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短い話

 目を開く。窓の外で雲の間からちらちらとのぞく陽の光が眩しくて、少しだけ視界を狭める。先ほどまで寝ていたせいか、うつらうつらとする頭を働かせて手前の薄いカーテンを引っ張り日差しを遮ると、ようやく辺りを見渡せるようになった。教室の中は静かだった。おじいちゃん先生の低くも高くもない柔らかい声がゆるりと喋る音。チョークが鳴る音。教科書のページをめくる紙の音。誰かがシャーペンの芯を出す音。あくび。正午を過ぎた教室には眠気と静寂が満ちている。
 どうしてこんなところに居るのだろう、と思った。本当ならば今頃はさほど新しくもないパソコンと向かい合って雑務をこなしているはずなのに、と思った。ここは私が居ていい場所ではない。けれど私は、あの先生のことを知っている。覚えている。隣の席に座る女の子のことを知っている。中学生の頃に使っていたとおぼしきシャーペンを握っている。教科書の隅の落書きも、夏休みの課題で貰った副賞のマーカーペンも、ぜんぶ知っている。覚えている。これは懐かしさなのだろうか。やたらと鮮明で、なんだか目眩がする心地だった。今すぐに目を閉じて深く眠りたかった。

 夢を見ている。この教室で目が覚めた時からずっと、夢の中だ。いつの間にか教卓の前に立っていた先生も黒板の文字も消えているのに、時計の針は滞りなく進んでいるのに、チャイムはとっくに鳴り終えたというのに、夢を見続けている。
 見慣れたセーラー服を着た、おそらく友達であろうひとつ結びの女の子が、休み時間の間に私の机へお菓子を置いていく様子が記憶のどこかを刺激するようでひどく懐かしい気持ちになった。ぼうっとしてるね、疲れてるなら甘いもの食べなよ、そう言って笑っている友達にお礼を言って、お菓子は鞄にしまいこんだ。怖くて食べられなかった。夢じゃないような鮮やかさの視界と同じように、チョコレートの鮮烈な甘い味を感じてしまうことが怖かった。夢のはずなのに。私は長い夢を見ているだけのはずなのに。
 箒を持つ手が震えていた。掃除の時間というものは学生に必要なものだろうか、なんだかひさしぶりにこんなことをするので手先が覚束ないように感じた。教室の床の木目に沿って往復する作業すら億劫に感じてため息を吐き出す。と、ひとつ結びのあの子がちり取りを片手に持ってそっとこちらに歩み寄ってくる様子が見えた。なあに、と声をかけた。
「授業終わりから顔色が悪いなと思って。保健室行く? もうすぐホームルームだけど」
 ひとつ結びのあの子は小さな声で言った。年下の女の子に気を遣われて申し訳が無かったので、私はゆるりと首を横に振って断りの言葉をかけた。大丈夫だと言うと、ひとつ結びのあの子は、心配だと言いたげにきゅっと眉を寄せた。
「ありがとう、本当に大丈夫だから。昨日あんまり眠れなくて。今日は早く寝るね」
「…うん、わかった」
 彼女はそれだけ言葉を落とすと、手に持ったちり取りの役目を果たさせるべくそっと離れていく。どうしてそんなに親身になれるのかと思って、しかし夢の中の私はきっとひとつ結びのあの子とたいそう仲がよろしいのだろうと思い直す。私はあの子のことを知らなかった。名前も顔も見たことが無かった。どうしてだろう、この教室の中は覚えているはずの先生や同級生で溢れているはずなのに、ひとつ結びのあの子のことを私はどうしても思い出せないのだった。
 一分や一秒を滞りなく感じることができる、夢ではなくて現実のようだった。いまだに頬をつねるような勇気は無かった。それだというのに、教室の掃除をしていた時に机の足にぶつけた膝小僧はじんじんと痛んで、赤くなっていた。夢なのに、と思う。まだ。ホームルームが終わるのを黙って自分の席にじっと座って待ちながら、夢から覚めるのを待っている。

