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Look at ME

むしゃくしゃした感情を持て余しながら少々雑に家のドアを開けると待ちわびたようにエマが駆け寄ってきた。部屋に足を踏み入れソファーに身体を投げ出して飛び乗ってきた愛しいふわふわを撫でると、彼女に気遣わしげな目線をもらった。ごめんな、今日は遊んであげる気力がないや。
……そうなった原因、俺があの人とこんな風にになっているのはお互いにこの関係を有耶無耶なままに長い間続けてきたからって言うのは分かってる。でも、だからってあんな風に言うことねえじゃねーか。

『……なんで?別に俺達なんでもないし』

彼の忙しいスケジュールの中で空いた時間を彼から聞き出そうとしたらそう冷たく返されたこと、まぁそうだよなってどこか納得した自分にも傷付いてあのまま逃げるようにして帰ってきた。その帰りがけにコンビニで買ったウエットティッシュを含むあれこれが入ったビニール袋をテーブルに投げ出すようにして置くと、エマが音に反応してそこに駆け寄った。
「おやつは入ってないよ、エマ」
俺の太腿の上から後ろ足を必死に突っ張ってお手手を伸ばし、ちょいちょいとビニール袋をつつこうとするのが可愛らしくて、そこから見覚えの無い小瓶が転がり出たのに気が付くのが遅れていた。
あれ、と思った時にはそれは床に落ちていき、薄く小さなガラス瓶は簡単に砕け散った。中の液体が飛び散り、テッシュを取ろうと手を伸ばした瞬間液体だったはずのそれは一瞬で霧状になり空気中に舞い上がった。なんだこれ、と思う間もなかった。視界が霞みがかったようにぼやけ始め、力が抜けていく。スマホを取ろうとした手は何故かテーブルまで届かない。身体が凍えるように冷えたり燃えるように熱くなったり、意味がわからないまま、為す術なく全てを投げ出した。






✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼






後味の悪い夢を見て、少々気分が落ち込んだまま現場に向かう。今日はグループでの打ち合わせがあるから絶対彼奴に会うことは決まっているけれど大分気まずくて、そのせいか寝覚めも悪かった。
そわそわしてしまうのを堪えながらシゲに「あとの二人は?」と聞いてみればまだだとのことで、落ち着くための時間がもう少しあると思うとホッとした。そんな時、シゲのスマホが唐突に鳴った。それにすぐ応じたシゲだが、凛々しい眉を顰めて「どういうこと」、「もっと分かりやすく」と次々に疑問を投げかけている。受け答えから相手は小山だと察するが、会話に手越の名がちょこちょこ出てくるのにいちいち反応してしまうのを抑えて平静を保っていくのに集中していたせいで会話の内容なんて分かっていなかった。そうしていると楽屋のドアが開いてマネが顔を出す。スタッフの集まりの関係で、今日の打ち合わせは後ろ倒しになったとの事だった。すると、
「まっすー」
シゲが電話を切り荷物を纏め始める。
「緊急事態。今すぐ小山の家に集合だとさ」
「なんで?」
「知らないよ。とにかく来てとしか言われなかったし、見た方が理解が早いってよ」
ふうん、と適当に相槌を打ってシゲに続く。終わったら服屋にでも寄ろうかな、と思っていた俺だが、まさかその緊急事態が本当に緊急事態だってことを思ってすらみなかった。向かった小山の家で人形を抱きしめながら小山の膝に乗せられた小さな生き物を見るまでは。

