艶紅
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(土井先生、まだかな…。何かあったのかな)
約束の時間を少し過ぎても、土井先生の姿も声も匂いすら感じない。真面目で誠実な彼のことだ、日時を勘違いしているということはないだろう。
と、なると可能性としては1年は組の良い子たちのトラブルに巻き込まれているかだ。おおかた、きり丸の許容量を超えたアルバイトの代打だろうか。
今日の呼び出しが何の話かも分からない。生徒達の相談で人目を避けるべき内容かもしれない、はたまたくノ一教室との合同授業のお誘いだろうか…、案外私の授業や勤務姿勢のダメ出しかもしれない。
どんどん悲観的な方向に想像が膨らむ。
(ありえる。土井先生は優しいから、私が他の先生方の前で恥をかかぬよう、注意する場所を配慮いただいたのかもしれない。)
憎からずと思っている男性からのダメ出しを想像して、〇〇は肩を落とした。いつも優しくて生徒に囲まれている、土井先生。
いつからだろうか、任務が終わり学園に帰ると真っ先に土井先生の姿を探していたのは。あんなに眉目秀麗で、優しく子供好きな好物件なのに、これまで浮いた話の一つも聞かない。女性や色恋に興味がないのだろうか…興味があったところで、その矛先が自分に向かなかった場合、胸の苦しみや相手の女性への嫉妬を抑えきれる自信がない。
だからこそ、図らずも意中の土井先生に呼び出された好機を逃せない。たとえそれが自分自身のダメ出しだったとしても、だ。
* * *
「〇〇先生、お待たせしてしまいスミマセン。」
呼吸を整える余裕もなく、流れる汗を拭く間もなく、待ち合わせ場所である小さなお堂に駆け込む。お堂の軒下に腰かけていた〇〇先生が、パッとこちらに顔を向け、優しげな笑顔をほころばせる。
「土井先生、お疲れ様です。」
小走りにこちらに駆け寄り、手拭いを差し出してくれた。彼女の綺麗な手拭いを自分の汗で汚してしまうのは憚られたが、汗だらけのむさ苦しい姿で話したとしても、迷惑だろう。素直に、彼女の厚意に甘えてしまう。小花柄の手拭いは、香を焚き染めているのか、ほのかに花の香りがした。
とりあえず、お堂の軒下に座り、改めて呼吸を整える。〇〇先生も少しだけ迷う素振りを見せた後、私の隣に再び腰かけた。
(どう話を切り出したら、良いものか…)
あれだけ生徒達には授業の予習の大切さを叫びながら、自分自身は今日のこの場に対するシミュレーション不足を痛感する。逡巡していると、〇〇先生が口を開いた。
「土井先生…言葉は選んでいただかなくとも大丈夫です。(どんなダメ出しであっても)ちゃんと受け止めますから…」
「っ!!」
心臓が止まるかと思った。
ようやく汗が引いたのに、再び背中がじっとりと湿る。〇〇先生は今日の呼び出しの意図をご存知なのか…。私の態度や、利吉くんへの嫉妬めいた視線はそんなにもあからさまだったのかと、思わず頭を抱える。
「私はまだまだ至らない人間ですが、それでもっ…(同じ教員として)土井先生と肩を並べられるように頑張ります。」
「えぇ!」
つまりそれは、そういうことなのか。〇〇先生も私を憎からずと思ってくれていたということなのか…。頬が熱くなっているのが自分でも分かる。これ以上、彼女に全て言わせるのは男の恥。最後はせめてバシッと決めようと思い、勢いよく彼女の方に体を向け、細い手を両手で握りしめる。
「〇〇先生っ、私は〇〇先生のことが…っ」
「授業のダメ出しなら覚悟していますっっ」
同時に重なった声に、自分の本能が警鐘を鳴らす。一世一代の告白を止め、あぁこれはお約束の展開だな…と、は組のトラブルで鍛えられた嫌な直感力を発揮する。
「教員と忍者の掛け持ちで、土井先生からご覧になられたら、教師としての課題や至らぬ点は多々あると思います。学園内だと角が立つから、こうやって場を設けてもらえて…感謝しかありません。」
〇〇先生は私に手を握られたまま、頬を赤く染めながら頭を下げる。そんな姿も可愛い…しかし双六遊びでゴール目前に「振り出しに戻る」に止まった、そんなやりきれなさが胸を占める。今の自分にはこの状況を打開する方法が思い付かない。
(そうだ、あれを渡そう!)
