ヒプノシスマイク
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「あっ!あなたもこれ読んでるんですか!?私もこの本、大好きなんです!」
乱数の事務所へ向かう途中、走っていた女性とぶつかった。転びはしなかったが、その拍子に落としてしまった本を何度も謝りながら女性が拾う。本の表紙に目が行き、女性は目を輝かせた。そして、あの言葉だ。
「おや、そうでしたか。冒険の最中に育っていく主人公の表現が事細かく目に浮かぶようで、応援したくなるお話ですね」
「そうなんですよ!私もつい『主人公頑張れ!』って見ちゃって」
それからどれくらい話していたのか。熱が冷めることなく続いていた会話も、小生のケータイが知らせた着信で中断となった。
「すいません。……はい」
『幻太郎、おそーい!まだかかりそうなの?』
「……おや、もうそんな時間でしたか」
着信の相手は乱数だった。乱数の声の奥から、帝統の声もちらちらと聞こえてくる。話しながらケータイを耳から離せば、時間が優に確認出来た。今は、乱数の事務所に着く予定だったであろう時間から一時間は過ぎている。どうやら、かなり話に熱中していたらしい。
「いえ、間もなく向かいますよ」
『本当かよ』
「小生が嘘を言うとでも?」
『大体はそうだろ!』
『ふーん……わかった!気を付けてね』
電話の切れたケータイを懐になおし、先程まで話していた彼女を見る。電話の会話から、小生がもう行かなければならないと読んだらしく、彼女を見れば手に持っていた鞄を肩にかけ直していた。
「長く引き止めてしまってすいません。同士につい嬉しくなってしまって……」
「いえ、楽しんだのは小生も同じですから」
『それじゃあ、これで』と離れるつもりだったのに、続く言葉が出なかった。ここで別れれば、彼女とはそれまで。けれど、偶然に出会った人とこんなにも話せるなんて滅多に無いことだ。
――稀有な出会いですし……。
そう思ったときには、初めに言うつもりだった言葉ではないものが口を突いていた。
「もし良ければ、また語りませんか?」
「是非!!」
興奮が隠せずに出たような大きな声と、キラキラとこれからが楽しみで仕方がないとでも言うような瞳。
――これは僥倖。
登録された連絡先を画面越しに撫でる。『良い本の虫に会えた』と思った。時間を忘れて語らえるような、そんな良い同士に。
ふと彼女を見れば、ケータイを持ったままぷるぷると震えている。何かあったろうかとそのまま見ていれば、勢いよく彼女の視線がこちらを向いた。
「夢野、先生……なんですか……?」
「おや、今気付いたので?」
先程の輝いていた瞳から一変して、暗めの色を帯びた。自分が執筆した中で、彼女の苦手な部類の本でもあったのだろうかと思案していれば、彼女の頭が下がる。
「ごめんなさい!私、大先生になんてことを……」
「あぁ、そういうことでしたか。気にしないでください。むしろ、小生は楽しかったんですから」
「本当……ですか?」
「えぇ、これは嘘ではありません。だからこそ、小生から『また語りませんか』と声をかけたのですから」
そこまで言って、ようやく彼女は安心したように笑った。『ありがとうございます』と柔らかな音で奏でたお礼を添えて。
「それでは、また」
「はい!ご連絡しますね」
笑顔で手を振る彼女を見送り、小生も乱数の事務所を目指す。『新しい友が出来た』ということに心を踊らせながら踏み出した足は、雲の上を歩いているのではないかと思うほど、ふわふわと浮いたように軽い足取りだった。
これが、小生と彼女の出会いだ。出会わなければ、とは思わない。出会ったからこその、この感情なのだから。どういう経緯があったかは、また改めてお話しましょうか。