番外編
おなまえ
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デート
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
元の日常へと帰ってきて早1ヶ月。
当初の予定とは大きく違った出来事はあったものの、計画通り(?)に私は王馬小吉という男子と、今となっては現実かどうかすら疑わしいような非日常空間からの『卒業』を果たした。
卒業の日に聞いた、私の連絡先が彼に知られている件は冗談ではなかったようで、帰宅した数時間後には『オレだよ!』という詐欺まがいのメッセージが届いていた。
そこから数日かけてやり取りを重ね、次の休日はどこかへ遊びに行こう…なんて話になっているのだけれど。
「これって…デートってことになるの?」
参加者は多分、私と王馬くんの2人。
当日やることは、カフェでお茶でも…程度の内容しか決まっていない。
男女、2人、休日、お出かけ…。
やっぱりこれ、デート?
というか、そもそも私たちは付き合ってるのか?
「好きかも」とは確かに言ったけど、それだけだし。
付き合ってとか付き合おうとか、そんな話をした覚えはない。
……いや、でも付き合ってなくてもデートと言う場合もあるような…。
悩んだ挙句、勢い余って赤松さんに『男女2人でのお出かけって、デート?』とメッセージを送ってみたところ、『それはデート』とすぐに返信が来た。
答えを貰えたことにスッキリした気分だったのはほんの一瞬で、ものの数秒後には「じゃあ明日は王馬くんとデートってこと!?」と一人自室で慌てふためく。
緊張のあまり一睡も出来ないのではと不安になったが、自分が思っていたより私は神経の太い女だったらしい。
本当に、驚くくらいの快眠だった。
「あれ、みょうじちゃん早いね?」
快眠の甲斐あって爽やかな朝を迎えた私は、予定より早い時間に待ち合わせ場所にたどり着いた。
王馬くんはというと、私の到着から10分後、待ち合わせ時刻の2分前というなんともギリギリなタイミングで姿を現した。
遅れてはいないけれど、時計を見て「ちぇ、ピタリ賞じゃなかったかー」と呟いていたことを私は知っている。
あの様子だと多分、運が悪ければ待たされていた可能性もあったんじゃないだろうか。
何か文句でも言ってやろうかと息を吸い込んだのに、彼の姿を視界に入れた途端、喉元まで出かかった嫌味っぽい言葉はすっと体の奥へ溶けてなくなってしまった。
そんなに期間が空いたわけではないはずなのに、ものすごく久しぶりに会ったような感覚。
あの頃は、毎日嫌という程顔を合わせていたせいもあるのだろうか。
もしくは「デート」という言葉の響きが、私に何らかの魔法をかけたのか。
記憶の中よりも、実物の方が少しかっこいいかも…?なんて、そんな夢を見ていられたのは彼が再び口を開くまでのことだった。
「にしし、上司より先に来るなんて感心感心。次の査定は期待していいよ!」
「なっ…!だから、私は王馬くんの部下じゃない!」
「はいはい。“今は”、“まだ”、違うよねー」
今は、まだ、と単語を強調しながら、王馬くんは何度も見たあの意地悪そうな笑みを浮かべた。
そういえばこんな人だったなぁ…と、会えない時間が思い出を美化する等という定説が自分には当てはまらなかったことに安堵する。
「さて、じゃあ行こっか」
それから、はい、と差し出されたのは王馬くんの左手。
どうして急に握手?と戸惑いつつも左手を差し出すと、「やっぱりバカなの?」という言葉と共に、100点満点の呆れ顔を披露されてしまった。
「あ、あの…?」
「…はぁ、普通こっちでしょ。それじゃ歩けないじゃん」
伸びてきた王馬くんの手によって、差し出したばかりの私の左手は押しのけられ、代わりに右手を掴まれる。
「行くよ」
「そ、そんな犬の散歩みたいに…!」
「にしし、まぁ似たようなもんだよね!」
「だから、私は部下でもペットでもない!」
まるでリードに繋がれた犬のようにぐいぐいと引っ張られ、王馬くんの進む方向へと前傾姿勢で進まされる。
茶化したような文句しか言えなかったけれど、私の心臓は今ドッキドキのバックバクだ。
