ドラルクとモブ

昭和の頃、人間と吸血鬼の交流を目的にした季刊誌があった。
交流手段は文通。本名ではなくペンネームでやり取りする。(定期購読方式。文通相手を募集したい人間や吸血鬼は自己紹介文をペンネームで載せてもらう。
気になった相手がいたら編集部に手紙を送ると次回発行した雑誌を送付時一緒に入れて送ってくれる。定期購読料にはその手数料も含まれている)
誌面はエッセイや特集、文通希望の人間や吸血鬼の自己紹介文で構成されている。
モブは子供の頃から吸血鬼に興味があり、直接話を聞いてみたいと思っていた。
自己紹介を読んで気になった吸血鬼(ドラルク)に文通を申し込み承諾される。
ペンネームH ・S ことドラルクは性別を明かさず料理が趣味だとかジョンがアルマジロだと伏せて「小さい時から育てた」などと書いていたので、モブは理由があって子供の吸血鬼を親代わりになって育てている女性吸血鬼だと思い違いをしている。
ドラルクはあまり詳細に身辺を書いてしまうとジョンが攫われるような危険に繋がるかもしれないと思い、できるだけ個人を特定されるような情報は書かないようにしていた。
その当時ドラルクと人間の直接的な接触は、店に買い物に行くくらいだった。
もっと昔は母の一族が懇意にしていた人間に牛乳の配達などで世話になっていたが、高齢化とその下の世代への引き継ぎがなかったので、人間との付き合いはほとんどなくなっていた。ドラルクが季刊誌に文通希望者を募る手紙を出したのは最近の人間を理解するため。とりあえず何人かと文通を始めたがほとんどは1年も経たずに交流が途絶えた。だがモブとだけは何10年も年に数回のやり取りが続いた。モブはドラルクが自分のことを語りたがらないのに気づいたので、質問などをするのはやめてしまった。
自分のことも簡素にしか書かず、旅行した先の写真を送ったり、読んで面白かった本の感想などを書いて送った。
インターネットの時代になってさらに手紙を送る頻度は少なくなったが、モブは年に1回は必ず手紙を出した。だがモブも高齢になり、そろそろやめようかと思いはじめた頃、動画配信が一般的になってきた。
偶然目にした動画でジョンという名前の可愛らしいアルマジロを知って、その名に文通相手のことをふと思い出すモブ。
ありふれた名前なのになぜか気になりそのチャンネルを登録する。アルマジロの動画の他に料理動画もあり、そのうち配信しているのが男の吸血鬼であることを知る。
吸血鬼は画面に映らないのだが、モブはこの配信者が文通している吸血鬼に思えてしかたなかった。知りたかったけれど、知って何になるのかという気持ちもあった。知っても多分何も変わらない。
モブは次の手紙に自分も年を取ったのでこれが最後だと書いた。そして「今までありがとう」と。
吸血鬼からも丁寧なお礼の言葉が綴られた手紙が届いて本当に文通は終わりになった。
その同じ年、役割を終えたと判断された季刊誌は廃刊になった。
モブは登録したチャンネルに新しい動画が上がると欠かさず見るようになった。
人間の「ロナルド君」という友人ができたのも知った。
モブは吸血鬼がいつも楽しそうにしているのが、自分のことのようにうれしかった。
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