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短い話

疲れてんなら無理するなよ、と言いながら頭をぽんぽんと撫でられて思わず下を向いた。私よりも温かい銀さんのてのひらは心地いいのに、ささいな接触すらはずかしかった。
「いえ、あの…心配してくれてありがとうございます。大丈夫です」
「そう言ってもな…顔色悪いし家まで送っていってやるから」
言いながら玄関に向かう背中を、じっと眺めた。
何をするにしてもいつも面倒だと言う口で送っていくだなんて言葉を使う彼を、優しいと思うと同時にひどい人だ、ずるい人だと思った。私だけだったらいいのに。優しさがうれしいと思うのに、こんなに息が苦しいのは本当は銀さんが誰にだって手をさしだすことを知っているからだった。私だけじゃないことを知っているからだった。私だけだったら。
そうして考えこんでいると、のどのむずがゆさを感じる。反射で口元をおさえると、のどからきゅうとひきつった音がした。呼吸が止まって、ゆっくりと手をのけても、口からは何もでてはこなかった。花も、花の欠片も、花びらの一枚も、何も。ほうと安堵で息を吐いた。
「おーい何してんだ。行くぞ」
てのひらを眺めていると、身支度を終えた銀さんがこちらをふりかえって見ていた。眠そうな目にじっと見られて、はっとなって、あわててはいと返事をした。

戸締まりしっかりしてから寝ろよ、じゃあな。最後に私の頭をぽんぽんとなでてそう言いながら、あっさりと銀さんは万事屋へと帰っていった。寒さのせいで冷えきっていたのに、それだけで顔が熱くなるのが情けないと思った。言われた通りに玄関の鍵を閉めたことを確認してから、部屋に入って暖房をつけた。
本当は、送ってくれたついでに部屋にあがってくれるかもしれないと期待していた。さわがしい万事屋だって大好きだけど、銀さんとふたりでいる時間だって同じくらい大好きだ。ふたりになると少しだけ口数が減って、名前を呼んでくれる声がいつもより優しくて、手が触れることが多い気がしていたから。ふたりでいられる時間もあれもこれも、私だけだったらいいのに。私だけ。
「…う"、」
さっきまで我慢できていたものも、こうしてひとりになるとあっけなく口からこぼれて落ちようとしている。口元をおさえて、息を止める。ひきつる喉をこじあける花を飲みこむように、下を向く。それでも息が苦しくて少し呼吸をすると、とたんに花の塊や花びらやつぼみが口からこぼれた。
てのひらに重なった花は私の恋心だ。銀さんには気づかれたくない。息が苦しくて、むせかえりそうな花の匂いにおかしくなりそうでも、声をころして呼吸をする。視界を波立たせる滴が床に落ちても、そっと指でぬぐって知らないふりをする。
呼吸が落ち着いてから、てのひらに重なって落ちた花びらを袋へ無造作にほうりこんだ。吐き捨てた花はいつも、近所のスーパーのレジ袋にいいかげんに詰めこんで片づけている。あんまり目にしたくないから、処分するまではたいして開かないほうの押し入れのすみっこへ、まだ新しい靴が入ったままの箱や、もう着ない服と一緒に隠す。押し入れの中には、もうずっと前から、こうやって私の恋心の死体が詰まっている。
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