知らないけど分かってる。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
知らないけど分かってる。9
* * *
「俺は先に部屋に戻る。ハメはずして、見張りの交代を忘れないように言っとけ。何かあれば声をかけろ。」
宴のつもりではなかったのだが…。
じゃあそろそろおひらきに、なんて良識を持ち合わせたクルーもおらず、まだまだ続きそうなどんちゃん騒ぎの輪から抜け出す。俺の言葉に両手を高らかに掲げてベポがお決まりの言葉で反応した。
「アイアーイ!任せてキャプテン」
「〇〇、お前も一応はケガ人だ。無理はしないで、体は休めておけ。」
クルー達に囲まれて、むしろ埋もれたという表現が近いだろうが…〇〇にも釘を刺しておく。そういえば、とイッカクがはたと話を止めて、こちらに顔を向ける。
「キャプテン、〇〇はどこで寝かす?」
「…あー、お前のとこでいい。流石に頭を打った当日だから、二段ベッドの下を使わせろ。風呂も念のため明日にして、お前から使い方を説明してやれ。」
「はーい。じゃ、キャプテンおやすみなさい。」
ベポの返事よりも数段軽いノリで、イッカクは手をひらひらと振る。本当に分かってンのか、こいつ。
〇〇の両隣で騒ぐベポとイッカク。
キャプテンの俺に対するベポの重すぎる敬愛とイッカクの吹けば飛ぶように軽い尊敬の落差に少しだけ眉間に皺がよる。何でこう俺の船のクルーには極端なヤツが多いんだ。
口直しにとばかりに、〇〇をチラリと盗み見て俺は食堂を後にした。
* * *
昼前の敵の襲撃以降、敵の追跡がないことを確認してからポーラータング号は浮上しており、今は海上をゆっくりと北上している。
ポーラータング号の甲板はクルー達が日中稽古をしたり、水浴びや日光浴を楽しむ広めのメイン甲板と、見張り台があり周囲の索敵に用いるサブ甲板の2種類が存在する。俺は少しだけ涼んでから戻ろうと、メインの甲板に腰を下ろした。
風が弱いため波も穏やかで、水平線に他の船の姿も見えない。大事な女が記憶喪失になった以外はいたって平穏な夜だ。
次の島までおおよそ3日。
それまでに〇〇の記憶は戻るのだろうか。
記憶が戻らず彼女が船を降りたいと言ったら、実質次の島で別れることになるだろう。本人の意思を尊重すると心に決めたからには引き留めることはできない。
先ほど食事を取り分けてくれた時、確かに彼女の中に忘れ去られた記憶の断片を見ることはできた。クルー達にもみくちゃにされながらも、表情に緊張や嫌悪がなかったのは、心と体が何となくでも俺達のことを覚えている証拠だと信じたい。
「はぁ。」
息をするのも忘れて考え込み、解決策が見えない苛立ちと息苦しさを盛大に吐き出す。
「キャプテン、大きなため息ですね」
頭上から声がして見上げると上部の甲板にある見張り台から、クリオネが身を乗り出している。
「〇〇は、何か思い出しましたか?」
「…いや。ただ、まぁ、楽しんではいるようだ。」
自分でも事態が前進しているのか後退しているのか分からない。ただ、成果がないことを認めるのが何となく嫌で、「〇〇は楽しんでいる」という事実を無理やり付け足す。
「なら良かった。」
「…どうやったら戻るんだろうな。」
部下の手前、表情こそ出さないようにしてはいるが、〇〇と俺達がどうなっていくか全く想像がつかないし、講じるべき手段や対策も分からない。それが不安で、弱音にも近いような言葉になった。
図らずもこの場に居合わせたクリオネも、キャプテンの未だかつてない落ち込みっぷりに、事態の深刻さを感じていた。と、同時に少しだけこの不器用なキャプテンにも愛すべき唯一無二の存在が出来たことに安堵も覚える。
今や、その愛すべき存在喪失の大ピンチではあるのだが…。
「でも、まぁとにかくいつも通りに過ごすしかないんじゃないですか。何がきっかけで戻るとも分かりませんし。今日みたいに本人が望むことは、できる限り叶えてあげるのが近道だと思いますよ。」
医学の心得もない中で、よりにもよって医者であるキャプテンに無責任な声かけとは分かってはいたが、クリオネが思い付くかぎりの言葉を伝える。
「そうだな。」
「おーい、クリオネ交代だぞ!」
その時、甲板にウニが出てきた。
見張りのお供にか、まだ中身が半分以上入った酒瓶を片手に、軽やかにこちらに向かってくる。
「ん、誰かと話してたのか?」
ウニは見張り台まで来ると、ちょうどキャプテンがいた下の甲板を覗き込んだ。ただ、そこには既にキャプテンの姿はなく、誰もいない甲板に鈍く月明かりが反射するだけだった。