「それ……は、何?」
「えーっとねぇ……」
俺は黙りこくって、シゲは恐る恐る小山にその小さな少女を指さして聞く。歯切れの悪い返事をした小山はその子をぬいぐるみごと抱き上げて俺たちに歩み寄った。
「誰この女の子?小山さんの親戚!?」
すればシゲの言葉に首を振った彼が答える前にその子供が高い声を張り上げた。
「女の子じゃないもん!!ばぁか!」
黒目がちな瞳を大きく開いてぷっくりとしたほっぺを膨らませるのは、子供は皆可愛い姿をしているとはいえトップレベルの可愛さを周りに見せつけているようだった。
「ゆうちゃん、怒んないの!せっかくの可愛いお顔が台無しだよ?」
「う〜〜」
「……は、待って小山さん、今ゆうちゃんって」
「うん。なんか知らないけど、多分この子、手越だわ」
本来こんなイカれた結論を聞かされたらシンプルに一蹴するのだが、どこかで自分まで小山の言ったことを信じてしまっているのは手越の幼少期の写真と目の前の幼子が酷似しているのと、このわがままっぽい感じが正に手越っぽかったことだ。あと、彼と一緒にいたはずのエマが子犬に戻っていることもこのファンタジーな推測を立証する状況証拠になっていた。

どうすればいいんだと全員が頭を抱えた時、小山の間抜けな叫び声が部屋に響いた。そちらを見れば、チビ手越が持っていた電気ネズミのぬいぐるみを小山の顔面に押し付けていた。
「ぴかーーっ!」
「んぅ、こら、ゆうちゃんだぁめでしょう?」
「えへへ〜〜」
「……あーやばい。可愛すぎる天使ッ」
圧倒的保護者感のある小山はチビ手越の弾ける笑顔にとっくのとうに堕落していたらしく見ていられないほど表情筋をゆるゆるにしている。正常な判断ができるのは俺とシゲだけかと気が重くなったが、背後から聞こえたシャッター音に嫌な予感がして振り向けばイケメンが大きな目を細め顔をくしゃくしゃにしながら微笑みスマホカメラを向けていた。
「手越ー、こっち向いて!」
「ゆうやってよんで!!」
「ごめんごめん、ゆうや〜」
目の前で繰り広げられるよくわからぬ展開に自分だけ置いていかれて、ただ呆然と立ちつくした。しばらく三人は無邪気に戯れていた。
だが一通り遊んだ時、おっきな澄みきった目が俺を捉えた。小山の腕を軽くぺしぺし叩いて下ろしてもらうと小さな歩幅でとことこ俺のそばに寄ってきた。そしてまっすぐ俺を見つめる。
「どうした?」
上手く反応出来ぬまま小さくなった相方を見下げる。じぃっと目が合ったまま静かな時間が流れて、何を言えば……なんて考えながら一瞬目を逸らした時、小さく鼻をすする音がして視線を戻すと、さっきまでの無表情は何処へやら、急激に潤み始めた目からぽろぽろ大粒の涙が溢れ出していた。
「……えっ。は、ちょっ…と」
「ひッ…ふ、ぅく」
ぎょっとしてしゃがみこみ、その小さくて力を入れたら簡単にイカレてしまいそうな肩を支える。すれば抱きしめていたぬいぐるみを置いて俺に抱きついてきた。子供体温で熱っついくらいの身体が短い腕で精一杯しがみ付いて来るのにどうしていいかも何故こうなっているのかも分からなくて、しゃがんだまま手越を抱き上げた。
「どうしたの?」
「どっか痛い?」
「もしかして眠い?」
彼が泣き止む気配は無い。泣けば泣くほど体が熱くなっていって焦る気持ちが高ぶっていく。そうして何度か質問を重ね、「俺、なんかしちゃった?」と聞いた時だ。首を振るのが他の問いより少し遅かった。あれ、と思った直後。嗚咽を堪えようとするばかりだった彼が口を動かした。
「め、…さ…」
「ん?なに……」
「…めん、らさい!たぁ、…ごめッなしゃ」
「えっ、な、何が」
服を掴む力がもっともっと強くなる。ずっとこうして泣き続けるものだから俺もどうしていいか分からなくなる。ごめんってなんだよ。俺に謝るようなことしてないだろ、手越?
「たあ、たかぁ……ごめ」
「えぇ…?謝んないでよ」
「ゴメンなの!ゆやが悪いの!ちょうしにのって、たぁのこと嫌なきもちにさせたから!」
「俺はなんも怒ってないよ」
「でも、ゆうのこと、…いやになったでしょ?」
「そんなこと……」
そう言おうとしたが、直後に小さな身体の力がぱたりと抜けてこちらにもたれかかってきた。
「手越?」
真っ赤な顔、荒い息、喘鳴、額に浮かぶ汗……熱いを通り越して、小さな体は酷い熱を出して苦しんでいた。
「っ、手越!おい!!」
「まっすー!手越抱えてこのソファー座って!」
小山に促されるままそこに座るとあとの二人はテキパキと汗を拭いてやったり冷えピタを貼ってやったりしている。子供の世話になれているらしい小山は「知恵熱だね」、と穏やかに笑う。
「大丈夫だよ。お熱もそこまで高くない。もうちょっと回復したらまっすーがテゴちゃん抱っこして出よう」
「……俺でいいのかな」
「いいかどうかはまっすーの腕の中でぐっすり寝てるそいつの顔見ればわかるでしょ?」
「そうそう、俺やシゲちゃんが抱っこした時に無かった『ここだと安心するぅ〜』っていう感じ!」
「でも、泣かしたし」
こっちに歩いてきたかと思ったら俺を見ながらぐずり出したのを思い出す。シンと静まり返ったのも束の間、シゲが「それは最近のふたりが何かあっからじゃないの」と言ってきた。でも俺はそのことをよく分かっていない。なんであの時彼が言葉を失って、逃げるように楽屋を飛び出し帰っていったのが。
「……予定、聞かれて」
「え、それだけで?手越泣きそうな顔してた気がしたけど」
「それ、は」
……言いたくない。そう思った途端にあの時の自分をこの上なくカッコ悪くて小さい男のように思った。さっきまでそう思わなかったのは逃げだったか。
その時なんか、俺はイライラしてたのかな。手越の顔見てなくて、どんな顔して話しかけてきたのかを全く覚えていない。ただ、俺ばっか勝手に好きになっているのが、それを抑え込むのが苦しくて、そんな時に『いつ空いてる?』って、そう聞かれて。まるで恋人みたいな感じのそれに息が苦しくなった。
「あの時……、結構冷たいこと言った。──ッまさかそれが原因で、」
「それは、多分違うよ。まっすー」
繋がれた俺と手越の手を擦りながら小山はソファに座る俺の足元に屈み込む。
「手越の部屋にね、割れた変な小瓶があったんだ。多分それが原因だよ」
そうは言っても、と言い募ろうとしたが戻って来たマネージャーが病院の手配ができたとの事だったのでそのまま連れていくことになった。