朝早くから町に出て、買い求めたとっておき。これを切り札にするしかないと、名残惜しくもあったが彼女の手を離し、懐に手をやる。
…が、ない。
(どこにもないっっ)
懐の右も左もまさぐるものの、あれだけ苦労して手に入れた包みがない。嫌な汗が滝のように吹き出し、このままではわざわざ授業のダメ出しをするがために山奥に呼び出した陰険教師に成り下がってしまう…。胃もキリキリと痛みだし、どうしていいのか分からず、いよいよ〇〇先生の顔を見ることもできなくなった。
* * *
「ちょいと、そこのお・に・い・さぁーん」
その時、場違いなダミ声がお堂内に響き渡った。聞き覚えがある、しかし勘違いであって欲しい…そう願わざるをえない声だ。
恐る恐る顔を上げる。
向こうから鮮やかな紫の小袖を纏い、手を振りながらこちらに駆け寄る娘が1人。
(で…伝子さんっっ!?)
青々とした髭の剃り跡が眩しい。
同じ1年は組の担任であるベテラン実技担当講師はバチコンと音がするウインクをこちらに寄こすと、小さな包みを投げた。そう私が今まさに血眼になって探していた包みだ。
「さきほど、走っているときに落とされましたわぁ~ん。」
「あ、ありがとうございます。…お嬢さん。」
後にも先にも伝子さんが、輝いて見えたのはこれが最後かもしれない。伝子さんは軽く右手を上げて、私に会釈するとまた来た道を戻って林道に姿を消した。とりあえず仕切り直しだ、と自分を励ます。幸か不幸か伝子さんというインパクトがありすぎる存在を目の当たりにして、気持ちが落ち着いたのも事実だ。
くるりと体を反転し、改めて〇〇先生に向き直る。〇〇先生は伝子さんの姿に衝撃を受けているのか、「とてもインパクトのある女性ですね…」と自分の言葉を噛みしめながら、伝子さんが消えた方角をじっと見ていた。
「〇〇先生…」
「…はい」
私の真剣な目に、ハッと我に返り〇〇先生も姿勢を正す。
「そんなにかしこまらないでください。別に今日は〇〇先生と授業の話をしに来たわけではないんです…」
「そうなんですか?…てっきり私はダメ出しかと」
心底ホッとした様子で〇〇先生は胸をなでおろす。
「ずっと、〇〇先生が忍術学園に赴任されてから見ていました。生徒達へ熱心に指導される姿や、よく周りを見て困っている人がいたら迷わず手を差し伸べる姿も…。」
「…。」
忍びである以上、常に危険と隣り合わせであるため、他者とは必要最低限の距離感で付き合ってきた。だからこそ自分の胸の内とか、真綿でくるんで誰の目にも晒されないように忍ばせてきた気持ちを相手に伝える経験など、ほとんどなく…。私の告白はたどたどしいものだったが、〇〇先生は黙って、私の話を聞いてくれる。
「お恥ずかしい話なんですが…、いつしか〇〇先生のことばかり考えてしまうようになり、その愛情の一つが私の方に向いてほしいなと願うようになっていました。」
あれだけ「ビシッと決めなければ!」と息巻いていたものの、実際は気恥ずかしさから彼女を見ることができず、自分の足元から視線を上げられないまま話してしまった…。ありのままの自分の気持ちを伝えることができ、恐る恐る視線を上げて彼女の表情を伺う。
〇〇先生は、口元を右手で隠しながら目を大きく見開いてる。おそらく全く予期しない私の言葉だったのだろう。
「あ、あの…返事が欲しいというわけではないんです!」
慌てて彼女に付け加える。
「ただ…なんというか、私の想いを貴女に伝えたくて…」
しどろもどろになっている私に、彼女の小さな声が重なった。
「…も、…す。」
「え?」
「私も、土井先生と同じ気持ちです。」
思わず聞き間違いかと思って、彼女の顔をじっと見てしまう。
みるみる内に彼女の頬が紅潮し、今度は両手で顔全体を隠す。消え入りそうな声で、言葉を続ける。
「土井先生のことを…、ずっと慕っていました。」
「!!」
自然と彼女に一歩近づく、思わず彼女に手を伸ばしかけて、このまま抱きしめて良いものかと迷い、彼女に触れるか触れないかのところで手を止める。所在なさげに宙に彷徨う私の両手。
〇〇先生は、深呼吸をすると顔を隠していた両手を下げ、私をしっかり見つめて微笑んだ。
