お風呂の話
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「あー…、しまった。」
思わず、声に出た。
時刻は生徒達も寝静まった子の刻(午前0時頃)。
くのいち教室の補助教員である私は、風呂場の扉の前で盛大にため息をついた。
既にしまい湯となり、女湯の前には「清掃終了」の札がかけられている。
忍術学園の風呂は基本的には生徒が風呂焚き・掃除を行っている。組単位で当番が割り振られており、扉にかけられた札も「入浴可能」「清掃中」「清掃終了」と、訪れるタイミングによって変わる。
余談だが、生徒達がみんなで入浴することもあるため湯船は広く10人以上でもゆったりと入ることができる。これは男湯・女湯共に同じだ。また四季折々の趣向も凝らされており、五月は菖蒲、師走は柚子と楽しむことができる。まさに、一日の疲れを癒す生徒と教職員の憩いの場なのである。
ということもあり、今目の前の「清掃終了」、すなわち「入浴不可」である事実に絶望を感じているのが現在の私だ。
月のものが来たため、約1週間湯船に浸かれなかったこと。
今日は深夜までテストの採点をしていたため、疲労困憊であったこと。
そして野外実習後になだれこむように倉庫で授業準備をしており、汗まみれの肌にまとわりつく埃や塵の不快感が頂点に達していたこと…。
全てが相まって、私の正常な判断を鈍らせていた。チラリと隣の男湯に目を向ける。
「男湯は…(ゴクリ)空いている。」
そこから私の行動は早かった。
一目散に教員長屋で、他の教職員の気配を探る。本当はこんな時間にくのいち長屋を飛び出し、あまつさえ気配を消して一般教職員(男性)向けの長屋を歩くなど、不埒な輩と誤解を受けてもおかしくない。
6・5・4年の先生方の部屋は規則的な寝息が聞こえていた。3・2・1年は気配はするものの硝煙の臭いがない。今日は3学年で火縄銃の合同訓練をしていたことを考えれば、既に風呂は済んでいるのだろう。
(好機!)
韋駄天の如く、風呂場に戻ると周囲を見渡して誰もいないことを確認する。そして男湯の「入浴可能」を「清掃中」に変えると、こっそり男湯に滑り込んだ。
* * *
「あー、疲れた…。」
思いの外、大きな声が出てしまい慌てて口元を押さえる。恐る恐る振り向いてみるが、山田先生の規則的な呼吸音を聞き、どうやらその眠りを妨げていないことに安堵した。
今日は午後まで出張があり、その後はは組の乱太郎、きり丸、しんべえの補習授業。それを終えて、慌てて夕食をかきこんだ後に、今視力検査のような試験採点を終えたところだ。採点をしながら、何度もキリキリと痛む胃を押さえる。
午前中の火縄銃の合同授業は出張で参加できなかったので、最悪今日は風呂に入らなくとも差し支えはないだろう。しかし先日、4年のタカ丸に「土井先生~、髪の毛の痛みは頭皮の痛み。このまま放っておくと若くして頭が寂しくなる可能性もありますよ。」と恐ろしい宣告を受けた。
(胃の次は、抜け毛なんて冗談じゃない!)
本当はもう寝てしまいたかったが、自分の将来を案じ重い腰をあげる。何よりも、身なりを最低限整えておかないと、〇〇先生に会った時に惨めな気持ちになってしまう。
風呂場までよたよたと歩きながら、ここ数日一度も見かけていない〇〇先生に思いを馳せる。生徒たちのことを常に考え、あらん限りの愛情を注ぐ〇〇先生を見ていると、その熱量に目が眩みそうになる。と、同時にその愛情を一心に受ける生徒たちが羨ましくも思えるのだ。
きっとこの感情は妻帯者代表の山田先生やくのいち教室の生徒達からすれば十分「恋心」なのだろうが、当の本人は「学園一を争う朴念仁」とも言われているのだから、微塵にも気づいていない。
風呂場につき、扉にかかる札を見る。
「清掃中」
(あいつら…まさか掃除を中途半端にしているのか?)