 机の横にある、おそらくは私の物と思われる鞄を持ち上げると、教科書の重みが腕にずしりとのし掛かった。チャックを開けて中身のノートを一冊を取り出す。知っている筆跡で、知っている名前が書き込まれている表紙を眺めた。数学のノートだった。鞄の中身はすべて自分のものであった。側面にある小さなポケットには先ほどひとつ結びのあの子から貰ってしまい込んだままのチョコレートが入っていた。
 窓は知らない間に水滴で濡れていた。雨が降っている。覚めない夢の中の家への帰り道は覚えているのに、雨のせいで外に出ようとする足の動きが鈍る。ほとんど誰も居なくなった教室を出て、廊下をゆっくりと歩く間にも風が吹いて窓の外の視界が曇る。折り畳み傘を持っていてよかった。夢の中の私は運がいい。階段を下ってすぐに玄関はある、そうして一番右端の列のおおよそ真ん中の段あたりに私の下駄箱がある。知っている。覚えている。どれもこれも、先生も同級生も教科書の落書きも、知っている。中学生の時の記憶にあるままだったことを、外履き用の靴に履き替えてからようやく私は思い出したのだった。どうして忘れていたのだろう。今なら鮮やかに思い出すのに。
 鞄の中にしまったままの折り畳み傘を引っ張り出した。中学生の時に気に入っていた、内側に星の散りばめられた黒い傘。いつも丁寧に畳んで皺がよらないようにしていた。ふと、目線を上げる、と、きれいな金色の髪を結ばないまま流した女の子が玄関に佇んでいるのが視界に映る。初夏らしい半袖のシャツと短いスカートは、カーディガンを着て規定通り膝丈までスカートをおろした私とは対照的で、どうしてもじっとその様を眺めてしまう。関り合いの無い人、のはずだ。だというのに私はこの女の子を覚えている。どうしてだろう、名前は思い出せないのに。そこまで考えて、ようやく彼女の顔を見て、どうやら雨が降っているのに傘を持っていないから帰ることができない様子であることを察した。金色の髪の彼女は深くため息を吐いている。私は彼女のことをじっと見つめていた。折り畳み傘を抱えながら、困り果てるその顔を眺めていた。
「…あの、」
 気づいたら声をかけていた。声をかけたのは私のほうなのに、困惑した声で。小さくて雨音にかき消されそうな声で。抱えた折り畳み傘がきしりと音をたてる。心臓が少しだけ早く鼓動している。金色の髪の彼女はぴくりと肩を震わせてゆっくりとこちらに顔を向けた。見開かれた目が私を見ている、琥珀色が蛍光灯の光を反射して潤んでいた。
「ねえ、今、ウチに言ったの?」
 彼女の声もたいそう震えていた。困惑に満ちていて、ウチに言ったの?と言いながら自分の顔を指差すその指先すら震えていた。眉が少しだけ下がっていて、雨の日に置き去りにされた子犬か何かのようだと思った。私は頷いて、一度金色の髪の彼女からそらした目線を再び上げた。今度は私が傘を指差しながら、傘、よかったら一緒に使いませんか、とまた雨音にかき消されそうな声で言った。言えた。心臓はまだ先ほどのように少し早く鼓動している。
「…いいの?」
「よくなかったらこんなこと言いません、あの、迷惑だったら」
 迷惑だったら断ってほしい。そこまで言葉になる前に金色の髪の彼女は「そんなことない! あの、ありがとう!」と声を上げた。大きな声。だけど不快にはならなくて耳によく馴染んだ。なんだか昔よく聞いたことのあるような声だと思った。やっぱり私は彼女のことを覚えている。

 ばつん、と音をたてて折り畳み傘を開く。重くて暗い曇と雨の視界を無視して、傘の内側は星座と天の川を描いている。そうだった、こんな傘だった。高校に上がる前に壊れてしまったお気に入りの傘。金色の髪の彼女は傘の内側を少しだけ覗いて、かわいいねと言って笑った。
「傘、いれてくれてありがとね。持ってきてたんだけど、盗られちゃったみたいで。ウチのお気に入りだったんだけどなあ…」
「そうなんですね。あの、強引に誘っちゃって…本当に迷惑じゃなかったですか」
「迷惑なわけないよ、あのまま止むまで待つ覚悟だったんだから! あ、そういえば。まだ自己紹介してないね」
 佐野エマっていうの、よろしくね。彼女は言った。柔らかく微笑んで、金色の髪を湿気を含んだ風が揺らした。それがどこか遠くから囁きかけられたような心地がして、気が遠のく。やっぱりどうしても夢を見ているようだった。歩みが遅くなって呼吸が浅くなるような気がした。佐野エマさんはまだ何事かを話しているのに、私の耳には壁一枚隔てて隣の部屋から話しているように聞こえた。どうしてなんだろう、苦しくて泣いてしまいそうだった。
 夢はまだ覚めないのだろうか。もうずっと鮮烈な鮮やかさを持った夢を見ている。ひとつ結びのあの子から貰ったチョコレートの匂い。箒を持つ手の震え。窓の外の曇った視界。昇降口の空気の冷たさ。傘が雨を弾く音。佐野さんの声。心臓の鼓動が痛い。狭い折り畳み傘の中で知っているのだか知らないのだか、覚えているのだかいないのだかわからない女の子と肩を寄せあって歩いている。帰り道。通りすぎる最寄のバス停。息がしづらくて苦しい。私はとうとう歩みを進めることが出来なくなって立ち止まった。私の隣を楽しそうにお喋りしながら歩いていた佐野さんも、つられて立ち止まった。
「え、大丈夫? 名字さん、顔色すごく悪いよ! 立ってるのしんどい? ちょっと休む?」
「いや、あの。ごめんなさい、ぼうっとしてて」
 佐野さんの金色が揺れて、覗きこんできた顔から目を反らす。シャンプーかリンスの甘い香りがする。佐野さん。佐野エマさん。
 ふらつく私よりも余程あわてている佐野さんに言い訳をしているうちに、見慣れた家の前に到着していることに気がついた。家が近くてよかった。本当に大丈夫なのかと再度問う佐野さんに、折り畳み傘を押し付けて「また明日。気をつけて帰ってくださいね」と声をかけてから、私は玄関の扉を乱暴に開けて靴を脱ぎ捨てた。階段を駆け上がり、自室へと飛び込む。スカートの裾が濡れているのに。カーディガンを脱がなければ皺になってしまうのに。掛け布団を足元に畳んだベッドへうずくまって動くことができなかった。私は。