手を繋いで歩くという状況は以前にもあった気がするが、好きかもなぁ、なんて自覚をしてからは初めてなわけで。
もしかして私たち、傍からは恋人に見えてるのかな?と、浮ついた思考が止まらない。
…とはいえ、実際のところ恋人に見えるかどうかはかなり怪しいと思う。
主に、私が過度な前傾姿勢になっているせいで。
「………みょうじちゃん、何か悪いものでも食べた?」
「えっ、なんで?」
「ずっと変な顔してるから」
どうやら知らない内に、浮ついた思考故か表情が崩れに崩れていたらしい。
またやってしまった…。
そう思ったけれど、考えていることを声に出さなくなった分、これは進歩と言えなくもないのではないか。
「進歩だと良いよね~」
「あれ、出てた…?」
「ばっちりとね!…まぁいいけど。みょうじちゃんのそういうとこ、実は嫌いじゃないしー?」
「絶対馬鹿にしてる…」
「にしし。…あっ、ごめん間違えた!みょうじちゃんは『嫌いじゃない』じゃなくて、『好き』って言ってもらう方が嬉しいんだっけ?」
「はっ…!?」
少しだけ前を歩く王馬くんがくるっと振り返り、私を見て悪戯っぽく笑った。
いつかの私の失言をしっかり覚えていて、「嫌いじゃない」なんて、分かりにくい肯定の言葉を敢えて使ったのはこのためか。
まんまと不意打ちをくらって口をぱくぱくとさせる私の反応がお気に召したのか、彼は満足気に笑ってまた前を向き直る。
「みょうじちゃんって、ホントつまらなくないよねー」
「バカにしてる…これは絶っ対、バカにしてる…!」
「さぁ、どうだろうね?案外、照れてるみょうじちゃんも可愛いなーって思ってるだけかもしれないよ?」
「な、な、なに…なっ…」
「あっはは!壊れちゃったー?」
何これ!こんな空気になるなんて聞いてないんだけど!?
本当にこんな、で、デートみたいな…そういうことが現実に起こるなんて。
集合してからまだ10分も経っていないのに、こんな調子で私の心臓は今日を生き抜けるんだろうか。
「みょうじちゃん、何にする?」
目的地であるカフェに到着し、向かいに座る王馬くんがメニューを見ながらそう尋ねてきた。
「うーん、これかこれで迷ってて…」
迷った末に二択まで絞り込んだケーキを指す。
フルーツいっぱいのタルトか、ふわふわのスポンジケーキか。
みんな違ってみんないい…じゃないけれど、どちらも美味しそうでなかなか決めきれない。
「ふーん。じゃあ両方にすれば?」
「でも、2つも食べられないし」
「どっちも半分こしよっか。はい、それで解決」
王馬くんはあっさりとそう言ってのけ、固まる私をよそにさっさと注文まで済ませてしまう。
ケーキをシェアして食べる。
しかも、私が食べたいって言ったやつを…。
な、なんかそれってすごく…デートっぽい…。
迷った二択をどちらも叶えられる喜びだけではない感情。
好きかも、やっぱり。
……別に王馬くんが、とかじゃなくて。
ケーキが!好きだなぁと改めて実感しただけだから。
そう思いながら口に入れた生クリームは、いつもより甘いような気がした。
その後もウィンドウショッピングを楽しんだり、ぶらぶらと街中を散歩してみたり。
日が傾き始めた頃になって、そういえば今日はずっと手を繋がれたままだったなぁとふと思った。
そうして思い返すと、ペットよろしく前傾姿勢に連れ回された形になっていたのは最初のあの瞬間だけで、その後は多分…どこからどう見ても普通の…。
「わ、なんか…本当にデートみたい…」
「え?」
思わず口から漏れた一言は、聞き逃されることなく王馬くんの耳に届いてしまったらしい。
きょとんとした顔でこちらを見ていた彼の表情が、じわじわと呆れを含んだものへ変わっていく。
「….は?」
ゆったりと伸び続けた呆れゲージがMAXになったらしい王馬くんは、いつもより怒気を含んだ、あからさまに不機嫌であることを強調したような低い声を出す。
「な、なんでもない!なんでもないです!」
「ばっちり聞こえてたんだけど?」
「うっ…」
ものすごく意識してしまっていたことがバレたようで、いたたまれない恥ずかしさが私を襲う。
てっきりからかうような言葉を浴びせられるか、はたまた半ギレ状態で詰られるか…どちらかが待っていると思っていたのに、降ってきたのは意外にも大きなため息ひとつだけだった。
