ヒプノシスマイク
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暖かくなってきた昼下がり。小説の執筆をしていれば、家に鳴り響いたインターホン。はて、誰か訪ねてくる予定はあったでしょうか。
「はいはい……おや、瑠奈ではありませんか。どうしたんですか?」
疑問に思いながら扉を開ければ、そこにいたのはよく見知った人で。いつもは扉を開けた途端に、元気な声で小生の名前を呼ぶけれど、今日はその声が聞こえてこない。じっと見ていても、顔は俯き気味。視線も絡まることはなく、右往左往としている。何かあったのかと、心配になってしまうほど。
「……」
「瑠奈?」
「……にゃー」
(……幻太郎ー)
聞こえたものに、一瞬思考が止まる。
――今聞こえたのは猫の鳴き声……?
周りを見渡しても猫はおらず、いるのは目の前にいる瑠奈のみ。もしかして、と半信半疑で問いかける。
「今の鳴き声は……瑠奈、ですか?」
「にゃ……」
(そう……)
悲しげに聞こえた鳴き声。そして、表情を見て彼女だったかと確信した。
さて、彼女は何故このようなことになったのか。そう考えて思い浮かんだのは、こういった現象を起こしそうなもの。噂には聞いていましたが、まさか――。
「……もしかして、違法マイクにでもやられたんですか?」
「にゃ!?にゃー!」
(わかる!?そうなの!)
わかってもらえたのが嬉しかったのか、小生の肩を掴んでは前に後にと揺さぶられる。普通であれば、多少は耐えられるであろうそれも、揺れの勢いが強い。これは些か激しすぎて、酔いそうです――。
「瑠奈……瑠奈……!止めなさい、酔います……!!」
「に、にゃあ……」
(あ、ごめん……)
「はぁ……わかって貰えれば構いません」
揺さぶりは終わったというのに、未だにぐわんぐわんと頭の中が揺れているような感覚を落ち着けようと、手で頭を支えた。それに、これだけ元気なのならば、おそらく話す言葉以外の影響はないだろうと結論付ける。
少しばかり乱れた衣服を整えながら考えるのは、一体誰から違法マイクを受けたのか。それとも故意ではなく、たまたま巻き込まれただけなのか。ただ一つわかるのは、原因が何であれ、瑠奈がこうして訪ねてきてくれたということ。そして、少なからず小生を頼ってくれたということ。
「ひとまず上がってください。どうぞ」
「にゃー。にゃあ」
(ありがとう。お邪魔します)
家に上げた瑠奈を連れて、ひとまず居間へ向かう。以前、耳にした情報によれば、違法マイクは症状が短期間の物が多いと聞いた。明確にするには、シンジュクの先生のような人に見せるのが一番でしょうけれど、たった今瑠奈が来てくれたというのに、すぐに連れ出すのも些か気が引けてしまう。とはいえ、今は元気でもどうなるかわからないのだから、やはり後で病院にはきちんと連れていくとして――。
そんな葛藤をしていれば、ここでふと心に浮かんだのは、帝統と共にいつも良い反応をしてくれる瑠奈のこと。
「それにしても、違法マイクだなんて……貴女、一生治らないかもしれませんね」
つまりは『こんな状況でもからかいたくなってしまった』というわけですが。そう伝えれば、顔を赤くさせたり青くさせたりと大忙しの百面相。あぁ、これが見たかったと、自分の口角が上がっていくのがわかる。
「にゃにゃー!?にゃあ……。にゃー……?にゃ……」
(そうなの!?どうしよう……。一生猫語……?困る……)
「……まぁ嘘なんですけど。時間が経てば自然と治りますよ、きっと」
「にゃあ⁉にゃ……にゃー……」
(嘘⁉あぁ……ビックリした……)
「念のため、後で病院へは行きましょう」
「にゃ」
(うん)
言葉がわからずとも、瑠奈の表情が豊かなこともあって、なんとなくではあるけれど何を思っているのかわかる気がする。乱数や帝統でも――そうですね、わかったかもしれません。あの二人も、存外ハッキリとしているから。
――いや、乱数はもしかしたら……どこか隠してしまうかもしれないかな。
くすりと笑いながらそんな事を思いつつ、居間へ着くと座布団を用意する。
「さぁ、座ってください。さて、何か飲みますか?猫ですし……ミルクが良いですか?……おや、スゴく頭を横に振ってますけど」
「にゃー!にゃー!」
(普通ので良い!お茶とかで!)
