Short(短編)

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「ねぇ。この後、時間ある?」

「は?」

突拍子もない問いに一瞬、反応が遅れた。〇〇は喉を鳴らしてコーヒーを一息で飲み干す。おい、寝起きや空腹時にブラックコーヒーを大量摂取すると、胃酸過多を引き起こしやすい。自重しろ、身体が資本だろ……と喉まで言葉が出かけたが、説教する前に〇〇はすっくと立ち上がると、カウンターに紙幣を数枚置いて店の奥に声をかけた。

「マスター!!私とキャプテンのお代、カウンターに置いとく。」

言い終わるや否や、おれの手を掴むとそのまま店外に連れ出された。昼時をとうに過ぎて太陽も少し傾きつつあるが、まだまだ肌が汗ばむような気温だ。

「待て、おれはまだ暇とは言ってない。」

「え、第5話の『星降る岬の大決戦』のモデル、見に行かない??」

「……まだ船に戻るまで、多少時間があるから付き合ってやっても良いが。」

今、船に戻っても特段急ぎの仕事もないし、この停泊を機に読み進めようと思っていた専門書も、〇〇の長すぎる仮眠を待つ間にだいぶ捗った。事実、いつもより時間があったし、高台から島の沿岸部の正確な地形は押さえたいと思っていたところだった。そしてこのどこか危なっかしい女を一人フラフラさせるのは危険だと本能が告げている。

渋々、綺麗に舗装された道を高台に向かって連れだって歩く。もともと歩幅が大きいため、女と歩くと知らず知らずに女を置き去りにしてしまい、シャチやペンギンからも少しは気を遣うべきだ、麦わらのところの黒足屋を見習えと言われたこともあった。だが、元来、自分のペースを乱してまで同調したいと思わない性分のせいか、横に女を連れて歩くのを好まなくなったのだ。

そもそも、良い女を金で侍らせて海賊の威厳を競い合うなんざ、旧態依然の海賊文化だ。

さて本意ではないが、〇〇と歩く以上、ペースは合わせなければなるまいと振り向いて姿を探すも……いない。どこに行ったと後ろを隈なく探せば、背後から「おーい、こっち。」と呑気な声をかけられる。背後……つまりおれの数メートル先を進んで手招きする〇〇、しかも汗一つかいていない。

「物書きだから体力ないと思ったら大間違いだからね。私の作品が緻密なのは、徹底的な現場主義、取材あってのものなんだから。」

図星を突かれてぐうの音も出ない。正直、体力のないひ弱な女だと思ったが、下手したらクルー達に引けをとらない基礎体力だ。あけすけな物言いも、クルー達と接しているようで、最初は気乗りしなかったものの、この奇妙な道中に対して幾分気が楽になった。

岬までの約3時間。
色々あったが、総じて(不覚にも)興味深い時間を過ごせたと言うのが正直な感想だ。……悔しいが、子どもの頃に父親の医学書を盗み読んだり、初めてカエルの解剖をした、あの時のように知的好奇心をくすぐられて胸が熱くなる。

第2話で町の子ども達を助けたソラがお礼にもらった特産品を食べた。
(漁業が盛んだからか魚を練って加工した食べ物が名産で、なかなか旨かった。)

第7話でジェルマ66が敗れた後、自分達の戦う意義を見失いかけて仲間割れの舞台となった廃教会。
(もちろんモデルの教会は今も集会場として機能しており、ステンドグラスはなかなか見応えがあった。)

第13話で正体を隠したジェルマ66が街で偶然ソラと迎合し、一緒に食事をとることになったカフェ。
(パンや麺類だけでなく、米を主食にしたメニューも多かった。)

甘いものは別腹だと言って路面店で売っていた串に刺さったフルーツを食べる〇〇と並んで、あともう少しという岬に歩を進める。

岬に着き、辺りを見回す。
街の人々が訪れることも多いのか、海にせり出した部分は草丈の短い野草が多く、小さな屋根と古びた望遠鏡がついた休憩所もあり、寝転んで星を観察できるほどは拓けた場所だった。

夕陽はまだ水面線の幾分上で、夕陽を反射して水面には燃えるような橙の道が浮かんでいる。

どこにでもあるような小綺麗で手入れされた岬と言えばそうだが、確かに第5話で描かれた『星降る岬』の描写の通りで、それだけでこの場所が何か神聖で特別な場所だと思えるから不思議なものだ。

