Short(短編)
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どこかの海にこんな物語があるらしい。
貧しいけれど心の美しい娘が、優しい魔法使いのおかげでカボチャの馬車と美しいドレスを着て、お城の舞踏会で王子様を見事に射止めるんだって。なんて名前の物語だったかな……
BIRTHDAY (プロローグ)
あと少しで作品名が思い出せそうなのに出てこない。酒も多少入っているせいか、いつもより頭の回転が鈍いのも影響してるのかも。思い出せない気持ち悪さで、私は頭を抱えてひたすら唸っていた。
「おっ、珍しいこともあるもんだ。」
ペンギンの声に我に返って顔を上げると、そのまま帽子についたペンギン人形と同じ方向に視線を向ける。飲んでいた酒の味が分からなくなるくらいに絶望的な光景。それは間違いなく今回の事件の発端だったのだ。
* * *
「ようやく街だー!!」
敵を避けた航路を選び、しばらく潜水生活だったせいか、靴裏に触れる石畳のごつごつした固さや風に運ばれてくる市場特有の匂いは、いつも以上に大きな刺激になった。腹の底からエネルギーが満たされて、思わずベポと大声を出してしまう。
「……はいはい。街だけど、まずはすることしてから遊んでな。」
ペンギンに頭を軽くはたかれて、そのまま眼前に買い物リストを渡された。コックとまではいかないが、この船の台所を主に預かる身として、上陸時の食料調達は最重要任務である。とはいえ、女の細腕で持てる荷物はたかが知れているので、毎回ベポをお供に買い物するようにしている。
「夜には、あそこの飲み屋で飯食うから。あまり遅くなるなよ。」
ペンギンに次いで船から降りてきたシャチが指差した先には、赤い屋根で異国情緒漂う店。この島特有の料理があれば味を覚えて船でも再現しよう。
……今なら何でもできるのではないかと気分が高揚しているのは、やはり久しぶりの上陸の嬉しさと、目前に迫る自分の誕生日のせいだろう。
そう。
明日は私の「待ち望んでいない」誕生日。
前に誕生日が嫌だと話した時、ポーラータングの仲間だけでなく当時同盟相手でもあった麦わらの一味にも信じられないという顔をされた。別に誕生日に嫌な思い出があるとか、家族から祝われたことがないとか、そんな理由なんかじゃない。
ただ憧れている人と、また年齢差が広がってしまう。そんなつまらない理由だ。
そこまで考えて、まだ上陸せず船の上から私たちを見下ろしているキャプテンに視線を向ける。キャプテンより何年も先に生を受けて、この世に誕生した自分。
毎回上陸の度に嫌と言うほど、この現実を思い知らされる。キャプテンに群がる若くて美しい女の子を見て、ペンギンにやけ酒に付き合ってもらうまでの流れは最早ルーティンと化した。
到底叶うわけない。
戦わなくても失恋だって分かっている。
だから自分にない「若さ」が目の前で削られる誕生日なんて大嫌いなのだ。
* * *
ベポとの買い出しも終え、二人でおやつにアイスクリームを食べて船に戻る頃にはすっかり日は暮れていた。そろそろ飲み屋に向かった方が良いだろう。買い出しはツナギ姿で行ったが、さすがに飲み屋とは言え、店構えはなかなか立派だった。もし、キャプテンと席が近くなったときに見劣りするのも恥ずかしい。あまり気張りすぎず、でも女性らしくと、この前の島で購入した貝紫染(貝の分泌液で染める手法)のワンピースを着る。ビジューも刺繍もないので、質素と言えばそれまでだが、目が覚めるような紫が気に入って、お小遣いをはたいて購入した一枚だ。
「わ、綺麗な色だね!」
ベポの言葉にお世辞はない。
いつも素直に自分の気持ちを伝えてくれる。
だからこそ、ベポの賛辞はどんなアクセサリーよりも私を内面から輝かせてくれる。
「ありがと、ベポ!エスコートよろしくね」
夜の街は昼間以上の賑わいで、同業の一団や、商人たちの集団、男たちを店に誘う可愛い売り子たちで溢れていた。心なしか昼よりも熱を帯びた視線や声が行き交っている。ベポと腕を組み、その柔らかい毛並みに体を預けながら夜の街を泳ぐように進む。何だか食物連鎖の厳しい世界で、ヒエラルキーの下にいる熱帯魚になった気分だった。
