Short(短編)
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出発の日、私は何度も通った道をいつものように歩き、港に向かう。市街地の大通りの先、視界が開け水平線が近づくと、もうすぐ港だということを視覚的に理解できて便利だ。私がこの道を好む、一つの理由でもある。
一瞬、足を止めて逡巡する。
本来は道なりに真っ直ぐなのだが、私は右に折れると、路地でひっそりと息を潜める木造の店の前に立った。まだ『Close』の看板がかかっているドアをそっと押し、これまで何度も足を踏み入れた店内に体を滑り込ませる。
「失礼、お客さん。まだ開店前だ。」
「……マスター、私。」
「……あぁ、今日出発かい。」
カウンターの内側で開店の準備をしているマスターは手元のグラスから目を離し、ゆっくりとこちらに視線を移した。
昨夜もこの食堂でペンギンやシャチ、イッカクと荷造りについて相談したばかりだ。私からこの島を出ることを話したわけではないが、勘の良いマスターのことだから、色々察していたのだろう。
「今まで大変お世話になりました。」
カウンターとフロアを仕切るスイングドアがキィと高い音を響かせた。マスターの動きはいつも静かだ。今日もほとんど音を立てず、そっと私の前に立つ。
「餞別です。」
両手で抱える程の重さではないが、20㎝四方の箱を渡される。片手で箱を抱き、もう片方の手でそっと蓋を開けるとふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。コーヒー豆とコーヒーカップが新聞を緩衝材にして綺麗に箱に収まっている。コーヒーカップはいつも徹夜明けにカウンターで寝てた私の相棒だ。何度、中身のホットコーヒーをアイスコーヒーにしたことか……見慣れた赤い夕日のような焼き物。それと対になるような見慣れない群青色のコーヒーカップもある。
「青い方は、あの気前の良い船長さんに。」
まるでこれではワの国の文化と聞く、夫婦茶碗のようじゃないか……と喉まで出かかったが、マスターもローもおそらくそんな文化は知らないだろう。マスターの善意に自意識過剰気味な自分が恥ずかしく、自身の邪念も一緒に箱にしまうと、改めてマスターに深々と頭を下げた。
そのまま店を出ると、店内の暗さに慣れたからか外の太陽が目に染みる。目をぐっとすぼめて何度も瞬きを繰り返していると、知らずに目の端に涙が溜まっていく。
これは自然現象なのか、それとも生まれ育ったこの街を離れる寂しさなのかは分からない。でもローに言われて改めて気がついたが、人間いつ何が起こるか分からないのだ。だったらローと新しい世界に挑戦してみたい、と気付けば彼の提案に乗っていた。
マスターから頂いた箱をギュッと握りしめながら、思い出を確かめるように一歩ずつ港に向かう。街を抜けて一気に視界に水平線が広がり、潮の香りがぐっと濃くなった。
ローの乗るポーラータング号の鮮やかな黄色は、停泊する多くの船の中でも一際存在感がある。すぐに見つけられたので遠くから様子を伺うと、クルーの面々は出航に向けて荷物を運び入れたり、船外の最終メンテナンスをしたりと、働きアリのように各々船の周りで自分の責務を全うしている。
視力が良いのか、こちらに気がついたシャチが甲板から大きく手を振ってくれた。まだ声は届かない距離だ、私はそっと小さく手を振ってシャチの挨拶に応える。するとシャチは手を振るのを止め、私の顔を指差し、次いで船着き場の方を指差した。シャチの指差す方向に目をやると、遠目でも目立つ白い帽子を目深にかぶったローと、彼より頭一つ分低い女性が何やら話しているようだ。女性は私に背を向けているため顔は見えないものの、何となくシルエットに既視感を覚え、目を細めてじっと観察する。甲板の上からシャチが2人に声をかけたのか、突如2人はこちらを向き、ようやく私も既視感の正体が分かった。
