お風呂の話
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(土井先生っ)
思わず声をあげそうになるが、必死にこらえる。手拭いを握り、一糸纏わぬ姿で現れた想い人に動揺を隠せない。
暗がりで、向こうはまだこちらに気付いていない。いったいどのタイミングで声をかけるべきか…とにかく幻滅だけは絶対にされたくない。あらゆる事態を瞬時にシミュレーションするが、傷を負わずにこの場を切り抜けるのは無理があると判断した。
…と、なると問題はいかに最小限の被害にするかだ。
そうこう考えているうちに、洗い場で椅子に腰かけると土井先生はがっくりと肩を落とし、まるで脱け殻のように項垂れていた。両手で頭を抱えており、ひどく疲れているのが遠目でも見てとれた。
(声をかけにくい…)
疲れからくる負のオーラのせいなのか、今の土井先生に声をかける勇気は微塵にもない。
「………ぃ。」
ふと小さな声が聞こえる。土井先生の独白に思わず耳を傾ける。次の瞬間、彼の口から放たれた言葉は私が湯船に沈むには十分すぎるくらいの破壊力だった。
「〇〇先生に会いたい…。」
確かに土井先生はこう囁いたのだ。
顔に血流が集まってきているのを嫌でも感じる。
ぬるいはずの湯船だが、6年の七松子平太あたりが風呂でも沸かし直しているのではないかと思うくらい、汗が止まらない。
件の土井先生は私が湯船に沈んだ音に気付いたのか、ハッと顔をあげ、こちらに視線を向ける。流石にもう夜目は慣れている頃で、私とバッチリ目が合うと、こんな土井先生の顔は生徒達も見たことがないだろうという表情を見せた。
鳩が豆鉄砲というよりも、最早、焙烙火矢を食らったと言っても良い。
土井先生の表情と感情は静止していた。
顔色は白くなった後、何かを思い巡らし真っ青になり、最後は暗がりでも分かるくらいに真っ赤になっていた。
「え、ぇ…〇〇先生?ど…してこんなところ…に?」
虚を衝かれながらも、土井先生は今の自身の格好に気が付いたのか、慌てて手拭いを腰にまく。
土井先生の羞恥心を煽る真似はするまい。私は目線を土井先生から外しながら、常套句である右手に鹿、左手に将棋の角行を持ち「かくかくしかじか」と説明をする。
「〇〇先生、だからと言って…。こんな深夜に1人で男湯なんて、どうしてもっと自分の身に危機感を持ってくださらないんですかっ!もし他の男性に見られたり、変な気を起こされたらどうするんですか…。」
土井先生の口調は、最初は厳しく責め立てるようだったが、まるで小さい子が泣くのを堪えるかのように、次第に消え入りそうな声になる。
その姿に堪らず、私は彼のクラスの1年生のように、自分の非を認め、小さな声で謝罪を伝えた。彼の心配が痛いほど伝わったからだ。
「とにかく…今なら廊下にも誰もいないと思うので上がってください。見つからないように気をつけて…。私は、その…目を瞑っているので。絶対に見ませんから!」
最後は悲鳴のようだった。
湯船から上がる際に私の体を見ないように、彼なりの配慮と宣誓なのだろう。
両手で目を隠し、ずっと下を向いたままの土井先生を横切る際、最後にどうしても聞きたかったことを問いかける。
「土井先生、先ほどお風呂に入って考え事をされていた時、なぜあんなことを言われたのですか?」
「…あんなこと?……っっ!」
最初は思い当たらないようだったが、何かを思い出したのか一瞬肩をピクリと震わせる。土井先生は私の姿が見えないよう、ずっと下を向いており、その表情は読めない。でも、近くからだと耳が真っ赤になっているのが、よく見えた。
「あ、あれは…」
「あれは?」
我ながら卑怯だと思う。
土井先生がこんなに困っているのに、彼の口から私が欲しい言葉が続くのではないかと期待して、先を促してしまう。
「どうしても疲れた時、なぜか〇〇先生の笑顔を見ると…もう少し頑張れそうな気がするんです。」
蚊の鳴くような声。
土井先生が下を向いてくれていて本当に良かった。私が今、彼に負けず劣らず真っ赤なのを見られなくて済む。
