The Four Masters
「慶にいちゃん……いる?」
「どうしたの?祐也」
慶一郎様にミルクティーを差し入れに書斎にいたところ、祐也様が少しふらついた足取りでお部屋に入ってこられた。
「暖房がきつくてさぁ、でもリモコンなくって……一旦避難させて」
「……ゆうちゃん、ちょっとおでこ貸して」
されるがままに慶一郎様に凭れる祐也様。しばらくして「タマ子さん、体温計ある?」と聞かれるが、そんなものなくとも彼の症状は明らかだった。
「新人メイドのあの子に先程報告されたところです。この後お部屋に参る所存でしたが、手間が省けましたね」
「えー……内緒って言っといたのに」
子供みたいに不貞腐れる祐也様を宥めて大きめのカウチに寝かせる慶一郎様、ここにいなかった残り二人の御兄弟も噂を聞き付け、率先して末の弟の看病を買って出た。
「……手馴れてらっしゃいますね」
呆気に取られてそう呟いたのはここに来たばかりの若メイドさんだ。
「皆さんのそういう姿を見ると、昔が思い出されます」
「タマ子さーん、子供の時の話はやめてよぉ……」
弱ったように言う祐也様のお言葉に三人共々口角を上げた。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
あれは慶一郎様が小学校に入った年で、祐也様はもうすぐ四歳のお誕生日をお迎えになろうとしていた時の事だった。
「タマ子さん!タマ子さん!どこ!?」
玄関口の方から坊やの高い声が響く。3つの慌てた足音と御長男の声に答えるべく廊下を曲がると、祐也様をおぶった慶一郎様と弟の顔を覗き込む貴久様とその手を掴んで大きな瞳をうるませる成亮様が私を探していた。
「あっ!」
慶一郎様が私を見つけ駆け寄ってくる。傍にしゃがみ彼の後ろの可愛い末っ子を腕の中に受け入れると、小さな体は酷く熱を帯びている。
「貴久とサッカーしてたら突然フラフラしだして……そのままバタって。貴久が庇ったから怪我してないとは思うけど」
慶一郎様の腕が貴久様の肩と成亮様の頭を引き寄せ撫でる。
「分かりました。慶一郎様、氷嚢と濡れたタオルを他の使用人にお申し付けください。お二人は私と一緒に……」
「貴久は、僕と一緒に」
そう言った慶一郎様がきょとんとした次男の手を持ち、カーディガンをまくると痛々しいかすり傷が現れる。
「……では、祐也様のお部屋でお待ちしております」
頷いた彼はしゅんとした弟の肩を抱いて使用人部屋に向かった。
私はその背中を心許無さげに見送る成亮様の手を引き、二階の双子の部屋に入って祐也様をベッドの上に寝かせながら上着を脱がせ体温を計る。まあ、四十度手前なんて久しぶりだわ。その温度に驚く。「ゆうや、大丈夫なの?」と袖を引く成亮様を引き寄せて宥めていると、ドアがノックされ、お兄様達が道具を持って部屋に入られた。
「手当は僕がするから、祐也をお願い」
「承りました」
祐也様の汗を拭き取り着替えさせながら、横目で三人の様子を見る。怖かったらしい成亮様は慶一郎様にぎゅっとしがみつき、貴久様は痛みを堪えながら手当を受けている。はしゃぎ回るのが得意な祐也様と貴久様のおかげで鍛えられた慶一郎様の手当の手腕は信用できるものがあり、私も速く祐也様を寝かしつけることが出来た。同時に貴久様の腕にも綺麗に手当が施され、成亮様と一緒にベッドの隅に張り付いて祐也様を心配そうに見つめた。
「タマ子さん、どうしよう。もうすぐ夕餉のお時間だけど……」
そう言って口を噤む。今すぐにリビングに降りるべきなのはわかっているけれど、弟の傍を離れたくないのだろう。
「でも長い間ここにいらっしゃれば、三人とも風邪をひいてしまわれますよ?」
そう言うとしゅんと俯かれる。それはあとの二人も一緒だった。
「それでは、まず皆さんにご飯を食べていただきましょう。その頃には祐也様も目覚められることでしょうから、彼が御夕食をお食べになる間は一緒にいてあげましょう」
「…うん!それ、いい!」
珍しく大きな声を出して成亮様は仰った。
