好きを自覚していない話と、自覚する話
おなまえ
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自覚する九条天
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
とある香水メーカーとのタイアップ企画が持ち上がった。
楽、龍、ボクの3人それぞれをイメージした香水の発売と、CM出演がセットになった企画。
この日はイメージ香水やそれ以外の商品も含め、複数のサンプルを前にそれらを嗅ぎ、インタビュー等で答える内容を固めるための日だった。
「香りも身だしなみの一環」とは姉鷺さんの言葉で、その教えにならい香水をつけることはあった。
けれど、正直その善し悪しは分かっておらず、姉鷺さんのおすすめに従ってその通りのものを使用するだけ。
キツい香りはむしろ苦手な方だし、こんなに沢山の香りを嗅ぎ分けられるだろうか、と。
始まる前はそんなことを思っていた。
「へぇ、香りはフェロモン、これで貴方もいい男…か」
「よく聞くよね。いい匂いだなって思う相手とは相性がいいとか、そういう話」
「それ、香水の話とは別じゃない?」
渡された資料を片手に、届けられたサンプルをひとつずつ嗅いでいく。
これだけ数があると、段々香りが混じってよく分からなくなってしまいそう。
そうならないためにも、ひとつひとつ集中して臨まなければ。
気を引き締めて、目の前のひとつを手に取って匂いを嗅ぐ。
「…あ」
「どうした、天?」
「いや、なんだか少し…嗅いだことのある匂いだと思って」
そのサンプルを嗅いだ瞬間、どうやら無意識に声が出ていたらしい。
楽に声をかけられてハッとした。
嗅ぎ覚えのあるこの香りが、一体どこで、誰が纏っていたものなのかは思い出せない。けれど、それは何故かボクにとってひどく落ち着く香りだった。
「天はその香りが好みなんだね!…あ、俺はこれとか良いなって思ったよ」
「…なんか甘ったるいな。俺はもっとさっぱりしたやつが好みだな」
別に、これが好みだなんて言ってないんだけど。
心の中でそう思っていたけれど、最後のサンプルを嗅ぎ終えた頃になっても、記憶に強く残っていたのはあの香りだけだった。
あれから数日が経ち、意外な場所でボクはまたあの香りの気配を感じ取った。
「…みょうじさん」
「え?…あ、九条さん!お疲れ様です」
楽屋へ向かう道中で、突然あのサンプルに似た香りが鼻を掠める。
思わずその匂いの先を視線で辿ると、その先にいた人物が知り合いであったために、無意識にその名前を口にしていた。
「どうかされましたか?…あっ、百さんでしたら楽屋ですよ」
「そう…ありがとう」
本当は用事なんてない。
けれど、それなら何故呼び止めたのか、と不審に思われることが嫌で、彼女の話に合わせて相槌を打つ。
「それでは、私はこれで。これからお仕事ですよね?頑張ってくださ…」
「っ、ねぇ」
みょうじさんがその場で会釈をした瞬間、あの香りがいっそう強くボクの鼻を刺激して。
咄嗟に呼び止められたことに、彼女は驚いたように足を止める。けれど、それは僕自身も同じだった。
今、どうして彼女を引き止めたのかが分からない。
「どうかされましたか…?」
「…香水」
「え?」
「香水、使ってる?」
「香水…ですか?」
香水メーカーとのタイアップに際し、色んなインタビューが控えているから参考にしたい。
我ながら唐突で、稚拙な嘘だと思った。
それでも彼女はそんなボクを疑う様子を一切見せず、真剣な面持ちで口を開く。
「えっと…すみません。私、使ったことがないのでお役には立てないかと…」
「…そう、急にごめん。ありがとう」
何も悪いことなどしていないというのに、みょうじさんは申し訳なさそうな表情でボクを見つめる。
そんな様子にいたたまれなくなり、その後は引き止めることはせず彼女と別れた。
いい匂いだと感じる相手とは相性がいい。
好意を寄せる相手の香りはいい匂いだと感じる。
そんな、どこかで聞いたことのある雑学が脳裏をよぎる。
「…気が付かなければ良かった」
まだほのかに残る彼女の痕跡が、気付き始めた自身の気持ちを徐々に確信へと変えていく。