こんな時間に「清掃中」ということはあり得ない。とっくに生徒の就寝時間を過ぎているからだ。考えられるのは今週風呂掃除の当番である「1年は組」が掃除を終えた後に札を戻し忘れているのか…、はたまた今日の掃除を中途半端にしているのか…ということだ。
一応風呂掃除の当番は、その日のしまい湯と掃除を兼ねることが多い。しかし何らかの理由で当日中の掃除が間に合わなかった場合は、翌日の午後、つまり新しく風呂を沸かすまでに掃除を終えれば問題ない。火縄銃の訓練で神経をすり減らせた子供たちが、掃除を最後まで終えていない可能性もあるだろう。
清掃用具が散らばっているであろう中途半端な風呂場はご免被りたいが、とりあえず湯で体の汚れは流さなければ…
「やれやれ」
思わず声に出しながら、私は風呂場の扉をカラカラと乾いた音をたてながら開いた。
* * *
(とにかく気配を消して湯船に浸かっていよう。)
男湯で湯浴みをする痴女と思われるのだけは避けたい。そのためのリスク回避として極力気配を消して、静かに体をお湯に沈める。
流石にもう湯は温くなっていたが、それでもゆっくり浸かれば少しずつ身体の芯から温まっていく。ぼーっとしながら、ここ最近見かけない想い人に考えを巡らす。
(土井先生、今日は出張だったっけ…)
ここ数日、私の癒しでもある土井先生を見かけていない。課外授業やら生徒達の補習でてんてこ舞いなのだろう…。機動力のある若手教師なので、課外授業の下見や調査など隙間時間は学園長にいいように使われていると聞く。
昔はプロ忍者だったと聞くが、あの優しすぎる性格も面倒見の良い人柄も、何よりくしゃっと笑った顔の愛らしさも、全部が彼の魅力だ。
(一目見て癒されたい…)
そう呆けているところに、脱衣所で人の気配を感じる。
(…ちょっ、え。こんな時間に!どこのどいつだ。)
自分のことはすっかり棚にあげて、深夜の入浴をしようとする非常識な相手に悪態をつく。人の気配は1人、何とか事情を話せば大事にならないだろう。しかも時間的に考えれば相手は就寝時間を迎えた生徒ではない。教職員であれば何とかなるはずだ。
(し、しかし安藤先生は嫌だなぁー)
手拭いを持っているとはいえ、普段露にしていない素肌を見られること。後でねちこく嫌味を言われるのはゲンナリする。
風呂場には灯りはなく、幸いにもあと数日で新月という頼りない三日月の月明かりでは、夜目が効くとしても慣れるまで多少の時間は必要だろう。極力気配を消して、湯船の中で扉から少しでも距離をとる。
「はー、疲れた…」
溜め息と共に入ってきたのは、まさかの土井先生だった。
思わず、声に出た。
時刻は生徒達も寝静まった子の刻(午前0時頃)。
くのいち教室の補助教員である私は、風呂場の扉の前で盛大にため息をついた。
既にしまい湯となり、女湯の前には「清掃終了」の札がかけられている。
忍術学園の風呂は基本的には生徒が風呂焚き・掃除を行っている。組単位で当番が割り振られており、扉にかけられた札も「入浴可能」「清掃中」「清掃終了」と、訪れるタイミングによって変わる。
余談だが、生徒達がみんなで入浴することもあるため湯船は広く10人以上でもゆったりと入ることができる。これは男湯・女湯共に同じだ。また四季折々の趣向も凝らされており、五月は菖蒲、師走は柚子と楽しむことができる。まさに、一日の疲れを癒す生徒と教職員の憩いの場なのである。
ということもあり、今目の前の「清掃終了」、すなわち「入浴不可」である事実に絶望を感じているのが現在の私だ。
月のものが来たため、約1週間湯船に浸かれなかったこと。
今日は深夜までテストの採点をしていたため、疲労困憊であったこと。
そして野外実習後になだれこむように倉庫で授業準備をしており、汗まみれの肌にまとわりつく埃や塵の不快感が頂点に達していたこと…。
全てが相まって、私の正常な判断を鈍らせていた。チラリと隣の男湯に目を向ける。
「男湯は…(ゴクリ)空いている。」
そこから私の行動は早かった。
一目散に教員長屋で、他の教職員の気配を探る。本当はこんな時間にくのいち長屋を飛び出し、あまつさえ気配を消して一般教職員(男性)向けの長屋を歩くなど、不埒な輩と誤解を受けてもおかしくない。
6・5・4年の先生方の部屋は規則的な寝息が聞こえていた。3・2・1年は気配はするものの硝煙の臭いがない。今日は3学年で火縄銃の合同訓練をしていたことを考えれば、既に風呂は済んでいるのだろう。
(好機!)