 佐野エマさん。佐野さん。私は彼女のことをよくよく知っている。昔、まだ私が中学生だった頃だ。十年以上は前の話。
 好きな人が居た。話したことは、一度だけしかない。有り体に言うと見ているだけで良かったと思えるような恋をしていた。私の好きな人は不良をしていて、背が高くて、よく喧嘩をしていて、こめかみに刺青をいれていて、髪は金色で、辮髪の、少しだけ怖い人だった。怖かった。好きな人だったのに。笑った顔が好きだった。
 そのたった一度話したその時に名前を呼ばれたことを、大人になってからもときどき、思い出した。前後のことはたいして覚えていないのに、私の名前を呼ぶ彼の顔をいつまでだって思い出した。声はあまり覚えていない、振り返った時の揺れた三つ編みと視線をいつまでだって思い返していた。
 私の好きな人には好きな女の子が居た。ふわふわの金髪が可愛らしくて、半袖のシャツから伸びる白い腕が眩しくて、短いスカートのよく似合う女の子だった。佐野さん。佐野エマさんのことを、龍宮寺さんは好きだったことを知っている。それをしんどいと感じることはあまりなかったように思う。見ているだけで良かったからかもしれない、と思う。今となってはよくわからない。私は。
 体温と同じくらいに温まったベッドに寝転んだままじっと天井を見つめる。目を閉じる。目を開く。もう一度閉じる。ずっと夢を見続けていると思っていた。まだ就業時間なのに、なかなか覚めない夢の中をさまよっていると思っていた。早く目が覚めてほしいと願いながら、雨が冷たくて、布団が温まってきて、心臓の音がやたらとうるさく聞こえて、指先がシーツをさらりと撫でて。目を開く。
 そうして私はようやくここが夢の中ではないのだと知った。

 遠くのほうで騒音が鳴っている。蝉の鳴き声をたくさん集めたような、耳に残る高くて鋭い音がする。起きなくてはと思ったのに、あと五分だけ寝たいとわがままをごねる身体が目覚まし時計を止めようと枕元を探っている。
 朝だから、起きなくては。
 目を開いた。カーテンの隙間からちらちらと揺れる朝の日差しが眩しくて、開いたまぶたが閉じそうになるのをどうにかこうにか我慢する。先ほどまでジリジリと騒音をたてていた時計へ視線を流すと、短い針は六と七の間を、長い針は九を指していた。午前六時四十五分。まだ遅刻するような時間ではなかったことに安堵した。
 部屋を出てすぐの階段を下るとリビングが見える造りになっている。台所にある赤いトースターは私が二十歳になる前に壊れてしまったもので、記憶にあるトースターよりもなんだか鮮やかであるような気がした。冷蔵庫の横に置かれた編み籠から四枚切りの食パンの袋を掴んで、まだ柔らかいそれを一枚、トースターの中へと置く。タイマーをセットして三分ほど焼く。濃い焦げ目がつかないうちに取り出して白い皿へ乗せたら、バターではなくマーガリンを薄く塗り広げる。室温に戻していないバターは塗りにくくて面倒だ。流し台の側に立ったまま、マーガリンで少ししんなりしたトーストを齧りながら、冷蔵庫の中で作り置きされている麦茶をコップへ注ぐ。一息に飲み干すと冷たさで頭の芯が痛んだ。
 トーストを食べ終えてから、もう一杯だけ麦茶を流し込んだ。使った白い皿とコップを置いたままにして、私は冷たい廊下の床を踏みしめてリビングの隣にある洗面所へと向かう。鏡をのぞきこんだ。ずっと昔によく見た幼い顔だった。大人の私ではない顔をしていた。まん丸の目が光を反射している。柔らかい毛先が頬をくすぐっている。毎朝、コンシーラーで隠していた隈はどこにも見当たらなかった。
 私はずっと夢の中に居たのではなかったのだということを、家のくすんだ鏡を見てようやく本当に理解したのだった。思い知らされて、打ちのめされそうになった。夢は覚めない。きっとこれからも覚めない。こわくなるほどふわふわの頬をつねったら、ようやく目が覚めるのだと思っていたのに。歯磨き粉の冷たい薄荷味が頭を覚まさせてくれると思っていたのに。