「〇〇さん!」
数日前に今後の打ち合わせをしたばかりの担当編集が、私の顔を見て小さく手を上げる。予想だにしなかった見送りというサプライズ。長年私を支えてくれた戦友に向かって自然と小走りになる。
「見送りにきました。」
勢いよく戦友に向かって突進した私を、彼女は優しく抱き止めてくれる。
「まさか見送りまでしてくれると思わなかったよ。」
「驚かせたかったのと、今回お世話になるハートの海賊団の皆様にご挨拶をしておくようモルガンズ社長から仰せつかりまして。」
そういって彼女はローをチラリと見る。ローはと言えば、どちらかというと不服そうな顔で彼女を睨み返す。
「おれはおまえら権力者と馴れ合う気は微塵もないがな。」
「……ということで受け取ってもらえなかったんです。ですので、これは〇〇さんにお渡ししておきます。」
彼女はそう言うと、どうやら一度ローに突き返されたらしい厚みのある白封筒を私に手渡す。モルガンズ社長が用意した封筒、とりあえず受け取り、封筒越しに手触りで中身を探ったが、おそらく私の推測通りだ……分厚い札束。
「きっとこれからの航海、物入りになることもあると思います。〇〇さんは海賊船にこそ乗りますが、クルーではありません。自ら危険に飛び込む必要はないですし、その手は剣よりペンを握るためにありますから。」
最初は封筒を返そうと思ったが、彼女の話を聞いて思い止まる。ローはギブアンドテイクとは言ってくれたが、戦闘もできない、船も動かせない私はハートの海賊団の皆にとってみれば単なる穀潰しだろう。持参金代わりではないが、お金はあって困るものではない。ここは素直に社長のご厚意に甘えよう。
「キャプテーン、出航準備できたよ!」
ハートの海賊団の航海士ベポがこちらに声をかける。最初ベポに会ったときは、喋る白熊に恐れおののいたが、話してみると気が弱く優しい人(熊)柄で、シャチやペンギンの次に仲良くなったクルーだ。
「あぁ。」
ローが「行くぞ」と言いたげな目でこちらを一瞥すると、先に船に向かって歩き出す。私も戦友と最後の抱擁を力強く交わした後、慌ててローの背中を追いかけた。
その時、私の背中に向かって
「〇〇さん!!
身体には気を付けてくださいね。そして締め切りはちゃんと守ること。あと、先日お話した『新作』執筆について、ちゃんとこれを機に考えてください。作家として新たな挑戦は必要な時期ですからね!!」
最初の気遣いに目頭が熱くなるものの、その後の業務連絡2点に思わずぐぬぬ…と呻き、自然と奥歯に力が入った。その拍子に顔面から前を歩いていたローの背中に激突する。担当編集の言葉に、彼はどうやら足を止めていたらしい。それに気付かず勢い良くぶつかった私は、彼の筋肉質な背中で強打した鼻をさすり、鼻血が出ていないか確認する。
ローは体を捻り、顔だけこちらに向ける。
「何か新しい作品を書くのか?」
あ~……、完全に興味持っちゃった感じがする。
気が進まない『新作』の話にゴニョゴニョと誤魔化そうとするが、追い討ちをかけるように後方から声を張り上げた敏腕担当編集の追撃が襲う。
「大人の恋愛小説です!!〇〇さんの強みである緻密で繊細な心理描写を活かして、男女の駆け引きありの小説を書いて欲しいとお願いしていますが、『経験がないから書けない、取材しようがない』と言ってばかりで全然乗り気になってくれないんです!!」
いらんこと言いやがって……
飛ぶ鳥跡を濁さずと綺麗に別れようと思っていたが、前言撤回とばかりに振り返り、恨みがましい目で船着き場で朗らかに手を振る担当編集を睨む。
「へぇ、大人の恋愛小説……。」
独り言のようにローは呟くと、興味が削がれたのか既に正面を向いて歩き出していた。
* * *
「出航だ!」
