戦国無双
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「半兵衛、落ち着きが無さすぎだ」
「……そうかな?」
夜も更けた陣の中。官兵衛殿に声をかけられ、恍けながら曖昧に笑ってみせる。だけど、官兵衛殿が言うことも最もだ。現にさっきから、陣の彼方此方をうろうろとしたり、座っても前後に揺れたり、足を動かしたり。落ち着きなんてあったものではない。それでも、気になるのだから仕方がないのだけど。
「そんなに瑠奈が気になるのか?」
「……うん、そんなとこ」
俺は秀吉様について、中国制圧に来ていた。本来であれば、同じ織田軍である瑠奈も一緒に来るはずだった。
「え⁉行くのを止める⁉」
「他の武将がいるとはいえ、姫様が心配だし……。私はやっぱりこっちに残るよ」
そう会話したのが、出発前のこと。武将であり、間者としても長けた瑠奈を連れて行くことが出来ず、秀吉様は残念そうだった。俺も、『蘭丸 もいるんだから』って言ったけれど、『それでも』と折れることはなかった。それに、出発前だったというのにそんな許可が下りたのは、元々瑠奈が姫様に付いていた武将ということもある。『主の為に残る』と言われれば、無碍には出来ないから。
けれど、あんなにも折れなかったのは『何かあったからじゃないのか』と思って聞こうとした。間者として動くことも多い瑠奈だ。情報を掴んでいた可能性だってある。だけど瑠奈は、最近調子が悪い俺の身体の心配をしてはぐらかすばかり。結局日数だけが過ぎてしまって、俺は中国制圧に向かうことになった。
とはいえ、中国に来てからもその『何か』が気になって、集中出来ていないのが現状なんだけど。
「早く終わんないかな、中国制圧」
「あの毛利が相手では、すんなり行くまい。諦めよ」
「えー!官兵衛殿冷たいー!」
そう言いながらも、俺だって官兵衛殿と同じ意見。毛利さんとこなら多分一癖二癖あると思うし、そんな簡単には終わらないと思う。
「ゴホッ……」
「……大丈夫か、半兵衛」
「――うん、平気。ごめんね、官兵衛殿」
にこりと笑いかけるも、疑った顔の官兵衛殿。
――よくわかってるなぁ……。
なんて、溢れるのは自嘲だ。最近、悪化しているこの咳。何となくは、わかっている。これが治ることはないことも、自分の時間があと少しだということも。だからこそ、余計に早く終わらせて秀吉様を帰したいのだけど。
「かーっ!毛利め、全然崩れんのー!」
「叔父貴!俺が攻めに行くからよ!早く終わらせようぜ!」
「そう簡単に行かないから軍師殿が悩んでるんだろうが、馬鹿」
「ここだけは清正に同感なのだよ」
「んだよ!バーっと攻めてやっちまおうぜ!」
秀吉様や小飼達も、早く終わらせたいと思っている。少し、苛立ちが混じっているのもわかっているから。
――どうにか、手を打たないとなんだけど……どうしようか。
考えを巡らせていれば、陣に伝令兵が転げるように入ってきた。その只事ではない様子に、みんなが息を潜めて報告を待つ。
「で……伝令!明智光秀様、御謀反!信長様の生死は、現在不明との事!」
「な……んじゃと……?」
ふらりと倒れかけた秀吉様を正則が支える。それを横目に前に出たのは三成だ。
「謀反だと?他の織田の将はどうした」
「他の将はほぼ全滅、兵も……」
そこまで聞いて、くるりとこちらを向いたのは官兵衛殿だ。
――どうして、そんな心配そうな……。
「……半兵衛、顔色が悪い。ここは休め」
きっと、ずっと気になっていた内容が、まさかこんな形で伝えられるとは俺も思っていなかったから。だから、官兵衛殿が気を回してくれたのだとすぐにわかった。
「あ……うん、そうだね……。戻るよ。それじゃあ、秀吉様。先に戻らせてもらいます」
「あ、おぉ。ゆっくり休むんじゃぞ!」
ご自分だって、気が気じゃないだろうに。『ゆっくり休め』と声をかけてくださるなんて、優しい人だと改めて思う。けれど、そう言われても俺はきっと休むことなんて出来ない。伝令を聞いたときから、頭の中をぐるぐると回る感情がちっとも消えてくれない。