 昨夜、もう寝てしまう寸前のところでどうにか脱いだ制服のスカートを床から拾う。両足を通して、留め具を引っかける動作が懐かしくて思考が少しだけ飛んだ。塗れた裾はもう乾いていた。白いシャツのボタンをとめて、スカートの隣に落っこちていたカーディガンを羽織ると、昨日あの教室で目が覚めたときと同じ格好になった。いや、昨日だけではない。十年以上前に私はこの制服を三年間ずっと着ていた。指定のカーディガンを律儀に羽織っていた。
 午前七時四十分。玄関に立て掛けられた姿見を眺めながら跳ねた髪を手ぐしで整えて、ローファーのかかとを踏まないように靴の中へと足を収める。落ち着かない心地がする。もう十余年も昔の行動をなぞりながら学校へと赴こうとすることが、胸の奥をそわそわとさせている。
 ここは夢の中ではない。だから私は、学校へと行かなくてはならない。

 玄関を潜ると、待っていたのは柔らかい金色の髪の彼女だった。断じて大きな怪物や知らない町並みなどではない。昨日の雨の中で押し付けた折り畳み傘はきれいに畳まれていて、シャツから伸びる白い腕が眩しくて、短いスカートがよく似合う。佐野さんが居る。ご機嫌そうににこにこ笑って、おはようと動く口が遠くに見えるような気がした。
「おはよう、名字さん! 早く傘返さなきゃって思って…いやそうじゃなくて! 一緒に学校行きたくて来ちゃった」
「おはようございます、えっと、あの。大丈夫です…じゃあ一緒に行きます…」
「いきなり来ちゃってごめん、ありがとう、名字さん優しいね」
 来ちゃった、ではない。なんだか清々しい気持ちで開けた玄関をもう一度閉めるべきなのかと一瞬だけ思案した。閉めなかったが。鍵をかけて数段の階段を駆け降り、佐野さんの隣へ並ぶと、改めてお礼と共に傘を差し出された。佐野さんの笑った顔が眩しいと思うのは、きっと彼女の髪が金色だからという理由だけではないのだろうと思う。朝早い陽の光を反射する柔らかい髪は佐野さんの歩調に合わせて揺れている。半透明に透けて見えた、消えてしまいそうだった。
 道中の会話をあまり思い出すことが出来ない。家が近くであること。小さい頃によく遊んだ公園が同じであること。最寄の駅が少し遠いこと。通っている美容院。近くのスーパー。コンビニの新発売のお菓子。そんなようなことを話したような気がするが、佐野さんと教室の前で別れて席に着く頃には、佐野さんが通う美容院がどこなのかも新発売のお菓子が何だったのかも忘れてしまっていたのだった。
 私のような人間と一緒に登校したいと言ってくれていたのに。朝はいったい何時から家の前で待っていてくれていたのだろうか。彼女は。彼女のことを知ろうとは思わなかった頃、十年以上前の私はいったい彼女のことをどう思っていたのだろう。

 夢うつつのようだ、と思った。ノートと教科書を広げて、シャーペンを握って、黒板をぼうっと眺めていた。窓際の席は目が覚めたあの時のようにちらちらと陽がのぞいて眩しかった。宙に舞うほこりがきらきらとして気が散る。今日の朝、散々この場所が夢ではないことを反すうしたというのに、私は未だに呆けた気分のままで居る。まだ息苦しかった。少しだけ呼吸がしづらいような気がしていた。先生の声も同級生が教科書の文章を読み上げる声も、水の中を漂っているように遠くて怖くなった。私はここに居るのだろうか。
 斜め前に座る、ひとつ結びのあの子の髪が揺れていた。昨日貰ったチョコレートが鞄の中に入りっぱなしであることを思い出した。思い出すとチョコレートの鮮烈な甘い香りが刺激してくるような心地がして、そっと鞄から目を背けた。彼女は、ひとつ結びのあの子は知子という名前だった、彼女のノートを見てたまたま知ったことなのだが、やっぱりどう頭をひねっても十余年昔の記憶の中から彼女を見つけることはできない。私は知子のことを知らなかった。記憶と同じ教室と先生と同級生と教科書の中で、彼女だけが唯一、異質な存在なのであった。
 佐野さんは休み時間になると私の教室へ顔を出すようになった。昨日の帰りから今日の朝までの関わりしかないような彼女といったい何を話すべきなのか図りかねていた。けれど、佐野さんと会話をすることを息苦しいと感じることはない。佐野さんは聞くことも話すことも私よりずっとずっと上手だった。うらやましいと思った。揺れる金色の髪をずっと眺めている。佐野さんが相づちを打つ度に揺れている。細くてふわふわやわらかくて溶けそうな髪。
 帰りに寄り道がしたい、と佐野さんは言った。寄り道。いったいどこへ。欲しいものでもあるのかと問えば彼女はうつむきながら恥ずかしげに「名前ちゃんとお買い物がしたい…かな…」と言うので、私は渋った末に頷かざるをえなくなった。どうしてこんなことを言われて断れると思ったのだろう。そうして、龍宮寺さんは彼女のこういうところを好いているのだろうと思った。彼女は。毒気がなくてきれいで可愛らしくて明るく笑える。人に好意を伝えられる人だと思う。それがやっぱりうらやましいと思うのだ。
「ウチね、あんまり友達がいないから。ほら、三年生に無敵のマイキーって居るでしょ。ウチの兄なんだけど、皆怖がっちゃってて。だから名前ちゃんとお買い物できるの楽しみ、ありがとね!」
 また放課後にね、と笑って教室を出ていく佐野さんには「私も楽しみです、また後で」と返す他無かった。少しだけ憂鬱で、少しだけそわそわとしている。心臓が少しだけ早く鼓動している。ところで、彼女はいつの間に私の下の名を呼ぶようになったのだろう、あまりにも自然だったものだから、得に言及する気にもならなかった。

