独占欲
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一刻程前──、
「〇〇先生、ちょっと一刻程、医務室でお留守番してもらえますか?」
今度の任務で持参する兵糧丸の材料を譲ってもらおうと、医務室に足を運んだ昼下がり。
目当ての高麗人参とハト麦を新野先生から受け取り、教職員優待とも言える市場価格より随分と安い金額をお支払させていただく。
最初は市場価格に準じた金額を支払おうとしたものの、新野先生や学園長に丁重に断られたのだ。〇〇先生が実戦で経験してきた忍の仕事は、貴重な体験として生徒に還元できるから、と。
「でも、公私混同はしたくないんですよ。」
そういってやんわりと有り難い申し出を断り、こうやって毎回、新野先生にお支払いをする。
事実、ただでさえ恋愛感情とも言えるやましい気持ちを学園に持ち込んでいる私だ。色欲だけでなく、金欲までなあなあにすれば、いつ破滅しもおかしくないだろう。
で、話は冒頭に戻り必要な物資を手に入れ自室に戻ろうとした私に新野先生が声をかけたのだ。
ちょうど部屋に戻っても兵糧丸を作るだけだ。薬研で材料を細かくすり潰し、まとめる。──蒸す工程の前までは、自室でやろうが医務室でやろうがさして問題はない。
新野先生はこれから3年生の実習に同行されて、裏山で薬草の識別方法を教えるそうだ。一刻程度の留守を預かるくらい私にもできるだろう、私が快諾すると新野先生は慌ただしく外出の準備を始める。
「新野先生、兵糧丸作るために薬研お借りしても?」
「構いませんよ、使い終わったら戻しておいてください。あとで保健委員会の誰かに片付けてもらいますので。」
「ありがとうございます。それでは気をつけて!」
「あ、そうそう。〇〇先生、伊作くんからの預かり物も念のためお渡ししておきます。文机のそばにある、白い包みは胃薬ですので、後で先生が来たらお渡しください。」
「胃薬?わかりましたが、誰先生のもの……」
肝心の質問の答えを聞けないまま、既に新野先生の姿は障子戸の向こうで、もう見えない。
まぁ、いいか。
きっとそのうち待てば、日々の喧騒に胃を痛めた、悩める教師が来るのだろう。
* * *
薬研で兵糧丸の材料を丁寧にすり潰す。
薬研車を前後に動かすと、小さくガリガリと一定のリズムで音が医務室に響く。一通りの素材を粉末にした後、さぁ練るにあたって食堂で酒を少し分けてもらおうと思った矢先に、廊下の先に人の気配を感じた。
控えめで、自己主張が少ない足音。
静かで規則正しいリズムが体幹の強さを物語っている。この人の足音なら数里先でも分かる自信がある。恋い焦がれて仕方がない、あの人の足音だ。
一年は組は、今は実技の授業のはず。
私の想い人は、ちょうど視力検査のようなテストの採点を終えて、どこかに向かう途中なのだろうか。彼の足音に耳をそばだてて、全神経を集中させる。足音は廊下を曲がることなく、真っ直ぐにこちらに向かっている。
おや、まさか……。
彼の進行方向にあり、教職員が立ち寄る可能性がある場所は、今私が留守を任された医務室だけだ。
伊作からの預かり物、その受取人は土井先生だったのか。嬉しい誤算に浮き足立つが、すぐに先日の男湯での遭遇を思い出し、眉間にぐっと皺が寄る。
下手をすれば痴女と思われかねない深夜の男湯侵入。気まずさはある、が……それ以上に平日の昼下がりに邪魔者もいない状態で彼に会える嬉しさが勝った。気まずいのはお互い様だ。であれば、みすみす餌場に迷い込んだ獲物を逃がすほど、私は寛大でも愚鈍でもないのだ。
カタリと音がして「新野先生、失礼します。」と優しげな声と同時に医務室に外の光が射し込む。
極力、自然に。
恋慕も、渇望も見透かされないように。
私はゆっくり振り向き、愛しいその人の名前を口にした。
