Short(短編)
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その日、世界経済新聞社のモルガンズは高らかに笑い、楽しくて仕方がないと言った様子で社内の廊下を歩いていた。
「クワハハハ!たまらねェな。世界が、読者が、この作品に夢中になってるじゃねェか。」
事実、世界経済新聞社の本社には朝から電伝虫が鳴り響き、小鳥便が大小様々な手紙を運んでいる。
いずれも世界経済新聞の看板作品の小説に向けられたファンレターなのだ。
〇〇という小娘に、いったいどんな作品が書けるかと思っていたが、意外や意外、さして期待もせずに育てた卵は「金の卵」だったようだ。
今回、新しい登場人物が出たことで、作品はいっそう盛り上がっている。担当編集に労いの電話をしたが、どうやら〇〇が最近接点を持った海賊がモデルらしい。これがまたおかしいのだ、おれはこのモデルによく似た男を知っている。
「クワハハハ!なんて運命の悪戯だ、まさか出会った男が元七武海とはな。さて、この出会いは吉と出るか、凶と出るか……。」
モルガンズはご機嫌な足取りで、社長室のドアを開けた。
* * *
「……キャ、キャプテーン?」
「い、い、い、生きてるよね?」
「当たり前だろっ!!気配はしてんだ。」
船長室の扉の前でペンギン、ベポ、シャチの三人がどうしたものかと頭を悩ませている。昼前にニュースクーが配達してきた世界経済新聞を、いつものようにコーヒーと共にローに届けた。その後、ガタンと大きな物音が船長室の中で鳴り響き、何事かとドアの前でノックと共に何度も呼び掛けるも、ローの返事はない。そろそろ部屋に突入するべきかと思い始めたところ、扉一枚隔てても分かる程の大きな溜め息が聞こえ、次いで固く閉ざされていた船長室のドアが開く。ドアに耳をそばだてて中の様子を伺っていた三人は必然的に身体の支えを失い、部屋の中に転がり込んだ。
「ぐえっ」
ドミノ倒しのように倒れたが、一番下でベポとシャチの体重を一心に受け止めたペンギンは蛙のような鳴き声を上げながら、地面と熱烈なキスをすることになった。その戦犯でもあるシャチとベポが視線を上げると、見上げた先に険しい顔をしたローがいる。
「少し出てくる。」
そう言い残すと、こちらを一瞥もせずに自身の能力を使う。刹那、コツンと小さな音を立てて小石が転がり、ローは船内から姿を消した。
* * *
さて、ローは最新の世界経済新聞を読んでいるだろうか。
いつもの食堂で、いつものように冷めきったホットコーヒーを啜りながら、私は思案していた。
昨日発行された世界経済新聞は、昨日今日にかけて世界中で配達され、多くの人が手にとっている。発行部数はここ最近で最も伸びており、モルガンズ社長もご機嫌だと、嬉しそうに担当編集が電伝虫で報告してきたのは、つい先程のことだ。特に新たな登場人物である謎の海賊風情の男(まだ作中でこの男の素性は明かしていないため、海賊か否かは明らかにしていない)は、キャラクターがウケているようだ。
言わずもがな、モデルはローだ。
ただ、私はローの素性はほとんど知らない。あくまで参考にしたのは容姿やキャラクターである。
作中ではこう綴っている。
『彼に初めて出会った時、射すくめるような鋭い眼光で、私は非力な小動物のように自分が補食される立場だと錯覚し、身動きがとれなくなった。
目を合わせることも出来ず、視線を泳がせるついでに、この男をよくよく観察する。人を射殺すような鋭い目付きではあるものの、切れ長の目に、鼻筋が高く、人を嘲るような笑みを浮かべた口元はゾクリとするほど蠱惑的だ。
私に伸ばされた手には、指先まで細緻な刺青が施されている。まるでこの男自身が芸術作品のようで、私はただただ息を殺して彼を盗み見ることしかできなかった。
身動ぎすらできない私に痺れを切らしたのか、彼はやや怒気を含んだ声で静寂を破った。』
「おい。」
ん、「おい」?