私は少しだけ屈んで、土井先生の耳元で囁くと軽やかな足取りで風呂場を後にした。
思わず声をあげそうになるが、必死にこらえる。手拭いを握り、一糸纏わぬ姿で現れた想い人に動揺を隠せない。
暗がりで、向こうはまだこちらに気付いていない。いったいどのタイミングで声をかけるべきか…とにかく幻滅だけは絶対にされたくない。あらゆる事態を瞬時にシミュレーションするが、傷を負わずにこの場を切り抜けるのは無理があると判断した。
…と、なると問題はいかに最小限の被害にするかだ。
そうこう考えているうちに、洗い場で椅子に腰かけると土井先生はがっくりと肩を落とし、まるで脱け殻のように項垂れていた。両手で頭を抱えており、ひどく疲れているのが遠目でも見てとれた。
(声をかけにくい…)
疲れからくる負のオーラのせいなのか、今の土井先生に声をかける勇気は微塵にもない。
「………ぃ。」
ふと小さな声が聞こえる。土井先生の独白に思わず耳を傾ける。次の瞬間、彼の口から放たれた言葉は私が湯船に沈むには十分すぎるくらいの破壊力だった。
「〇〇先生に会いたい…。」
確かに土井先生はこう囁いたのだ。
顔に血流が集まってきているのを嫌でも感じる。
ぬるいはずの湯船だが、6年の七松子平太あたりが風呂でも沸かし直しているのではないかと思うくらい、汗が止まらない。
件の土井先生は私が湯船に沈んだ音に気付いたのか、ハッと顔をあげ、こちらに視線を向ける。流石にもう夜目は慣れている頃で、私とバッチリ目が合うと、こんな土井先生の顔は生徒達も見たことがないだろうという表情を見せた。
鳩が豆鉄砲というよりも、最早、焙烙火矢を食らったと言っても良い。
土井先生の表情と感情は静止していた。
顔色は白くなった後、何かを思い巡らし真っ青になり、最後は暗がりでも分かるくらいに真っ赤になっていた。
「え、ぇ…〇〇先生?ど…してこんなところ…に?」
虚を衝かれながらも、土井先生は今の自身の格好に気が付いたのか、慌てて手拭いを腰にまく。
土井先生の羞恥心を煽る真似はするまい。私は目線を土井先生から外しながら、常套句である右手に鹿、左手に将棋の角行を持ち「かくかくしかじか」と説明をする。
「〇〇先生、だからと言って…。こんな深夜に1人で男湯なんて、どうしてもっと自分の身に危機感を持ってくださらないんですかっ!もし他の男性に見られたり、変な気を起こされたらどうするんですか…。」
土井先生の口調は、最初は厳しく責め立てるようだったが、まるで小さい子が泣くのを堪えるかのように、次第に消え入りそうな声になる。
その姿に堪らず、私は彼のクラスの1年生のように、自分の非を認め、小さな声で謝罪を伝えた。彼の心配が痛いほど伝わったからだ。
「とにかく…今なら廊下にも誰もいないと思うので上がってください。見つからないように気をつけて…。私は、その…目を瞑っているので。絶対に見ませんから!」
最後は悲鳴のようだった。
湯船から上がる際に私の体を見ないように、彼なりの配慮と宣誓なのだろう。
両手で目を隠し、ずっと下を向いたままの土井先生を横切る際、最後にどうしても聞きたかったことを問いかける。
「土井先生、先ほどお風呂に入って考え事をされていた時、なぜあんなことを言われたのですか?」
「…あんなこと?……っっ!」
最初は思い当たらないようだったが、何かを思い出したのか一瞬肩をピクリと震わせる。土井先生は私の姿が見えないよう、ずっと下を向いており、その表情は読めない。でも、近くからだと耳が真っ赤になっているのが、よく見えた。
「あ、あれは…」
「あれは?」
我ながら卑怯だと思う。
土井先生がこんなに困っているのに、彼の口から私が欲しい言葉が続くのではないかと期待して、先を促してしまう。
「どうしても疲れた時、なぜか〇〇先生の笑顔を見ると…もう少し頑張れそうな気がするんです。」
蚊の鳴くような声。
土井先生が下を向いてくれていて本当に良かった。私が今、彼に負けず劣らず真っ赤なのを見られなくて済む。
私は少しだけ屈んで、土井先生の耳元で囁くと軽やかな足取りで風呂場を後にした。