家を出る時にチビ手越は持っていきたいと強請った電気ネズミを抱きしめ、俺はそのぬいぐるみごとチビを抱き上げて指定された病院に向かった。最初俺を見た時は泣いたくせに、一回抱っこしたら俺じゃなきゃ嫌だと言う。舌っ足らずに「たぁ」と呼んでくるのにはむず痒くてたまらないけれど、いつもの手越の前よりも正直になれるような気がした。……少なくとも、昨日みたいに八つ当たったりはしない。
空いている日を聞かれただけだった。それはもちろん昨日が初めてなんかじゃない。度々家に来てセックスすることは定期であったし、それが今まで普通だったはずで。なのに、なのに突然今まで封じ込めていたもののタガが静かに外れ、身体の中真っ赤な何かが放たれたようだった。手越の中で俺はなんなの?こんな俺でも一位にしてくれてる?それらが頭を過ぎって────

『なんで?別に俺達なんでもないし。今割と忙しいんだけど』

顔を上げた時には手越はもう部屋にいなかった。代わりにシゲが怪訝な顔でドアから顔を出してこちらの様子を伺っていた。どう考えたって俺が悪い。だから今日何を言おうかと考えながらきたって言うのに、お目当ての男は無邪気にきゃっきゃと笑っている。この腕の中で。甥っ子用だと話して仲のいい定員さんがいる店で子供服を(小山の財布で)買ってやってから病院に向かった。薄ピンクのベースにクリーム色でアルファベットロゴの入ったパーカーに裏起毛の半ズボンを着てからは熱なんて治ったのかと思うほど輪をかけて上機嫌で、可愛いと言われる度に得意げな顔をするのには死ぬほど愛らしく、魔性と言っていい程だ。そんな美少女……チビ手越を乗せた車は無事病院に着き、
「すぐ会える?」
「会えるよ」
「ここで待ってる?」
「待ってる」
「ピカチュウ持ってっていい?」
「お前の自由だよ。好きにしな」
「うん!一緒にいる!慶ちゃん、たぁ、しげ、待っててねー!!」
……こんなやり取りをして、ピカチュウを抱き抱えながら看護師に連れられていった。


