飴玉
おなまえ
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※王馬視点
昼休み、彼女の席の前に座って後ろを向きながら話をするのがオレの日常。
本来のこの席の持ち主、最原ちゃんが何か言いたげな顔をしてこっちを見てるけど気にしない。
…あ、どっか行っちゃった。
まあいいや、一応後で謝っとこ。…気が向いたらね。
そんなことを考えていると、目の前の彼女からふわりと甘い香りが漂ってくる。
うーん、この香りは…。
「いちご!」
「ふふ、正解ー」
彼女が喋る度にカラコロと軽快な音が聞こえてくる。
最近のみょうじちゃんはどうやら飴にハマってるらしい。
話す度に違う種類の甘ったるい香りを纏わせて、時折頬に丸いシルエットを浮かばせている。
確かに美味しいけどさ、そんなに食べてて飽きないもの?
今の彼女のブームなのだろうが、何故それを?と思わずにはいられないチョイスだ。
「王馬くんも食べる?」
「ううん、オレはいいや」
「そっかー、美味しいのに」
「にしし、食べすぎて虫歯にならないようにね!」
「ちゃんと歯磨きしてるから大丈夫ー」
「あは、みょうじちゃんなら歯磨き粉まで子供用の甘いやつ使ってそー」
「なるほど、その手があったか」
「ちょっと……まぁ別にいいけどさ。全国の良い子たちのためにも買い占めはやめなよ?」
取り留めもない会話の合間にも彼女の口元からカランと軽い音が鳴る。
今は右か左か、どっちの歯に当たったんだろう。
さして興味もないことを予想しては彼女に正解を尋ねる、はたから見たら何が楽しいのか分からないその一連のやり取りもオレとしてはつまらなくないお遊びだ。
「みんな、隣のクラスで舞園さんと澪田さんが即興ライブやるんだって!」
廊下から聞こえた誰かの声を聞き、教室にいた生徒たちがガヤガヤ騒ぎながら外へと出ていく。
そうして気がつけば教室内にはオレとみょうじちゃんの2人だけが残されて、静かになった空間に彼女が飴を砕く音が響く。
「あんまり噛んでると、ホントに虫歯になるよ」
「だって、小さくなると噛みたくなっちゃうんだもん」
「にしし、分からなくもないけどね」
「次は何味にしようかなー」
「ぶどうにすれば?」
「じゃあそうしよーっと。あ、王馬くんもいる?」
「いらなーい」
机の中から飴玉を取りだし、包み紙をとって紫色の丸い粒を口の中に放り込む。
さっきのいちごに紛れて、かすかに感じるぶどうの匂い。
隣の教室から澪田ちゃんがかき鳴らす楽器の音が聞こえてきて、それに合わせて廊下に響く他の生徒たちの歓声。
それでもオレたちの周りは静かさを保っていて、時間の流れがちがうみたいな…なんだか切り離された別の空間にいるような、そんな気がした。
「おいしい?」
「うん、ぶどうの味って感じ」
「ぶっ…あはは!もっと他に言うことなかったの?」
当たり前すぎる回答に思わず笑ってしまう。
口の中の飴玉の味をじっくりと堪能するみょうじちゃんを見ていて、ちょっとした悪戯心が湧き上がってきた。
甘い飴に夢中になるのもいいけどさ、目の前にいるオレにも夢中になってほしいなー…なんて。
もちろんそこまで真剣に考えてるわけじゃないけど、今オレが考えてることを実行したらどんな反応をするのかという好奇心もあって、彼女の名前を呼んでみる。
「ねぇねぇ、みょうじちゃん」
「なーに?」
「やっぱりオレにも飴ちょーだい」
「うん、いいよ」
机の中を探ろうとするみょうじちゃんの顔に手を添えると、不思議そうな表情で見つめられる。
そんな彼女の唇にそっと自分のそれを近づけ、触れ合うと同時に舌でその隙間を押し開けた。
舌先に広がるぶどうの味と、鼻の中を抜けていく甘い匂い。
ぶどうの味を辿って彼女の口内を探るように舌を動かせば、すぐに見つかる硬くて丸い何か。
カランコロンと飴玉が歯にぶつかる音と、唾液の混じり合う音。
甘ったるい。匂いも味も感触も、何もかも全部。
ひとしきりその甘さを堪能してから、最後にダメ押しでちゅっと音を立てて唇を離す。
「にしし…飴ありがと」
「もう…いきなりすぎるよ」
「ごめんごめん」
口を尖らせて文句を言うみょうじちゃんに、笑いながら言葉だけの謝罪をする。
だって、全然怒ってないのなんて表情を見れば丸分かりだからね。
唇に指を当てて、「美味しかったよ」と味の感想を告げると彼女は顔を赤くして俯いた。
美味しかったのはもちろん、飴の話だよ?
…なんて、嘘だけどね!
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