知らないけど分かってる。
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知らないけど分かってる。17
* * *
もふりとした柔らかいものに抱き抱えられて、夢と現実の間をゆらゆらとしているのは心地良かった。微睡みを満喫していた最中、聞き慣れた声が私の意識を現実に引き戻す。
ペンギンとイッカク……
私が睡眠不足だったから余計な心配をかけてしまったなぁ、寝る場所まで悩ませてしまっている。申し訳ない気持ちはあれども、もう寝れないものは仕方ないと少し開き直る気持ちもあった。
「……かといって今の〇〇が苦手な海賊、王下七武海と一つのベッドで寝れると思うか?そっちの方が、〇〇にとっては拷問だろうよ。」
ローの声が聞こえた。
最初はあんなに怖かった彼の声が、夢の中で聞く分には私を包み込むようで、安心感がある。……が、彼の言葉の意味を理解した時、私の頭は殴られたような衝撃を受けた。それでも寸でのところで、ギリギリ目を開けずに踏みとどまった。
は?
私がローと?
一つのベッドで、今までずっと?
今まで疑問に感じたピースが繋がっていく。
記憶を失った当初、なぜ医務室ではなく船長室のベッドにいたのか。
全然眠れない私が、なぜ船長室のベッドで仮眠ができたのか。
記憶に残っていた貯蔵庫の事件におけるローと私の距離感。
そして先ほど誰かのシャツを握りしめて寝れたこと。
……このシャツの持ち主は、間違いない。
自分の勘違いであってほしいが、おそらく頭に浮かんだ「答え」が間違いではないことを自分の本能が告げている。同時に私が蓋をして目を背けていた問題の回答も導き出されてしまう。なんて因果な連立方程式。
身体中の鬱血跡の相手は……ロー。
そこまで考えたところで、誰かの声に呼び戻された。私は深く深く潜った思考の深淵から、ゆっくりと浮上する。まるで潜水艇のように。
ベポに起きているか問われ、私の寝たフリが通用していないことに驚く。医療の心得を持つクルーがひしめくこの船では、ちょっとしたバイタル変化をごまかすことは難しいよと話すベポは、どこか誇らしげだった。
「……ベポ。さっきロー達が話してたことは本当?私が今までローと同じベッドで寝てたって。」
さんざんぱら気持ちを整理したつもりだったが、いざ口にすると色んな感情が溢れて、鼻の奥がツンと痛み、視界いっぱいに広がるベポの姿が僅かに歪んでいく。
いつの間にか船長室のドアの前まで来ていたようだ。ベポは私とドアをしばらく見比べると、船長室には入らず、そのままトコトコと私を抱えたまま食堂に足を運ぶ。朝食の片付けが落ち着き、昼食の仕込み中なのだろうか。キッチンに人気はなく静かだ。冷蔵庫の影からコックさんがひょっこり顔を出し、声をかけてくれる。
「ん、ベポどうした?腹でも減ったか?」
「あ、〇〇に冷たいお茶かお水をちょうだい。」
私の姿を見て何事かと、すぐさまコップ1杯のお茶をコックさんが届けてくれる。ベポはそっと私を下ろして手近なイスを勧めてくれた。そして私の向かいに座ると、私が話し出すのをじっと待ってくれているようだった。
冷たいお茶で喉を湿らせ、まずは何から聞くべきなのか、混乱している思考を紐解くように少しずつ言葉にしてみる。
「さっきも聞いたけど……記憶を失う前まで私はローと一緒に寝てたの?」
ベポは小さくウーンと唸りながら、どう答えるべきか悩んでいるようだった。ようやく考えがまとまったのか、一回だけ深く首を縦に振った。目線はずっと私に向けたままベポの円らな瞳に私が写り込む、そこに理由は話せないまでも、私の質問に対して誠実に答えようとするベポの優しさが感じられた。
「理由は、話してくれないよね……」