そんな台詞だったろうかと、ふと頭を捻って考えていると何者かに頭をガシリと掴まれる。絶妙に痛くはないが、結構な力には変わりない。
「いたたた!」
「嘘をつくな。そんな力は込めていない。」
「防衛本能から出た、反射だよ。」
「……身を守らなければいけない、心当たりでもあるのか?」
頭を掴まれた状態で何とか顔を上げると、相変わらず精悍な顔立ちのローがこちらを見つめていた。そして、鋭い眼光で睨まれて、このモデル様がいたくご立腹であることが分かる。ただ、私の持ち前の観察力と洞察力をもってすると、どうやら単に怒っているというわけでもなさそうだ。
「酒を。」
ローは、マスターにこれ以上ない短い注文を告げた後、私の頭から手を離して隣の席に座る。間髪を入れず、ローの前に琥珀色の液体が入ったグラスが置かれた。ローはそれを一息で煽ると、私の方に向き直った。
「おい、あれはどういうつもりだ。」
「あれ、とは?」
「しらばっくれるな。今回の小説に『おれ』を使ったな。」
「……ビジュアルは参考にさせていただきました。」
反省の意を示すため、項垂れたまま白状する。頭上からローの盛大な溜め息が降ってきた。ただの溜め息のはずなのに、まるで重量を持っているように私の頭に重くのしかかり、思わず身を小さくすることしかできない。ただ、これだけはどうしても伝えなければと、膝の上に置いた拳を強く握り直し意を決して顔を上げる。
「……ただ、別に誰でも良かったわけじゃない!ご覧の通り、この港町、そしてこの食堂は、海賊がよく出入りするから、誰が海賊業かは見れば大体分かってる。
でもそんな誰かじゃなくて、私はローを一目見て魅力的な人間だと思ったから書きたかったし、昨日一日を一緒に過ごして、ローじゃなきゃダメだと思った……他の誰かじゃダメだった。今の話は、私がローという人間に惹かれたから書けたの!」
* * *
自身の能力を使い、食堂の前に瞬時に移動した。
……が、正直〇〇に会ってどうしたいのか自分でも分からないまま、とりあえず食堂の扉を押す。ここ最近は連日顔を出しているので、マスターもおれの顔を見るなりカウンターの奥で、心あらずに空を見つめる〇〇を顎で指す。
〇〇の背後に立つが、全くこちらに気づく素振りもない。次いで声をかけるが聞こえていない様子で、こちらも痺れをきらして少し大きな声を出し、おれの片手で十分収まる小さな頭をガシリと掴んだ。
「おい。」
頭を掴まれたまま、首をあげて〇〇がこちらを伺い見る。〇〇を上から見下ろす形になったが、思いの外、細い首筋から胸元にかけて白い肌が露に見えて息を飲んだ。本人に自覚がないのは重々分かっているが、彼女の無防備な隙に昨日から惑わされてばかりの自分が情けなく、思わず奥歯に力が入る。そんなおれの険しい表情に怯えたのか、〇〇は殊勝な様子で項垂れていた。
なぜ、おれは〇〇に会いに来たんだろうか。
自分でも答えが出ないまま、船を飛び出してきてしまった。勝手に自分を使われたことに戸惑いこそはあるが、別に怒っているわけではない。どちらかと言えば、このおれに似た男がどう描かれていくのかという興味と、なぜ「おれ」に似せたのかという疑問が全てだ。
〇〇から事の詳細を説明して欲しかったが、当の本人は反省しているのか、項垂れたままで、それどころではないようだ。こちらもどう口火を切るか迷っていると、〇〇の方から思いもよらぬ形で答えを聞かされた。
「……私はローを一目見て魅力的な人間だと思ったから書きたかったし、昨日一日を一緒に過ごして、ローじゃなきゃダメだと思った……他の誰かじゃダメだった。今の話は、私がローという人間に惹かれたから書けたの!」
まくし立てるように話した〇〇だったが、最後は最早対話というより叫びと言った方が正しい。近くのテーブルの見るからに同業の男が「痴話喧嘩か?そんな甲斐性なしより、俺にしとけよ」とニヤついた顔をこちらに向け、好き勝手言っている。
チッ
思わず舌打ちをして、ポケットから札を数枚取り出すとカウンターに乱暴に置く。これだけあれば、おれの酒と〇〇のコーヒー代としては十分だろう。おれは左手をかざすと、一刻も早くこの場から去ることにした。