俺達が見えなくなるまで手を振っていたチビ手越に皆で手を振り返し、姿が見えなくなるまで三人の名前を呼ぶ彼に不覚にもときめいてしまってその場から動くことが出来なかった。そろそろ行こうか、と振り返ったら小山はハンカチを目に当てているしシゲはそれを慰めているしマネージャーは名前を呼ばれなかったのに何気にショックを受けていたりでカオスだったが、NEWSの三人が集まっているところを事情を知らぬ人に見られたもんなら騒がれそうで怖いのでそそくさと用意された待合室に向かった
皆、手を振って診察に行った小さな背中が心配でそわそわしながらもその場でできるようなことをそれぞれこなし、暇潰しにコーヒーを小山に買ってきてもらったりしていたのだが、カップが底を尽きそうになった頃だ。突然部屋の前が騒がしくなった。ノックもなしに騒がしく扉が開いた。マネージャーが顔を青くして息を切らしていた。
「手越さんが、……」
彼が言葉に詰まった直後、看護師が部屋に飛び込み深く頭を下げて言った。その手には、手越が大事に持っていたはずのピカチュウが抱えられていた。
「申し訳ありません!お預かりしたお子さんを、見失いました。恐らく拐われ……」
「誰に」
「……それは」
「誰が拐ったのか聞いてる」
「きゃッ」
肩に手を置かれ、怒りに任せて詰め寄ったせいで怯えた看護師から俺を引き剥がしたのは小山だった。俺の後頭部を軽く撫でると、硬直した彼女に静かな声で問う。
「先程の言い方からすると、誘拐犯に心当たりがあるんですか?」
小山の言葉は落ち着いてはいるが静かな怒りを孕んでいた。だが俺よりはマシだからか、落ち着きを取り戻した彼女は明瞭な声を取り戻したようだ。
「最近様子のおかしい部下がいました。意味もなく他の病院に出入りしているとか、毎日身体に明らかに病院で使用するものとは違う薬品の匂いをまとわり付かせながら出勤したりして……、あとペドフィリアの疑惑があったので移動になったんです。その男は今日も出勤しているはずなんですが……」
「あの子が居なくなったタイミングでその男も消えたんですね」
壁を殴り付けたい衝動に駆られた。どうする、どうすればいい。乱暴にブルゾンのポケットに手を突っ込んだ時、手の中にころりと何かが入り込んできた。Bluetoothのイヤホンの片割れだ。もう一個どうしたっけ、と考えたのは少しでも自分を冷静にしようとするためだったが、それは俺に道標を与えた。
「小山、シゲ、行ってくる」
どこへ?という問いを無視し、部屋を飛び出してタクシーを探して、運良く拾ったものに乗り込み運転手に携帯のマップを見せて『ここに向かってください』と頼み込む。俺が増田貴久だと気付いたから、はたまた俺の形相に引いたのか知らないが一拍遅れて頷いた彼はすぐに車を発進させた。




✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼









「ゆうちゃん」
眩しくて目を開く。誰かにだっこされてるけど、慶ちゃんじゃないし、シゲでもない。たかは絶対違う。じゃあ、だれ?
眠い目を擦ると上から声が降ってきた。
「かいちゃダメだよ。せっかく可愛いのにもったいないよ」
「だぁれ?」
「お兄ちゃんでいいよ」
「おなまえは?」
「祐也くん、聞いてた?お兄ちゃんって、呼んで……ね?」
おしりからふとももを支える手の力が一瞬強くなって怖い。うんって頷いたらおでこにキスされた。慶ちゃんにもされたけど、こんなに気持ち悪くなかったはずなのに、この人にされるとすっごい嫌だ。でも怖いから何も言わずに我慢する。
「ねえ、慶ちゃんは?たぁとシゲはどこ?マネって呼ばれてるお兄さんも、どこ?どこにいるの?」
「……うるさい」
「え?」
「その人たちの名前、二度と呼ばないでね」
「どうして?慶ちゃんも、たぁもみんな僕の……」
「うるさい!!」
アパートの玄関のドアに押し付けられて、背中がじんじん痛い。息が苦しくってもがこうとするけど力が強くて逃げられない。怖い、どうしよう。
「だッ…あ……だか、たぁ…」
「聞こえない?俺しか呼ばないでよ、ね、祐也くん」
「やぁっ」
舌打ちが聞こえると、怖い人は壁から僕を離して抱っこして、戻って僕を押し付けていたドアを開けて部屋に入った。
そんなに散らかっていないけど、そのベッドだけが異常に綺麗に整えられていて、そこに押し付けられるみたいにして寝そべった。じたばた暴れてもなんの効果もない。
「きれいだね」
「ひっ」
パーカーを脱がされTシャツの中に手が突っ込まれ、真白く穢れ無い肌を男の手が往復する。泣き喚きたかった。助けてって、子供みたいに。でも今の祐也はただの子供ではなく、ぼんやりとした記憶の奥に大人としての記憶や知識だってあったからこれからされることなんて簡単に予想がついた。
頭の中にぼんやりと浮かぶ影。
「た、ぁ……ッ」
汚れた自分を見て後ずさる姿を想像して必死に首を振る。あの人はそんな人じゃない、助けに来てくれるよね、ねえ。
そう願った時、腹の上に温度のある液体が伝った。予想はつく。見たくもない。けれど男は止まってくれない。ズボンに手がかけられたのを感じてまたじたばた暴れた。必死に「助けて」と叫びながら。子供ながらもよく通る声に舌打ちした男は強かに祐也の頬を打った。ジィンと響く痛みに耐えながらも手を伸ばした。
「やめ、でっ!やぁ!!」
「ッるせえなあ!」
降ってくる拳に目を瞑る前に頭上に風が吹いた。窓開けっ放しにしてたのかな、と思ったら押さえつけられていた身体が急に自由になって詰めていた息ができるようになって咳き込む。
「だれ?」
呆然としたまま聞いたら、ベッドの死角から艶っとした黒髪の頭が覗いた。襲った男は色の汚い茶髪。ということは、
「……たぁ?」
「そうだよ」
柔らかいその声を聞いた途端にぶわっと涙が浮かんでくる。しばらくどったんばったんと騒がしく怖かったが次第にそれも静かになり、タカが祐也を抱き起こした。
「だ、め!!ぼくきたない」
「大丈夫、ね」
穏やかに笑った彼はベトベトになったTシャツを顔につかないように脱がしてくれて、部屋にあったタオルを濡らして体を拭いてくれた。それだけじゃなく、自分が着ていた長袖の服と上着を貸してくれた。下のズボンも脱がされていたし汚れてしまっていたからタカの大きいお洋服はありがたかった。
「あの人は?」
「縛っておいたし気絶してるから大丈夫だよ」
「たぁ、寒くない?」
「うん。インナー着てるし、祐也があったかいからね」
「ほんと?」
「うん」
背中を撫でてくれる手もほっぺをくっつけた胸もあったかくてまた涙が溢れそうになる。それにすぐ気付かれて抱きしめられるともっと涙が出てきた。
「たか、たかは祐也のこと、すき?」
「……好きだよ」
「こんなことされちゃったあとでも、好き?」
「そんなこと当たり前だよ」
「祐也もね、タカのこと大好きだよ!」
ぐずりながら貴久にそう言うと、「うん」と答えてもっとぎゅっとされる。
「俺も、ゆうのこと、ずっとずっと大好きだから」
いっつもクールなタカからそう言われたのが嬉しくてそっと微笑んだ。すると視界が一瞬白んで頭にモヤがかかるような感じがする。「ゆうや!」と俺に呼びかける声が遠くなった…………と思ったら、パッと視界が開けて意識が戻る。なんだったんだと不思議に思ったが俺はすぐに気がついた。視点が高くなっている。
「ゆ、う……?」
目の前には増田さんがいる。
「良かった、戻った!手越!」
涙を浮かべた彼に遠慮なく抱きしめられてカレルが潰されたような声が出ながらもその首に手を回した時に気がついた。俺、今とんでもないカッコしてるんじゃね?
「ねえ、ちょっと増田さん」
「何?どっか痛む?」
「いやいやそうじゃなくて……あなた平気なの?この密着度」
一瞬キョトンとした彼は「全然大丈夫」と即答する。加えて寒くないかと心配までしてきた。俺は局部がギリギリ隠れる大きめの長袖のトップスの裾から大胆に露出している脚とか、何よりもそんな下着さえ着ていない格好で、ベッドに座る増田さんの太ももに向き合うように身を預けているこの体勢が恥ずかしくって仕方ない。結構頻繁にやる対面座位を思い出して気が気じゃない。
「ねえ、ちょっと離れ……」
離れよう、そう言おうとした。その時ベッドに散らばる子供服とリビングに転がった見知らぬ男が目に入った。大人に戻った衝撃で忘れていた。俺はあの男の白濁をぶっかけられて、体の隅々までまさぐられて……
「……っは、は、…うッ」
「手越」
「いッやだ!やぁっ 」
「手越!!」
圧倒的に身体の大きい相手から伸し掛るられ襲われる恐怖が鮮明に思い出されてじたばた暴れ出す。呼吸が出来なくなっていく。
「怖いッやだ!助け……タカ!!」
「大丈夫、俺はここだよ」
「やだ、やだ…さわるなぁ!」
「タカはここだよ。助けに来たよ。落ち着いて……息して」
「っう、は、は……」
「そういう感じ……そうそう、上手」
気付けば体勢が変わっている。気分の悪い品々に背を向けるように、視界に入らないようになっていた。
「……ありがと」
「ううん、良かった。手越が元に戻って」
胸に顔を填めたこの体勢じゃ分かんないけれど、多分この人は目を細めたあの安らいだ笑みを浮かべている。とんとん、とあやす様に背中を優しく叩かれると、低い視点から体験した世界での出来事がところどころはっきり思い出された。小山さんやシゲ、もちろんこの人にも遠慮なく甘えた事や、小山さんが縮んだ俺を発見した時に混乱して号泣していた俺を上手にあやしてくれたこと、この人のほっぺをムニっと掴んでも全く怒られなかったこと。
「え、何?」
その事を思い出して結構シュッとした頬を摘むと、今度こそ怒るかと思った彼は全く怒ってこない。それを見た俺は、「さっき言ってくれたこと、もう一回言って」と強請った。
「何を?」とキョトン顔をする彼。まあそうなるか。
「だから……だいすきって」
「そんなの、」
「ご、ごめん!やっぱいいや」
勇気をだして言ったつもりだが、やっぱりタカがなんて言うか怖くって遮ってしまう。でもここまで言ったのに止めるのもどうなのかと思って、俺は腹を括って全部言うことにした。