韋駄天の如く、風呂場に戻ると周囲を見渡して誰もいないことを確認する。そして男湯の「入浴可能」を「清掃中」に変えると、こっそり男湯に滑り込んだ。
* * *
「あー、疲れた…。」
思いの外、大きな声が出てしまい慌てて口元を押さえる。恐る恐る振り向いてみるが、山田先生の規則的な呼吸音を聞き、どうやらその眠りを妨げていないことに安堵した。
今日は午後まで出張があり、その後はは組の乱太郎、きり丸、しんべえの補習授業。それを終えて、慌てて夕食をかきこんだ後に、今視力検査のような試験採点を終えたところだ。採点をしながら、何度もキリキリと痛む胃を押さえる。
午前中の火縄銃の合同授業は出張で参加できなかったので、最悪今日は風呂に入らなくとも差し支えはないだろう。しかし先日、4年のタカ丸に「土井先生~、髪の毛の痛みは頭皮の痛み。このまま放っておくと若くして頭が寂しくなる可能性もありますよ。」と恐ろしい宣告を受けた。
(胃の次は、抜け毛なんて冗談じゃない!)
本当はもう寝てしまいたかったが、自分の将来を案じ重い腰をあげる。何よりも、身なりを最低限整えておかないと、〇〇先生に会った時に惨めな気持ちになってしまう。
風呂場までよたよたと歩きながら、ここ数日一度も見かけていない〇〇先生に思いを馳せる。生徒たちのことを常に考え、あらん限りの愛情を注ぐ〇〇先生を見ていると、その熱量に目が眩みそうになる。と、同時にその愛情を一心に受ける生徒たちが羨ましくも思えるのだ。
きっとこの感情は妻帯者代表の山田先生やくのいち教室の生徒達からすれば十分「恋心」なのだろうが、当の本人は「学園一を争う朴念仁」とも言われているのだから、微塵にも気づいていない。
風呂場につき、扉にかかる札を見る。
「清掃中」
(あいつら…まさか掃除を中途半端にしているのか?)
こんな時間に「清掃中」ということはあり得ない。とっくに生徒の就寝時間を過ぎているからだ。考えられるのは今週風呂掃除の当番である「1年は組」が掃除を終えた後に札を戻し忘れているのか…、はたまた今日の掃除を中途半端にしているのか…ということだ。
一応風呂掃除の当番は、その日のしまい湯と掃除を兼ねることが多い。しかし何らかの理由で当日中の掃除が間に合わなかった場合は、翌日の午後、つまり新しく風呂を沸かすまでに掃除を終えれば問題ない。火縄銃の訓練で神経をすり減らせた子供たちが、掃除を最後まで終えていない可能性もあるだろう。
清掃用具が散らばっているであろう中途半端な風呂場はご免被りたいが、とりあえず湯で体の汚れは流さなければ…
「やれやれ」
思わず声に出しながら、私は風呂場の扉をカラカラと乾いた音をたてながら開いた。
* * *
(とにかく気配を消して湯船に浸かっていよう。)
男湯で湯浴みをする痴女と思われるのだけは避けたい。そのためのリスク回避として極力気配を消して、静かに体をお湯に沈める。
流石にもう湯は温くなっていたが、それでもゆっくり浸かれば少しずつ身体の芯から温まっていく。ぼーっとしながら、ここ最近見かけない想い人に考えを巡らす。
(土井先生、今日は出張だったっけ…)
ここ数日、私の癒しでもある土井先生を見かけていない。課外授業やら生徒達の補習でてんてこ舞いなのだろう…。機動力のある若手教師なので、課外授業の下見や調査など隙間時間は学園長にいいように使われていると聞く。
昔はプロ忍者だったと聞くが、あの優しすぎる性格も面倒見の良い人柄も、何よりくしゃっと笑った顔の愛らしさも、全部が彼の魅力だ。
(一目見て癒されたい…)
そう呆けているところに、脱衣所で人の気配を感じる。
(…ちょっ、え。こんな時間に!どこのどいつだ。)
自分のことはすっかり棚にあげて、深夜の入浴をしようとする非常識な相手に悪態をつく。人の気配は1人、何とか事情を話せば大事にならないだろう。しかも時間的に考えれば相手は就寝時間を迎えた生徒ではない。教職員であれば何とかなるはずだ。
(し、しかし安藤先生は嫌だなぁー)
手拭いを持っているとはいえ、普段露にしていない素肌を見られること。後でねちこく嫌味を言われるのはゲンナリする。
風呂場には灯りはなく、幸いにもあと数日で新月という頼りない三日月の月明かりでは、夜目が効くとしても慣れるまで多少の時間は必要だろう。極力気配を消して、湯船の中で扉から少しでも距離をとる。
「はー、疲れた…」
溜め息と共に入ってきたのは、まさかの土井先生だった。
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