十分意地悪な聞き方だと理解して言った。ベポの優しさにつけこむようで嫌だったが、こちらも必死なのだ。ベポの瞳に迷いが現れ一瞬揺れるも、その迷いを打ち消すように力強くかぶりをふり、口を固く真一文字に結び直した。
ベポから聞けるのは、ここまでだ。
「ベポ、言いにくいことなのにありがとう。」
肝心のことは聞けなかったが、ベポができる範囲で私に応えてくれたことに、心から感謝を伝える。私が記憶を取り戻せば、きっと私とローの関係も自ずと分かるのだろう。思った以上に食堂に長居していたのか、テーブルに置かれたお茶はグラスにびっしりと汗をかき、小さな水溜まりを作っていた。一息でお茶を飲み干すと「ごちそうさま」と二人に伝えて、イッカクの待つであろう「今」の私の部屋に帰ることにした。
* * *
「寝れないの?」
「あ。イッカク、ごめん。モゾモゾと気になるよね?」
日付もそろそろ変わる頃、既に数時間前に一度「おやすみ」と〇〇に挨拶をしてベッドに入っている。ベッドの中で自分のベストポジョンを見つけた後は、日中のキャプテンとの稽古で蓄積された疲労で私は秒で意識を手放した。
どれくらい眠ったのだろうか。
喉の乾きを覚えて、少しだけ身体を起こすも、このまま乾きを誤魔化して再び眠りにつくかどうしようかと考えていると、下段のベッドでモゾモソと動く気配がする。
声をかけてみれば、〇〇から申し訳なさそうに先ほどの返答があったのだ。
「いや、ほんと……みんなが稽古してる時に仮眠をとったからかなぁ。眠くなくて。」
モゾモソした後はモゴモゴと言い訳をしているが、彼女の寝不足の悪化を心配はすれど、悪戯が見つかった子どものような慌てぶりに最後は苦笑してしまう。
「別に、責めてるわけじゃないの。……ただ、ずっとこのままだと、〇〇の身体が持たないでしょ。もうキャプテンに薬でも貰った方が良いんじゃない?言いにくいなら、私が貰ってきてあげるし。」
善は急げと、身体を起こし二段ベッドから降りようとすると慌てたように〇〇が続けた。
「いい、いい!イッカク、大丈夫!私が行って、話してくる。」
そのまま私の返事を待たずに飛び起きて、次いでパタンとドアが閉まる音。
……おや、予想外の展開になった。いつの間にか眠気が覚めて、この状況を冷静に考える。そして夜明けまでに、この部屋に戻ってくるか分からない〇〇を待つために、せめて当初の目的の喉の乾きを癒そうと、私もキッチンに向かうべくゆっくりと二段ベッドのはしごに足をかけた。
* * *
コン、コン。
二度、小さくドアが叩かれた。
おれが自室にいる時は、クルー達は基本的にドアを叩いて、まず用件を伝える。……が、今回の訪問者は待てど暮らせど、ドアの外で気配を殺しているだけだ。誰が来たかはおおよそ見当は着いたが、こんな時間に無闇やたらに部屋に招き入れるのもどうかと思い、こちらが先にアクションを起こした。
「どうした?」
「……〇〇です。少し良いですか?」
あくまでも用件を言わない。しかし、ここで追及すれば、きっと〇〇は自室に戻るだろう。〇〇の来訪した真意も分からずじまいになることは避けたいが故に、渋々腰を上げる。ドアまで行くと、迎え入れてやる。
〇〇はおずおずと部屋の中央まで進むと、所在なさげにキョロキョロと部屋を見ていたが、やがて一点に視線が止まる。本棚に並ぶ大量の専門書を見つけると興味深そうに眺めていた。
おれはドアを締め切らず、〇〇の逃げ道として少しだけ開けておいた。そのまま作業机には戻らず、ベッドの端に腰かける。
「本が好きか?」
分かりきった答えを聞く。
記憶を失くす前、二人で本を読んで過ごすことも多かった。おれ達との記憶はなくとも、〇〇の根本的な性格や嗜好は変わらないはずだ。緊張した面持ちで頷く〇〇に、反対側のベッドの端を親指で指す。座れと言う意図だとちゃんと解したようで、ベッドの反対端に大人しく腰掛けた。