店の前に着くとベポはドアを開けて、私を先に店内に促す。自然とこんなことができる辺り、意外にベポはそこらの人間の男よりよっぽど優しくて紳士だ。店内に入ると珍しいミンク属と人間の組み合わせに一斉に視線が向けられたが、一部のテーブルでヒソヒソ声を潜めて何か言っている以外は、すぐに関心は失われて皆自分たちの世界に戻っていったようだった。
「おーい、こっち。」
聞き慣れた声の方を向けば、ペンギンがこちらに手を振っている。店内奥のカウンターとソファー席一帯の一等地を占有しているのは我々ハートの海賊団だ。キャプテンであるローの賞金額や知名度を考えても店側がある程度配慮したのだろう。
ソファー席の側までくると、ペンギンが席を詰めて私とベポのスペースを作ってくれる。空いたスペースに滑り込みながら、注文を取りに来たウエイターに「彼と同じの2つ」とペンギンのグラスを指差し伝えた。
「なに飲んでるの?」
「確認せずに注文したのかよ。」
「ペンギンと好み似てるから」
と笑って伝えれば、ペンギンは帽子を目深にかぶり直し、溜め息にも近い大息をつく。程なく冷えたグラスが細い腰をギャルソンでキリリと締めた、若い男性ウエイターによって運ばれた。よくよくフロアを見れば、ホールで給仕をするのは若く美しい男女ばかり。ペンギンの次は私が大きく息を吐くと、ペンギンがカチンとグラスをぶつけ一方的な乾杯が行われる。
「せっかくの街なのに冴えない顔してんなぁ。」
「いや、若い子ばかりだなって……」
「明日、誕生日だから感傷的になってんの?」
「いや、まぁ……ねぇ。結局、男なんて若い女の子の方が良いんでしょ?」
自暴自棄になって答えれば、ペンギンはホール全体を見回してから、なるほどと頷いた。
「別に若いから良いってもんじゃないけどな、おれは。別に年上だろうが、イイ女だったら年齢関係なく惹かれるもんだろ。」
イイ女か……
言われたら嬉しいけれど、定義が分からないから目指しようがないよなぁ。手元のグラスはいつの間にかびっしりと汗をかき、中の琥珀色の液体も溶けた氷のせいかグラデーションを描いている。マドラーでグルグルとかき混ぜながら項垂れる。さて私のこのやり場のない想いはどうしたら良いのだろうか。
「あっちは、相変わらずだな。」
ペンギンの声に我に返り、彼の視線の先を追いかける。カウンター席に座ったキャプテンの周りは相も変わらず女の子が取り囲んでいた。
ギャルソンで絞った腰の細さが際立つウエイター、襟ぐりが開いた衣装から豊満な胸がこぼれ落ちそうなダンサー、店内のダウンライトをものともせずキラキラと輝く髪をかきあげる真っ赤なルージュのシンガー……。
キャプテンの側だけ、熱帯雨林のように色鮮やかで主張が激しい花が咲き誇っている。
再度、大きな溜め息が出た。
グラスを空にして手を上げる、が、ウエイターが気付く前に頭上の手をペンギンに掴まれると、そのまま手をテーブルの上に引き戻された。ペンギンの手は思った以上にゴツゴツしており、酒を飲んだからか温かい。
「毎回言ってるけど、そんな強くないだろ。やけ酒みたいな飲み方は止めておけ。」
下から覗き込むように目線を合わせてくる。心配しているというよりは、説教というか諭すような口調だった。見かけによらず聡い男だ、きっとペンギンは私の不毛な恋心に気付いているのだろう。氷しか入っていないグラスを両手で握りしめれば、私の熱に溶かされて氷がカランとグラス内で音を立てる。酒の力を借りずに、この見せしめのような時間を過ごせる気がしない。キャプテンを取り巻く若い女の子達の眩しさに目を細めながら様子を見る。
あぁ、神様。
私にもどうか、キャプテンの目に留まるチャンスをください。この際、神様でなくても魔女でも魔法使いでも、ランプの魔神でも何でも良い。
そういえば……と、遠い昔に母が読み聞かせてくれた異国の物語を思い出す。貧しいけれど心の美しい娘が、優しい魔法使いのおかげでカボチャの馬車と美しいドレスを着て、お城の舞踏会で王子様を見事に射止めるサクセスストーリー。女の子だったら誰しも憧れるシチュエーションだ。
肝心の作品名が思い出せず、うんうん唸っていれば、ペンギンに軽く肩をごつかれた。
「おっ、珍しいこともあるもんだ。」
ペンギンが顎で指す方向に目をやれば、見たくもない景色が飛び込んでくる。
見目麗しい女の子達の中の一人。