増田さんのことをうっかり好きになって、気まぐれだって思っても止められない感情に尋常じゃなく悩んで、でも事後にいっつも優しく抱きしめられて眠ってくれることが本当に幸せだったからその温もりを手放したくなくて長い間うじうじしてしまったこと、
この前予定を聞いたのは、その日にあんたに告白してやろうって思ってたこと。それを突っぱねられて結構ショックだったことも少し愚痴ってやった。さあどう出るか、増田さん。
どんな言葉も受け止める覚悟でいた俺の耳に入ってきた言葉は、「ごめん」だった。項垂れそうになったが、それには続きがあった。
「ごめん。なんも分かってなかった。そりゃあ怒るよな。……あのね、手越。俺はお前のことが本当に好きなの」
「……は?」
「でもお前は気まぐれとか同情付き合ってくれてんのかと、ずっと思い込んでた。ごめん」
「それなら、なんであの時……」
「予定聞かれて突っぱねたのは、なんか、苦しくなったんだ。俺ばっか好きなのにこんな……」
分かった、もういいよと言う代わりにその厚い胸に思いっきり抱きついた。今まで素直にぎゅうっと出来なかった分思いっきり。
「たか、たか!!…へへっ」
「なんだ、両片かよ。いい大人がまったく……」
「りょうかた?」
「両片思い。俺はめっちゃ嬉しいけど。手越、ずっとずっと大好きだよ。多分お前が自覚する前から」
「本当に?」
「本当に。ねえ、キスしていい?」
「っはあ!?俺、この格好だけど」
「いいよ。可愛いし」
「可愛いって……は、んぅッ」
白い太腿をもじもじと擦り寄せながらタカの熱くて厚い唇に口内を刺激され、次第に身体が震える。今までの行為で彼は俺の好きなところを全部知っているからこんなに感じるのも仕方ないことだとは思うけれど、いつも求められるレベルより何倍も激しくて、軟体動物みたいに動き回る舌に全部もっていかれそうになる。
「ふぁ、ん、…はっ、ん」
「かわいい」
多分、今耳は真っ赤だ。多分顔も全部真っ赤っか。恥ずかしくってたまらないけれど、時折「可愛い」とか「好きだよ」とか言われるのを心の底から喜んでいる自分もいて止めてなんて言いたくない。
大好き、好きだよ、俺の全部を…タカ、貴方に。
息が上がって喋れない分を態度で示そうと、この腕を首裏に回してさらに深く恋人を貪った。





