「……で、こんな時間に何のようだ。」
「あー……」
「おれのシャツでも借りにきたか?」
目を伏せていた〇〇はものすごい勢いで顔を上げ、おれを凝視する。なんだよ、冗談じゃねェか。おれの顔を見て冗談だと分かったのか、ふふ、と笑うとようやく肩の力が抜けて表情が柔らかくなる。
「洗って返します。」
「そうしてくれ、ヨダレまみれだと困るんでな。」
「つけてません!」
「……ということにしといてやる。」
「~!!」
他愛ないやりとりで調子が出てきたのか、会話が途切れたタイミングで〇〇は一つ大きく息を吸い、意を決した様子で話し出した。
「わ、私が記憶を失う前、私はローと……どんな関係だったか知りたくて。」
この質問が来ることを、想定していなかったわけではない。ただ、どのように答えるべきかは今の今まで正直決めかねていたのだ。ここで「おれの女だ」と言えたらどんなに楽だろう、そう思いながらも口から出たのは真逆の言葉だ。
「……いちクルーと、いちキャプテンの関係だ。それ以上でも、それ以下でもない。」
〇〇は納得がいかないのか、強くおれを睨み付けると少しだけ声を荒げた。
「じゃあ、ローはいちクルーと毎晩ベッドを共にすると?」
今度はおれが驚く番だった。箝口令を敷いたはずだが、誰から聞いたと問い質そうとするも、〇〇の顔を見て、その前に誤解を解く方が先決だと判断した。強い口調とは裏腹に、〇〇の瞳には今にも零れそうな涙が溢れている。おれは両手を上げて、降参のポーズをとると真っ直ぐに〇〇を見つめた。
「……悪かった。別に嘘をつくつもりはなかった。言い訳にしか聞こえねェと思うが、『今のおまえ』に『過去のおまえ』を求めるんじゃなくて、今のおまえがどうしたいか尊重したかった。
ただ、逆にそのせいでおまえを苦しめたのなら、おれの判断ミスだ。……すまない。」
〇〇は何も言わず、じっと拳を握りしめている。記憶を失ったばかりの頃もこうだったが、全身で拒絶を示していたあの時と違うのは、おれも〇〇も分かっていた。
上げていた腕を下ろし、身体を〇〇の方に向ける。目を逸らされても構わねェ、真っ直ぐに〇〇を見つめて、言葉を繋ぐ。
「……おまえは、おれの大事な女だ。
記憶がまだ戻らない今、おれとの関係を無理強いするつもりはない。ただ、おれの気持ちだけは伝えておく。
明後日、順調に航海が進めば島に上陸予定だ。おまえが望むなら、そこで船を降りても構わない。今のおまえがどうしたいのか、考えて決めれば良い。おれは、おまえの意思を尊重するつもりだ。
おまえの自由はおれが守る……それが海賊のおれが、惚れた女にできる最大限の愛情表現だ。」
* * *
もふりとした柔らかいものに抱き抱えられて、夢と現実の間をゆらゆらとしているのは心地良かった。微睡みを満喫していた最中、聞き慣れた声が私の意識を現実に引き戻す。
ペンギンとイッカク……
私が睡眠不足だったから余計な心配をかけてしまったなぁ、寝る場所まで悩ませてしまっている。申し訳ない気持ちはあれども、もう寝れないものは仕方ないと少し開き直る気持ちもあった。
「……かといって今の〇〇が苦手な海賊、王下七武海と一つのベッドで寝れると思うか?そっちの方が、〇〇にとっては拷問だろうよ。」
ローの声が聞こえた。
最初はあんなに怖かった彼の声が、夢の中で聞く分には私を包み込むようで、安心感がある。……が、彼の言葉の意味を理解した時、私の頭は殴られたような衝撃を受けた。それでも寸でのところで、ギリギリ目を開けずに踏みとどまった。
は?
私がローと?
一つのベッドで、今までずっと?