『謀反が起こって信長の生死も不明』
『そんな状態で、他のやつが生きてるだなんて……』
『けれど、瑠奈は間者としても動いていたくらいだし、抜け道とか使って何とか生き延びたりしてるかも』
『もしかしたら、姫様も一緒に生きてるかもしれない』
『さっきの伝令兵だって“ほぼ”って言ってたから、完全に全滅したわけじゃないはずだ』
そうやって、なるべく良い方に良い方に。そんな風に思わないと、まだ俺は割り切ることが出来なかった。でも、現実は甘くないのだ。
「瑠奈と……姫様が、死んだ?」
「先の伝令兵からの報だ。間違いあるまい」
俺の部屋に来て、淡々と語るのは官兵衛殿。思わず官兵衛殿に詰め寄る。
「何で?だって姫様は瑠奈が守ってたはずだし、瑠奈だってその辺のやつより強い人だよ!?」
「瑠奈も……先に得ていた情報から明智と戦い、凌いでいたそうだ。だが、足を撃たれ……主と伝令兵を逃がす為に殿を買って出たと言っていた」
殿を務めるだなんて、無茶なことをどうしてと言いたい気持ちはある。けれど、瑠奈のことだ。足を撃たれて動けない状態では、足手まといになると思ったのだろう。けれど、瑠奈が姫様を逃したと言うのなら――。
「じゃあ、姫様は何で……」
「信長公の代わりに、撃たれたようだ」
「……そっか。結局、信長は俺が関わった大切な人達を遠くに連れて行っちゃうんだ」
やりきれなかった。瑠奈が逃し、守ったのが姫様だとしても、その姫様は信長の代わりに死んでしまった。怒って、喚いて、信長本人に言ってやりたい。けれど、その本人が生きているかわからないと言うのなら、この気持ちは何処へやれば良いのだろう。
前のめりになっていた姿勢から、力が抜け、ストンと座り込む。もう、力が入らなかった。そんな俺を見て、官兵衛殿は懐から綺麗に折られた紙を差し出す。
「……そして、これは半兵衛にと預かった」
「手紙?誰から……」
「宛名は書いておらぬが、卿ならばわかるのではないか」
官兵衛殿から受け取った手紙。そっと広げて、すぐに目に入った文字はよく知るもので。名前も一人称も書いていなかったけど、俺にはわかる。
『半兵衛をずっと慕っていました。でも、自分には半兵衛や、半兵衛の奥方と子供を守ることしか出来なかったから。
もし叶うのなら、来世では一緒に……』
「本当に、馬鹿だよね。俺だって……君をずっと見てたよ」
ぽたり、ぽたりと手紙に落ちていく水滴は、当分止むことはなく。俺の側には、官兵衛殿がずっと静かに付いていてくれていた。
それから数日後、俺は体調が更に悪化して床に伏せった。少し息をすれば咳き込み、ぐったりとする。そんな状況が、前までは『まだやり残したことがある』と死ぬことが怖かったのに、今は何も怖くはない。確かにやり残したことはあるけれど、怖いと感じないのは、もうこの世に君がいないからなのかもしれない。
「…………」
「かん……べ……殿…悲しそうに、しないでよ……。おれ、全然……怖く、ないんだ……」
「……そうか。向こうで、卿の大切な者に会うといい」
「ん……そうするよ……」
呼吸が上手く出来ていないのか、朦朧としだした意識の中、薄っすらと聞こえる声。
「半兵衛!本当、いつまでも寝坊助だよね。ほら、早く!こっち!!」
「ね……ぼすけって……よけ、いだって……すき、だよ……瑠奈……」
思わず出た言葉は、ずっとずっと言えなくて、最後だからこそ言えた言葉だった。
「……馬鹿」
うっすらと開く視界の中で、もういないはずの瑠奈が見えて。ようやく言えた言葉に驚いていたのも、照れながらはにかんだのも。その顔が、ずっと見たかったんだ。
――一緒に行こうと、迎えに来てくれたんだ。
思わず上がった口元は、きっと嬉しさから。
「半兵衛……!」
「かんべ……どの、あり……とね……。おむか……きた、や……。おや……み……」
「……ゆっくり休め、半兵衛。瑠奈、半兵衛を任せる」
暗くなった視界の中。吹いた風の音と、官兵衛殿のその言葉だけが聞こえた。
迎えに来てくれた君と逝く道は、きっと明るいはずだから。