独占欲
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「おばちゃーん、僕Aランチ!」
「オレはね、Bランチ。」
「んー、ぼくもBランチにする!授業でいっぱい頭使ったから、お腹すいちゃったね。」
遠くで乱太郎、きり丸、しんべヱの弾んだ声がする。本来ならば午前中の教科授業で頭を使い、糖分やエネルギーを欲している体には昼食も身に染みるだろう。ただ、1年は組の良い子たちに限っては、授業中に惰眠を貪り、挙句「土井先生~、それ授業で習ってませ~ん!」と先週教えたばかりの内容が微塵にも頭に残っていないときた。どこにエネルギーを使ったんだ、お前らは……と、喉までこみ上げた言葉を慌てて飲み込む。
「はぁ……」
溜め息ばかりが出る。
食堂はピークの時間帯なのか次から次へと生徒や教職員がなだれ込み、どんどん密度を増していった。
「あ、土井先生~!」
「ここ、相席してもいいっすか?」
頭上から声がし、視線を上げるとお盆を持った乱太郎・きり丸がこちらを伺っていた。
「あぁ、構わないよ。」
「しんべヱ、こっちこっち!」
手を挙げ、後から来るしんべヱを呼ぶ乱太郎。しんべヱは遠目からでも分かるほど山盛りになったお茶碗を載せた盆を持ち、こちらに駆け寄ってきた。
つい先ほどまで教壇を挟んで向かい合っていた生徒と、再び向き合う。能天気に午後の実技の話をしている彼らを見ていると、授業の理解度は甚だ不穏だが、なんだかんだ今日も平和だと感じてしまう。
「そうそう、さっきね〇〇先生が食堂にいらして……」
「あ、オレも見てた見てた!」
「なんだか5年生と6年生すごかったよね~」
しんべヱ・きり丸・乱太郎の順番に滑らかに会話が続く。そこまでツーカーで話が通じるならば、もっと私の授業の理解があっても良いのではないかと思うが、〇〇先生の話題と知り、敢えて口を出さずに黙々と食事を続ける。
「〇〇先生がどっちのテーブルに座るかで、あんなに揉めなくてもね」
「そうそう、最近〇〇先生のところに進路相談にも行っているらしいぜ」
「忍術学園の補助教員だけど、現役のプロ忍者さんだもんね」
〇〇先生が生徒達から信頼され、頼りにされているのは嬉しい。……が、しかし下級生ではなく上級生相手というところが小さなしこりとなって、胸に重くのしかかる。
「あ、伊作先輩こんにちは。」
乱太郎が元気に挨拶をし、私も視線を上げる。
「乱太郎、こんにちは。あ、土井先生もお疲れ様です。」
隣のテーブルが空くと同時に姿を現したのは件の6年生だ。善法寺と潮江、七松、中在家、食満、立花と次々に腰掛ける。〇〇先生の姿が見えないことを考えると、相席勝負は5年生が勝ったのだろうか。
「今回は鉢屋が上手だったな。」
苦笑しながら立花仙蔵が、他の面々の顔を見ると、周りもうんうんと頷く。
「何があったんですか~、先輩?」
乱太郎としんべヱが小首を傾げて伺うと、彼らと隣り合って座っていた伊作が苦笑しながら説明する。
「いや、〇〇先生とお昼をご一緒しようと思っていたんだけど、今日は5年生の鉢屋の相談に乗りたいからと断られてしまってね。」
「鉢屋先輩の?」
乱太郎は意外だったのかメガネの奥の目を少し丸くして聞き返す。確かに5年生の中でも冷静沈着で、6年生にも引けをとらない鉢屋が教員に相談したいほどの悩みを抱えているとは想像しがたい。
「どうせ、そういう体裁で〇〇先生の感心を引いたのだろう。」
いかにも面白くないという様子で文次郎が続ける。どうやら鉢屋は生徒と教師の関係を逆手にとって、〇〇先生との時間を作ったらしい。確かに5年生の中でも優秀な鉢屋が深刻な様子で相談にこれば、普段5年生と接点のない〇〇先生は疑うより先に相談に乗るだろう。
Aランチの箸休めである胡瓜の漬物をポリポリ食べながら、乱太郎がふと目を輝かせる。嬉しそうに話せば、後からきり丸、しんべヱも流れるように続ける。
「あ!それって、あの術みたいですね!!」
「同情を誘って、敵の懐に入るヤツ。」
「あー、この前習ったやつだね!」
『えーっと、「歯医者の術」!!』
「哀車の術だ!!バタカレ!!」