“猫だから”と提案したミルクはお気に召さなかったようで、頭が飛んでしまうのではないかと思うほど、勢いよく頭を横に振っていた。そんなに嫌でしたか。こういう時は、感情がわかっても物の種類の分別は難しい。仕方がないと提案したのは、無難なもの。
「……お茶でも入れましょうかね。待っててください」
「さ、どうぞ」
「にゃー。……~っ!!にゃっ!にゃっ!」
(いただきます。……~っ!!あつっ!熱いんだけど!)
入れたお茶に意気揚々と口を付けたかと思えば、次の瞬間には飛び跳ねるようにしていて。驚きを隠せずに、瑠奈を見た。
「おや、熱かったですか?60度の玉露ですよ?」
「にゃっ!?……にゃにゃーにゃー……?」
(えぇっ!?……これもしかして、言葉だけじゃなくて他も猫化してる……?)
「言葉だけじゃなかったんでしょうかねぇ……」
言葉のみが変わったと思っていれば、湧いて出てきた可能性。瑠奈には悪いけれど、好奇心が勝る。
「……試してみましょうか」
「にゃ……」
(嫌な予感しかしない……)
「では、手始めに……これとかどうです?」
縁側近くに生えているそいつを、ぷちりと千切って手に取る。そうして目の前で揺らしてやれば――。
「にゃ、にゃ……!?にゃー……!」
(ね、猫じゃらし……!?何かわくわくする……!)
「さぁ……どうですか!?」
猫じゃらしの動きに合わせて、右に左にと揺れる瑠奈の身体。やはり反応しているのだなと思いつつ、目の前で素早く動かした。
「にゃ!にゃっ……にゃ……にゃあ……にゃあ……」
(獲物!待っ……違うの……恥ずかしい……待って……)
「顔を真っ赤にして……照れてるのでおじゃるか」
猫じゃらしがあった場所に飛び付き、すぐにハッと我に返ったらしい瑠奈。顔を手で覆ってもわかるほど、どんどんと赤く染まる顔が愛らしくて仕方がない。
「にゃーにゃー……にゃー……」
(こんな猫みたいな……今半分そうだけど……)
「まろが悪かったでおじゃるよ。……さ、こちらへ」
「にゃーにゃー?」
(縁側で日向ぼっこ?)
縁側を勧めれば、今の時間帯は陽の光が一番温かく、心地良い。風も通り抜けて過ごしやすいはずだ。
「猫のようならば、気持ちが良いのではないですか?」
「にゃー。……にゃー……にゃあ……」
(確かに。……あぁー……お日様温かい……)
「妾の膝へようこそ」
ぽんぽんと膝を叩いてやれば、うとうととしながら瑠奈がやってくる。
「にゃーにゃー……にゃっにゃにゃー!にゃー!」
(これはどうも……って違う違う!膝枕はダメでしょ!)
「おや、寝ないのでありんすか?いつでも大歓迎ですのに」
途中で気付いたらしく、勢いよく仰け反った瑠奈。それが少し残念でもあり、本当を混じえた嘘泣きで伝える。
「……にゃー」
(……絶対嘘ですよって言うじゃん)
瑠奈から向けられた表情は、帝統と一緒に嘘を疑ったときの顔で。本当にわかりやすいこと。そこが好ましくもあるのですが――。
さて、ここ二つを試してみて、やはり感覚も“猫に変わっている“と言っても良いほどの反応。となれば、試してみたいものはある。
「では最後ですね」
「……にゃ!にゃー……」
(……この匂い!くらくらする……)
「マタタビですよ。酔うと聞くので気になっていて……どうやら本当の様ですね」
棚の引き出しに入れていたマタタビの袋を持っていけば、顔を上気させながら何処か楽しそうにしている。まるでお酒に酔った人のようなそれに、本当だったのかと頷く。
「……にゃー」
(……幻太郎ー)
「そんな無防備に寝転がって……仰向けに寝転がるのは、撫でて欲しいのか嬉しいのか……」
寝転がっている姿はまるで猫のよう。近くで手を動かしていれば、勢いよく掴まれた。
「にゃ!にゃー……ごろごろ」
(捕まえた!幻太郎の手冷たいー……気持ちいい)
「うーん……手を捕まえられてしまうと……執筆もありますし、手は空けておきたいんですが……」