綺麗な黒髪を腰まで伸ばした踊り子の頬に、手を添えるキャプテンを視界に捉えると、頭をガンと殴られたような衝撃を受ける。相手から露骨な色目と共に触れられることはあっても、キャプテン自ら、夜の街で女性に触れるなんて今まで見たことのない光景だった。
ああいうエキゾチックな女性がタイプなのかと冷静にキャプテンの好みを分析する自分と、今夜キャプテンと甘い一夜を過ごすことができる彼女に猛烈な嫌悪感を覚える。自分が手に入れることができないものを、いとも簡単にものにされてしまうのは、やはり良い気はしない。
「お、キャプテンお持ち帰りですか~!」
どこかの誰かが甲高い口笛と共に下世話な野次を入れた瞬間、頭のなかで何かがプツンと遮断した。今日の私はこれで営業終了だ。愛想笑いも何もできるような状態ではない。
惨めな誕生日前夜。
もう何度めか分からないため息をつくと、私の手の中でただの氷水と化したグラスを一息で飲み干し、席を立つ。
「〇〇?……
「私、帰るわ。今日は宿とってあるから船には戻らない。」
気遣いげなペンギンの声に被せるように今夜の予定を告げて、私はキャプテンのいるカウンターに背を向けると、夜の街に飛び出した。
* * *
「あーあ、行っちまった。」
〇〇が出ていった先を眺めながら、独り言がこぼれた。明日が誕生日であることは、ずっと前から知っていたし、彼女がそれを忌み嫌っているのも気付いていた。
彼女が想いを寄せる我らがキャプテンの側に群がる若い女の子と自分を比較して、どんどん投げやりになっていく様は、傍から見ていて辛いものだった。
「おれは、そのままのお前が好きなんだけどなぁ。」
「それは本人に言えよ、相棒。」
頭上から声がして見上げれば、シャチが呆れたような顔をしている。シャチは〇〇がいなくなったスペースに体を潜り込ませると、そこら辺に転がっている酒瓶を頭上の照明にかざしながら、飲めそうなものを探している。
「お、これまだ半分あるじゃん。」
見つかった酒瓶を勝手におれのグラスに合わせると、まるで今日の天気でも尋ねるように軽い調子で続ける。
「あれ、もう失恋した?」
「言う前に、帰った。」
「おー、まだ不毛な片思いは続くわけか。しんどいねェ。」
「うるせー。」
どうか彼女が一人涙するような誕生日にならないように。そう祈って、おれはもう一度〇〇の消えたドアに目をやった。
貧しいけれど心の美しい娘が、優しい魔法使いのおかげでカボチャの馬車と美しいドレスを着て、お城の舞踏会で王子様を見事に射止めるんだって。なんて名前の物語だったかな……
BIRTHDAY (プロローグ)
あと少しで作品名が思い出せそうなのに出てこない。酒も多少入っているせいか、いつもより頭の回転が鈍いのも影響してるのかも。思い出せない気持ち悪さで、私は頭を抱えてひたすら唸っていた。
「おっ、珍しいこともあるもんだ。」
ペンギンの声に我に返って顔を上げると、そのまま帽子についたペンギン人形と同じ方向に視線を向ける。飲んでいた酒の味が分からなくなるくらいに絶望的な光景。それは間違いなく今回の事件の発端だったのだ。
* * *
「ようやく街だー!!」
敵を避けた航路を選び、しばらく潜水生活だったせいか、靴裏に触れる石畳のごつごつした固さや風に運ばれてくる市場特有の匂いは、いつも以上に大きな刺激になった。腹の底からエネルギーが満たされて、思わずベポと大声を出してしまう。
「……はいはい。街だけど、まずはすることしてから遊んでな。」
ペンギンに頭を軽くはたかれて、そのまま眼前に買い物リストを渡された。コックとまではいかないが、この船の台所を主に預かる身として、上陸時の食料調達は最重要任務である。とはいえ、女の細腕で持てる荷物はたかが知れているので、毎回ベポをお供に買い物するようにしている。
「夜には、あそこの飲み屋で飯食うから。あまり遅くなるなよ。」
ペンギンに次いで船から降りてきたシャチが指差した先には、赤い屋根で異国情緒漂う店。この島特有の料理があれば味を覚えて船でも再現しよう。
……今なら何でもできるのではないかと気分が高揚しているのは、やはり久しぶりの上陸の嬉しさと、目前に迫る自分の誕生日のせいだろう。
そう。
明日は私の「待ち望んでいない」誕生日。
前に誕生日が嫌だと話した時、ポーラータングの仲間だけでなく当時同盟相手でもあった麦わらの一味にも信じられないという顔をされた。別に誕生日に嫌な思い出があるとか、家族から祝われたことがないとか、そんな理由なんかじゃない。