「はぁ…」
「あ、あの…?」
「デートじゃないわけなくない?」
「えーっと…?」
「普通に考えてデートでしょ」
「で、でも…私たち…その、付き合ってない…よね?」
「はぁ!?」
今日一番の大声を出した後、王馬くんは小さな声で「やっぱホントにバカだった…」と呟く。
確かに自分を賢い人間だと思ったことはあまりないが、そんなにしみじみと実感されるほど、取り返しのつかないバカなことをしてしまったのか。
あわあわと口をもごつかせていると、私が何か言葉を発するより先に王馬くんが話し始める。
「…まぁ、みょうじちゃんって恋愛低学歴だもんね。ハッキリ言ってあげないと分かんないか」
相当バカにされているが、言われていることは事実なだけに返す言葉もない。
「付き合っててもなくても、デートはデートでしょ。…それからオレ、好きじゃない子とデートなんかしないけど」
帰り道を照らす夕日のせいか、王馬くんの頬はいつもより赤みががって見える。
多分、私もそうなんだろうな。…それはきっと、夕日のせいではないけれど。
「ねぇ、みょうじちゃん。オレの彼女って肩書き、欲しくなってきた?」
「なってきた…かも」
「ちぇ、また"かも"かー」
王馬くんはわざと曖昧にした私の返事に文句をつけつつも、ケタケタと笑っている。
自分自身のキャパシティを越えてしまいそうな出来事に、頭がクラクラしてきた。
けれど、前回も今回も、こんな…濁したような言葉で答えるのは違うような気がする。
結局私は、気恥ずかしさとか、経験値が足りないとか、そんな理由をつけて全てを明確にするのを避けていただけ。
…まぁ、それ以外にも、理由の中にはほんの少し…いや、かなりの割合を悔しさが占めているような気もするけれど。
大嘘つきなこの人に、振り回された思い出ばかりなのに。
肝心なところで急に優しくなったり、私のことを知ろうとしてくれたり。
恋愛低学歴の私だって、さすがにもう分からないわけがない。
全部を"かも"で濁したあの時、本当はとっくに、"かも"なんかじゃなかったこと。
「…嘘」
「ん?」
「"かも"…っていうの、全部…嘘、だよ。本当は」
「……へぇ、すっかり騙されちゃった」
にしし、と笑う王馬くんに釣られて笑えば、いっぱいいっぱいだった胸の内の空気がしぼんでいくように軽くなった。
「…さて、今度こそ帰ろっか」
「うん!」
ひとしきり笑いあった後、王馬くんはまた私の前に片方の手を差し出す。
今日の始まりの時よりもほんの少しだけ、胸を張ってその手を取った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
元の日常へと帰ってきて早1ヶ月。
当初の予定とは大きく違った出来事はあったものの、計画通り(?)に私は王馬小吉という男子と、今となっては現実かどうかすら疑わしいような非日常空間からの『卒業』を果たした。
卒業の日に聞いた、私の連絡先が彼に知られている件は冗談ではなかったようで、帰宅した数時間後には『オレだよ!』という詐欺まがいのメッセージが届いていた。
そこから数日かけてやり取りを重ね、次の休日はどこかへ遊びに行こう…なんて話になっているのだけれど。
「これって…デートってことになるの?」
参加者は多分、私と王馬くんの2人。
当日やることは、カフェでお茶でも…程度の内容しか決まっていない。
男女、2人、休日、お出かけ…。
やっぱりこれ、デート?
というか、そもそも私たちは付き合ってるのか?
「好きかも」とは確かに言ったけど、それだけだし。
付き合ってとか付き合おうとか、そんな話をした覚えはない。
……いや、でも付き合ってなくてもデートと言う場合もあるような…。
悩んだ挙句、勢い余って赤松さんに『男女2人でのお出かけって、デート?』とメッセージを送ってみたところ、『それはデート』とすぐに返信が来た。
答えを貰えたことにスッキリした気分だったのはほんの一瞬で、ものの数秒後には「じゃあ明日は王馬くんとデートってこと!?」と一人自室で慌てふためく。
緊張のあまり一睡も出来ないのではと不安になったが、自分が思っていたより私は神経の太い女だったらしい。