「決まりですね。風邪予防に緑茶を飲んで、マスクをつけてくださいね」
「はーい!」
「よろしいわ。良いわね?お華さん」
「かしこまりました」
ドアの前で控えていた他のメイドに声をかけて三人を促す。全員のリビングへ向かう足取りの重い事といったら……本当に可愛らしいご兄弟で。
三人が御夕食をお召になられた後の丁度いい時間に祐也様が起き、寂しさからかぐずり始めたので時間制限付きで面会をさせると、すぐにご機嫌に戻りお粥も綺麗に平らげた。そして三人に囲まれながら安心したように寝付いたのだ。
「不思議。その時のことめっちゃ覚えてる」
成亮様はその事を思い出して微笑まれた。
「あの後、真夜中に俺の部屋に寂しいから一緒に寝たいって祐也とニシキアナゴの抱き枕抱えたシゲが来たけど、俺はその次の日に帰国する母さんに華道をしごかれることが確定してたから二人の手を引いてわざわざ階段降りて兄さんの部屋に行ったんだよね」
「そうそう!びっくりしたよ!でも結局四人で寝たよね〜。貴久もなんか寂しかったんでしょ」
「まあ……」
照れた様子の貴久様に暖かく微笑まれると、慶一郎様は穏やかに眠る弟の毛布をかけ直した。
「では、お二人にもお紅茶を持ってまいりますね。祐也様には……」
「柚子茶の方が喜ぶよ。前に生姜湯飲んだ時、あっちの方が懐かしいなってちょっと寂しそうだった」
「……そうでございましたか。そちらを持ってまいります。ほら、あなたも一緒に行くわよ」
四人の世界に圧倒されたようで目を丸くしていた若メイドさんに声をかけ、静かに退室した。
幼い頃からご主人様と奥様は多忙でいらしたから、私がずっと乳母 代わりのようなことをしていた。若い頃からこの家に仕えて、今となっては一メイドがヘッドサーヴァントになる間に彼らは立派になられたことが感慨深くため息が出る。
「タマ子さん?どうかされました?」
メイド服が馴染んだばかりの彼女に顔を覗きこまれる。私は少し笑って答えた。
「……いいご主人様に仕えることが出来て、幸せだと感じただけですよ」
「どうしたの?祐也」
慶一郎様にミルクティーを差し入れに書斎にいたところ、祐也様が少しふらついた足取りでお部屋に入ってこられた。
「暖房がきつくてさぁ、でもリモコンなくって……一旦避難させて」
「……ゆうちゃん、ちょっとおでこ貸して」
されるがままに慶一郎様に凭れる祐也様。しばらくして「タマ子さん、体温計ある?」と聞かれるが、そんなものなくとも彼の症状は明らかだった。
「新人メイドのあの子に先程報告されたところです。この後お部屋に参る所存でしたが、手間が省けましたね」
「えー……内緒って言っといたのに」
子供みたいに不貞腐れる祐也様を宥めて大きめのカウチに寝かせる慶一郎様、ここにいなかった残り二人の御兄弟も噂を聞き付け、率先して末の弟の看病を買って出た。
「……手馴れてらっしゃいますね」
呆気に取られてそう呟いたのはここに来たばかりの若メイドさんだ。
「皆さんのそういう姿を見ると、昔が思い出されます」
「タマ子さーん、子供の時の話はやめてよぉ……」
弱ったように言う祐也様のお言葉に三人共々口角を上げた。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
あれは慶一郎様が小学校に入った年で、祐也様はもうすぐ四歳のお誕生日をお迎えになろうとしていた時の事だった。
「タマ子さん!タマ子さん!どこ!?」
玄関口の方から坊やの高い声が響く。3つの慌てた足音と御長男の声に答えるべく廊下を曲がると、祐也様をおぶった慶一郎様と弟の顔を覗き込む貴久様とその手を掴んで大きな瞳をうるませる成亮様が私を探していた。
「あっ!」
慶一郎様が私を見つけ駆け寄ってくる。傍にしゃがみ彼の後ろの可愛い末っ子を腕の中に受け入れると、小さな体は酷く熱を帯びている。
「貴久とサッカーしてたら突然フラフラしだして……そのままバタって。貴久が庇ったから怪我してないとは思うけど」