ローのよく通る声に呼応するようにクルー達は「アイアイ!」と大声を張り上げる。ポーラータング号は機械音とスクリュー音を響かせた後、船は港からどんどん遠ざかっていく。港からこちらに手を振る担当編集の姿が次第に小さくなっていくのを私は船の後方のデッキ、柵に寄りかかりながら見つめていた。
頭上から容赦なく日射しは降り注ぎ、普段屋内に籠りがちな私からすれば、ものの数分甲板にいるだけで肌がチリチリと音を立て焼け焦げるようだった。
一瞬、日射しが遮られる。
それだけで涼しく感じるのだから、船上の太陽の威力を痛感する。そして私を救った日影の主であるローは、甲板の柵に背を預けるようにして私の横に並び立った。
私は遠ざかる街を名残惜しく見つめ、ローは遠ざかる街に未練などない様子で背を向ける、面白いほど私たちは対称的だ。
「おい」
「なぁに?」
「新作は書けるのか?」
「んー……。今の連載は隔週だし、書けないことはないんだけど。取材先もないし、私自身も具体的に書けるほど男女関係に明るいわけじゃないからねぇ。」
気のない返事を、さして興味なさそうに聞くローに返す。全くもって中身のないやりとりだが、隣でローは小さく笑ったようだった。目深にかぶった帽子を少し持ち上げ、こちらを覗き込む。眼前に無駄に整ったローの顔がアップになった後、掠めるように唇に何かが触れ、今度はローの顔が遠ざかる。ご自慢の白い帽子のつばを持ち上げたまま「不敵な笑み」を体現するように口角を上げる。
「……は?」
「この航海で連載と新作『両方』の取材が進むと良いな。」
そう言うとローは背中越しにヒラヒラと手を振りながら、悠然と船内に戻ってしまった。
残された私はというとポケットから愛用しているネタ帳を取り出し、この新しい門出を祝うかのような真新しいページの冒頭、やや筆跡の乱れた字で今まさに体を張って取材した内容を書きなぐった。
──帽子をかぶった海賊とのキスは、帽子を持ち上げてから。
Fin
一瞬、足を止めて逡巡する。
本来は道なりに真っ直ぐなのだが、私は右に折れると、路地でひっそりと息を潜める木造の店の前に立った。まだ『Close』の看板がかかっているドアをそっと押し、これまで何度も足を踏み入れた店内に体を滑り込ませる。
「失礼、お客さん。まだ開店前だ。」
「……マスター、私。」
「……あぁ、今日出発かい。」
カウンターの内側で開店の準備をしているマスターは手元のグラスから目を離し、ゆっくりとこちらに視線を移した。
昨夜もこの食堂でペンギンやシャチ、イッカクと荷造りについて相談したばかりだ。私からこの島を出ることを話したわけではないが、勘の良いマスターのことだから、色々察していたのだろう。
「今まで大変お世話になりました。」
カウンターとフロアを仕切るスイングドアがキィと高い音を響かせた。マスターの動きはいつも静かだ。今日もほとんど音を立てず、そっと私の前に立つ。
「餞別です。」
両手で抱える程の重さではないが、20㎝四方の箱を渡される。片手で箱を抱き、もう片方の手でそっと蓋を開けるとふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。コーヒー豆とコーヒーカップが新聞を緩衝材にして綺麗に箱に収まっている。コーヒーカップはいつも徹夜明けにカウンターで寝てた私の相棒だ。何度、中身のホットコーヒーをアイスコーヒーにしたことか……見慣れた赤い夕日のような焼き物。それと対になるような見慣れない群青色のコーヒーカップもある。
「青い方は、あの気前の良い船長さんに。」
まるでこれではワの国の文化と聞く、夫婦茶碗のようじゃないか……と喉まで出かかったが、マスターもローもおそらくそんな文化は知らないだろう。マスターの善意に自意識過剰気味な自分が恥ずかしく、自身の邪念も一緒に箱にしまうと、改めてマスターに深々と頭を下げた。
