Short(短編)

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「ねぇ、どこ行くの?」

既に30分ほど歩きっぱなしだ。
太陽は既にとろりとした橙色に変わり、ゆっくりと地平線に近づいている。太陽を追いかけるように東から夜の紺碧がじわじわと空の色を染めていた。

まるで私とローのようだ。

〇〇は、かれこれ30分程、状況が分からないまま彼の背中を追いかけている。汗ひとつかかず、長い足ですたすたと一本道を進むこの男は、自分が乗る船のキャプテンでもあり、世界が恐れる海賊であり、憎らしいほど愛しい男だ。

ようやく降り立った夏島。
夏島が近いということもあり、梅雨のような不快指数の高い密閉空間での生活は、知らず知らずクルーの心も鬱々とさせていた。
こうやってカラリと晴れた夏島で、久しぶりの地面を踏みしめると大地のエネルギーをようやく取り込むことができた植物のように、空に向かって背筋がシャンと伸びる。

「なぁ、〇〇。一生に酒場行こうぜ~」

先に船を降り、前を歩くペンギンとシャチが声をかけてくれる。快諾の意を手を上げて応えようとしたところで、後ろから声をかけられた。

「おい、今日は俺に付き合え。」

「え、キャプテンと?まぁ、良いですけど……。」

ペンギンとシャチに向けた、半ば宙ぶらりんになった自分の右手をローは掴むと、そのまま歩き始める。手を繋ぐと言うには乱暴で、手を掴むというには優しい触れ方。このどっちつかずな態度にこれまで何度振り回されたことか……。

で、話は冒頭に戻る。
夏島の日差しはキツい。ポーラータング号では不安定な海流が続き、しばらく潜水での移動が主だった。太陽光を浴びない生活から一変、夕方とは言え夏の煌々とした太陽は予想以上に体力を奪っていく。

シャチやペンギンの前から連れ去られた時に握られた手は既に離され、ローの手は彼のズボンのポケットの中だ。せめてあの手に引っ張ってもらえれば、不純な動機で頑張れるのだが……。

「ちょ、キャプテ…ン。少し、しんどいか、ら。休憩しません?」

息も絶え絶えで声をかけると、ローは慌てて振り向くと、こちらに歩み寄る。

「わりぃ。お前のペースを考えてなかった。気分はどうだ?吐き気や頭痛はするか?」

「頭は朦朧としますが、吐き気はしないです。」

熱中症は大丈夫そうだな、と呟くとローは自分の手荷物から水のボトルを渡してくれる。温くなった水を一気に流し込む、爽快感は全くないがそれでも乾いた身体に染み渡る感覚があった。一息つくと、ふわりと身体が浮き、気がついたらローに抱きかかえられている。

「…キャプテン、私重いですって。」

こういうところ。
こういうところだぞ!!
トラファルガー・ロー!!!

心の中で思わず舌打ちする。
おそらく……私はキャプテンにとって少し特別な存在だとは思う。こうやって体調が悪ければ躊躇いなくお姫様抱っこをしてくれるし、上陸の際に私を当然のように連れ出すこともある。

でも、お互いの気持ちなんて分からない。
もちろん、爛れたような肉体関係もない。

もう何年も男女の色恋なんて無縁で、今さら駆け引きを楽しむような年齢でもない。時間は有限で、こんな曖昧な関係を続けるよりも、二人の関係にしっかりと名前を付けて、名前に見合った関係性を維持していきたい。

「随分、難しい顔してるな。」

「……おかげさまで。」

私を横抱きにしたまま、ローは木陰に移動する。道の脇の大きな広葉樹は暑さに負けず青々とした葉を繁らせ、ローと私が十分足を伸ばせるだけの日陰を作っていた。

ローがようやく降ろしてくれたので、木の幹を背もたれに、疲れた足を思いきり投げ出した。すぐ隣にローも座り、先ほど私が半分ほど平らげた水のボトルに口をつけている。

「どこに連れていくつもりだったの?」

「もうすぐ、着く。」

……どうやら、答えるつもりはないらしい。
本当に言葉が足りない人だ。ローから水を分けてもらい、火照った身体も夕暮れと共に多少気温が下がってきたことで回復してきた。

「あと少しなら、もうひと頑張りしますか。」

そう自分を鼓舞して立ち上がる。

「ほら、かせ。」

薄暗くなった中、視界に肌色がぼんやり浮かぶ。それがローの腕だと気付くのに一拍、何を貸せと言うのだろうと考えている間に、私の手を掴みするりと指を絡ませて歩き出す、この状況を頭で理解するのに更に一拍。