どうして、どうして。
繊密に立てられた計画がバラバラと崩れて、突撃してきた男に引き倒されて……気がついたら床の上だった。そして小さな体を組み敷いていたベッドには、あの男と元に戻った天使がいた。取っ組み合いをした時に割れた瓶から解毒剤が漏れたのだろうか。淫らなキスを交わし合う二人に絶望する。小さくしたところを洗脳して自分のものにしようと、そういう計画だったのに。
「たか、は、んぅ、や…ひゃっ」
あの子は耳が弱いのか。背を向けてはいるが耳から首筋が真っ赤になっているのが見える。ピクピク体を反応させながら小さく上げるあえかな声に俺の下半身が反応しないわけが無い。大きくなっても可愛らしく、可憐で、それでいてエロい。その小さな口端に垂れる涎や伸ばされる短い舌に触れてみたい。そう思った時、男と目が合った。筋張った手でその子の首筋を支える男は獣の目をしている。画面越しに見る穏やかなものではなく、獅子のように鋭く、目が合うだけで切り裂かれそうだと思うような瞳。その唇が白い首筋に押し付けられ、美しく浮き出た乳突筋に舌を這わせる。
「ひゃあっ!」
その声に、その震える肢体に触れたい。だが男はそんな俺を嘲笑った。その子を抱きしめ、「こやま」
と、いつから張り込んでいたのか、その友人の名を呼んだ。開かれたドアから二人の仲間と制服を着た警官たちが入ってきた。呆然とするまま引き立たされる俺にはもう興味なんてないようで。
「ごめん、立てない」
「大丈夫。ほら掴まって」
「うん」
「しかし良かったね!手越がいたずらでまっすーのイヤホンの片方を偶然持ってて、その位置情報でここまで来れて!」
「小山とシゲも、来てくれてありがと」
「いやいや……」
俺はまだその華奢な体から目が離せない。最後にせめて『お兄ちゃん』と呼んでくれ、ねえ。思い切り「ゆうちゃん」と叫ぶが、彼は体を縮こませて『タカ』に抱きついた。そして六つの瞳が容赦なく俺を射抜く。
「タカ、」
「大丈夫だよ、ゆう。もう俺たちがいる」
そういった男の横顔は信じられないぐらい慈悲深く優しい。その二人、そして彼らを囲む二人の中には割り込む隙間なんて全くなかった。最後に捨て台詞を吐く余裕さえ、俺には。




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