最後は遮るように私の声が響く。先週の復習テストでも出した問題だが、こうも生徒達の記憶に残らないと流石に自分の教え方に問題があるのではないかと、忍装束の上から酷く痛む胃に手を当てて逡巡する。
「そうだ、哀車の術だった~」と悪びれる素振りもなく朗らかに談笑する乱太郎達を見て、毒気を抜かれる。昼食の後に片付けようと思っていた雑務に五車の術の補習プリントの作成を加えなければ……。減ることなく増えるばかりの仕事で、余計に胃がしくしくと痛む。残りのランチを手早く掻き込むと、正面で手を合わせて食事に感謝を示し、席を立つ。
「おまえたち、午後の授業に遅れないように」
念のため乱太郎達に一声かけると、「はーい」と声を揃えた返事が戻ってくる。6年生に軽く会釈し、下膳しようとしたところで伊作が私の服の裾を小さく引っ張り声を潜める。
「土井先生、もし良ければ胃薬ご用意するので……
後で医務室にいらしてください。」
* * *
自室に籠り、五車の術の補習プリントの作成まで終わらせた後、凝り固まった肩と腰を伸ばすため大きく背伸びをする。山田先生が部屋に戻るまで、まだ多少時間があるだろう。先ほど伊作が医務室に来いと言っていたっけ……と思い出し、重い腰を上げて廊下に出る。教師と言う仕事はどうしてか、いつだって自分のことは後回しにして子ども達のことを最優先させてしまう。結果、若くして神経性胃炎持ちになってしまったわけだが、有り難いことに山田先生や新野先生、上級生などが身を案じてくださり、こうやって大きく体調を崩すことなく教壇に立てている。
周囲の人間には恵まれている。
忍術学園で働くまで、いや寧ろ山田家に流れ着くまで、あまりにも色々ありすぎたのだ。極力昔のことは思い出さないようにしている──。自分でも思うが私は山田先生のように戦忍としても、タソガレドキ城の雑渡昆奈門のよう忍軍としても、元来の性分に合わないのだろう……。
そこまで考えたところで医務室に着く。新野先生に声をかけながら、カタと乾いた音を立てて障子戸を引く。壁一面の薬棚を背に、こちらを振り返ったのは新野先生でもなく、伊作でもなく、少し驚いたような顔でこちらを見る〇〇先生だった。
「オレはね、Bランチ。」
「んー、ぼくもBランチにする!授業でいっぱい頭使ったから、お腹すいちゃったね。」
遠くで乱太郎、きり丸、しんべヱの弾んだ声がする。本来ならば午前中の教科授業で頭を使い、糖分やエネルギーを欲している体には昼食も身に染みるだろう。ただ、1年は組の良い子たちに限っては、授業中に惰眠を貪り、挙句「土井先生~、それ授業で習ってませ~ん!」と先週教えたばかりの内容が微塵にも頭に残っていないときた。どこにエネルギーを使ったんだ、お前らは……と、喉までこみ上げた言葉を慌てて飲み込む。
「はぁ……」
溜め息ばかりが出る。
食堂はピークの時間帯なのか次から次へと生徒や教職員がなだれ込み、どんどん密度を増していった。
「あ、土井先生~!」
「ここ、相席してもいいっすか?」
頭上から声がし、視線を上げるとお盆を持った乱太郎・きり丸がこちらを伺っていた。
「あぁ、構わないよ。」
「しんべヱ、こっちこっち!」
手を挙げ、後から来るしんべヱを呼ぶ乱太郎。しんべヱは遠目からでも分かるほど山盛りになったお茶碗を載せた盆を持ち、こちらに駆け寄ってきた。
つい先ほどまで教壇を挟んで向かい合っていた生徒と、再び向き合う。能天気に午後の実技の話をしている彼らを見ていると、授業の理解度は甚だ不穏だが、なんだかんだ今日も平和だと感じてしまう。
「そうそう、さっきね〇〇先生が食堂にいらして……」
「あ、オレも見てた見てた!」
「なんだか5年生と6年生すごかったよね~」
しんべヱ・きり丸・乱太郎の順番に滑らかに会話が続く。そこまでツーカーで話が通じるならば、もっと私の授業の理解があっても良いのではないかと思うが、〇〇先生の話題と知り、敢えて口を出さずに黙々と食事を続ける。
「〇〇先生がどっちのテーブルに座るかで、あんなに揉めなくてもね」
「そうそう、最近〇〇先生のところに進路相談にも行っているらしいぜ」
「忍術学園の補助教員だけど、現役のプロ忍者さんだもんね」