それが、決して許されるものではないと分かっていたはずなのに。
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とある香水メーカーとのタイアップ企画が持ち上がった。
楽、龍、ボクの3人それぞれをイメージした香水の発売と、CM出演がセットになった企画。
この日はイメージ香水やそれ以外の商品も含め、複数のサンプルを前にそれらを嗅ぎ、インタビュー等で答える内容を固めるための日だった。
「香りも身だしなみの一環」とは姉鷺さんの言葉で、その教えにならい香水をつけることはあった。
けれど、正直その善し悪しは分かっておらず、姉鷺さんのおすすめに従ってその通りのものを使用するだけ。
キツい香りはむしろ苦手な方だし、こんなに沢山の香りを嗅ぎ分けられるだろうか、と。
始まる前はそんなことを思っていた。
「へぇ、香りはフェロモン、これで貴方もいい男…か」
「よく聞くよね。いい匂いだなって思う相手とは相性がいいとか、そういう話」
「それ、香水の話とは別じゃない?」
渡された資料を片手に、届けられたサンプルをひとつずつ嗅いでいく。
これだけ数があると、段々香りが混じってよく分からなくなってしまいそう。
そうならないためにも、ひとつひとつ集中して臨まなければ。
気を引き締めて、目の前のひとつを手に取って匂いを嗅ぐ。
「…あ」
「どうした、天?」
「いや、なんだか少し…嗅いだことのある匂いだと思って」
そのサンプルを嗅いだ瞬間、どうやら無意識に声が出ていたらしい。
楽に声をかけられてハッとした。
嗅ぎ覚えのあるこの香りが、一体どこで、誰が纏っていたものなのかは思い出せない。けれど、それは何故かボクにとってひどく落ち着く香りだった。
「天はその香りが好みなんだね!…あ、俺はこれとか良いなって思ったよ」
「…なんか甘ったるいな。俺はもっとさっぱりしたやつが好みだな」
別に、これが好みだなんて言ってないんだけど。
心の中でそう思っていたけれど、最後のサンプルを嗅ぎ終えた頃になっても、記憶に強く残っていたのはあの香りだけだった。
あれから数日が経ち、意外な場所でボクはまたあの香りの気配を感じ取った。
「…みょうじさん」
「え?…あ、九条さん!お疲れ様です」
楽屋へ向かう道中で、突然あのサンプルに似た香りが鼻を掠める。
思わずその匂いの先を視線で辿ると、その先にいた人物が知り合いであったために、無意識にその名前を口にしていた。
「どうかされましたか?…あっ、百さんでしたら楽屋ですよ」
「そう…ありがとう」
本当は用事なんてない。
けれど、それなら何故呼び止めたのか、と不審に思われることが嫌で、彼女の話に合わせて相槌を打つ。
「それでは、私はこれで。これからお仕事ですよね?頑張ってくださ…」
「っ、ねぇ」
みょうじさんがその場で会釈をした瞬間、あの香りがいっそう強くボクの鼻を刺激して。
咄嗟に呼び止められたことに、彼女は驚いたように足を止める。けれど、それは僕自身も同じだった。
今、どうして彼女を引き止めたのかが分からない。
「どうかされましたか…?」
「…香水」
「え?」
「香水、使ってる?」
「香水…ですか?」
香水メーカーとのタイアップに際し、色んなインタビューが控えているから参考にしたい。
我ながら唐突で、稚拙な嘘だと思った。
それでも彼女はそんなボクを疑う様子を一切見せず、真剣な面持ちで口を開く。
「えっと…すみません。私、使ったことがないのでお役には立てないかと…」
「…そう、急にごめん。ありがとう」
何も悪いことなどしていないというのに、みょうじさんは申し訳なさそうな表情でボクを見つめる。
そんな様子にいたたまれなくなり、その後は引き止めることはせず彼女と別れた。
いい匂いだと感じる相手とは相性がいい。
好意を寄せる相手の香りはいい匂いだと感じる。
そんな、どこかで聞いたことのある雑学が脳裏をよぎる。
「…気が付かなければ良かった」
まだほのかに残る彼女の痕跡が、気付き始めた自身の気持ちを徐々に確信へと変えていく。
それが、決して許されるものではないと分かっていたはずなのに。