ただ憧れている人と、また年齢差が広がってしまう。そんなつまらない理由だ。
そこまで考えて、まだ上陸せず船の上から私たちを見下ろしているキャプテンに視線を向ける。キャプテンより何年も先に生を受けて、この世に誕生した自分。
毎回上陸の度に嫌と言うほど、この現実を思い知らされる。キャプテンに群がる若くて美しい女の子を見て、ペンギンにやけ酒に付き合ってもらうまでの流れは最早ルーティンと化した。
到底叶うわけない。
戦わなくても失恋だって分かっている。
だから自分にない「若さ」が目の前で削られる誕生日なんて大嫌いなのだ。
* * *
ベポとの買い出しも終え、二人でおやつにアイスクリームを食べて船に戻る頃にはすっかり日は暮れていた。そろそろ飲み屋に向かった方が良いだろう。買い出しはツナギ姿で行ったが、さすがに飲み屋とは言え、店構えはなかなか立派だった。もし、キャプテンと席が近くなったときに見劣りするのも恥ずかしい。あまり気張りすぎず、でも女性らしくと、この前の島で購入した貝紫染(貝の分泌液で染める手法)のワンピースを着る。ビジューも刺繍もないので、質素と言えばそれまでだが、目が覚めるような紫が気に入って、お小遣いをはたいて購入した一枚だ。
「わ、綺麗な色だね!」
ベポの言葉にお世辞はない。
いつも素直に自分の気持ちを伝えてくれる。
だからこそ、ベポの賛辞はどんなアクセサリーよりも私を内面から輝かせてくれる。
「ありがと、ベポ!エスコートよろしくね」
夜の街は昼間以上の賑わいで、同業の一団や、商人たちの集団、男たちを店に誘う可愛い売り子たちで溢れていた。心なしか昼よりも熱を帯びた視線や声が行き交っている。ベポと腕を組み、その柔らかい毛並みに体を預けながら夜の街を泳ぐように進む。何だか食物連鎖の厳しい世界で、ヒエラルキーの下にいる熱帯魚になった気分だった。
店の前に着くとベポはドアを開けて、私を先に店内に促す。自然とこんなことができる辺り、意外にベポはそこらの人間の男よりよっぽど優しくて紳士だ。店内に入ると珍しいミンク属と人間の組み合わせに一斉に視線が向けられたが、一部のテーブルでヒソヒソ声を潜めて何か言っている以外は、すぐに関心は失われて皆自分たちの世界に戻っていったようだった。
「おーい、こっち。」
聞き慣れた声の方を向けば、ペンギンがこちらに手を振っている。店内奥のカウンターとソファー席一帯の一等地を占有しているのは我々ハートの海賊団だ。キャプテンであるローの賞金額や知名度を考えても店側がある程度配慮したのだろう。
ソファー席の側までくると、ペンギンが席を詰めて私とベポのスペースを作ってくれる。空いたスペースに滑り込みながら、注文を取りに来たウエイターに「彼と同じの2つ」とペンギンのグラスを指差し伝えた。
「なに飲んでるの?」
「確認せずに注文したのかよ。」
「ペンギンと好み似てるから」
と笑って伝えれば、ペンギンは帽子を目深にかぶり直し、溜め息にも近い大息をつく。程なく冷えたグラスが細い腰をギャルソンでキリリと締めた、若い男性ウエイターによって運ばれた。よくよくフロアを見れば、ホールで給仕をするのは若く美しい男女ばかり。ペンギンの次は私が大きく息を吐くと、ペンギンがカチンとグラスをぶつけ一方的な乾杯が行われる。
「せっかくの街なのに冴えない顔してんなぁ。」
「いや、若い子ばかりだなって……」
「明日、誕生日だから感傷的になってんの?」
「いや、まぁ……ねぇ。結局、男なんて若い女の子の方が良いんでしょ?」
自暴自棄になって答えれば、ペンギンはホール全体を見回してから、なるほどと頷いた。
「別に若いから良いってもんじゃないけどな、おれは。別に年上だろうが、イイ女だったら年齢関係なく惹かれるもんだろ。」
イイ女か……
言われたら嬉しいけれど、定義が分からないから目指しようがないよなぁ。手元のグラスはいつの間にかびっしりと汗をかき、中の琥珀色の液体も溶けた氷のせいかグラデーションを描いている。マドラーでグルグルとかき混ぜながら項垂れる。さて私のこのやり場のない想いはどうしたら良いのだろうか。
「あっちは、相変わらずだな。」
ペンギンの声に我に返り、彼の視線の先を追いかける。カウンター席に座ったキャプテンの周りは相も変わらず女の子が取り囲んでいた。