 見ているだけで良かったと思える恋をしていた。あの頃。佐野エマさんのクラスの入り口から中を覗いている、あの人の背中を眺めていた。横顔を、三つ編みを眺めていた。遠くから。廊下ですれ違った後ろ姿を、あの人が見えなくなるまで。気づかれないように。私の声が届かないように、ずっと遠くからあの人を見ていた。
 このまま、佐野さんと友達になってしまうことがとても怖かった。呼吸が苦しくなった。ひとりになりたかった。私の名前を呼んでくれる佐野さんを振り切って逃げ出したかった。彼女はいい人だから、私は彼女のことを嫌いになりたくなかった。ふたりの知らないところで遠くから、いつか溶けてなくなる恋心を抱えたままで居たいと思った。佐野さんと龍宮寺さんが並んで歩くさまを、ふたりの近くで眺めていることは到底できない。それではずっと恋心が枯れ果ててくれないから。出来るわけもない。したくない。どこかへ逃げ出したい。
 ホームルームが滞りなく終わってしまうことに、つい気が重くなってしまう。きっともうすぐ佐野さんがあの扉を開けて、私のことを迎えに来てくれるから。あの可愛らしい声が教室の中に響く時を、震えながら待っている。

「名前ちゃん、クレープ食べない?」
 ウチお腹空いちゃった、と佐野さんは言った。
 まだ人の減らない教室まで私を迎えに来た佐野さんは、ゆっくりと帰り支度をする様子を焦れったいとでも言いたそうな顔で見ていた。私は、周りの視線に耐えかねて少しだけ動作を早めるだけだった。なぜかお揃いのシュシュを購入する羽目になった後、佐野さんはマイキーさんと龍宮寺さんとよく行くのだというクレープのお店に私の腕を引っ張って連れていった。クレープのお店なのにどうしてなのかたい焼きもメニューにあるらしく、マイキーさんのお目当てはいつもそれなのだと言う。果たしてその情報を次に佐野さんと会うときまで覚えていられるだろうか。まだ私は、どこか夢うつつのままなのに。
「名前ちゃんは苺好き? チョコバナナのほうが好き? トッピングは追加する? あっ、クリーム増量も出来るよ! 今はね、期間限定のやつがね、」
「ちょっと…あの、待っ…早…」
 断り切れないセールストークを聞かされているようだ、と思った。佐野さんは私の手をぎゅっと握って逆の腕に荷物をぶら下げて、その指でメニューを指しながらおすすめを読み上げていく。もうなんでも良かった。どうか佐野さんの好きにして欲しい。早く食べて早く帰りたかった。ねえ、どうする?とまた佐野さんが言うので、私はめんどくさくなってしまって「じゃあ苺で」とようやく答えたのであった。疲労。
 大人になってからこんなに甘いものを食べる機会は思ったよりも失われてしまったので、生クリームを摂取したのはいったい何年ぶりのことだろう、と甘さに侵食される脳みそで考えた。会社と家を往復する道中にカフェや喫茶店などはなかった。中学生に巻き戻って初めて感動した、ような気がした。目の覚める心地だ。
 佐野さんは私の苺にしますという返事を聞き届けると、ウチはチョコバナナにするから一口交換しようね、と言って私の手を離し、クレープをふたつ注文した。なぜか私の分まで佐野さんが。当の佐野さんは店員さんから受け取ったチョコバナナクレープと苺クレープのうち、苺クレープを一口齧るとありがとうと言いながら私の手に渡した。どうしてか代金は受け取って貰えなかった。