今まで疑問に感じたピースが繋がっていく。
記憶を失った当初、なぜ医務室ではなく船長室のベッドにいたのか。
全然眠れない私が、なぜ船長室のベッドで仮眠ができたのか。
記憶に残っていた貯蔵庫の事件におけるローと私の距離感。
そして先ほど誰かのシャツを握りしめて寝れたこと。
……このシャツの持ち主は、間違いない。
自分の勘違いであってほしいが、おそらく頭に浮かんだ「答え」が間違いではないことを自分の本能が告げている。同時に私が蓋をして目を背けていた問題の回答も導き出されてしまう。なんて因果な連立方程式。
身体中の鬱血跡の相手は……ロー。
そこまで考えたところで、誰かの声に呼び戻された。私は深く深く潜った思考の深淵から、ゆっくりと浮上する。まるで潜水艇のように。
ベポに起きているか問われ、私の寝たフリが通用していないことに驚く。医療の心得を持つクルーがひしめくこの船では、ちょっとしたバイタル変化をごまかすことは難しいよと話すベポは、どこか誇らしげだった。
「……ベポ。さっきロー達が話してたことは本当?私が今までローと同じベッドで寝てたって。」
さんざんぱら気持ちを整理したつもりだったが、いざ口にすると色んな感情が溢れて、鼻の奥がツンと痛み、視界いっぱいに広がるベポの姿が僅かに歪んでいく。
いつの間にか船長室のドアの前まで来ていたようだ。ベポは私とドアをしばらく見比べると、船長室には入らず、そのままトコトコと私を抱えたまま食堂に足を運ぶ。朝食の片付けが落ち着き、昼食の仕込み中なのだろうか。キッチンに人気はなく静かだ。冷蔵庫の影からコックさんがひょっこり顔を出し、声をかけてくれる。
「ん、ベポどうした?腹でも減ったか?」
「あ、〇〇に冷たいお茶かお水をちょうだい。」
私の姿を見て何事かと、すぐさまコップ1杯のお茶をコックさんが届けてくれる。ベポはそっと私を下ろして手近なイスを勧めてくれた。そして私の向かいに座ると、私が話し出すのをじっと待ってくれているようだった。
冷たいお茶で喉を湿らせ、まずは何から聞くべきなのか、混乱している思考を紐解くように少しずつ言葉にしてみる。
「さっきも聞いたけど……記憶を失う前まで私はローと一緒に寝てたの?」
ベポは小さくウーンと唸りながら、どう答えるべきか悩んでいるようだった。ようやく考えがまとまったのか、一回だけ深く首を縦に振った。目線はずっと私に向けたままベポの円らな瞳に私が写り込む、そこに理由は話せないまでも、私の質問に対して誠実に答えようとするベポの優しさが感じられた。
「理由は、話してくれないよね……」
十分意地悪な聞き方だと理解して言った。ベポの優しさにつけこむようで嫌だったが、こちらも必死なのだ。ベポの瞳に迷いが現れ一瞬揺れるも、その迷いを打ち消すように力強くかぶりをふり、口を固く真一文字に結び直した。
ベポから聞けるのは、ここまでだ。
「ベポ、言いにくいことなのにありがとう。」
肝心のことは聞けなかったが、ベポができる範囲で私に応えてくれたことに、心から感謝を伝える。私が記憶を取り戻せば、きっと私とローの関係も自ずと分かるのだろう。思った以上に食堂に長居していたのか、テーブルに置かれたお茶はグラスにびっしりと汗をかき、小さな水溜まりを作っていた。一息でお茶を飲み干すと「ごちそうさま」と二人に伝えて、イッカクの待つであろう「今」の私の部屋に帰ることにした。
* * *
「寝れないの?」
「あ。イッカク、ごめん。モゾモゾと気になるよね?」
日付もそろそろ変わる頃、既に数時間前に一度「おやすみ」と〇〇に挨拶をしてベッドに入っている。ベッドの中で自分のベストポジョンを見つけた後は、日中のキャプテンとの稽古で蓄積された疲労で私は秒で意識を手放した。
どれくらい眠ったのだろうか。
喉の乾きを覚えて、少しだけ身体を起こすも、このまま乾きを誤魔化して再び眠りにつくかどうしようかと考えていると、下段のベッドでモゾモソと動く気配がする。
声をかけてみれば、〇〇から申し訳なさそうに先ほどの返答があったのだ。
「いや、ほんと……みんなが稽古してる時に仮眠をとったからかなぁ。眠くなくて。」
モゾモソした後はモゴモゴと言い訳をしているが、彼女の寝不足の悪化を心配はすれど、悪戯が見つかった子どものような慌てぶりに最後は苦笑してしまう。
「別に、責めてるわけじゃないの。……ただ、ずっとこのままだと、〇〇の身体が持たないでしょ。もうキャプテンに薬でも貰った方が良いんじゃない?言いにくいなら、私が貰ってきてあげるし。」
