月明かりが淡く俺達を照らす。このご時世で軟禁状態になっている今日この頃、いつものようにゲームに明け暮れていた手越はいつの間にかくったりとソファーにもたれて寝落ちていた。毛布をかけてからその隣に半ば寝転がるように腰かけスマホを弄っていたら、俺が座った反動か、バランスを崩した彼が腹の上にトスンとずり落ちてきた。あどけない顔、むにゃむにゃと寝言もどきを紡ぐ口元……ふ、と笑いを零しながら姿勢を正して座り直してから小さな頭にかけられていた黒縁のメガネを取ってやる。
「うぅ……ぇあ、あれ?俺寝てた?」
「あ、ごめん。起こした」
「いーよいーよ。ん…ッ、あーー、疲れ目えげつないわ」
「ちょっとやりすぎじゃない?ちらっと画面見たけど経験値めっちゃ増えてたし」
「へへん!がんばったかんねー」
下から伸びる手に頬を撫でられる。青白い光を反射する瞳、その目尻がてれんと下がるのを見た事で十数年前のこの男を思い起こされ、うっかりどきりと心音が鳴った。
「……たか」
柔らかに名が呼ばれる。かつてはそんなふうに呼ばれたことなんてなかった。恋人になって、結構経ってからようやっとそう呼んでくれるようになったことで此方も『祐也』と呼べるようになったのだ。
ここにいるのは三十路の手越祐也だな、と再認識した時だ。控えめに微笑んだ彼がふわついた口調で言うのは懐かしい話だった。彼が新しいゲーム機を買おうと思っていた時、俺はそんなんよりももっと俺と遊べばいいと半分本気、半分冗談……いや結構本音だったけれど、とにかくそう言ってみたら本当に手越はゲームより俺を選んだ。結構嬉しい出来事だった。
「ねえタカ、あの時から俺の事好きだったりした?」
「そうだよ」
「……え。ま、マジで?」
素直に頷けば暫し驚いていた彼は、フリーズが解けると嬉嬉として詳細を聞こうと詰め寄ろうとした───のを予知し先回って唇を合わせる。
「……ふふ、間抜けズラ」
「へっ」
「言ってなかったけどさ、俺はずーっと前から祐也のこと好きだよ」
頬を撫でる手を止め俺の顔を凝視しながら「マジで?」と問うのにふふふと笑い頷いて、もう一度その唇に口付けた。今度は向こうも乗り気らしく、何度か軽いバードキスを繰り返しているうちにどんどん深いものになっていき悩ましげな吐息が鼓膜を擽った。
後ろ髪を軽く引っ張られてすぐに唇を離し、塵紙で小さな口元を拭った俺に珍しいなと呟いた彼を抱きしめながら「たまにはいいかもね」とほんのり赤く染った耳元に囁く。
「なんのこと?」
「抱きしめたいなー、キスしたいなーって思う時にすぐ側に祐也がいること。お前フットワーク軽すぎて家居ないこと多いし」
まあだから同棲したんだけどさ。
「……なんかごめん」
「いやいや、そういう所もなんか好きだし」
たまに思っていたことがある。ただ彼がずっと近くにいて、二人っきりで閉じこもってくっついていられたらいいのにって。そんな子供じみたことは恋を自覚した頃、手越のことが頭に引っ付いて離れないのに見ているだけ、ただ隣にいるということで満足しようとしていたあの頃。きっと付き合ったらそんなことないんだろうなって思っていたけれどとんだ勘違いだった。付き合えることになって、いざ一緒に住み始めたら欲がむくむくと膨れ上がってそりゃあもう大変で、案外向こうが寂しがり屋を極めていることに気付いて気軽にくっつけるようになるまではそういった変な心労もあったのだ。
「祐也、もう少しぎゅってしてていい?」
「いいけどさぁ、それならいっそ────」
首の裏にかけられた両腕に引き寄せられ耳に吹き込まれた吐息混じりの艶やかな声にスッと口角を上げる。ソファーで?と聞いたら少しむすっとした彼の腕を引き、朱色の間接照明でぼんやりと照らされた寝室に爪先を向けた。