『シャンブルズ』
視界が、酒と煙草の臭いが染み付いた木造の仄暗い食堂から、空の青と草葉のコントラストが目に鮮やかな屋外に一変する。〇〇の前では初めて能力を披露するわけだが、目を見開き声にならない様子で周囲をキョロキョロ見渡している。見知った場所だと気付くと、必要以上に騒ぎ立てず冷静に状況分析できているようで、この辺りからも〇〇の頭の良さを垣間見ることができた。
連れてきたのは、昨日も足を運んだ岬だ。
食堂の雰囲気が気に食わず、とりあえず連れ出したものの、まだ何を話すべきか整理もできていない。とりあえず、目下気になっていたことを聞く。
「おれ達はあと数日で出航するわけだが……、おまえはどうやって作品を書くつもりなんだ?」
「……あー、とりあえず目先の解決策として、あの食堂に出入りしている海賊に声をかけて話を聞いたりとか?担当編集に頼んでモルガンズ社長のコネクションで密着取材させてくれそうな海賊船に乗り込んで一緒に航海させてもらう……とか?」
「!?」
ただでさえ危なっかしくて隙が多いくせに、出てきた案が想像以上に破天荒で思わず〇〇を凝視する。本人は呑気に構えているが、モルガンズのコネとは言え、海賊は所詮海賊だ。ルールや約束を重んじる海賊なんて極少数だろう。
容易に言いくるめられ、服をひん剥かれた挙げ句、粗野な男達に組み敷かれて慰みものにされる〇〇を想像して、あまりの不快感にまた奥歯を強く噛み締める。
〇〇を他の男に触らせてなるものか。
それは自分の好きな作品を作者を通して汚されたくないからか、〇〇という女への執着かは分からない。ただ、いずれにせよ〇〇をこのままにして、この街を離れるという選択肢がないことを不本意ながら自覚する。
あぁ、まさか自分がこの台詞を吐く立場になるとはな。遠いもう一つの故郷で暮らす随分年の離れた友の面影が思い出されて、ほんの少しだけ口角が緩む。
「……ギブアンドテイクだ。」
「え?」
「作品をこのまま書き続けたいなら、おれ達と一緒に来ればいい。おれがおまえの取材対象になってやる……。その代わり、おれがおまえの作品を誰よりも先に読ませてもらう。
どうだ?
全く知らない海賊に取材して、おまえの大事な作品を妥協するよりは、良い話だと思うが。」
「そりゃ、そうだけど。」
「じゃあ、前向きに考えてみると良い。」
「……。」
煮え切らない〇〇に、更に言葉を続ける。
「おまえには目標があるのだろう。そのために何が出来るのか、最善なのか考えるべきじゃねェのか。人間の人生なんて、いつ何が起こるか分かったもんじゃねェ。後悔しないように生きろよ。」
これは今まで自分に何度も言い聞かせたメッセージでもあった。大事な人をいつどこで失うかも分からない。〇〇にも、その経験があるからか、おれの言葉に一瞬瞳が揺れる。
「……く。」
「?」
「私、ローと一緒に行く。」
〇〇の顔を見ると、唇を強く噛み、真っ直ぐにおれを見つめ返してきた。
海賊稼業を続けてきて、やはり手強い敵に出会うこともある。そういった記憶に残る奴らは、今の〇〇のような目をしている。
……そう、覚悟が決まった人間はしぶといし、強い。
「話は終わりだな。おそらく明後日の午前中には出発する。乗船の準備、仕事の調整もあるだろう。後でペンギンとシャチを食堂に行かせるから、荷物のことは色々聞くといい。」
ふと、ペンギンとシャチがあの晩、甲板で〇〇を相手に色めきたち、喚いていた内容を思い出す。人選を誤ったかと思うが、面識ある人間の方が〇〇も安心するだろう。何だったら、イッカクも一緒に行かせれば良い。
これからの航海に〇〇が加わる。
船長権限とは言え、クルーに相談もなく〇〇の乗船を決めてしまった。クルー達に何か言われるだろうが、もともと気の良いヤツばかりだ。きっと〇〇とも早々に打ち解けるだろう。
毎回新しいクルーが加わる時は船長としての責任の重みを感じる。こいつらの命を背負うというプレッシャーで多少ピリつくことが多いが、今回はどこか期待のような高揚感が胸にじわりと広がる。
「ロー、やけにご機嫌ね。そんなに私が乗るのが嬉しい?」