〇〇はおもむろにカバンから大振りの布を取り出すと地面に広げ、ゴロンと横になった。そして自分の隣に一人分のスペースを空けて、手でトントンと叩く。下からこちらを上目遣いで見つめ、口角をゆるゆると上げて微笑んでいた。

さっきまで気のおけないクルーのように接してきたつもりだが、夕闇が少しずつ〇〇の顔に色濃く影を落とすと、昼間とはまた違う「女」の匂いを感じ、思わず息を飲む。

……なんなんだこいつ。

「キャプテンもお隣、どうぞ。」

「……ローでいい。おれは、おまえのキャプテンじゃねェ。」

「うわ、今さらな気もするけど。……じゃあ、ロー、座れば。」

口元はヘラヘラ笑っていたが、瞳は眼前の水平線に消えゆく夕陽を代わりに閉じ込めたように力強い光を放つ。その瞳を近くで見たいという誘惑に勝てず、隣に腰をおろすと、横になっていた〇〇も身体を起こした。

二人座れば身動きがとれないような大きさの布だ。肩が触れあい、手を伸ばせばどうとでもできそうな距離。一瞬視線が絡み合い、このまま押し倒すのも悪くないなとドロドロとした熱いものが腹の底でくすぶる。そんなおれを牽制するように、先に〇〇が口を開いた。

「ローのゴールはなに?」

「ゴール?」

「そう、海賊としてのゴール。目的とも言うけど。」

麦わら屋なら即答で「海賊王」と言うのだろう。麦わら屋に限らず、あの船に乗っている人間は、総じて迷いなく自分の夢を口にする……グランドライン、新世界と航海を進める中で、そうやって躊躇わず大口叩けるヤツは減っていく。それを目の当たりにしていたからこそ、なまじっかあの船のクルーの図太さというか、芯の強さは目を見張るものがあった。

コラさんの本懐を遂げ、今のおれはこの航海に何を求めているのだろう、〇〇に問われて上手く言葉に出来ない自分に苛立ちと焦燥を感じる。そんなおれのヒリついた空気を感じたからか、〇〇が先を続ける。

「私は、叶えたい目的があってこの仕事してる。」

「……」

別におれの相槌など求めていないだろうが視線をやると、〇〇は薄く笑って続ける。ただ、次の言葉は全くおれの予想だにしないものだった。

「私の父は『海の戦士ソラ』の担当編集だったの。」

「!……あれは世界政府、海軍が元のモチーフだが、執筆者は分かっていないはずだ。おまえの父親は海軍関係者なのか?」

「違う。私の父はこの街の新聞社の記者だった。世界経済新聞社に1年間だけ出向して、そこで記者じゃなくて『海の戦士ソラ』の担当編集として働いてただけ。その後は、この街の新聞社に記者として帰任して、普通に私達と暮らしてたもの。

……でも今となれば何が真実か分からないけどね。」

すっかり日は暮れて、先ほど夕陽を閉じ込めたような〇〇の瞳は今は鈍い光を僅かに留めているだけだ。

「父さんは、ある日『昔の仕事の件で、少し遠出しなければいけない』と言って出ていったよ。必ず私の誕生日までには帰ると言ったけど、結局帰ってくることはなかった。父さんの仕事仲間に聞いても、父がどこに、何のために行ったのか分からずじまい。ただ家を出る数日前に、新聞社宛に世界経済新聞社から電伝虫で連絡があったこと、電話に出た父がやけに深刻な顔をしてたってことしか分からなかった。」

ここまで一気に話しきった〇〇は、傍らに置いたカバンから1本の瓶を取り出す。次いで栓が抜けるポンという軽やかな音が響いた。コクっと喉を鳴らして飲むと、おれの眼前に瓶を突きつける。一口飲むと、幾分温くなってはいるが果実の酸味とアルコールの灼熱感が喉に残る。これは昨晩の食堂でも口にした、この街特産の醸造酒だ。

「……別に大それた目標じゃない。父さんに何が起きたのか知りたい。どこかで生きているなら、会いに行きたい。そのためにも何かしなきゃ、と思った時に作家になろうと決めたの。父さんが関わっている作品だってことで、『海の戦士ソラ』のことは穴が空くほど読んできたし、昔から自分で話を書いては、父さんに見せてたんだ。『おまえは、将来は作家の方かな。じゃあ父さんが担当編集やってやるよ』なんて言ってくれたりしてね。」