「土井先生?」
「〇〇先生、ちょっと一刻程、医務室でお留守番してもらえますか?」
今度の任務で持参する兵糧丸の材料を譲ってもらおうと、医務室に足を運んだ昼下がり。
目当ての高麗人参とハト麦を新野先生から受け取り、教職員優待とも言える市場価格より随分と安い金額をお支払させていただく。
最初は市場価格に準じた金額を支払おうとしたものの、新野先生や学園長に丁重に断られたのだ。〇〇先生が実戦で経験してきた忍の仕事は、貴重な体験として生徒に還元できるから、と。
「でも、公私混同はしたくないんですよ。」
そういってやんわりと有り難い申し出を断り、こうやって毎回、新野先生にお支払いをする。
事実、ただでさえ恋愛感情とも言えるやましい気持ちを学園に持ち込んでいる私だ。色欲だけでなく、金欲までなあなあにすれば、いつ破滅しもおかしくないだろう。
で、話は冒頭に戻り必要な物資を手に入れ自室に戻ろうとした私に新野先生が声をかけたのだ。
ちょうど部屋に戻っても兵糧丸を作るだけだ。薬研で材料を細かくすり潰し、まとめる。──蒸す工程の前までは、自室でやろうが医務室でやろうがさして問題はない。
新野先生はこれから3年生の実習に同行されて、裏山で薬草の識別方法を教えるそうだ。一刻程度の留守を預かるくらい私にもできるだろう、私が快諾すると新野先生は慌ただしく外出の準備を始める。
「新野先生、兵糧丸作るために薬研お借りしても?」
「構いませんよ、使い終わったら戻しておいてください。あとで保健委員会の誰かに片付けてもらいますので。」
「ありがとうございます。それでは気をつけて!」
「あ、そうそう。〇〇先生、伊作くんからの預かり物も念のためお渡ししておきます。文机のそばにある、白い包みは胃薬ですので、後で先生が来たらお渡しください。」
「胃薬?わかりましたが、誰先生のもの……」
肝心の質問の答えを聞けないまま、既に新野先生の姿は障子戸の向こうで、もう見えない。
まぁ、いいか。
きっとそのうち待てば、日々の喧騒に胃を痛めた、悩める教師が来るのだろう。
* * *
薬研で兵糧丸の材料を丁寧にすり潰す。
薬研車を前後に動かすと、小さくガリガリと一定のリズムで音が医務室に響く。一通りの素材を粉末にした後、さぁ練るにあたって食堂で酒を少し分けてもらおうと思った矢先に、廊下の先に人の気配を感じた。
控えめで、自己主張が少ない足音。
静かで規則正しいリズムが体幹の強さを物語っている。この人の足音なら数里先でも分かる自信がある。恋い焦がれて仕方がない、あの人の足音だ。
一年は組は、今は実技の授業のはず。
私の想い人は、ちょうど視力検査のようなテストの採点を終えて、どこかに向かう途中なのだろうか。彼の足音に耳をそばだてて、全神経を集中させる。足音は廊下を曲がることなく、真っ直ぐにこちらに向かっている。
おや、まさか……。
彼の進行方向にあり、教職員が立ち寄る可能性がある場所は、今私が留守を任された医務室だけだ。
伊作からの預かり物、その受取人は土井先生だったのか。嬉しい誤算に浮き足立つが、すぐに先日の男湯での遭遇を思い出し、眉間にぐっと皺が寄る。
下手をすれば痴女と思われかねない深夜の男湯侵入。気まずさはある、が……それ以上に平日の昼下がりに邪魔者もいない状態で彼に会える嬉しさが勝った。気まずいのはお互い様だ。であれば、みすみす餌場に迷い込んだ獲物を逃がすほど、私は寛大でも愚鈍でもないのだ。
カタリと音がして「新野先生、失礼します。」と優しげな声と同時に医務室に外の光が射し込む。
極力、自然に。
恋慕も、渇望も見透かされないように。
私はゆっくり振り向き、愛しいその人の名前を口にした。
「土井先生?」
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