おれの顔を覗き見るように、〇〇が顔を寄せる。知らず知らず表情に出ていたのだろうか、からかうような笑顔を浮かべた〇〇に、渋い顔をわざと見せてやる。
「せいぜい元王下七武海の船に乗ったことを後悔しないことだな。」
「……え。」
鳩が豆鉄砲を喰らったような〇〇を横目に、おれはポーラータング号に新たなクルー乗船のニュースを伝えるべく、いつもより歩幅を大きく港に向かって歩き出した。
「クワハハハ!たまらねェな。世界が、読者が、この作品に夢中になってるじゃねェか。」
事実、世界経済新聞社の本社には朝から電伝虫が鳴り響き、小鳥便が大小様々な手紙を運んでいる。
いずれも世界経済新聞の看板作品の小説に向けられたファンレターなのだ。
〇〇という小娘に、いったいどんな作品が書けるかと思っていたが、意外や意外、さして期待もせずに育てた卵は「金の卵」だったようだ。
今回、新しい登場人物が出たことで、作品はいっそう盛り上がっている。担当編集に労いの電話をしたが、どうやら〇〇が最近接点を持った海賊がモデルらしい。これがまたおかしいのだ、おれはこのモデルによく似た男を知っている。
「クワハハハ!なんて運命の悪戯だ、まさか出会った男が元七武海とはな。さて、この出会いは吉と出るか、凶と出るか……。」
モルガンズはご機嫌な足取りで、社長室のドアを開けた。
* * *
「……キャ、キャプテーン?」
「い、い、い、生きてるよね?」
「当たり前だろっ!!気配はしてんだ。」
船長室の扉の前でペンギン、ベポ、シャチの三人がどうしたものかと頭を悩ませている。昼前にニュースクーが配達してきた世界経済新聞を、いつものようにコーヒーと共にローに届けた。その後、ガタンと大きな物音が船長室の中で鳴り響き、何事かとドアの前でノックと共に何度も呼び掛けるも、ローの返事はない。そろそろ部屋に突入するべきかと思い始めたところ、扉一枚隔てても分かる程の大きな溜め息が聞こえ、次いで固く閉ざされていた船長室のドアが開く。ドアに耳をそばだてて中の様子を伺っていた三人は必然的に身体の支えを失い、部屋の中に転がり込んだ。
「ぐえっ」
ドミノ倒しのように倒れたが、一番下でベポとシャチの体重を一心に受け止めたペンギンは蛙のような鳴き声を上げながら、地面と熱烈なキスをすることになった。その戦犯でもあるシャチとベポが視線を上げると、見上げた先に険しい顔をしたローがいる。
「少し出てくる。」
そう言い残すと、こちらを一瞥もせずに自身の能力を使う。刹那、コツンと小さな音を立てて小石が転がり、ローは船内から姿を消した。
* * *
さて、ローは最新の世界経済新聞を読んでいるだろうか。
いつもの食堂で、いつものように冷めきったホットコーヒーを啜りながら、私は思案していた。
昨日発行された世界経済新聞は、昨日今日にかけて世界中で配達され、多くの人が手にとっている。発行部数はここ最近で最も伸びており、モルガンズ社長もご機嫌だと、嬉しそうに担当編集が電伝虫で報告してきたのは、つい先程のことだ。特に新たな登場人物である謎の海賊風情の男(まだ作中でこの男の素性は明かしていないため、海賊か否かは明らかにしていない)は、キャラクターがウケているようだ。
言わずもがな、モデルはローだ。
ただ、私はローの素性はほとんど知らない。あくまで参考にしたのは容姿やキャラクターである。
作中ではこう綴っている。
『彼に初めて出会った時、射すくめるような鋭い眼光で、私は非力な小動物のように自分が補食される立場だと錯覚し、身動きがとれなくなった。
目を合わせることも出来ず、視線を泳がせるついでに、この男をよくよく観察する。人を射殺すような鋭い目付きではあるものの、切れ長の目に、鼻筋が高く、人を嘲るような笑みを浮かべた口元はゾクリとするほど蠱惑的だ。
私に伸ばされた手には、指先まで細緻な刺青が施されている。まるでこの男自身が芸術作品のようで、私はただただ息を殺して彼を盗み見ることしかできなかった。
身動ぎすらできない私に痺れを切らしたのか、彼はやや怒気を含んだ声で静寂を破った。』
「おい。」
ん、「おい」?
