不器用な柳蓮二
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「おみまい?わたしだけで?」
「うむ。俺たちは試合が近い。練習をしなくてはならないからな。幸村に近況を報告してきれ」
今朝、朝練が始まる前。真田にそう頼まれた。
普段ならこのまま部室直行なのだけれど、今日は制服のまま正門をくぐる。ここから病院までは数駅。バス停でバスを待つ。
最近バタバタしていたせいか確かにおみまいに行けてなかった。だけれど、部活を早く切上げてみんなで行くだとか方法はそれなりにあったけれど、私を1人で向かわせたのは最近の不審な私を気づかってくれたのだろう。申し訳ない。
正直この感情の答えを教えてもらわなくては私は前に進めない。そんな気がしていた。もういいや、と放ったらかしにしたいけれど、それは雅治がきっと許してくれない。
ならば、幸村にヒントくらい。貰ってもいいんじゃないのか。…いや、病人にそんなこと聞くことじゃないよな。あれこれ考えているあいだにバスがついていた。自動のドアがぎこちなく開く。整理券をとって1人椅子に腰掛けた。
_____
「幸村、久しぶり!」
「名前。来てくれたんだね」
病院の独特の薬品の匂いが鼻にツンと香る。いつのまにか、この匂いに慣れてしまった。それはなんだか少し、悲しかった。
慣れた手つきで鞄を置いて常備された椅子に座る。それから鞄の中から最近の試合の結果と練習メニュー、みんなの状態を書いたノート。計3冊を差し出す。幸村は「ありがとう」と言って読み始めた。
「おかしいな」
「え?なんか違った?ごめん」
「うん。ここに、名前が悩んでること、書いてないよ。」
一瞬、私は固まってしまった。
幸村にはなんでもお見通しというわけなのだろう。さすが、私たちの部長だ。ニコニコと微笑んでいるはずなのに、幸村からは話せという命令のようなものが感じられる。私は最近私の中で起きていること。そのせいで感じている感情を幸村にひとつひとつ話し出した。
全て話し終わった時、幸村はいつぞやの雅治のように呆れた顔をしてため息をついた。こっちは至って真面目な悩みなのに
「君たちってほんとに…」
「…たち?」
私がそう繰り返すと、幸村はやってしまったと言わんばかりの顔をした。そうしてうーんと悩んだように顎に手を当て、それで「ま、いっか」とお気楽に言って私の方に体を向けた。
「昨日、柳がきたんだ。部活が終わってから」
「え」
「その時に名前のことを心配していたよ。部活中も部室で作業をしていたし、顔は暗い。そのうえ避けられてるーってそりゃもうすんごく寂しそうに」
ケラケラと笑う幸村と、頭の中がこんがらがる私。柳が、私のことを心配していた?寂しがっていた?それを考えると想像出来なくて思わず吹き出してしまった。柳が私のことを気にかけるのは嫌がらせがしたいだからだろうに。何を心配することがあるんだか。
そこまで考えて、自分の気持ちのはずなのに胸がちくりと傷んだ。
「それから、これを俺に渡してくれたんだ」
「…手紙?____ちょっとまってそれって!」
「うん。俺宛」
この前教室で見た光景を思い出してみれば、確かに柳にあの女の子が渡していたはずの、手紙。それが幸村宛?どういうこと?
混乱する私を見て幸村は優しく微笑んで私の手のひらを包み込んだ。幸村の手のひらは暖かくて、私の心を少しずつ落ち着かせた。もしそれが本当なら、私は勝手に告白現場だと思い込み、勝手に落ち込んでいたのだろうか。なんて、なんて情けない。
顔が徐々に赤くなっていく私を見て、また幸村は笑った。笑いすぎだよと言い返せばだって君たち面白いんだもんと楽しそうに返してきた。
「そろそろいい加減にしてさ、もうその気持ちが何なのか気づいてるんだろう?」
「…気づいて?」
「なんでそんなにヤキモチを妬いてしまうのか。嫌だ嫌だと言いながらなぜ毎日一緒にいるのか。…うーんそうだな。いいこと教えてあげるよ」
さらに私の手を握る力を強くして、幸村は私と目を合わせるべく少しだけ引っ張った。あまりの近さに少しだけ鼓動が早くなる。幸村の綺麗な顔が至近距離に飛び込んだせいで心臓はバクバクうるさい。近くで見ると余計に美しい顔をしている。
「なんで、名前は人気の立海テニス部マネージャーをしてて虐められなかったのかな?
それから、仕事をこんなに早くできるようになったのはなんで?
小学校までそれなりにモテてて、それが嫌だった名前があんまり告白されなくなったのはなんで?
_____全部、柳だろ?」
幸村のその言葉に胸がどくんと大きく音を立てた。
それと同時に、病室のドアが開く音がした。
「_____名前」
「柳!」
柳はいつもの糸目を開かせて驚いた顔をした後、苦虫を噛み潰したような顔をして、俯いた。そんな柳の表情は初めて見た。そんな、余裕がなくて、悔しそうで、それから悲しそうな柳の顔なんて。
「…邪魔をしたな」
いまの私と幸村の立ち位置を考えると、あの顔の近さは柳の角度から見たらキスに見えたんじゃないか。そう考えると胸がズキズキと痛む。待って、行かないで、柳。待って、違う。
私が声を出す前にドアは閉められた。
どうすればいいのか、わからない。