善は急げと、身体を起こし二段ベッドから降りようとすると慌てたように〇〇が続けた。
「いい、いい!イッカク、大丈夫!私が行って、話してくる。」
そのまま私の返事を待たずに飛び起きて、次いでパタンとドアが閉まる音。
……おや、予想外の展開になった。いつの間にか眠気が覚めて、この状況を冷静に考える。そして夜明けまでに、この部屋に戻ってくるか分からない〇〇を待つために、せめて当初の目的の喉の乾きを癒そうと、私もキッチンに向かうべくゆっくりと二段ベッドのはしごに足をかけた。
* * *
コン、コン。
二度、小さくドアが叩かれた。
おれが自室にいる時は、クルー達は基本的にドアを叩いて、まず用件を伝える。……が、今回の訪問者は待てど暮らせど、ドアの外で気配を殺しているだけだ。誰が来たかはおおよそ見当は着いたが、こんな時間に無闇やたらに部屋に招き入れるのもどうかと思い、こちらが先にアクションを起こした。
「どうした?」
「……〇〇です。少し良いですか?」
あくまでも用件を言わない。しかし、ここで追及すれば、きっと〇〇は自室に戻るだろう。〇〇の来訪した真意も分からずじまいになることは避けたいが故に、渋々腰を上げる。ドアまで行くと、迎え入れてやる。
〇〇はおずおずと部屋の中央まで進むと、所在なさげにキョロキョロと部屋を見ていたが、やがて一点に視線が止まる。本棚に並ぶ大量の専門書を見つけると興味深そうに眺めていた。
おれはドアを締め切らず、〇〇の逃げ道として少しだけ開けておいた。そのまま作業机には戻らず、ベッドの端に腰かける。
「本が好きか?」
分かりきった答えを聞く。
記憶を失くす前、二人で本を読んで過ごすことも多かった。おれ達との記憶はなくとも、〇〇の根本的な性格や嗜好は変わらないはずだ。緊張した面持ちで頷く〇〇に、反対側のベッドの端を親指で指す。座れと言う意図だとちゃんと解したようで、ベッドの反対端に大人しく腰掛けた。
「……で、こんな時間に何のようだ。」
「あー……」
「おれのシャツでも借りにきたか?」
目を伏せていた〇〇はものすごい勢いで顔を上げ、おれを凝視する。なんだよ、冗談じゃねェか。おれの顔を見て冗談だと分かったのか、ふふ、と笑うとようやく肩の力が抜けて表情が柔らかくなる。
「洗って返します。」
「そうしてくれ、ヨダレまみれだと困るんでな。」
「つけてません!」
「……ということにしといてやる。」
「~!!」
他愛ないやりとりで調子が出てきたのか、会話が途切れたタイミングで〇〇は一つ大きく息を吸い、意を決した様子で話し出した。
「わ、私が記憶を失う前、私はローと……どんな関係だったか知りたくて。」
この質問が来ることを、想定していなかったわけではない。ただ、どのように答えるべきかは今の今まで正直決めかねていたのだ。ここで「おれの女だ」と言えたらどんなに楽だろう、そう思いながらも口から出たのは真逆の言葉だ。
「……いちクルーと、いちキャプテンの関係だ。それ以上でも、それ以下でもない。」
〇〇は納得がいかないのか、強くおれを睨み付けると少しだけ声を荒げた。
「じゃあ、ローはいちクルーと毎晩ベッドを共にすると?」
今度はおれが驚く番だった。箝口令を敷いたはずだが、誰から聞いたと問い質そうとするも、〇〇の顔を見て、その前に誤解を解く方が先決だと判断した。強い口調とは裏腹に、〇〇の瞳には今にも零れそうな涙が溢れている。おれは両手を上げて、降参のポーズをとると真っ直ぐに〇〇を見つめた。
「……悪かった。別に嘘をつくつもりはなかった。言い訳にしか聞こえねェと思うが、『今のおまえ』に『過去のおまえ』を求めるんじゃなくて、今のおまえがどうしたいか尊重したかった。
ただ、逆にそのせいでおまえを苦しめたのなら、おれの判断ミスだ。……すまない。」
〇〇は何も言わず、じっと拳を握りしめている。記憶を失ったばかりの頃もこうだったが、全身で拒絶を示していたあの時と違うのは、おれも〇〇も分かっていた。
上げていた腕を下ろし、身体を〇〇の方に向ける。目を逸らされても構わねェ、真っ直ぐに〇〇を見つめて、言葉を繋ぐ。
「……おまえは、おれの大事な女だ。
記憶がまだ戻らない今、おれとの関係を無理強いするつもりはない。ただ、おれの気持ちだけは伝えておく。
明後日、順調に航海が進めば島に上陸予定だ。おまえが望むなら、そこで船を降りても構わない。今のおまえがどうしたいのか、考えて決めれば良い。おれは、おまえの意思を尊重するつもりだ。
おまえの自由はおれが守る……それが海賊のおれが、惚れた女にできる最大限の愛情表現だ。」