短い話
どうして彼と付き合う運びとなったのか、再三の告白にようやくうなずいてからひとつきが経つ今となっても実はよくわかっていない。自分のことだというのに。
しかし彼に脅されて恐々、断りきれなくて、そういう中途半端でそのうえ失礼極まりない理由で承諾したわけではなかった。普段は悪だくみといたずら、それからけんかにも使われる頭がどうにかこうにか女の子を振り向かせようと頭脳を消費しているところをいつも見ていた、それが存外こころに響いていたのかもしれない。いつのまにか、怖くもなんともなくなっていた彼を受け入れたいと思ったら知らぬまに「私もすきです」などと口が勝手に動いているものだから、とにかく驚いたものだ。
「ねえ山田さん。本当に三ちゃんでいいの?いいのね?私、心配なの。そりゃ三ちゃんのことは今も変わらず好きよ、でもそれとこれとは別。かわいい山田さんがけんかにまきこまれて怪我でもしたらと思うと私、夜も眠れないの」
こんなに小さくて守りたくなる生き物なのよ!などと力説する赤坂には、何度となく彼と付き合うにいたるまでのこころの変化を話していたはずなのに、しかしてどうしていつもこの話は同じ道のりをたどってしまうのか。山田には甚だ疑問であった。
「…赤坂さんの心配はありがたいところです。うれしい。でも私は三橋くんとお付き合いを続けられたらと思います。彼か私なんかに飽きてしまえば別ですが」
そうしていつも彼女にはこう返すのだ。心配の鬼になってしまった彼女をなだめるには三橋とのお付き合いを肯定しつつ少し逸れた話題を差し出すに限る、と山田は思っている。そうすれば、彼女は目を点にしてあっけにとられたように、綺麗な二つの瞳でぱちくりとまばたきを繰り返しながら、なにか言いたげに口をもごもごと動かしてしかしそのうちしゅんと目線を下へ下へと落とすのだ。そして視線は落としたままに「…そうよね。あいつ、本当に気まぐれですぐ怒るし、けんかばっかりで小学生みたいだけど、本当はいいやつだもの」なんて本人が聞いていないことを祈るばかりの励ましの言葉が添えられたのだった。しかしそれもほとんどが悪口であるものだから自分の悪口には耳ざとい三橋に聞こえていないなどと都合のいいことは起こりうるはずもなかった。離れたところからばたばたと上履きをならして、大股でこちらへと早歩きして寄ってくる。眉間によせたしわをさらに濃くして、彼はすっと息を吸う。
「理子~…余計なことを言うんじゃねーぞ」
「あら三ちゃん。やだ、地獄耳ね」
「やさしい山田ちゃんに限ってまさか付き合ってそうそうに別れ話なんてねえと思うがな、理子のそのじじつむこんの噂話に山田ちゃんがまどわされてそんなことになった日には」
「なった日には?」
赤坂をにらみつけた目で、今度は困惑する気持ちを一片も隠せていない山田にちらりと視線を流す。とたんにふにゅ、とやわらかく鋭角がくずれた三橋の目に、山田がほっと息をついたことを見届けて。
「…とじこめるかもな」
ぼそり、地を這うよりも低いささやき声であまりにもおそろしい行く末をこぼす。やわらいだ目もふたたび冷たく細まって、山田と赤坂をすくませた切り裂けそうな鋭さ。その鋭さにすうと冷えた背筋をきゅっと伸ばして、しかしそれを感じさせない明るさで「…はいはい。ごめんね、三ちゃん。ちょっといじわるしすぎたわ。もう言わない」と赤坂はしずかに白旗をあげ、ちっとも明るく取り繕うことのできない山田はぶんぶんと頭を横にふりまくってなんとしても別れる意志がないことを三橋に伝えるのだった。
しかし彼に脅されて恐々、断りきれなくて、そういう中途半端でそのうえ失礼極まりない理由で承諾したわけではなかった。普段は悪だくみといたずら、それからけんかにも使われる頭がどうにかこうにか女の子を振り向かせようと頭脳を消費しているところをいつも見ていた、それが存外こころに響いていたのかもしれない。いつのまにか、怖くもなんともなくなっていた彼を受け入れたいと思ったら知らぬまに「私もすきです」などと口が勝手に動いているものだから、とにかく驚いたものだ。
「ねえ山田さん。本当に三ちゃんでいいの?いいのね?私、心配なの。そりゃ三ちゃんのことは今も変わらず好きよ、でもそれとこれとは別。かわいい山田さんがけんかにまきこまれて怪我でもしたらと思うと私、夜も眠れないの」
こんなに小さくて守りたくなる生き物なのよ!などと力説する赤坂には、何度となく彼と付き合うにいたるまでのこころの変化を話していたはずなのに、しかしてどうしていつもこの話は同じ道のりをたどってしまうのか。山田には甚だ疑問であった。
「…赤坂さんの心配はありがたいところです。うれしい。でも私は三橋くんとお付き合いを続けられたらと思います。彼か私なんかに飽きてしまえば別ですが」
そうしていつも彼女にはこう返すのだ。心配の鬼になってしまった彼女をなだめるには三橋とのお付き合いを肯定しつつ少し逸れた話題を差し出すに限る、と山田は思っている。そうすれば、彼女は目を点にしてあっけにとられたように、綺麗な二つの瞳でぱちくりとまばたきを繰り返しながら、なにか言いたげに口をもごもごと動かしてしかしそのうちしゅんと目線を下へ下へと落とすのだ。そして視線は落としたままに「…そうよね。あいつ、本当に気まぐれですぐ怒るし、けんかばっかりで小学生みたいだけど、本当はいいやつだもの」なんて本人が聞いていないことを祈るばかりの励ましの言葉が添えられたのだった。しかしそれもほとんどが悪口であるものだから自分の悪口には耳ざとい三橋に聞こえていないなどと都合のいいことは起こりうるはずもなかった。離れたところからばたばたと上履きをならして、大股でこちらへと早歩きして寄ってくる。眉間によせたしわをさらに濃くして、彼はすっと息を吸う。
「理子~…余計なことを言うんじゃねーぞ」
「あら三ちゃん。やだ、地獄耳ね」
「やさしい山田ちゃんに限ってまさか付き合ってそうそうに別れ話なんてねえと思うがな、理子のそのじじつむこんの噂話に山田ちゃんがまどわされてそんなことになった日には」
「なった日には?」
赤坂をにらみつけた目で、今度は困惑する気持ちを一片も隠せていない山田にちらりと視線を流す。とたんにふにゅ、とやわらかく鋭角がくずれた三橋の目に、山田がほっと息をついたことを見届けて。
「…とじこめるかもな」
ぼそり、地を這うよりも低いささやき声であまりにもおそろしい行く末をこぼす。やわらいだ目もふたたび冷たく細まって、山田と赤坂をすくませた切り裂けそうな鋭さ。その鋭さにすうと冷えた背筋をきゅっと伸ばして、しかしそれを感じさせない明るさで「…はいはい。ごめんね、三ちゃん。ちょっといじわるしすぎたわ。もう言わない」と赤坂はしずかに白旗をあげ、ちっとも明るく取り繕うことのできない山田はぶんぶんと頭を横にふりまくってなんとしても別れる意志がないことを三橋に伝えるのだった。
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