!」
七つ上になるミチルくんにもそう言われるほど、私がルチル先生を好きなことはよく知られていた。だが、それは“恋愛”としてではなく、妹や友人のような“友愛”や憧れのような“敬愛”だと思われていたことだろう。なにせ、私とルチル先生の年の差は大きい。弟であるミチルくんとだって七つも差があるのだ。当然、兄であるルチル先生ともなれば、更に差は広がる。
――もっと、早くに生まれてたらなぁ……。
そう考えたことは、一度や二度ではない。私が抱いていたのは友愛や敬愛ではなく、恋慕だったのだから。『何をませたことを』と言われそうではあるけれど、この気持ちは確かに恋慕であって、私の中で大切に育てていた。そして、“いつか”と思い描いていたのだ。これからも先生と過ごす未来を。
「先生が、いなくなるの……?」
先生と別れてしまう、その日まで。“賢者の魔法使い”に〈大いなる厄災〉。大人の人達が話していたのを聞いていたことはあるけれど、その頃の私は〈大いなる厄災〉が“悪いこと”だということしかわかっていなかった。だから、『先生がいなくなるのだ』と告げられても、その事実を受け入れることなんて出来るわけがない。無論、納得なんて出来なかった。
「やだ!!どうして⁉何でルチル先生と一緒にいられないの⁉」
両親に縋りつき、泣き喚く。幼さ故にそうすることしか出来なかったとはいえ、私への説明に両親はどれ程頭を悩ませたことだろう。涙が枯れ果てるのではないかと思う程に涙を零し、いつしか疲れて眠ってしまっていた。そして眠っている間に、ルチル先生は『呼ばれたところへ行ったのだ』と聞いた。別れの言葉を言うことも、顔を見ることさえ出来ないまま。一通の手紙だけを残して。
『涙を拭いて、元気を出して。
戻ったときには、ルーリエの素敵な笑顔で出迎えてください』
そう綴られた手紙を胸に、まだ枯れ果てていなかったらしい涙がぽろぽろと頬を伝う。
――きっと先生はすぐに戻ってきてくれる。その時に『素敵な女性になった』と言ってもらえるように……。
ぐっと目を擦って涙を拭う。泣いていたら、“素敵な女性”とは言えなくなってしまうから。
「お母さん」
「大丈夫?まだ目が赤いわよ」
「私、たくさん勉強したい。ルチル先生が“素敵”だって思ってくれるほどの人になりたい」
そう、決意したのが良かったのだろうか。それからの私は、周りが驚くほどに勉学に励んだ。料理や裁縫も覚え、フィガロ先生もいなくなってしまったものだから、少しずつではあるけれど医学だって学んだ。どれもこれも、またルチル先生と再会したときに『すごいね』と言ってもらいたい一心だったから。
「中央の国に……?」
あれから幾年。気付けば季節は何度も過ぎ去って、私も“年頃”と呼ばれる程の年齢になった。あの日から多くを学んだこともあり、今は医者見習いとして働いている。
今回、送られてきた手紙は中央の国への招待状。医学に興味を持った貴族の方から、留学も兼ねて中央の国へと言われたのだ。そんな中でも、心を寄せるのはルチル先生のこと。
――中央の国へ行けば、ルチル先生と会えるかもしれない!会えたら、この気持ちを伝えることだって……。
そんな思いが溢れて、迷わず承諾の返事を出した。
「忘れ物、してない?」
「大丈夫!行ってきます!!」
南の国を旅立つ日は、胸をふくらませた。初めて行く中央の国はもちろん、ルチル先生やミチルくん達にも会えるかもしれないと思えば足取りも軽やかで。
逸る心を抑えながら、辿り着いた中央の国。自然が多かった南の国とは違い、人や建物が多く賑やかだ。
――こんなにたくさんの人がいる中で、先生を見つけられるのかな……。
言いようもない不安が襲うけれど、どうにか頭から振り払う。『何もしないままでいるのは駄目だ』と自らに言い聞かせ、下宿する先へと向かう。
「あれ……?」
ふと聞こえた声に振り返る。少し先に見えたのは、茶髪の青年。何年も会っていなかったけれど、昔の面影があり、すぐにわかった。
「もしかして……ミチルくん?」
「あ、やっぱりルーリエですか⁉こんなところで会うなんて、びっくりしましたよ」
「私も!」
まさか、来て早々にミチルくんに会えるとは思っておらず、驚きと懐かしさ、そして嬉しさを噛み締める。昔も見上げていたけれど、成長した今も視線は上に行く。
「背が伸びたね」
「もう……何年前の話をしてるんですか」
くすくすと笑いながら言う彼は、最後に会った頃より大人びた表情だ。いや、実際大人なのだけれど、知らない人のようで戸惑ってしまう。
「それにしても、ルーリエは南の国にいたはずなのに、何で中央の国に?」
「実は今、医者見習いをしていてね。留学も兼ねて招待されたんだよ」
「へぇ……。頑張ってるんですね」
ミチルくんが褒めてくれたのが嬉しくて、思わず笑みが浮かぶ。
――ルチル先生も、こうして褒めてくれるかな……。
歳を重ねた先生を想像しながら、淡い期待を抱く。たとえ現実にならなくたって、先生に会えるだけでも喜んでしまうだろう。それ程に、会えるのをずっと心待ちにしていたのだから。
「ありがとう。それで、あの……ルチル先生は……」
「兄様?兄様なら近くに……」
「ミチル?」
「あ、兄様!」
後ろから聞こえた声。その声は、長い間聞きたくて仕方なかった先生のもので。
――やっと会える!!