ギャルソンで絞った腰の細さが際立つウエイター、襟ぐりが開いた衣装から豊満な胸がこぼれ落ちそうなダンサー、店内のダウンライトをものともせずキラキラと輝く髪をかきあげる真っ赤なルージュのシンガー……。
キャプテンの側だけ、熱帯雨林のように色鮮やかで主張が激しい花が咲き誇っている。
再度、大きな溜め息が出た。
グラスを空にして手を上げる、が、ウエイターが気付く前に頭上の手をペンギンに掴まれると、そのまま手をテーブルの上に引き戻された。ペンギンの手は思った以上にゴツゴツしており、酒を飲んだからか温かい。
「毎回言ってるけど、そんな強くないだろ。やけ酒みたいな飲み方は止めておけ。」
下から覗き込むように目線を合わせてくる。心配しているというよりは、説教というか諭すような口調だった。見かけによらず聡い男だ、きっとペンギンは私の不毛な恋心に気付いているのだろう。氷しか入っていないグラスを両手で握りしめれば、私の熱に溶かされて氷がカランとグラス内で音を立てる。酒の力を借りずに、この見せしめのような時間を過ごせる気がしない。キャプテンを取り巻く若い女の子達の眩しさに目を細めながら様子を見る。
あぁ、神様。
私にもどうか、キャプテンの目に留まるチャンスをください。この際、神様でなくても魔女でも魔法使いでも、ランプの魔神でも何でも良い。
そういえば……と、遠い昔に母が読み聞かせてくれた異国の物語を思い出す。貧しいけれど心の美しい娘が、優しい魔法使いのおかげでカボチャの馬車と美しいドレスを着て、お城の舞踏会で王子様を見事に射止めるサクセスストーリー。女の子だったら誰しも憧れるシチュエーションだ。
肝心の作品名が思い出せず、うんうん唸っていれば、ペンギンに軽く肩をごつかれた。
「おっ、珍しいこともあるもんだ。」
ペンギンが顎で指す方向に目をやれば、見たくもない景色が飛び込んでくる。
見目麗しい女の子達の中の一人。
綺麗な黒髪を腰まで伸ばした踊り子の頬に、手を添えるキャプテンを視界に捉えると、頭をガンと殴られたような衝撃を受ける。相手から露骨な色目と共に触れられることはあっても、キャプテン自ら、夜の街で女性に触れるなんて今まで見たことのない光景だった。
ああいうエキゾチックな女性がタイプなのかと冷静にキャプテンの好みを分析する自分と、今夜キャプテンと甘い一夜を過ごすことができる彼女に猛烈な嫌悪感を覚える。自分が手に入れることができないものを、いとも簡単にものにされてしまうのは、やはり良い気はしない。
「お、キャプテンお持ち帰りですか~!」
どこかの誰かが甲高い口笛と共に下世話な野次を入れた瞬間、頭のなかで何かがプツンと遮断した。今日の私はこれで営業終了だ。愛想笑いも何もできるような状態ではない。
惨めな誕生日前夜。
もう何度めか分からないため息をつくと、私の手の中でただの氷水と化したグラスを一息で飲み干し、席を立つ。
「〇〇?……
「私、帰るわ。今日は宿とってあるから船には戻らない。」
気遣いげなペンギンの声に被せるように今夜の予定を告げて、私はキャプテンのいるカウンターに背を向けると、夜の街に飛び出した。
* * *
「あーあ、行っちまった。」
〇〇が出ていった先を眺めながら、独り言がこぼれた。明日が誕生日であることは、ずっと前から知っていたし、彼女がそれを忌み嫌っているのも気付いていた。
彼女が想いを寄せる我らがキャプテンの側に群がる若い女の子と自分を比較して、どんどん投げやりになっていく様は、傍から見ていて辛いものだった。
「おれは、そのままのお前が好きなんだけどなぁ。」
「それは本人に言えよ、相棒。」
頭上から声がして見上げれば、シャチが呆れたような顔をしている。シャチは〇〇がいなくなったスペースに体を潜り込ませると、そこら辺に転がっている酒瓶を頭上の照明にかざしながら、飲めそうなものを探している。
「お、これまだ半分あるじゃん。」
見つかった酒瓶を勝手におれのグラスに合わせると、まるで今日の天気でも尋ねるように軽い調子で続ける。
「あれ、もう失恋した?」
「言う前に、帰った。」
「おー、まだ不毛な片思いは続くわけか。しんどいねェ。」
「うるせー。」
どうか彼女が一人涙するような誕生日にならないように。そう祈って、おれはもう一度〇〇の消えたドアに目をやった。