本当に、驚くくらいの快眠だった。
「あれ、みょうじちゃん早いね?」
快眠の甲斐あって爽やかな朝を迎えた私は、予定より早い時間に待ち合わせ場所にたどり着いた。
王馬くんはというと、私の到着から10分後、待ち合わせ時刻の2分前というなんともギリギリなタイミングで姿を現した。
遅れてはいないけれど、時計を見て「ちぇ、ピタリ賞じゃなかったかー」と呟いていたことを私は知っている。
あの様子だと多分、運が悪ければ待たされていた可能性もあったんじゃないだろうか。
何か文句でも言ってやろうかと息を吸い込んだのに、彼の姿を視界に入れた途端、喉元まで出かかった嫌味っぽい言葉はすっと体の奥へ溶けてなくなってしまった。
そんなに期間が空いたわけではないはずなのに、ものすごく久しぶりに会ったような感覚。
あの頃は、毎日嫌という程顔を合わせていたせいもあるのだろうか。
もしくは「デート」という言葉の響きが、私に何らかの魔法をかけたのか。
記憶の中よりも、実物の方が少しかっこいいかも…?なんて、そんな夢を見ていられたのは彼が再び口を開くまでのことだった。
「にしし、上司より先に来るなんて感心感心。次の査定は期待していいよ!」
「なっ…!だから、私は王馬くんの部下じゃない!」
「はいはい。“今は”、“まだ”、違うよねー」
今は、まだ、と単語を強調しながら、王馬くんは何度も見たあの意地悪そうな笑みを浮かべた。
そういえばこんな人だったなぁ…と、会えない時間が思い出を美化する等という定説が自分には当てはまらなかったことに安堵する。
「さて、じゃあ行こっか」
それから、はい、と差し出されたのは王馬くんの左手。
どうして急に握手?と戸惑いつつも左手を差し出すと、「やっぱりバカなの?」という言葉と共に、100点満点の呆れ顔を披露されてしまった。
「あ、あの…?」
「…はぁ、普通こっちでしょ。それじゃ歩けないじゃん」
伸びてきた王馬くんの手によって、差し出したばかりの私の左手は押しのけられ、代わりに右手を掴まれる。
「行くよ」
「そ、そんな犬の散歩みたいに…!」
「にしし、まぁ似たようなもんだよね!」
「だから、私は部下でもペットでもない!」
まるでリードに繋がれた犬のようにぐいぐいと引っ張られ、王馬くんの進む方向へと前傾姿勢で進まされる。
茶化したような文句しか言えなかったけれど、私の心臓は今ドッキドキのバックバクだ。
手を繋いで歩くという状況は以前にもあった気がするが、好きかもなぁ、なんて自覚をしてからは初めてなわけで。
もしかして私たち、傍からは恋人に見えてるのかな?と、浮ついた思考が止まらない。
…とはいえ、実際のところ恋人に見えるかどうかはかなり怪しいと思う。
主に、私が過度な前傾姿勢になっているせいで。
「………みょうじちゃん、何か悪いものでも食べた?」
「えっ、なんで?」
「ずっと変な顔してるから」
どうやら知らない内に、浮ついた思考故か表情が崩れに崩れていたらしい。
またやってしまった…。
そう思ったけれど、考えていることを声に出さなくなった分、これは進歩と言えなくもないのではないか。
「進歩だと良いよね~」
「あれ、出てた…?」
「ばっちりとね!…まぁいいけど。みょうじちゃんのそういうとこ、実は嫌いじゃないしー?」
「絶対馬鹿にしてる…」
「にしし。…あっ、ごめん間違えた!みょうじちゃんは『嫌いじゃない』じゃなくて、『好き』って言ってもらう方が嬉しいんだっけ?」
「はっ…!?」
少しだけ前を歩く王馬くんがくるっと振り返り、私を見て悪戯っぽく笑った。
いつかの私の失言をしっかり覚えていて、「嫌いじゃない」なんて、分かりにくい肯定の言葉を敢えて使ったのはこのためか。
まんまと不意打ちをくらって口をぱくぱくとさせる私の反応がお気に召したのか、彼は満足気に笑ってまた前を向き直る。
「みょうじちゃんって、ホントつまらなくないよねー」
「バカにしてる…これは絶っ対、バカにしてる…!」
「さぁ、どうだろうね?案外、照れてるみょうじちゃんも可愛いなーって思ってるだけかもしれないよ?」
「な、な、なに…なっ…」
「あっはは!壊れちゃったー?」
何これ!こんな空気になるなんて聞いてないんだけど!?