* * *
「俺は先に部屋に戻る。ハメはずして、見張りの交代を忘れないように言っとけ。何かあれば声をかけろ。」
宴のつもりではなかったのだが…。
じゃあそろそろおひらきに、なんて良識を持ち合わせたクルーもおらず、まだまだ続きそうなどんちゃん騒ぎの輪から抜け出す。俺の言葉に両手を高らかに掲げてベポがお決まりの言葉で反応した。
「アイアーイ!任せてキャプテン」
「〇〇、お前も一応はケガ人だ。無理はしないで、体は休めておけ。」
クルー達に囲まれて、むしろ埋もれたという表現が近いだろうが…〇〇にも釘を刺しておく。そういえば、とイッカクがはたと話を止めて、こちらに顔を向ける。
「キャプテン、〇〇はどこで寝かす?」
「…あー、お前のとこでいい。流石に頭を打った当日だから、二段ベッドの下を使わせろ。風呂も念のため明日にして、お前から使い方を説明してやれ。」
「はーい。じゃ、キャプテンおやすみなさい。」
ベポの返事よりも数段軽いノリで、イッカクは手をひらひらと振る。本当に分かってンのか、こいつ。
〇〇の両隣で騒ぐベポとイッカク。
キャプテンの俺に対するベポの重すぎる敬愛とイッカクの吹けば飛ぶように軽い尊敬の落差に少しだけ眉間に皺がよる。何でこう俺の船のクルーには極端なヤツが多いんだ。
口直しにとばかりに、〇〇をチラリと盗み見て俺は食堂を後にした。
* * *
昼前の敵の襲撃以降、敵の追跡がないことを確認してからポーラータング号は浮上しており、今は海上をゆっくりと北上している。
ポーラータング号の甲板はクルー達が日中稽古をしたり、水浴びや日光浴を楽しむ広めのメイン甲板と、見張り台があり周囲の索敵に用いるサブ甲板の2種類が存在する。俺は少しだけ涼んでから戻ろうと、メインの甲板に腰を下ろした。
風が弱いため波も穏やかで、水平線に他の船の姿も見えない。大事な女が記憶喪失になった以外はいたって平穏な夜だ。
次の島までおおよそ3日。
それまでに〇〇の記憶は戻るのだろうか。
記憶が戻らず彼女が船を降りたいと言ったら、実質次の島で別れることになるだろう。本人の意思を尊重すると心に決めたからには引き留めることはできない。
先ほど食事を取り分けてくれた時、確かに彼女の中に忘れ去られた記憶の断片を見ることはできた。クルー達にもみくちゃにされながらも、表情に緊張や嫌悪がなかったのは、心と体が何となくでも俺達のことを覚えている証拠だと信じたい。
「はぁ。」
息をするのも忘れて考え込み、解決策が見えない苛立ちと息苦しさを盛大に吐き出す。
「キャプテン、大きなため息ですね」
頭上から声がして見上げると上部の甲板にある見張り台から、クリオネが身を乗り出している。
「〇〇は、何か思い出しましたか?」
「…いや。ただ、まぁ、楽しんではいるようだ。」
自分でも事態が前進しているのか後退しているのか分からない。ただ、成果がないことを認めるのが何となく嫌で、「〇〇は楽しんでいる」という事実を無理やり付け足す。
「なら良かった。」
「…どうやったら戻るんだろうな。」
部下の手前、表情こそ出さないようにしてはいるが、〇〇と俺達がどうなっていくか全く想像がつかないし、講じるべき手段や対策も分からない。それが不安で、弱音にも近いような言葉になった。
図らずもこの場に居合わせたクリオネも、キャプテンの未だかつてない落ち込みっぷりに、事態の深刻さを感じていた。と、同時に少しだけこの不器用なキャプテンにも愛すべき唯一無二の存在が出来たことに安堵も覚える。
今や、その愛すべき存在喪失の大ピンチではあるのだが…。
「でも、まぁとにかくいつも通りに過ごすしかないんじゃないですか。何がきっかけで戻るとも分かりませんし。今日みたいに本人が望むことは、できる限り叶えてあげるのが近道だと思いますよ。」
医学の心得もない中で、よりにもよって医者であるキャプテンに無責任な声かけとは分かってはいたが、クリオネが思い付くかぎりの言葉を伝える。
「そうだな。」
「おーい、クリオネ交代だぞ!」
その時、甲板にウニが出てきた。
見張りのお供にか、まだ中身が半分以上入った酒瓶を片手に、軽やかにこちらに向かってくる。
「ん、誰かと話してたのか?」
ウニは見張り台まで来ると、ちょうどキャプテンがいた下の甲板を覗き込んだ。ただ、そこには既にキャプテンの姿はなく、誰もいない甲板に鈍く月明かりが反射するだけだった。