そのまま店を出ると、店内の暗さに慣れたからか外の太陽が目に染みる。目をぐっとすぼめて何度も瞬きを繰り返していると、知らずに目の端に涙が溜まっていく。
これは自然現象なのか、それとも生まれ育ったこの街を離れる寂しさなのかは分からない。でもローに言われて改めて気がついたが、人間いつ何が起こるか分からないのだ。だったらローと新しい世界に挑戦してみたい、と気付けば彼の提案に乗っていた。
マスターから頂いた箱をギュッと握りしめながら、思い出を確かめるように一歩ずつ港に向かう。街を抜けて一気に視界に水平線が広がり、潮の香りがぐっと濃くなった。
ローの乗るポーラータング号の鮮やかな黄色は、停泊する多くの船の中でも一際存在感がある。すぐに見つけられたので遠くから様子を伺うと、クルーの面々は出航に向けて荷物を運び入れたり、船外の最終メンテナンスをしたりと、働きアリのように各々船の周りで自分の責務を全うしている。
視力が良いのか、こちらに気がついたシャチが甲板から大きく手を振ってくれた。まだ声は届かない距離だ、私はそっと小さく手を振ってシャチの挨拶に応える。するとシャチは手を振るのを止め、私の顔を指差し、次いで船着き場の方を指差した。シャチの指差す方向に目をやると、遠目でも目立つ白い帽子を目深にかぶったローと、彼より頭一つ分低い女性が何やら話しているようだ。女性は私に背を向けているため顔は見えないものの、何となくシルエットに既視感を覚え、目を細めてじっと観察する。甲板の上からシャチが2人に声をかけたのか、突如2人はこちらを向き、ようやく私も既視感の正体が分かった。
「〇〇さん!」
数日前に今後の打ち合わせをしたばかりの担当編集が、私の顔を見て小さく手を上げる。予想だにしなかった見送りというサプライズ。長年私を支えてくれた戦友に向かって自然と小走りになる。
「見送りにきました。」
勢いよく戦友に向かって突進した私を、彼女は優しく抱き止めてくれる。
「まさか見送りまでしてくれると思わなかったよ。」
「驚かせたかったのと、今回お世話になるハートの海賊団の皆様にご挨拶をしておくようモルガンズ社長から仰せつかりまして。」
そういって彼女はローをチラリと見る。ローはと言えば、どちらかというと不服そうな顔で彼女を睨み返す。
「おれはおまえら権力者と馴れ合う気は微塵もないがな。」
「……ということで受け取ってもらえなかったんです。ですので、これは〇〇さんにお渡ししておきます。」
彼女はそう言うと、どうやら一度ローに突き返されたらしい厚みのある白封筒を私に手渡す。モルガンズ社長が用意した封筒、とりあえず受け取り、封筒越しに手触りで中身を探ったが、おそらく私の推測通りだ……分厚い札束。
「きっとこれからの航海、物入りになることもあると思います。〇〇さんは海賊船にこそ乗りますが、クルーではありません。自ら危険に飛び込む必要はないですし、その手は剣よりペンを握るためにありますから。」
最初は封筒を返そうと思ったが、彼女の話を聞いて思い止まる。ローはギブアンドテイクとは言ってくれたが、戦闘もできない、船も動かせない私はハートの海賊団の皆にとってみれば単なる穀潰しだろう。持参金代わりではないが、お金はあって困るものではない。ここは素直に社長のご厚意に甘えよう。
「キャプテーン、出航準備できたよ!」
ハートの海賊団の航海士ベポがこちらに声をかける。最初ベポに会ったときは、喋る白熊に恐れおののいたが、話してみると気が弱く優しい人(熊)柄で、シャチやペンギンの次に仲良くなったクルーだ。
「あぁ。」
ローが「行くぞ」と言いたげな目でこちらを一瞥すると、先に船に向かって歩き出す。私も戦友と最後の抱擁を力強く交わした後、慌ててローの背中を追いかけた。
その時、私の背中に向かって
「〇〇さん!!
