お風呂場の扉がカラカラと閉まる音が聞こえて、緊張に強ばらせていた体をようやく弛緩する。

ドッ、ドッ、と早鐘のように鳴る自身の心臓の音がうるさい。

(いったい何が起きたんだ…。今起きたことは現実なのか。)

訳が分からず、とりあえず頭を冷やすためにも風呂に汲み置かれた冷水を手桶で頭からかけた。冷たい水が、火照りきった体を一瞬で冷やしてくれる。と、同時に今起きた一連の出来事が全て現実だと教えてくれた。

〇〇先生に会いたいと口走ったことを聞かれたこと、
こんな夜中にあられもない姿で想い人と対峙してしまったこと、
そして…〇〇先生が去り際に自身の耳元で囁いた言葉を思わず反芻してしまう。

『私も…土井先生に会いたかったです。』

あれはどういう意味だったのだろうか。
自分と同じ気持ちだったのか、それともそんな都合の良い話などあるわけなく、別の意味があったのだろうか。…きっと、そうだろう。

(もしかすると犬や猫、道化師を見る感覚、そう目を楽しませる意味合いなのかもしれないな。)

とにかく期待して裏切られた時に、辛い想いをするのは自分だ。とにかく悪い方に悪い方に考えるようにする。

ただ、目を閉じていたとは言え、囁かれた時はとても近くに〇〇先生の気配を感じた。気にしないようにしていたが、目を押さえる手に軽く〇〇先生の肌が触れたのだ。

その部分は火傷したかのように、まだジンジンと火照っている気がする。

(ここに、〇〇先生がいたんだよなぁ)
目を閉じていたとは言え、手拭い一枚を隔てて憧れの女性が側にいたと考えて、再びカッと頭に血がのぼる。

と、同時に顔に生暖かい感触があり思わず手で擦る。暗がりでも赤黒い液体とよく見知った鉄の臭いを感じる。

「し、思春期の子供じゃあるまいし…」

情けなくて思わず声にでる。
鼻血で染まった赤い手拭いを湯桶に突っ込み、私は再び冷水を浴びるため立ち上がった。

今夜は眠れそうにもない。。。