ヒプノシスマイク
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「この言葉、似てるよね」
「じゃあ、これと繋げられるかな?」
「わ、本当だ!帝統、すごいね!」
そうして過ごした、幼少期。母方の親戚に預けられた私と帝統は、いつも二人でいた。勉強や習い事はもちろんあったけれど、韻が同じな言葉を見たり、探したり、話したり。辛いことがあっても、帝統と一緒なら乗り越えられた。そんな日々が大切で、楽しくて仕方なくて、大人になっても続くのだと信じていた。
「やーやーやー!オネーさん達!ありがとう!」
「Fling Posse!貴様ら何をしている!」
遠くから聞こえる、Fling Posseの飴村乱数の声。それに注意を浴びせている中王区の者の声。自然とそちらへ向けて歩を進める。
「げっ……中王区……!」
「ラップバトル以外でのヒプノシスマイクの起動は、禁じているはずだ」
「えー!応援してくれたオネーさん達にお礼してただけだもーん!」
「どうにかして説得しないといけませんね……」
聞こえる声から察するに、どうやら飴村乱数だけでなく、そこにいるのはFling Posse全員のようだ。段々と大きくなる声に、彼等のところまで近付いていることがわかる。おそらく、夢野幻太郎だろう。“説得”と言っていたのだ。逃げる気でいるのだろう。
「だな……。どうやって逃げ――」
「帝統?どうしました?」
おそらく、彼等がいるであろう最後の曲がり角を曲がる。曲がってすぐに目が合った相手は、弟である帝統だった。私を見て、一瞬動きが止まったかと思えば、すぐにこちらをキッと睨みつける。
「チッ……嫌なやつが来やがった」
吐き捨てるように言った帝統の言葉に溜め息を付き、取り締まっている中王区の者へ声をかける。
「何してるの?」
「あ……有栖川補佐官!」
「何故この様なところに……」
「私も見回りだよ」
どうやら、私がここにいるとは思わなかったのだろう。目の前の二人はあちこちに視線を動かし、挙動不審になっている。
「有栖川……もしやあの方は、帝統の親戚ですか?」
「……」
視界の隅で、こそこそと夢野幻太郎が私のことを帝統に聞いていた。けれど、帝統は答えないだろう。今だって、不満げな顔で見ているのだから。
「もうここは良いから、他を見回って」
「は……。ですが、こいつらは……」
どうにかして、Fling Posseを捕らえたいのだろう。食い下がる気配のない二人に、付けているマントの下からマイクを見せる。
「……『聞けない』っていうのなら、私は構わないけど?」
「ひっ!し、失礼しました!」
「失礼しました!」
「オネーさん達ばいばーい!」
少しばかり凄んで見せれば、慌てたように去っていく。
――下の子達で良かった……。
暢気に彼女達を見送る乱数の声を聞きながら、安堵の息をつく。くるりと帝統ヘ向き直れば、彼は未だにこちらを睨みつけている。それでも、帝統と話したくて口を開く。
「……久しぶりだね、帝統」
「……てめぇとは会いたくなかったよ」
「私も、ここでは会いたくなかったな……」
苦虫を噛み潰したような顔で言われれば、先程からの態度も相まって、ズキンと心が痛む。けれど、傷付く資格なんて私にはない。
「失礼ですが、あなたは帝統の……」
「有栖川瑠奈です。帝統の――」
「オネーさん!だよね」
「……その通りです」
まさか、中王区の私が自己紹介することになるとは思っていなかった。とはいえ、乱数や帝統は私のことを知っているから、正確に言えば『夢野幻太郎に向けて』のものになるのだが。
とはいえ、そんな自己紹介が気に入らないらしい。『姉だ』と言えば、帝統が乱数や夢野幻太郎の前に立ち叫ぶ。
「俺はこんなやつを姉だとは認めてねぇ!俺を裏切って中王区に行きやがって!!」
「……裏切った?」
言われた言葉が、グサリと突き刺さる。帝統を見られず、目線もどんどん下へと下がっていく。
「……えぇ。帝統と共に家を出たものの、一年前に中王区へ来たんです。帝統を……置いていく形になりましたが……」
「その時に俺がどんな思いをしたか知らねぇだろ!お前は考えもつかねぇだろうなぁ!!」
「止めなさい、帝統!……失礼しました」
勢いのままに、詰寄ろうとした帝統を夢野幻太郎が抑える。帝統が怒っても仕方のないことだ。それ程のことをした。彼を置いていった事実は、変わることがない。
「いえ。……今は、勘解由小路さんと同じく総理大臣補佐官を勤めています」
「へぇ……。お偉いさん、ということですか」
「そうそう!瑠奈オネーさんはスゴいんだよねー!」
夢野幻太郎の少し棘を感じる言い方に、居心地が悪くなる。そんな中、飄々と明るく話してくれる乱数の存在は、張っていた気を少し緩めることが出来たほど。とても、有り難かった。