ふふっと、当時を懐かしむように笑う。
……あぁ、この笑顔をおれは知っている。心の最深に隠した宝箱を開けて、大事な大事な宝物のような思い出に触れている時の顔。今でこそ、おれはベポやシャチ、ペンギン、他のクルー達との出会いを通して過去の思い出に縋ることは減り、今はたまに自分の起源を懐かしむために、一人放浪する時の旅の慰めにする程度だ。

でも、〇〇は違うのだろう。

「ようやく、父さんの関わった『海の戦士ソラ』に私も繋がれた。まだ全然父さんの失踪に関わる手がかりはないけれど、当時の資料や設定も少しずつ見せてもらえるようになってきたし、私が有名になればなるほど、重要な情報に触れられる機会がありそうだしね。」

さぁこれで私の話はおしまいと、取って付けたような明るい声で言うと〇〇は立ち上がる。帰り道はお互いに無言で寄り道せずに歩けば、行きの半分以下の時間で戻ってこれた。

〇〇は近くで海賊船を見たいからと、何故かおれが送られる形で港まで着いてきた。特に律儀に別れの挨拶をする仲でもないし、そんな海賊聞いたこともねェ。ただもう少しこの時間が続くのも悪くないと思って、珍しく自分から口を開いた。

「昨日、酒飲んでる時は悩みなんて無さそうな女だと思ってたんだがな。」

少し皮肉めいた言い方になってしまったが、〇〇は気にする様子もなく、少し考える素振りを見せた。

「そうね、生きてる限り悩みくらい誰でもあるんじゃない。私も今、目下悩んでいるのは取材先の確保だわ……。」

「取材?世界経済新聞社の連載のか?」

「そう……新しい登場人物を出すの。」

これは興味深いことを聞いた。それだけで今日一日がいかに充実したものだったか、改めて実感できる。〇〇はと言うと、困惑とも不安ともつかない、何とも言えない顔でおれをじっと見つめていた。女から色欲にまみれた視線を向けられるのは慣れているが、明らかにその類いではない。

「なんだ?」

「いや、なんでもない。……多分、明日の新聞を見れば分かる。」

「?」

「私は明日もあの食堂にいるから。」

それだけ言い残すと、〇〇はくるりと踵を返し一度も振り向くことなく、仄暗い港から自分の帰るべき明かりが灯る街へ消えていった。

*   *   *

翌朝、とある海賊船の甲板。

「おはよう、ナミ。」

みかん畑の前に折り畳みチェアを出し、今朝ニュースクーから買ったばかりの世界経済新聞を読んでいると頭上から声が降ってくる。

「あ、ロビン。おはよう。」

「こんな日射しのきつい外じゃなくて、キッチンで読んだらどう?」

「あ~……、この記事読んでからにするわ。」

新聞の一画を指差し、ロビンに困ったような笑顔を向ける。ロビンも覗き込むように記事を見ると、合点がいったようで「そうね」と薄く笑った。

指差した記事は、世界経済新聞社の人気連載。私は読んだことがないが、北の海で昔から読まれていた絵物語『海の戦士ソラ』のスピンオフだ。主人公のジェルマ66は、実際のジェルマをモチーフにしたらしい。その時点で、ホールケーキアイランドで垣間見たジェルマ一族がこれまでサンジくんにしてきた仕打ちを考えると許しがたいのだが……ただ、この作品は実際のジェルマが嫌いでも、話としては面白いのだ。

私が買った新聞を、後でウソップやフランキーがこの連載小説見たさに回し読みしているのは知ってるし、チョッパーもウソップに読み聞かせてもらっている。それで以前、皆でキッチンで、ああだこうだと今後の展開を考察して盛り上がっていた時、サンジくんはそっとキッチンを出ていったのだ。それ以来、私たちはキッチンでこの小説を読むのも、話題に出すのも暗黙の了解でやめている。サンジくんにとって、例え作り物であっても見たくない過去なのであれば、そこは配慮したいと、少なくともあの場にいた私たちは心に誓ったのだ。

「今回はどんな展開になったのかしら?」

ロビンが私の背後から一緒に新聞を覗き込む。私もそこで視線をようやく戻し、さっきまで読んだ続きを追いかけた。

「……あら?」
「え……。」

思わず声が重なる。
少し驚いたように眉をひそめたロビンが口を開く。

「……この新しい登場人物、何だかトラ男くんみたいね。」
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