そんな台詞だったろうかと、ふと頭を捻って考えていると何者かに頭をガシリと掴まれる。絶妙に痛くはないが、結構な力には変わりない。
「いたたた!」
「嘘をつくな。そんな力は込めていない。」
「防衛本能から出た、反射だよ。」
「……身を守らなければいけない、心当たりでもあるのか?」
頭を掴まれた状態で何とか顔を上げると、相変わらず精悍な顔立ちのローがこちらを見つめていた。そして、鋭い眼光で睨まれて、このモデル様がいたくご立腹であることが分かる。ただ、私の持ち前の観察力と洞察力をもってすると、どうやら単に怒っているというわけでもなさそうだ。
「酒を。」
ローは、マスターにこれ以上ない短い注文を告げた後、私の頭から手を離して隣の席に座る。間髪を入れず、ローの前に琥珀色の液体が入ったグラスが置かれた。ローはそれを一息で煽ると、私の方に向き直った。
「おい、あれはどういうつもりだ。」
「あれ、とは?」
「しらばっくれるな。今回の小説に『おれ』を使ったな。」
「……ビジュアルは参考にさせていただきました。」
反省の意を示すため、項垂れたまま白状する。頭上からローの盛大な溜め息が降ってきた。ただの溜め息のはずなのに、まるで重量を持っているように私の頭に重くのしかかり、思わず身を小さくすることしかできない。ただ、これだけはどうしても伝えなければと、膝の上に置いた拳を強く握り直し意を決して顔を上げる。
「……ただ、別に誰でも良かったわけじゃない!ご覧の通り、この港町、そしてこの食堂は、海賊がよく出入りするから、誰が海賊業かは見れば大体分かってる。
でもそんな誰かじゃなくて、私はローを一目見て魅力的な人間だと思ったから書きたかったし、昨日一日を一緒に過ごして、ローじゃなきゃダメだと思った……他の誰かじゃダメだった。今の話は、私がローという人間に惹かれたから書けたの!」
* * *
自身の能力を使い、食堂の前に瞬時に移動した。
……が、正直〇〇に会ってどうしたいのか自分でも分からないまま、とりあえず食堂の扉を押す。ここ最近は連日顔を出しているので、マスターもおれの顔を見るなりカウンターの奥で、心あらずに空を見つめる〇〇を顎で指す。
〇〇の背後に立つが、全くこちらに気づく素振りもない。次いで声をかけるが聞こえていない様子で、こちらも痺れをきらして少し大きな声を出し、おれの片手で十分収まる小さな頭をガシリと掴んだ。
「おい。」
頭を掴まれたまま、首をあげて〇〇がこちらを伺い見る。〇〇を上から見下ろす形になったが、思いの外、細い首筋から胸元にかけて白い肌が露に見えて息を飲んだ。本人に自覚がないのは重々分かっているが、彼女の無防備な隙に昨日から惑わされてばかりの自分が情けなく、思わず奥歯に力が入る。そんなおれの険しい表情に怯えたのか、〇〇は殊勝な様子で項垂れていた。
なぜ、おれは〇〇に会いに来たんだろうか。
自分でも答えが出ないまま、船を飛び出してきてしまった。勝手に自分を使われたことに戸惑いこそはあるが、別に怒っているわけではない。どちらかと言えば、このおれに似た男がどう描かれていくのかという興味と、なぜ「おれ」に似せたのかという疑問が全てだ。
〇〇から事の詳細を説明して欲しかったが、当の本人は反省しているのか、項垂れたままで、それどころではないようだ。こちらもどう口火を切るか迷っていると、〇〇の方から思いもよらぬ形で答えを聞かされた。
「……私はローを一目見て魅力的な人間だと思ったから書きたかったし、昨日一日を一緒に過ごして、ローじゃなきゃダメだと思った……他の誰かじゃダメだった。今の話は、私がローという人間に惹かれたから書けたの!」
まくし立てるように話した〇〇だったが、最後は最早対話というより叫びと言った方が正しい。近くのテーブルの見るからに同業の男が「痴話喧嘩か?そんな甲斐性なしより、俺にしとけよ」とニヤついた顔をこちらに向け、好き勝手言っている。
チッ
思わず舌打ちをして、ポケットから札を数枚取り出すとカウンターに乱暴に置く。これだけあれば、おれの酒と〇〇のコーヒー代としては十分だろう。おれは左手をかざすと、一刻も早くこの場から去ることにした。
『シャンブルズ』