宙を彷徨う私の手は、ようやく帰る家を見つけたように、慌てて彼女の背中に手を回し、思いっきり彼女を抱きしめた。
約束の時間を少し過ぎても、土井先生の姿も声も匂いすら感じない。真面目で誠実な彼のことだ、日時を勘違いしているということはないだろう。
と、なると可能性としては1年は組の良い子たちのトラブルに巻き込まれているかだ。おおかた、きり丸の許容量を超えたアルバイトの代打だろうか。
今日の呼び出しが何の話かも分からない。生徒達の相談で人目を避けるべき内容かもしれない、はたまたくノ一教室との合同授業のお誘いだろうか…、案外私の授業や勤務姿勢のダメ出しかもしれない。
どんどん悲観的な方向に想像が膨らむ。
(ありえる。土井先生は優しいから、私が他の先生方の前で恥をかかぬよう、注意する場所を配慮いただいたのかもしれない。)
憎からずと思っている男性からのダメ出しを想像して、〇〇は肩を落とした。いつも優しくて生徒に囲まれている、土井先生。
いつからだろうか、任務が終わり学園に帰ると真っ先に土井先生の姿を探していたのは。あんなに眉目秀麗で、優しく子供好きな好物件なのに、これまで浮いた話の一つも聞かない。女性や色恋に興味がないのだろうか…興味があったところで、その矛先が自分に向かなかった場合、胸の苦しみや相手の女性への嫉妬を抑えきれる自信がない。
だからこそ、図らずも意中の土井先生に呼び出された好機を逃せない。たとえそれが自分自身のダメ出しだったとしても、だ。
* * *
「〇〇先生、お待たせしてしまいスミマセン。」
呼吸を整える余裕もなく、流れる汗を拭く間もなく、待ち合わせ場所である小さなお堂に駆け込む。お堂の軒下に腰かけていた〇〇先生が、パッとこちらに顔を向け、優しげな笑顔をほころばせる。
「土井先生、お疲れ様です。」
小走りにこちらに駆け寄り、手拭いを差し出してくれた。彼女の綺麗な手拭いを自分の汗で汚してしまうのは憚られたが、汗だらけのむさ苦しい姿で話したとしても、迷惑だろう。素直に、彼女の厚意に甘えてしまう。小花柄の手拭いは、香を焚き染めているのか、ほのかに花の香りがした。
とりあえず、お堂の軒下に座り、改めて呼吸を整える。〇〇先生も少しだけ迷う素振りを見せた後、私の隣に再び腰かけた。
(どう話を切り出したら、良いものか…)
あれだけ生徒達には授業の予習の大切さを叫びながら、自分自身は今日のこの場に対するシミュレーション不足を痛感する。逡巡していると、〇〇先生が口を開いた。
「土井先生…言葉は選んでいただかなくとも大丈夫です。(どんなダメ出しであっても)ちゃんと受け止めますから…」
「っ!!」
心臓が止まるかと思った。
ようやく汗が引いたのに、再び背中がじっとりと湿る。〇〇先生は今日の呼び出しの意図をご存知なのか…。私の態度や、利吉くんへの嫉妬めいた視線はそんなにもあからさまだったのかと、思わず頭を抱える。
「私はまだまだ至らない人間ですが、それでもっ…(同じ教員として)土井先生と肩を並べられるように頑張ります。」
「えぇ!」
つまりそれは、そういうことなのか。〇〇先生も私を憎からずと思ってくれていたということなのか…。頬が熱くなっているのが自分でも分かる。これ以上、彼女に全て言わせるのは男の恥。最後はせめてバシッと決めようと思い、勢いよく彼女の方に体を向け、細い手を両手で握りしめる。
「〇〇先生っ、私は〇〇先生のことが…っ」
「授業のダメ出しなら覚悟していますっっ」
同時に重なった声に、自分の本能が警鐘を鳴らす。一世一代の告白を止め、あぁこれはお約束の展開だな…と、は組のトラブルで鍛えられた嫌な直感力を発揮する。
「教員と忍者の掛け持ちで、土井先生からご覧になられたら、教師としての課題や至らぬ点は多々あると思います。学園内だと角が立つから、こうやって場を設けてもらえて…感謝しかありません。」
〇〇先生は私に手を握られたまま、頬を赤く染めながら頭を下げる。そんな姿も可愛い…しかし双六遊びでゴール目前に「振り出しに戻る」に止まった、そんなやりきれなさが胸を占める。今の自分にはこの状況を打開する方法が思い付かない。
(そうだ、あれを渡そう!)