本当にこんな、で、デートみたいな…そういうことが現実に起こるなんて。
集合してからまだ10分も経っていないのに、こんな調子で私の心臓は今日を生き抜けるんだろうか。
「みょうじちゃん、何にする?」
目的地であるカフェに到着し、向かいに座る王馬くんがメニューを見ながらそう尋ねてきた。
「うーん、これかこれで迷ってて…」
迷った末に二択まで絞り込んだケーキを指す。
フルーツいっぱいのタルトか、ふわふわのスポンジケーキか。
みんな違ってみんないい…じゃないけれど、どちらも美味しそうでなかなか決めきれない。
「ふーん。じゃあ両方にすれば?」
「でも、2つも食べられないし」
「どっちも半分こしよっか。はい、それで解決」
王馬くんはあっさりとそう言ってのけ、固まる私をよそにさっさと注文まで済ませてしまう。
ケーキをシェアして食べる。
しかも、私が食べたいって言ったやつを…。
な、なんかそれってすごく…デートっぽい…。
迷った二択をどちらも叶えられる喜びだけではない感情。
好きかも、やっぱり。
……別に王馬くんが、とかじゃなくて。
ケーキが!好きだなぁと改めて実感しただけだから。
そう思いながら口に入れた生クリームは、いつもより甘いような気がした。
その後もウィンドウショッピングを楽しんだり、ぶらぶらと街中を散歩してみたり。
日が傾き始めた頃になって、そういえば今日はずっと手を繋がれたままだったなぁとふと思った。
そうして思い返すと、ペットよろしく前傾姿勢に連れ回された形になっていたのは最初のあの瞬間だけで、その後は多分…どこからどう見ても普通の…。
「わ、なんか…本当にデートみたい…」
「え?」
思わず口から漏れた一言は、聞き逃されることなく王馬くんの耳に届いてしまったらしい。
きょとんとした顔でこちらを見ていた彼の表情が、じわじわと呆れを含んだものへ変わっていく。
「….は?」
ゆったりと伸び続けた呆れゲージがMAXになったらしい王馬くんは、いつもより怒気を含んだ、あからさまに不機嫌であることを強調したような低い声を出す。
「な、なんでもない!なんでもないです!」
「ばっちり聞こえてたんだけど?」
「うっ…」
ものすごく意識してしまっていたことがバレたようで、いたたまれない恥ずかしさが私を襲う。
てっきりからかうような言葉を浴びせられるか、はたまた半ギレ状態で詰られるか…どちらかが待っていると思っていたのに、降ってきたのは意外にも大きなため息ひとつだけだった。
「はぁ…」
「あ、あの…?」
「デートじゃないわけなくない?」
「えーっと…?」
「普通に考えてデートでしょ」
「で、でも…私たち…その、付き合ってない…よね?」
「はぁ!?」
今日一番の大声を出した後、王馬くんは小さな声で「やっぱホントにバカだった…」と呟く。
確かに自分を賢い人間だと思ったことはあまりないが、そんなにしみじみと実感されるほど、取り返しのつかないバカなことをしてしまったのか。
あわあわと口をもごつかせていると、私が何か言葉を発するより先に王馬くんが話し始める。
「…まぁ、みょうじちゃんって恋愛低学歴だもんね。ハッキリ言ってあげないと分かんないか」
相当バカにされているが、言われていることは事実なだけに返す言葉もない。
「付き合っててもなくても、デートはデートでしょ。…それからオレ、好きじゃない子とデートなんかしないけど」
帰り道を照らす夕日のせいか、王馬くんの頬はいつもより赤みががって見える。
多分、私もそうなんだろうな。…それはきっと、夕日のせいではないけれど。
「ねぇ、みょうじちゃん。オレの彼女って肩書き、欲しくなってきた?」
「なってきた…かも」
「ちぇ、また"かも"かー」
王馬くんはわざと曖昧にした私の返事に文句をつけつつも、ケタケタと笑っている。
自分自身のキャパシティを越えてしまいそうな出来事に、頭がクラクラしてきた。
けれど、前回も今回も、こんな…濁したような言葉で答えるのは違うような気がする。
結局私は、気恥ずかしさとか、経験値が足りないとか、そんな理由をつけて全てを明確にするのを避けていただけ。
…まぁ、それ以外にも、理由の中にはほんの少し…いや、かなりの割合を悔しさが占めているような気もするけれど。
大嘘つきなこの人に、振り回された思い出ばかりなのに。
肝心なところで急に優しくなったり、私のことを知ろうとしてくれたり。
恋愛低学歴の私だって、さすがにもう分からないわけがない。
全部を"かも"で濁したあの時、本当はとっくに、"かも"なんかじゃなかったこと。
「…嘘」
「ん?」
「"かも"…っていうの、全部…嘘、だよ。本当は」
「……へぇ、すっかり騙されちゃった」
にしし、と笑う王馬くんに釣られて笑えば、いっぱいいっぱいだった胸の内の空気がしぼんでいくように軽くなった。
「…さて、今度こそ帰ろっか」
「うん!」
ひとしきり笑いあった後、王馬くんはまた私の前に片方の手を差し出す。
今日の始まりの時よりもほんの少しだけ、胸を張ってその手を取った。
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