「ありがとう、乱数。……あまりここにいても、良い思いはしないでしょう。乱数も、もう騒ぎは起こさないように。早く戻りなさい」
「言われなくても戻ってやるよ!」
「はぁ……。それでは、小生達はこれで……乱数?」
どうあったって、帝統の心の傷は癒えないだろう。それ程に、帝統は別れるその時まで自分を信じてくれていたのだろうから。
言い捨てて背を向けて歩いていく帝統を見て、去ろうとする夢野幻太郎。けれども、動く気配のない乱数を見て、声をかける。
「少し瑠奈オネーさんと話してから行くね!」
「……ほどほどにしてくださいね。では」
会釈をして帝統の後を追いかけた夢野幻太郎を見送る。乱数と二人きりになったのを確認し、彼は真剣な表情でこちらを見る。
「……頼んでたもの、大丈夫だったの?」
「見つけた飴は持ってきたよ。これで、まだ耐えられそうならいいんだけど……」
「わっ!こんなに……ありがとう!オネーさん!」
袋に入った飴を見て、喜ぶ乱数に胸が痛くなる。彼にこんな思いをさせてしまっているのが、元を辿れば自らの親なのだ。少しでも報いたくて、協力したいと願い出た。
「どういたしまして。……乱数、帝統のことお願いね」
「うん。……瑠奈オネーさんも言っちゃえば良いのに。帝統の事守るために中王区に行ったんだって」
乱数の言葉に、思考が止まる。思わず浮かんだのは苦笑だ。
一年前。帝統が出掛けているとき、邪答院さん率いる中王区が家に来た。女であり、母親である乙統女様の娘である私も『言の葉党の党員をしろ』というもの。無論、初めは断るつもりでいた。いくら親子とはいえ、長年共に暮らした帝統と比べれば優先度は段違いだ。私の中で大切なのは帝統だったから、置いていくことなど出来なかった。
「じゃあ、戻ってきた子を攻撃しちゃえば、ここにいる理由はないわよね〜?」
マイクを手に、そう言った邪答院さんの顔は今でも忘れられない。連れて行くために邪魔だと思えば、壊すことすら厭わない。むしろ、愉悦の表情を浮かべるものだからぞっとした。
結局、その後は何も帝統に話せないまま、書き置きをして去ることになったのだ。
『中王区へ行きます。ごめんなさい』
それ以外、書くことは許されなかった。それを見た帝統がどんな思いだったかはわからない。だとしても、傷付いただろうことはわかるから。
「……守るためだったとしても、帝統を傷付けた事には変わりないし、帝統が知ったらきっと顔に出て隠せないでしょ?教えない方が良いんだよ」
それに帝統がこのことを知れば、優しい子だから『戻ってこい』と言うのかもしれない。『俺は自分で身を守れる』と。そう考えてしまうのは、希望を抱きすぎているだろうか。
「そうかなぁ……」
「そうなの!引き続き、飴は探すから安心して」
不服そうな乱数に、話題を変えるよう話をする。少しでも、帝統の話から引き離したくて。
「あと……夢野幻太郎のお兄さん。治療も、進められるかもしれないんだ。もう少しの辛抱だよ」
「そっか……。幻太郎に教えたら泣いちゃうかもね!」
独自のルートで見つけた人で、夢野幻太郎の治療に携われそうな人がいた。今は話をつけている最中で、あともう一押しのところまできていた。
伝えた内容に乱数は冗談ぽく言いながらも、歓喜に満ちた表情で。私も、嬉しくなった。
「うーん……泣かれたら困るな!……でも、身内が原因のことだもんね。内側から変えられるように頑張るから。みんなも、外側から頑張ってくれる?」
「うん、任せて!約束だよ!瑠奈オネーさん!」
「……わかった。約束ね」
指切りをして別れる。小さくなっていく背中を、眺めながらこれまでのことに思いを馳せる。
中王区に入った理由も然ることながら、あの時の私のように脅された人達だっていたはずだ。帝統も乱数も、夢野幻太郎だって巻き込まれた人達だし、他にもたくさんいるだろう。巻き込んでいくような人達を見逃すわけにはいかない。
どうにか現状を止めたくて、言の葉党に入った時からずっと情報を探してきた。それも、あと少しのところまで来ている。乱数達も外側から頑張ってくれるのだから。
「私も、しっかり頑張らなきゃ……」
見送った背はもう見えなくなり、決意を胸にその場を去る。乙統女様に話をする日は近いだろう。自らを奮い立たせ、見回り場所へと戻った。
近くに、誰かがいたなんてことにも気付かずに。
「乱数、お待たせ!ごめんね、今日はあんまりゆっくり話が出来なくて……」
「全然良いけど……。瑠奈オネーさん、この後何か用事?」
中王区のすぐ外。小さな路地で、乱数と待ち合わせていた。少し私が慌てた様子だからか、何処か不安そうにしている。
「うん。ちょっと邪答院さんに呼ばれててね。行かなきゃいけないから……。はい、これ飴!今日いっぱい持って来られたんだ!」
「あり……がとう」
「ん?あんまり嬉しくない?」
