遙かなる時空の中で3
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「あぁ、可愛らしいお嬢さんですね」
よく聞く、私の主である弁慶殿のこの台詞。甥のヒノエも、“この叔父にしてこの甥”という感じではあるけれど。そんな台詞が聞こえても、いつも戯れのように聞こえていた。というのも、理由としては、相手が長続きしなかったことが一番大きい。下手をすれば、“その場だけ”ということだってある。
――あぁ、やっぱり本気じゃなかったんだ。
そう思っては安堵したことが何度あったことか。
「あ、弁慶さん!」
だけど、彼女は違った。弁慶殿と調べていた“応龍”、“三種の神器”、そして“白龍の神子”。その“白龍の神子”たる望美がやって来てから、弁慶殿は変わった。おそらく、長く共にいたからわかっただけで、そうで無ければ気付かなかったかもしれない。
彼女と関わっていく内に、どんどんと表情が明るくなっていった。普段から穏やかに微笑んでいる方だけれど、楽しそうな笑顔をよくお見かけするようになった。だがその分、苦しそうな表情も増えた。
「弁慶殿……。まだ、休みませんか?」
「……えぇ。まだもう少し、調べたいんです」
もう夜も更けて、丑三つ刻に入ろうかという頃。本を熱心に見る弁慶殿に声をかけるも、返ってくるのはその返事だ。
「それは……彼女の、望美の為ですか?」
「そうですね。彼女の為であり……京の、源氏の為ですよ」
『違うと言ってほしい』と思いながらも、返答はそうであろうと心の何処かでわかっていた。そう言ながら笑んだ弁慶殿は、何故か辛そうで。
――弁慶殿は、望美を思っているからなのか……。
そんな事を感じては、心臓が握られるようだった。その後も、源氏の為に動きつつ、彼女を優先する場面を幾度見ただろう。そのような場面を見る度に、話を聞く度に、心は引き裂かれるかのようで。それでも、『私は彼の人の烏なのだから』と心の傷を見てみないふりをした。そして、『主が望むのであれば、それが私の願いである』と考えるようにした。だから、弁慶殿が“源氏を裏切る”となったときも真っ先に付いていった。
「何故瑠奈まで……」
「私は、弁慶殿の烏ですから」
それに、私が付いていった理由は他にもある。弁慶殿が無茶をするつもりであろう策略や考えが、私にはわかっていた。『弁慶殿を止めたい』その思いを第一に動いていた。もちろん、それに対する覚悟だってあってのことだ。
「……全く。清盛との戦いでは、あなたは参加しないように」
「嫌です。私も出ます」
決して折れることがないと悟ったのか、『無茶だけはしないように』と声をかけられた。長年お側にいるからか、よく私のことをわかってらっしゃる。こうして、弁慶殿が折れてくれることは有り難いが、部下としてはあまり良いとは言えない。とはいえ、今回に関しては譲れないところもある。
――……本当は、参加しなくても良いのであれば、それで良いんですが。
そんな言葉を飲み込めば、望美が指を差す。
「あ、この先が清盛のいる場所ですね!」
対峙した清盛は、あろうことか幼子の姿で戸惑う。けれども、そんな姿から出される力は途轍もないもので。
――このままではいけない……。
『早々に蹴りをつけなければ』と様子を伺う。そして、清盛の息が上がって来た頃を好機と見て、弁慶殿が行おうとしていた策を――私が発動した。
「瑠奈……何故……。何故、君がそれを……!」
「え!?どうして瑠奈の身体に清盛が……」
発動すると同時に、私の中へ吸い込まれていった清盛。“清盛を自らの身に取り込む”。これが、弁慶殿の策だった。
『出せ!このままでは許さんぞ!!』
私の中で清盛の声が反響する。清盛を取り込んだ身体は、とても熱くて、痛くて。下手をすれば、気を失ってしまいそうなほどだ。
「望美!早く封印を――!」
「駄目です!望美さん!」
「望美……清盛を取り込んでる今しか、こいつは封印出来ない!また……出てくる前に!」
止めようとする弁慶殿よりも、今、清盛をこの身に取り込んでいる私の声を聞いてか、望美は大きく頷いてくれる。
「わ、わかった!巡れ!天の声!響け!地の声!」
「駄目だ!止めなさい‼」
「彼の者を封ぜよ!」
弁慶殿が望美を止めようと近付いたけれど、言い終わる方が数瞬早く――。その言葉が言い終わると共に、私の身体が透けていく。先程まで聞こえていた声も止み、熱さも痛みも感じない。とても、楽になった。
「……どうして、瑠奈が透けて……?封じたのは清盛なのに……!」
「清盛を取り込んだ瑠奈が、清盛と同化してしまったからです……」
「そんな…!!」
驚きを隠せない望美と、遣り切れない表情の弁慶殿。対して私は、笑みを浮かべているのだから、この対比のおかしなこと。
「何故君は、この策を知っていたんですか?僕だけが知るはずだったのに」
「……甘いですよ、弁慶殿。何年、あなたの近くにいたと思ってるんですか」
幼い頃にあなたを知り、共に怒られて、遊んで、学んで、戦った。そんな大切で、慕っているあなたを――こんなことで失いたくはなかった。
「僕が消えるはずだった。僕が消えれば、瑠奈は……」
「弁慶殿、私は覚悟していました。こうして消えることに」
「君が……瑠奈が生きなくては、僕が決断した意味がない……っ!」
今にも泣き出しそうな弁慶殿を見るのは初めてだ。彼にとっては、ただの一烏である私。そんな私を、こうして思ってくれるだけで十分だ。
「いいえ、弁慶殿。私は、弁慶殿の……烏です。弁慶殿に、幸せになってほしかった。……望美と共に」
「君という人は……!」
彼は、彼の愛する人と共に。そう思いながら、私はこの決断をしたのだ。
――だから、そんなに辛そうな顔をしないで……。
そして望美に身体を向け、頭を下げる。
「望美、弁慶殿を頼みます」
「ダメだよ、瑠奈!瑠奈は弁慶さんが……」
ゆっくりと首を横に振る。もう、私に残された時間はない。最後は弁慶殿に――。
「弁慶殿、今までありがとうございました。あなたの幸せを、ずっと……願っています」
「瑠奈!」
最後に名前を呼んでもらえた。私が慕っていた、あなたの声で。望美による神子の浄化だからか、心が満ち足りた気分だ。もう、何も後悔などない。
どうか、あなたは
弁慶殿は、彼女の隣で幸せになってください。
それだけが、私の最後の願いです。