〇〇先生が生徒達から信頼され、頼りにされているのは嬉しい。……が、しかし下級生ではなく上級生相手というところが小さなしこりとなって、胸に重くのしかかる。
「あ、伊作先輩こんにちは。」
乱太郎が元気に挨拶をし、私も視線を上げる。
「乱太郎、こんにちは。あ、土井先生もお疲れ様です。」
隣のテーブルが空くと同時に姿を現したのは件の6年生だ。善法寺と潮江、七松、中在家、食満、立花と次々に腰掛ける。〇〇先生の姿が見えないことを考えると、相席勝負は5年生が勝ったのだろうか。
「今回は鉢屋が上手だったな。」
苦笑しながら立花仙蔵が、他の面々の顔を見ると、周りもうんうんと頷く。
「何があったんですか~、先輩?」
乱太郎としんべヱが小首を傾げて伺うと、彼らと隣り合って座っていた伊作が苦笑しながら説明する。
「いや、〇〇先生とお昼をご一緒しようと思っていたんだけど、今日は5年生の鉢屋の相談に乗りたいからと断られてしまってね。」
「鉢屋先輩の?」
乱太郎は意外だったのかメガネの奥の目を少し丸くして聞き返す。確かに5年生の中でも冷静沈着で、6年生にも引けをとらない鉢屋が教員に相談したいほどの悩みを抱えているとは想像しがたい。
「どうせ、そういう体裁で〇〇先生の感心を引いたのだろう。」
いかにも面白くないという様子で文次郎が続ける。どうやら鉢屋は生徒と教師の関係を逆手にとって、〇〇先生との時間を作ったらしい。確かに5年生の中でも優秀な鉢屋が深刻な様子で相談にこれば、普段5年生と接点のない〇〇先生は疑うより先に相談に乗るだろう。
Aランチの箸休めである胡瓜の漬物をポリポリ食べながら、乱太郎がふと目を輝かせる。嬉しそうに話せば、後からきり丸、しんべヱも流れるように続ける。
「あ!それって、あの術みたいですね!!」
「同情を誘って、敵の懐に入るヤツ。」
「あー、この前習ったやつだね!」
『えーっと、「歯医者の術」!!』
「哀車の術だ!!バタカレ!!」
最後は遮るように私の声が響く。先週の復習テストでも出した問題だが、こうも生徒達の記憶に残らないと流石に自分の教え方に問題があるのではないかと、忍装束の上から酷く痛む胃に手を当てて逡巡する。
「そうだ、哀車の術だった~」と悪びれる素振りもなく朗らかに談笑する乱太郎達を見て、毒気を抜かれる。昼食の後に片付けようと思っていた雑務に五車の術の補習プリントの作成を加えなければ……。減ることなく増えるばかりの仕事で、余計に胃がしくしくと痛む。残りのランチを手早く掻き込むと、正面で手を合わせて食事に感謝を示し、席を立つ。
「おまえたち、午後の授業に遅れないように」
念のため乱太郎達に一声かけると、「はーい」と声を揃えた返事が戻ってくる。6年生に軽く会釈し、下膳しようとしたところで伊作が私の服の裾を小さく引っ張り声を潜める。
「土井先生、もし良ければ胃薬ご用意するので……
後で医務室にいらしてください。」
* * *
自室に籠り、五車の術の補習プリントの作成まで終わらせた後、凝り固まった肩と腰を伸ばすため大きく背伸びをする。山田先生が部屋に戻るまで、まだ多少時間があるだろう。先ほど伊作が医務室に来いと言っていたっけ……と思い出し、重い腰を上げて廊下に出る。教師と言う仕事はどうしてか、いつだって自分のことは後回しにして子ども達のことを最優先させてしまう。結果、若くして神経性胃炎持ちになってしまったわけだが、有り難いことに山田先生や新野先生、上級生などが身を案じてくださり、こうやって大きく体調を崩すことなく教壇に立てている。
周囲の人間には恵まれている。
忍術学園で働くまで、いや寧ろ山田家に流れ着くまで、あまりにも色々ありすぎたのだ。極力昔のことは思い出さないようにしている──。自分でも思うが私は山田先生のように戦忍としても、タソガレドキ城の雑渡昆奈門のよう忍軍としても、元来の性分に合わないのだろう……。
そこまで考えたところで医務室に着く。新野先生に声をかけながら、カタと乾いた音を立てて障子戸を引く。壁一面の薬棚を背に、こちらを振り返ったのは新野先生でもなく、伊作でもなく、少し驚いたような顔でこちらを見る〇〇先生だった。