 まるでそういう気もなく散策していたら突然、熊に遭遇した時のようだ。熊に遭遇したことは無いが。一瞬だけ未知の生物と出会ったように静まり返って、しかし次の瞬間には頭の中で警報が鳴り響いている。命の危機に瀕した身体が逃げろと叫んでいる。そんな心地だ。どうにもこうにも逃げ出したいと思った。佐野さんが教室に来るまでに帰っておくべきだった。一人きりになりたい。逃げ出して、もう戻ってこなくてもいいよと、見知らぬ誰かでもいいから言って欲しい。
 クレープの包み紙をお店のごみ箱へと片付けて鞄を抱え直した時だった。佐野さんがちょっとだけ驚いた声で「あれ、マイキー?」と、とんでもなく恐ろしい名前をこぼしたのは。私は、鞄を抱えたまま振り返ることができなかった。強く抱き締めた鞄が潰れていた。
「エマじゃん。なにしてんの?」
「何って友達とクレープ食べに来たの。マイキーとケンちゃんこそ、ふたりで来ちゃってデート?」
「なんでマイキーとデートすんだよ、はっ倒すぞ」
 不良の鑑のような人達だと思う。低い声はいつも喧嘩腰で、乱暴な言葉遣いで、奇抜な髪型をして、そうして喧嘩をして。でもマイキーさんも龍宮寺さんも怯える女の子に食って掛かったりなどしたところは見たことがない。ただの乱暴者などではない、そういう人達であることを知っている。ずっと前から覚えている。
 ふと、私以外の面々が親しく会話する中へ入ることも出来ずに佐野さんの後ろからそっと龍宮寺さんを見上げる。こんなに近くでこの人をみたことは無い。見上げるほど高い背だ、佐野さんはこんなに背の高い彼の隣に並んで首を痛めたりしないのだろうか。辮髪の三つ編みは自分で結んでいるのだろうか、彼はきっと器用なのだろう。身長に比例しているように手が大きい、きっと手を繋いだら私の子供のような手のひらは隠れてしまうのだろう。
 佐野さんがうらやましい。この人の隣に並んで歩くことができる佐野さんが、心底うらやましくて心臓が苦しかった。このふたりを側で眺めることしかできないのならば、私は佐野さんと友達になることなど。

 ぱちり。佐野さんの向こう側にいるあの人と視線が交わった。ような気がした。いや、気のせいなどでは無かった。龍宮寺さんは三つ編みをゆらして首を傾げながら私のことを見ていた。つい先ほどまであんなにも不躾にあの人のことを眺めていたのに、私は彼の視線に耐えかねてそっと視線を地面や空や建物へと右往左往してそらす。まだ彼の視線は、私からそらされないでいる。泣きたくなるほど恥ずかしい気持ちになって、私よりも少しだけ背の高い佐野さんの背中へと隠れるように二歩下がった。そうして、佐野さんの白いシャツを指先で少しだけ握ると、マイキーさんとお小言を言い合っていた佐野さんは振り返ってうつむく私を見おろす。「ごめん、怖かった?大丈夫?」と聞いてくれるのだが、私はぶんぶんと首を横に振ってそれを否定することしかできなかった。怖かったのではない。私は羞恥でどこへも目を向けられないでいるだけなのだ。ずっと遠くから見ていただけのあの人の世界に私が居ることが、ひどく耐えがたいのだ。走って逃げ出したいほど恥ずかしくて耐えがたいのだ。それを佐野さんに言うことなどは出来はしないが。
「平気です、すみません、大丈夫、」
「本当? もう、マイキーもケンちゃんも、あんまり名前ちゃんのこと凝視しちゃだめだよ! 緊張しちゃうでしょ!」
 佐野さんの小さな背中に隠れたまま、ぎゅうぎゅうと目をつむった。痛いと思うくらいに、この暗闇をこじ開けられないように、強く瞼を閉じた。火が出るのかと思うほど熱くなった顔はきっと真っ赤になっている。見ないでほしい。早くこの場から立ち去ってしまいたい。
 のぼせ上がった頭のせいで目眩がする、足元がぐらぐらと揺れているような気がした。ぼうっとする頭で考えることは取り留めもなく突拍子もない。初夏の日差しは心地がよくて、こんなに消え去ってしまいたいと思っていても、そんなことをするよりこの陽気の中で意識を手放してしまったほうがずいぶんと楽なことのように思えるのだから、不思議なものだ。このまま寝てしまいたい。そうしたらきっと逃げることと同じだ。
 だというのに、頭の中が真っ白になる、その直前。ひやりと冷たい物体が首筋を掠めて思わず目を開いた。声は出なかった。喉奥で音になり損ねた声が萎んで消えた。ちら、と首もとを見ると、大きな手が水滴をまとうペットボトルを肌に押し当てていた。誰の手だろうか。このペットボトルのお茶は飲んでいいのだろうか。思わずそれに手を伸ばす。大きな手ごとペットボトルを掴むと、指先を伝う冷えた温度にようやく頭が覚める。
 視線を上げて大きな手でペットボトルを押し当ててきた人物の正体を確認して、絶句した。暑さでぼんやりと開いていた口はまた、はくりと空気を吐き出した。呼吸のしかたを忘れそうになる。陸に打ち上げられた魚のような気分だった。
「おい、大丈夫か? どっかで休んだほうが」
「いっ、…いえ、平気です、お茶ありがとう、ごっ、ございまし…た…」
 龍宮寺さんだった。私が佐野さんに引っ付いてぐらぐらとしている間に、お店に設置されている自販機で冷たいお茶を買ってきてくれた、のだろう。おそらく。いや、おそらくではなくてそうなのだろう、今日初めて対面した人間に対して優しいが過ぎるのでないかと少しだけ怖くなる。優しくて、苦しくなる。それとも佐野さんが私のことを友達だと紹介したからだろうか。そう考えると心臓の音がどこか遠くなって、やっぱり苦しかった。深く息を吸いたいのに。浅い呼吸が苦しい。
 力の入らない手のひらで受け取ったペットボトルの蓋を掴み、ひねると、いつも聞くようなパキリと弾ける音は聞こえなかった。蓋はすでに開けられていた。口をつけて喉に水分を流し込む最中もずっと、その程度のことに緊張して心臓を高鳴らせていることが心底嫌になる。こんなに優しくしないでほしいと叫びだしたい心を落ち着かせる。なにも期待したくない。誰にでも向けられる無償の優しさを、私は受け取りたくはなかった。