身体には気を付けてくださいね。そして締め切りはちゃんと守ること。あと、先日お話した『新作』執筆について、ちゃんとこれを機に考えてください。作家として新たな挑戦は必要な時期ですからね!!」
最初の気遣いに目頭が熱くなるものの、その後の業務連絡2点に思わずぐぬぬ…と呻き、自然と奥歯に力が入った。その拍子に顔面から前を歩いていたローの背中に激突する。担当編集の言葉に、彼はどうやら足を止めていたらしい。それに気付かず勢い良くぶつかった私は、彼の筋肉質な背中で強打した鼻をさすり、鼻血が出ていないか確認する。
ローは体を捻り、顔だけこちらに向ける。
「何か新しい作品を書くのか?」
あ~……、完全に興味持っちゃった感じがする。
気が進まない『新作』の話にゴニョゴニョと誤魔化そうとするが、追い討ちをかけるように後方から声を張り上げた敏腕担当編集の追撃が襲う。
「大人の恋愛小説です!!〇〇さんの強みである緻密で繊細な心理描写を活かして、男女の駆け引きありの小説を書いて欲しいとお願いしていますが、『経験がないから書けない、取材しようがない』と言ってばかりで全然乗り気になってくれないんです!!」
いらんこと言いやがって……
飛ぶ鳥跡を濁さずと綺麗に別れようと思っていたが、前言撤回とばかりに振り返り、恨みがましい目で船着き場で朗らかに手を振る担当編集を睨む。
「へぇ、大人の恋愛小説……。」
独り言のようにローは呟くと、興味が削がれたのか既に正面を向いて歩き出していた。
* * *
「出航だ!」
ローのよく通る声に呼応するようにクルー達は「アイアイ!」と大声を張り上げる。ポーラータング号は機械音とスクリュー音を響かせた後、船は港からどんどん遠ざかっていく。港からこちらに手を振る担当編集の姿が次第に小さくなっていくのを私は船の後方のデッキ、柵に寄りかかりながら見つめていた。
頭上から容赦なく日射しは降り注ぎ、普段屋内に籠りがちな私からすれば、ものの数分甲板にいるだけで肌がチリチリと音を立て焼け焦げるようだった。
一瞬、日射しが遮られる。
それだけで涼しく感じるのだから、船上の太陽の威力を痛感する。そして私を救った日影の主であるローは、甲板の柵に背を預けるようにして私の横に並び立った。
私は遠ざかる街を名残惜しく見つめ、ローは遠ざかる街に未練などない様子で背を向ける、面白いほど私たちは対称的だ。
「おい」
「なぁに?」
「新作は書けるのか?」
「んー……。今の連載は隔週だし、書けないことはないんだけど。取材先もないし、私自身も具体的に書けるほど男女関係に明るいわけじゃないからねぇ。」
気のない返事を、さして興味なさそうに聞くローに返す。全くもって中身のないやりとりだが、隣でローは小さく笑ったようだった。目深にかぶった帽子を少し持ち上げ、こちらを覗き込む。眼前に無駄に整ったローの顔がアップになった後、掠めるように唇に何かが触れ、今度はローの顔が遠ざかる。ご自慢の白い帽子のつばを持ち上げたまま「不敵な笑み」を体現するように口角を上げる。
「……は?」
「この航海で連載と新作『両方』の取材が進むと良いな。」
そう言うとローは背中越しにヒラヒラと手を振りながら、悠然と船内に戻ってしまった。
残された私はというとポケットから愛用しているネタ帳を取り出し、この新しい門出を祝うかのような真新しいページの冒頭、やや筆跡の乱れた字で今まさに体を張って取材した内容を書きなぐった。
──帽子をかぶった海賊とのキスは、帽子を持ち上げてから。
Fin