慶一郎様の腕が貴久様の肩と成亮様の頭を引き寄せ撫でる。
「分かりました。慶一郎様、氷嚢と濡れたタオルを他の使用人にお申し付けください。お二人は私と一緒に……」
「貴久は、僕と一緒に」
そう言った慶一郎様がきょとんとした次男の手を持ち、カーディガンをまくると痛々しいかすり傷が現れる。
「……では、祐也様のお部屋でお待ちしております」
頷いた彼はしゅんとした弟の肩を抱いて使用人部屋に向かった。
私はその背中を心許無さげに見送る成亮様の手を引き、二階の双子の部屋に入って祐也様をベッドの上に寝かせながら上着を脱がせ体温を計る。まあ、四十度手前なんて久しぶりだわ。その温度に驚く。「ゆうや、大丈夫なの?」と袖を引く成亮様を引き寄せて宥めていると、ドアがノックされ、お兄様達が道具を持って部屋に入られた。
「手当は僕がするから、祐也をお願い」
「承りました」
祐也様の汗を拭き取り着替えさせながら、横目で三人の様子を見る。怖かったらしい成亮様は慶一郎様にぎゅっとしがみつき、貴久様は痛みを堪えながら手当を受けている。はしゃぎ回るのが得意な祐也様と貴久様のおかげで鍛えられた慶一郎様の手当の手腕は信用できるものがあり、私も速く祐也様を寝かしつけることが出来た。同時に貴久様の腕にも綺麗に手当が施され、成亮様と一緒にベッドの隅に張り付いて祐也様を心配そうに見つめた。
「タマ子さん、どうしよう。もうすぐ夕餉のお時間だけど……」
そう言って口を噤む。今すぐにリビングに降りるべきなのはわかっているけれど、弟の傍を離れたくないのだろう。
「でも長い間ここにいらっしゃれば、三人とも風邪をひいてしまわれますよ?」
そう言うとしゅんと俯かれる。それはあとの二人も一緒だった。
「それでは、まず皆さんにご飯を食べていただきましょう。その頃には祐也様も目覚められることでしょうから、彼が御夕食をお食べになる間は一緒にいてあげましょう」
「…うん!それ、いい!」
珍しく大きな声を出して成亮様は仰った。
「決まりですね。風邪予防に緑茶を飲んで、マスクをつけてくださいね」
「はーい!」
「よろしいわ。良いわね?お華さん」
「かしこまりました」
ドアの前で控えていた他のメイドに声をかけて三人を促す。全員のリビングへ向かう足取りの重い事といったら……本当に可愛らしいご兄弟で。
三人が御夕食をお召になられた後の丁度いい時間に祐也様が起き、寂しさからかぐずり始めたので時間制限付きで面会をさせると、すぐにご機嫌に戻りお粥も綺麗に平らげた。そして三人に囲まれながら安心したように寝付いたのだ。
「不思議。その時のことめっちゃ覚えてる」
成亮様はその事を思い出して微笑まれた。
「あの後、真夜中に俺の部屋に寂しいから一緒に寝たいって祐也とニシキアナゴの抱き枕抱えたシゲが来たけど、俺はその次の日に帰国する母さんに華道をしごかれることが確定してたから二人の手を引いてわざわざ階段降りて兄さんの部屋に行ったんだよね」
「そうそう!びっくりしたよ!でも結局四人で寝たよね〜。貴久もなんか寂しかったんでしょ」
「まあ……」
照れた様子の貴久様に暖かく微笑まれると、慶一郎様は穏やかに眠る弟の毛布をかけ直した。
「では、お二人にもお紅茶を持ってまいりますね。祐也様には……」
「柚子茶の方が喜ぶよ。前に生姜湯飲んだ時、あっちの方が懐かしいなってちょっと寂しそうだった」
「……そうでございましたか。そちらを持ってまいります。ほら、あなたも一緒に行くわよ」
四人の世界に圧倒されたようで目を丸くしていた若メイドさんに声をかけ、静かに退室した。
幼い頃からご主人様と奥様は多忙でいらしたから、私がずっと
「タマ子さん?どうかされました?」
メイド服が馴染んだばかりの彼女に顔を覗きこまれる。私は少し笑って答えた。
「……いいご主人様に仕えることが出来て、幸せだと感じただけですよ」
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