 未だに力の入らない手では、不機嫌な顔で私を捕まえる佐野さんすら振りほどくことは出来なかった。暑くて少ししんどいので帰りますと告げた私に目を丸くして「ひとりで帰るの? 駄目だよ、そんなにふらふらしてるのに! ウチと一緒に帰ろ?」と佐野さんは言った。なかなか頷かない私の手を、佐野さんは握ったまま離してはくれなかった。
 湯だる頭は冷たいお茶に冷まされてずいぶんと落ち着いたので、また龍宮寺さんの視線に浮かされる前に早く退散してしまいたい、というのが本音である。どうしてなのか、彼はあれからずっと私のことを眺めているからだ。佐野さんにもたれ掛かってお茶を飲んでいた時も、ペットボトルの蓋をしめた時も、佐野さんのシャツからそろりと手を離した時も。視線が痛くて熱い。見ないでほしい、やっぱりどこか遠くから眺めているほうが私は落ち着くのだ。
「おとなしく送られておきな、エマはこうなったら折れないからさ。今なら無敵のマイキー様もついてくるよ」
「余計な心労を増やしてやるなよ、マイキー。でもな、今回は俺らと一緒に帰ろうぜ、そんなふらふらしてんのお見送り出来ねーわ」
「ほら、ね! マイキーもケンちゃんもこう言ってるから。迷惑になんてならないよ、友達なんだもん。一緒に帰ろ」
 いつから私と佐野さんはお友達なのだろう、とは言えるはずもない。なにせクレープを分けあった仲なので。本当は、ふたりの仲を羨むことしか出来ないこの立ち位置に収まることはしたくないのに。ひとりになりたい、明日からもずっと。
 残念ながら佐野さんの手を振り払うことも出来なかったうえに、そのお兄さんと好きな人と帰路につくことになってしまうとは、と頭を抱える。頭痛がする。
 そうしてゆっくりと歩きだした。佐野さんもマイキーさんも龍宮寺さんも、なにも言わなくても私の遅い歩調に合わせて歩いてくれるから、申し訳がなくて足の動きを早めた。しかし少しだけ無理をして足を動かした瞬間。心なしか本当にふらつくような気のする足が、佐野さんに腕を引かれるのに合わせて、もつれて宙を蹴った。転ぶ、と思った。目を閉じて、あ、と声がこぼれ落ちる前に、私の腕はひとまわりもふたまわりも大きな手のひらに捕まれる。熱いな、と思う。力強くて、痛いのにまだ離してほしくない。こんなに近くにいるのは少し怖い。離れたくなくなるから、怖い。
「…っと、あぶねぇな。大丈夫か」
「名前ちゃん、大丈夫!? ごめん、歩くの早かったね!?」
「いえこちらこそ…ごめんなさい、大丈夫です。ありがとうございました…」
 龍宮寺さんにお礼を言うと、腕に巻き付いていた大きな手のひらはすぐに離れてしまった。じんじんするのは、力強くて痛かったからだろうか。よくわからない。ただ掴まれた箇所が暑くてたまらないことだけは、ぼんやりとした頭でもわかった。
 不意に、頬に何かが触れた。熱い。頬が溶け落ちそうな熱源は一体なんだろう、などと思っていると、目の前には散々遠くから眺めていたあの顔があって、わたしを覗き込んでいることにようやく気がついた。龍宮寺さんだ。心臓が跳び跳ねて、口から出てきてしまいそうだった。眉を寄せて真っ直ぐに視線を寄越す黒い目があまりにも近くて、呆然としてしまった。とろりと脳みそが溶け出してしまうようだった。もしかして本当は夢だったのだろうか。本物のような夢をずっと見続けているのかもしれなかった。
 彼は壊れものを扱うように、大きくて熱い手のひらをそっと私の頬で往復させている。くすぐったくて目を閉じた。他人の温度は好きじゃないはずなのに、好きな人の体温はどうしてこんなに心地がいいんだろう。しばらくそうしていると龍宮寺さんは「熱は無さそうだな、よかった」と言って頬から大きな手を離した。熱が離れていったことが寂しくて、その手にすがりたいと思ってしまった。この人の純粋な下心の無い好意を深読みしたくないのに。どうして優しくしてくれるのかと問いただしてしまいたくなる。