捕まえられた手が瑠奈の頬へ触れる。熱を持った瑠奈の体温が、手から直接伝わって小生も熱に浮かされているのか。今、小生に見えるのは、瑠奈だけ。出来ることなら、このままこの時間に溺れていたい。
けれど、残念ながらこの後は少しばかり小説も進めなければいけないのだ。とはいえ、このままでは放してくれそうにない。
考えた末、縁側から少しずつ動いていき、執筆する為の机の前に座る。小生の手を追ってきた瑠奈も、すぐ近くだ。よし、これならと両手を広げる。
「瑠奈、こっちなら許します」
「にゃー!?にゃっにゃー!……にゃあ」
(ハグしてくれるの!?お邪魔しまーす!……良い匂いする)
勢いよく抱きついて来たと思えば、胸元に首にと顔を擦り寄せる。普通の猫であれば、可愛らしいの一言で済んだだろう。けれども、彼女は人だ。
「っ……そんなにすり寄っては、香が移りますよ」
声が裏返りそうになるのを耐える。そして、愛らしいと思っている彼女からの行動を前に、理性を保てている小生に拍手を送ってやりたい。
「にゃ……に、にゃ……」
(良いよ……良い、匂いだし……)
「……寝てしまいましたか。さて……もう少ししてから運びましょうかね」
猫ならば寝ることはないのかもしれないけれど、そこはやはり人だからか。酔いが回ったのか、小さな寝息を立てて眠ってしまった。
それにしても、擦り寄られることがあんなにも心に来るなんて。酔っていなければ、気付かれていたであろう胸の高鳴りも、押し倒してしまっていたかもしれない自分自身も――。
「……本当に、質の悪いマイクですね」
ぽつりと言葉を吐き、小さな彼女の頭を撫でる。一時の感情に、身を任せなくて良かった。こういうことは、きちんとした時に伝えなくては意味がないと思うから。
――早く起きてくれれば良いのに。
そう思いながら、ぎゅっと彼女を抱き締めた。
「あれ……いつの間に寝て……」
「起きましたか?もう言葉も元通りですね」
言葉が聞こえ、隣を見れば目が覚めたらしい瑠奈。どうやら、違法マイクの効果は切れたようで安心する。
「本当だ。ありがとう、幻太郎」
「どういたしまして。それにしても、にゃーにゃーとお話しできなかったことが残念でした」
「そっか。伝わらなかったから……」
「あんなに熱烈に抱き付いてきてくれたのに、何と言っていたのかわからないとは残念です」
あれほどのことをされたのだ。少しばかり仕返ししても良いだろうと、冗談めかして言ってみる。けれども、返ってきた反応は初心な乙女のようで。
「……ほら、それは……ね。うん……」
「言ってくれないんですの?私寂しいですわ……」
「そんな事無いんだよ!?ただ……改めて言葉にするってなると……照れるっていうか……」
まるで熟れた林檎のよう。小生から視線を逸らし、少しずつ小さくなる声に悪戯心がむくむくと膨らんでいく。
「では、近くまで寄りますからどうぞ小さな声で。それならばまだ、恥ずかしくないでございましょう?」
「照れるよ!?どっちにしても恥ずかしいよ!?ていうか幻太郎楽しんでるよね⁉本当はにゃーしか言えなかったときも、なんとなく言葉わかってたりするんじゃないの!?」
「……そんなまさか。小生は人間ですよ」
言葉は分からなかったけれど、貴女の目も表情も、言葉よりも雄弁に物語ってくれる。抱きついてくれた、あの時の瞳でさえも。絶対に、教えませんけれど。
「わー絶対嘘だ!『嘘ですよ』って言うんだ!ねぇ本当はわかってたんでしょ!?何でわかった……幻太郎!ちょっ……近い‼」
どんどんと壁際に瑠奈を追い詰めていく。後退りながら、キッとこちらを睨んでくるけれど照れているのがわかる。そして、今度は自ら彼女の頬へそっと触れれば、更に赤くした顔で瞳に甘さが滲んでいくから。あぁ、だから貴女は愛らしい。
「小生が何故わかったか……答えられれば、離れましょう?」
これくらいの仕返しは、許してもらえるでしょう?
END