あ、ローと普通に手を繋いでる。

そう脳が認識すると、途端に緊張と驚きで手の平にじっとりと汗をかく。ローは私のバイタル変化に気がついたのか、横を歩きながら小さく笑いを噛み殺しているようだ。

「何か文句ある?」

「……いーや、よっぽど身体の方が素直だな。」

「そういう台詞は普通ベッドで男が女に言うやつじゃない?」

一方的に揶揄われるのも癪で、憎まれ口を叩いてやる。するとローはおもむろに足を止め、手を繋いでいた私も後ろに引っ張られる形で立ち止まった。

「お望みなら……」

陽は間もなく沈みきるのだろう、いつの間にか夜の静寂と暗闇が近づいてきている。ローの表情ははっきりとは分からないが、眼だけが濡れたガラスのように光っている。

「……ベッドで言っても構わないが。」

ローは言い終わるや否や繋いでいた手を強く引いた。結果、私はそのまま為す術なくローに身体を預けてしまう。繋いだ手はそのままに、ちょうど私の顔はローの胸元に納まる。彼の心音に耳を澄ませながら、思いの外、冷静にローの言葉を咀嚼していた。

さて、どのように返すのが正解なのだろう。
一瞬「私が好きなの?」と聞こうかとも思ったが、結局口にしたのは可愛げのない質問だった。

「キャプテンは……私を抱きたいの?」

少し間が空いたあと、繋いだ手とは別の手がそっと背中に回された。ローに抱き締められ依然としてローの胸に顔をうずめたままの私は、そのまま彼の心音を聞きながら言葉を待つ。

「お前の身体も、心臓も、声も、思考も、全部俺のものにしてぇ。」

背中に回された手が、私の心臓のある辺りをゆっくりとなぞる。まるで直に心臓を触られたような鋭い感覚にゾクリと背中を震わせた。

好きだとか愛してるだとか、今までこの男が口にしたことを聞いたことがない。だからある意味、ローから直接的な欲望をぶつけられ、更にはこの夏島の暑さにあてられて、真綿で首を締められるように、私の正常な思考も呼吸も奪われていく。

「……とっくにそうだけど。」

何を今さら、とローに聞こえない声で付け加える。最後まで素直さの欠片もない私の返事を聞くと、ローは満足そうに「そうか」とだけ答えて、何事もなかったかのように私を解放した。私は失った酸素を取り戻すように大きく一呼吸した後、既に数メートル先を歩く、この食えない男を足早に追いかけた。

*   *   *

「着いたぞ。」

数分歩いたところで、ローが立ち止まる。
いつの間にかだいぶ登ったらしい。彼の目的地は岬だったようで、そっと下を覗き込めば、先ほどまでいた港と停泊中のポーラータング号が街灯に照らされて、ぼんやりと浮かび上がっていた。

「違う、上だ。」

そうローに言われて視線を持ち上げる。雲も少ない紺碧の空を見ていると、視界の端に一瞬光の線を捉える。気のせいかと眼を凝らすと刹那的な光の線が何本も夜空を走っては消え、消えては走る。

「これは……流星群?」

船の上でも星はよく見えるし、不寝番の時は天体観測に興じることもあったが、ここまで大規模な流星群は私も初めてで、思わず魅入ってしまう。

「……海賊稼業は危険も多い。俺がやろうとしていることも、決して容易いものじゃねぇ。」

ローは視線を空に向けたまま、私の隣で訥々と言葉を紡ぐ。この言葉は果たして私に向けられたものなのだろうか、そんな違和感を覚えながら黙って彼の言葉に耳を傾ける。嫉妬するわけではないが、まるで空に向かって見えない誰かと二人の時間を過ごしているようだ。

「……あんたが命を懸けて俺を守ってくれたように、今度は俺が命を懸けてコイツを守るよ。」

ローはそこまで言うと、大きく一息ついた。

おそらく、彼は今、私が知らない「誰か」と話している。そしてその「誰か」に私と言う存在を共有したくて、ここまで連れてきたのだろう。

私と言う存在は誰かさんのお眼鏡にかなったのだろうか、そんなことをぼんやりと考えていると、一際長い尾を引いた流星が視界の端から端へと駆け抜けた。

「幸せに……いや、違うな。自由に、思うがままに生きろだって。」

先ほどの流星は、何となくそんな願いが託された返事のような気がして、思わず口に出す。

「あとさ、私はもし私のせいでローが怪我したり死ぬことがあったら、絶対許さないし、地獄まで追いかけるから。私が欲しいって言ったでしょ?所有物に対して、責任くらい持ちなさいよ。」

ローは驚いたように少しだけ眉を上げ、そして薄く笑った。横に立つ私の肩を抱くとまるで空に見せつけるように耳元で囁く。ローの予想外の言葉に驚き、慌てて言葉を紡ごうとするも結局それは叶うことはなく……私は甘んじてこの男に視界も唇も奪われることにしたのだ。

「おい、〇〇。愛してるぜ。」
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