視界が、酒と煙草の臭いが染み付いた木造の仄暗い食堂から、空の青と草葉のコントラストが目に鮮やかな屋外に一変する。〇〇の前では初めて能力を披露するわけだが、目を見開き声にならない様子で周囲をキョロキョロ見渡している。見知った場所だと気付くと、必要以上に騒ぎ立てず冷静に状況分析できているようで、この辺りからも〇〇の頭の良さを垣間見ることができた。
連れてきたのは、昨日も足を運んだ岬だ。
食堂の雰囲気が気に食わず、とりあえず連れ出したものの、まだ何を話すべきか整理もできていない。とりあえず、目下気になっていたことを聞く。
「おれ達はあと数日で出航するわけだが……、おまえはどうやって作品を書くつもりなんだ?」
「……あー、とりあえず目先の解決策として、あの食堂に出入りしている海賊に声をかけて話を聞いたりとか?担当編集に頼んでモルガンズ社長のコネクションで密着取材させてくれそうな海賊船に乗り込んで一緒に航海させてもらう……とか?」
「!?」
ただでさえ危なっかしくて隙が多いくせに、出てきた案が想像以上に破天荒で思わず〇〇を凝視する。本人は呑気に構えているが、モルガンズのコネとは言え、海賊は所詮海賊だ。ルールや約束を重んじる海賊なんて極少数だろう。
容易に言いくるめられ、服をひん剥かれた挙げ句、粗野な男達に組み敷かれて慰みものにされる〇〇を想像して、あまりの不快感にまた奥歯を強く噛み締める。
〇〇を他の男に触らせてなるものか。
それは自分の好きな作品を作者を通して汚されたくないからか、〇〇という女への執着かは分からない。ただ、いずれにせよ〇〇をこのままにして、この街を離れるという選択肢がないことを不本意ながら自覚する。
あぁ、まさか自分がこの台詞を吐く立場になるとはな。遠いもう一つの故郷で暮らす随分年の離れた友の面影が思い出されて、ほんの少しだけ口角が緩む。
「……ギブアンドテイクだ。」
「え?」
「作品をこのまま書き続けたいなら、おれ達と一緒に来ればいい。おれがおまえの取材対象になってやる……。その代わり、おれがおまえの作品を誰よりも先に読ませてもらう。
どうだ?
全く知らない海賊に取材して、おまえの大事な作品を妥協するよりは、良い話だと思うが。」
「そりゃ、そうだけど。」
「じゃあ、前向きに考えてみると良い。」
「……。」
煮え切らない〇〇に、更に言葉を続ける。
「おまえには目標があるのだろう。そのために何が出来るのか、最善なのか考えるべきじゃねェのか。人間の人生なんて、いつ何が起こるか分かったもんじゃねェ。後悔しないように生きろよ。」
これは今まで自分に何度も言い聞かせたメッセージでもあった。大事な人をいつどこで失うかも分からない。〇〇にも、その経験があるからか、おれの言葉に一瞬瞳が揺れる。
「……く。」
「?」
「私、ローと一緒に行く。」
〇〇の顔を見ると、唇を強く噛み、真っ直ぐにおれを見つめ返してきた。
海賊稼業を続けてきて、やはり手強い敵に出会うこともある。そういった記憶に残る奴らは、今の〇〇のような目をしている。
……そう、覚悟が決まった人間はしぶといし、強い。
「話は終わりだな。おそらく明後日の午前中には出発する。乗船の準備、仕事の調整もあるだろう。後でペンギンとシャチを食堂に行かせるから、荷物のことは色々聞くといい。」
ふと、ペンギンとシャチがあの晩、甲板で〇〇を相手に色めきたち、喚いていた内容を思い出す。人選を誤ったかと思うが、面識ある人間の方が〇〇も安心するだろう。何だったら、イッカクも一緒に行かせれば良い。
これからの航海に〇〇が加わる。
船長権限とは言え、クルーに相談もなく〇〇の乗船を決めてしまった。クルー達に何か言われるだろうが、もともと気の良いヤツばかりだ。きっと〇〇とも早々に打ち解けるだろう。
毎回新しいクルーが加わる時は船長としての責任の重みを感じる。こいつらの命を背負うというプレッシャーで多少ピリつくことが多いが、今回はどこか期待のような高揚感が胸にじわりと広がる。
「ロー、やけにご機嫌ね。そんなに私が乗るのが嬉しい?」
おれの顔を覗き見るように、〇〇が顔を寄せる。知らず知らず表情に出ていたのだろうか、からかうような笑顔を浮かべた〇〇に、渋い顔をわざと見せてやる。
「せいぜい元王下七武海の船に乗ったことを後悔しないことだな。」
「……え。」
鳩が豆鉄砲を喰らったような〇〇を横目に、おれはポーラータング号に新たなクルー乗船のニュースを伝えるべく、いつもより歩幅を大きく港に向かって歩き出した。