 家に着く頃には足取りは正常になっていて、もうふらりと目眩を感じることもなかった。しかしそれでも佐野さんの手が離れることはなく、玄関の鍵を鞄から取り出す時ですら私の腕を掴んで抱き締めていた。発育の暴力を押しつけられて少しだけ惨めな気持ちになった。私もいつかこうなりたい。信じてもいない神に祈るのみである。
 鍵差し込んで、回す。がちゃりと音を立てて解錠された扉を引く。玄関に足を踏み入れる前に自宅まで送ってくれた佐野さんとマイキーさんと龍宮寺さんのほうへ身体を向けて、後で不出来なお礼をつつかれることの無いように、深く頭を下げた。ありがとうございましたと言うと、マイキーさんは気にしなくていいよと笑った。龍宮寺さんも無理するなよと言って頭を撫でてくれた。顔から蒸発する思った。佐野さんは「お家の人まだ帰ってないんだね、心配だなあ…何かあったらウチに連絡して」と言って連絡先の書かれたメモを一枚くれたのだった。
 早く扉を閉めてひとりになりたいのに、なんだか急に名残惜しく感じて。私は。



「ケンちゃん、ケンちゃんって名前ちゃんと話したの今日が初めてだよね?」
 エマの友人を送り届けた帰り道のことである。
 三人並んでいつもの見慣れた路地を通り抜ける。小さい頃によく遊んだ公園を通りすぎて行く。夕日が家々の屋根を照らして沈んでいく色が眩しい。背の高い龍宮寺はそっと目を細めた。その背高の彼を見上げながら、エマは首を傾げて問うたのであった。龍宮寺はもちろん彼女と話すことは今日が初めてのことであると返答をするものの、やはりエマはどこか訝しげな顔で「本当にぃ?」と眉をひそめる。
 いったい何をそんなに疑われているのかなど彼には知りようもない。知りようもないのに、琥珀色の真ん丸な瞳に懐疑の色をのせて見つめられると、なんだか居心地が悪く感じた。龍宮寺は「何が言いたいんだよ」とエマに返す。と、横でふたりのやり取りを見ていただけのマイキーが唐突に口を開く。そうして、
「ケンチンさあ、名前ちゃんと距離近かったよね、めちゃくちゃ近かった。初対面の距離じゃないっていうか。なに? ケンチンもしかして名前ちゃんのこと気に入っちゃった?」
「……。…っはぁ? なん、…なんだそれ!は、知らねーよ!」
 とんだ爆弾を落としてくれたのであった。被弾直後はきょとりと目をしばたたかせた龍宮寺はすぐに耳まで真っ赤に染め上がった。まともな言葉はひとつも出てこなかった。脳みそまで沸騰したように冷めやらぬ熱が、いつも冷静沈着な彼をひどく狼狽させた。
 マイキーの言葉に同じく当たったエマは、一瞬だけ龍宮寺と同じようにぽかりとした表情を見せたが、すぐにその琥珀色をきらきらとさせて龍宮寺を見上げる。女の子はいつでも誰かの浮かれた話が大好きなのである、それが淡い話のひとつも聞いたことがない昔馴染みの話とあれば、尚更なのであった。
「ケンちゃん、恋なの!?」
「は、違…っ!」
「違わないでしょケンチン、さあ吐け!」
からかいたい総長と恋の話が聞きたいその妹に挟まれて、心労が積み重なる彼が逃げ出すのは、すぐのことだ。
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