期待を込めて、振り返った。
「……ルチル、先生?」
「あ、もしかして……」
「そうですよ、兄様。ずっと兄様の後ろを歩いていたルーリエです」
「わぁ、やっぱり!大きくなったね」
ふんわりと微笑む姿は、記憶の中の先生と同じ。あれだけの年月が過ぎ去ったはずなのに、先生は最後に見た姿と何も変わらない。魔法使いだということは知っていた。偏見だってない。だって、彼等は私達を助けてくれる人達だから。だけど――。
「……先生は、変わりませんね」
「そうかな?少しは変わったと思っているんだけど……」
「兄様は変わりませんよ!」
背が伸びたミチルくんと並んで笑い合う様は、昔に見た兄弟という姿よりも、友人や仲間のようなもので。そして、少し遠い存在になってしまったように感じてしまう。歳を重ねても、見た目が変わらない。わかっていたつもりが、何もわかってなかったのだ。
「今は医者見習いをしてるんですって」
「お医者さん!フィガロ先生と同じだね」
「そう……ですね。たくさん、勉強しましたから」
戸惑いを隠せないまま、浮かべる笑みはぎこちないだろう。あんなにも会いたかった人が、目の前にいるのに。けれど、『私だけが見た目も変わっていくのか』と実感してしまうと、中央の国へ来る前に考えていた、気持ちを伝える勇気が何処かへ行ってしまったようだった。
「もしかして、何処か体調が悪いのかな?元気が無いようだけど……」
「……到着したばかりだから、疲れてしまったのかもしれませんね。ごめんなさい、先生」
本当は、疲れなんて無かった。先生に会いたい一心で、ここまで駆けて来たのだから。それでも、嘘をついてしまったのは、自分自身が情けなく感じたからだ。
「いいんだよ。ゆっくり休んで、早く元気になってね。また会いに来てくれると嬉しい」
「無理はしちゃ駄目ですよ」
頭を撫でてくれるルチル先生と言葉をかけてくれるミチルくん。幼い頃の光景と重なって、懐かしさからか目の前が滲んでくるけれど、寸でのところで耐える。
「ありがとう、ございます。今日は、ここで……」
「気を付けてね」
手を振ってくれるルチル先生と見送ってくれたミチルくんに会釈をして歩き出す。数歩行ったところでくるりと後ろを見れば、まだ私を見てくれていて。思わず、叫んでいた。
「ルチル先生!私、先生がいなくなってからたくさん勉強しました!料理も上手に作れるようになったし、裁縫だって得意です!!今は、医者の見習いとして働いています!!」
ただただ叫ぶ私の言葉を、ルチル先生はじっと聞いてくれている。涙を耐えているからだろうか。息がしにくく感じる。けれど、息をすれば目から涙が零れ落ちて行きそうで。最後の息を振り絞って、先生に言葉を投げる。
「私は!……私は、素敵になれましたか?」
小さくなってしまった声が、聞こえたかはわからない。だけど、私がずっと目標にしていたことだったから。どうしても、先生に聞きたかった。
「もちろん!とても魅力的で、素敵な女性になったよ」
返してくれた言葉に胸がいっぱいになる。もう、十分だ。
「ありがとう!先生!!」
――大好きでした。
その言葉を伝え、駆けていく。零れ落ちる涙を拭うこともなく、ただ道を突き進む。
私が恋をした人は魔法使いだった。ずっと、一緒にいたいと思っていた。けれど、姿が変わらない彼と年老いていく私。そして一緒になれたとしても、いつか置いていってしまう彼を思えば、気持ちを伝えるなんて出来ない。そうやって彼を思ったふりをしながら、怖気付いてしまった私は、情けない臆病者でしかなかった。
「チレッタ様は……すごい人だったんだな……」
いつか死に別れてしまうかもしれない人間を思いながら、添い遂げたのは勇気があったからなのか。それとも、それほどまでに相手を愛していたからなのか。
「きっと、私にはどっちも足りなかったんだろうな……」
駆けていられた足は、徐々に速度が落ちて歩みに変わる。“初恋”という夢物語に浸って、何も見えていなかった私は、覚悟も現実も知らなかったのだ。それほどまでに、無知だった。
――それでも、好きな気持ちは本物だったのに……。
そう思えども、それを知るのは私のみ。
この先、語ることもないだろう初恋は、泡沫となって消えた。