朝早くから町に出て、買い求めたとっておき。これを切り札にするしかないと、名残惜しくもあったが彼女の手を離し、懐に手をやる。
…が、ない。
(どこにもないっっ)
懐の右も左もまさぐるものの、あれだけ苦労して手に入れた包みがない。嫌な汗が滝のように吹き出し、このままではわざわざ授業のダメ出しをするがために山奥に呼び出した陰険教師に成り下がってしまう…。胃もキリキリと痛みだし、どうしていいのか分からず、いよいよ〇〇先生の顔を見ることもできなくなった。
* * *
「ちょいと、そこのお・に・い・さぁーん」
その時、場違いなダミ声がお堂内に響き渡った。聞き覚えがある、しかし勘違いであって欲しい…そう願わざるをえない声だ。
恐る恐る顔を上げる。
向こうから鮮やかな紫の小袖を纏い、手を振りながらこちらに駆け寄る娘が1人。
(で…伝子さんっっ!?)
青々とした髭の剃り跡が眩しい。
同じ1年は組の担任であるベテラン実技担当講師はバチコンと音がするウインクをこちらに寄こすと、小さな包みを投げた。そう私が今まさに血眼になって探していた包みだ。
「さきほど、走っているときに落とされましたわぁ~ん。」
「あ、ありがとうございます。…お嬢さん。」
後にも先にも伝子さんが、輝いて見えたのはこれが最後かもしれない。伝子さんは軽く右手を上げて、私に会釈するとまた来た道を戻って林道に姿を消した。とりあえず仕切り直しだ、と自分を励ます。幸か不幸か伝子さんというインパクトがありすぎる存在を目の当たりにして、気持ちが落ち着いたのも事実だ。
くるりと体を反転し、改めて〇〇先生に向き直る。〇〇先生は伝子さんの姿に衝撃を受けているのか、「とてもインパクトのある女性ですね…」と自分の言葉を噛みしめながら、伝子さんが消えた方角をじっと見ていた。
「〇〇先生…」
「…はい」
私の真剣な目に、ハッと我に返り〇〇先生も姿勢を正す。
「そんなにかしこまらないでください。別に今日は〇〇先生と授業の話をしに来たわけではないんです…」
「そうなんですか?…てっきり私はダメ出しかと」
心底ホッとした様子で〇〇先生は胸をなでおろす。
「ずっと、〇〇先生が忍術学園に赴任されてから見ていました。生徒達へ熱心に指導される姿や、よく周りを見て困っている人がいたら迷わず手を差し伸べる姿も…。」
「…。」
忍びである以上、常に危険と隣り合わせであるため、他者とは必要最低限の距離感で付き合ってきた。だからこそ自分の胸の内とか、真綿でくるんで誰の目にも晒されないように忍ばせてきた気持ちを相手に伝える経験など、ほとんどなく…。私の告白はたどたどしいものだったが、〇〇先生は黙って、私の話を聞いてくれる。
「お恥ずかしい話なんですが…、いつしか〇〇先生のことばかり考えてしまうようになり、その愛情の一つが私の方に向いてほしいなと願うようになっていました。」
あれだけ「ビシッと決めなければ!」と息巻いていたものの、実際は気恥ずかしさから彼女を見ることができず、自分の足元から視線を上げられないまま話してしまった…。ありのままの自分の気持ちを伝えることができ、恐る恐る視線を上げて彼女の表情を伺う。
〇〇先生は、口元を右手で隠しながら目を大きく見開いてる。おそらく全く予期しない私の言葉だったのだろう。
「あ、あの…返事が欲しいというわけではないんです!」
慌てて彼女に付け加える。
「ただ…なんというか、私の想いを貴女に伝えたくて…」
しどろもどろになっている私に、彼女の小さな声が重なった。
「…も、…す。」
「え?」
「私も、土井先生と同じ気持ちです。」
思わず聞き間違いかと思って、彼女の顔をじっと見てしまう。
みるみる内に彼女の頬が紅潮し、今度は両手で顔全体を隠す。消え入りそうな声で、言葉を続ける。
「土井先生のことを…、ずっと慕っていました。」
「!!」
自然と彼女に一歩近づく、思わず彼女に手を伸ばしかけて、このまま抱きしめて良いものかと迷い、彼女に触れるか触れないかのところで手を止める。所在なさげに宙に彷徨う私の両手。
〇〇先生は、深呼吸をすると顔を隠していた両手を下げ、私をしっかり見つめて微笑んだ。
宙を彷徨う私の手は、ようやく帰る家を見つけたように、慌てて彼女の背中に手を回し、思いっきり彼女を抱きしめた。
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