今回は、いつもより飴を見つけて来られたのもあり、袋の中にたくさん入ったものを乱数に渡す。けれども、心ここにあらずといった様子の乱数が気になり、少しだけ低い彼の目線に合わせる。
「いや、飴は嬉しいんだけど……。仄仄オネーさんからの呼び出し、大丈夫なの?」
「んー……大丈夫、だと……思いたいけど……。乱数、もし私に何かあったら、帝統のことお願いね」
「……オネーさん、それ……!」
彼の不安は最もだろう。私だって、悪い予感がしている。何もなければ、それで良い。けれども“万一”ということだってある。だからこそ、帝統を彼に託すのだ。
「そろそろ、行かなきゃ。じゃ、またね!乱数」
「瑠奈オネーさん!!……俺でも止められるか……?いや、先に帝統に連絡……」
後ろで呼んでくれた乱数の声を振り切って、駆け出す。あの人が呼び出すのだ。“何か”を掴んで、揺さぶりをかけようとしているのだろうと想像はつけども、どのことに対しての話かわからない。
――相手からの話を待つべきかな……。
それから対処しても、おそらく遅くはならないだろう。そう考えながら、中王区の中を駆けていく。
どれくらい走ったのか。弾む息を整え、目的地の扉を見据える。以前もここに来たことがあったが、これほど扉が重厚に見えていただろうか。プレッシャーなのかもしれないが、どうしたって気が引ける。とはいえ、もう既に中に呼び出した人はいるだろう。
――逃げ場はない、か。
覚悟を決め、コンコンとノックの音を響かせる。
「邪答院さん、お待たせしました」
「あら、瑠奈さん。入ってくださ〜い」
中に入れば、邪答院さんが一人部屋にいた。なんとも緩い話し方ではあるけれど、油断は出来ない。思わず睨んでいたのだろうか。邪答院さんがくすくすと笑いながら、こちらを見る。
「怒った顔、弟さんにそっくりですね〜」
「それはどうも。……それで、呼び出した理由は何ですか?」
「あらぁ、そんなこと言っちゃって……良いんですか〜?」
『遊ばれている』と思う程に、彼女のにやにやとした笑顔は消えない。なんとも言えない、気味の悪さが纏わりついてくるようだ。じっと彼女を見ていれば、その後ろから出てきたのは先程まで一緒にいたはずのピンク色のふわふわとした髪の彼だ。
「……乱数?……じゃ、ない?」
「あはは!違いますよ〜。この“乱数ちゃん”は、これから死んじゃいますから」
“死”と聞いて、ふと思い浮かぶのは真正ヒプノシスマイク。
――まさか、洗脳にかけるつもり?
強く睨みつければ睨みつけるほど、目の前の彼女は楽しそうで腹が立つ。
「そんなこと、許されるとでも?」
「本来なら駄目でしょうね〜。でも……」
「……この写真!」
「あの乱数ちゃんに飴を渡している姿が、撮られてるんじゃあね〜?」
スッと投げられた写真は、私が乱数に飴を渡している写真だった。見られていたなんて――。
「……なら、これは勘解由小路さんの命令?」
「ピンポ〜ン。ちゃんと、中王区の為に動ける子にって言われたのよ〜」
まだ、乙統女様の命令で無かっただけ良かったと思うべきなのか。それとも、志半ばで終わってしまうことを嘆くべきなのか。
「さ、やってちょうだい」
帝統を守れなかった。夢野幻太郎のお兄さんのことも、あと少しだった。乱数にだって、もっと飴を渡したかった。どれも、まだ進めることが出来たはずなのに。
「はーい!いっくよー!」
「乱数……」
――帝統のこと、頼んだよ。
そこで、一度意識が途切れた。
「こっち!帝統も幻太郎も急いで!!」
声がする。よく聞いた、ピンクの彼の声。
「しかし……何でまた中王区に?」
「瑠奈オネーさんが危ないの!」
「あいつのことなんて放っておきゃ良いだろうが!」
「帝統はわかってない!!瑠奈オネーさんは、帝統を守る為に……」
近付く声の主達が目の前に姿を現した。
――彼等は、私達言の葉党を邪魔する敵だ。
そう認識すれば、徐々に込み上げてくる怒り。マイクを発動し、構える。
「……あなた達みんな、邪魔なのよ」
「何で……瑠奈、オネーさん……」
「あははは!!素敵な光景だわ〜」
乱数が、悲しそうな顔でこちらを見る。その顔を見なくて良いように、早く消さなければ。
「真正ヒプノシスマイク……。まさか、瑠奈オネーさんを洗脳したのか……⁉」
「何で……何でだよ!あいつはお前達の仲間なんだろ⁉」
「……違うよ、帝統。瑠奈オネーさんは、僕達をずっと助けてくれてたんだ」
「は……?どういうことだ……」
「助け……ですか?」
戸惑う表情も、辛そうな表情も、全部全部消さなければいけない。でなければ、乙統女様の役に立てないじゃないか。
「そうよ〜。お姉さんを中王区に連れて行ったのは私。『あなたを攻撃する』って言ったら、『付いていくから』って言うんだもの。つまんないわよね〜」
「何で、言わなかったんだよ……。姉さん!!」
――帝統……みんな、逃げて……。
帝統に呼ばれて、ふとそう思った意識も混濁の波にさらわれて消えた。
もう、止まれない。