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サンタは遅れてやってくる

白い天井、腕に繋がる管。
軽く漂う薬品の香り。
カーテンの隙間から細く差し込む強い陽の光の先に照らされるのは濃い茶の長い前髪。布団の上に突っ伏しているせいで毛先がくしゃりと歪んでいる。その髪まで手を伸ばすのは億劫だったので、腹の上に置かれた手をつまんだ。
「……う、い、痛い痛い痛い!!」
切れ長の目を丸く見開き、何事かと左右を見回してから最後に俺を視界に捉えた。すれば長い腕がベッドに横たわる俺に巻き付いてかなり強い力で抱きつかれる。
「よかったぁ……!まっすー目が覚めて…大丈夫?痛いとことかない?」
問いながらナースコールを押し、俺をベッドに横たえて布団を戻す。
「ないけど、こやま、俺、なんでここに?」
「テレビのセットが倒れてきて、子役の子を庇ったんだよ。それで頭打っちゃって……一日半ぐらいかな、まっすーが寝てたの」
「……あ、仕事」
「大丈夫。言ってあるし、上手く調整できてるよ。……それよりも、手越心配してたよ。帰ってこないって言って」
「帰ってって……え?なんで?」
「なんでって言われても…そりゃあ心配するでしょ。同棲している相手が帰ってこなかったら」
「どう、せい?」
小山は細い眉を動かし、なんでもない雰囲気で俺と目を合わせた。
「そうでしょ。手越すっごい動揺してたんだから」
「いや、そうじゃなくて。一緒に住んでるって…どういうこと?」
小山がポケットにから取り出そうとしたスマホを誤って落としたが、硬い落下音を立てたそれに手を伸ばすことはしなかった。それに構っていられないほどに俺の言葉に驚いているようで。
「……まっすー?」
怪訝な顔でこちらを伺われる。まるで、『誰だ』と素性を疑われているような心地がした。







「……慶ちゃんから聞いたよ」
「そうらしい。……ごめん」
「……はは、謝んないでよ。そもそも謝ることじゃないし。取り敢えず家帰ってみる?荷物とか、それに引越しとか考えなきゃかもだし」
いとも簡単に引越しのことを口に出す。そんなすっぱりと関係を切れるほどの関係に俺らはあったのか?と考えながらソファーに向かう手越の背を視線で追った。すると彼の指が少し丸みを帯びたフェイスラインを引っ掻き出すのを見て、無意識にそれを止める。
「また荒れるよ」
「え……あ、ああ」
俺に剥がされた手を宙にさまよわせながら俺の顔を覗き込み、肩に手を置いたと思ったら整った顔が思い切りこちらに近付いてきて唇が触れ合う……直前、咄嗟に前に出した自分の手が彼を突き飛ばした。反射的に、驚きびっくりしたせいでなのだが軽い体は無防備な姿勢から大きく傾いて、ソファーの前のローテーブルに向かっていくのを見て一気に頭が冷えた。腕を引いて胸に抱え込み、俺は尻もちを着いて彼を守った。
「ごめん、怪我……」
「謝んないで」
「てご、」
「忘れたのって、本当かなって確かめようとしただけだから。ちょっといたずらが過ぎたわ」
彼はへらりと笑って、何事もないように立ち上がった。俺が立ったのを確認すると、さきに風呂入ってきて、といつも使っていたらしい寝巻きとタオルを渡し、ぐいぐい背を押して風呂場に押し込んだ。扉を占める寸前に顔を見ようとしたけれど、それは叶わなかった。
仕方ないのでとにかく風呂に入ってみる。とりあえずとくつろいでみるが、この浴室の中には俺の知らない日常があった。シャンプーとトリートメントは俺が使っていたものだし、櫛もそうだ。風呂場から出れば、壁に二色のタオルがかけられていて、どちらも清潔に保たれたままいつでも使えるようになっている。もし俺がここから出ていったら、彼はこのタオルをどうするのだろう。俺が今着た部屋着や、対になっている歯ブラシ、それらの荷物を全部持って出るとしたってぽっかり空いた衣装部屋であったクローゼットを、ひとり残された彼はどんな思いで見つめるんだろう。空いた収納スペースの中に入って壁と床の色しかない景色を見回す彼を想像したら酷く胸が傷んだ。抱き締めたいと思う自分がいたはいたが、さっき薄い体を突き飛ばしてしまった自分にその権利はなくて。
じくじく痛む心は、まだ彼を好きだった頃の自分のものなのだろうか。
「増田さん?大丈夫?」
「あ、今出る」
らしくもなく長い間考え事をしてしまった。気を引き締めようと鏡を見た時、何か違和感を感じて鏡の中の自分をもっと見つめる。肌も荒れていないのに、何なのだろう。鏡の奥の自分に睨まれているような気がした。
「増田さん?」
ハッとして戸を開けると、引き戸に手をかけかけた彼がそのまま手を伸ばしたポーズで立ち尽くしていた。
「心配した。のぼせて、倒れたかって」
「ごめん、ぼーっとしてただけ」
「……」
「手越?」
「ううん、なんでもない。寝室はあっち。……あと、これ」
静かに俺の瞳を見つめた彼は、首を振ると柔く微笑んで濃い青の袋を差し出した。中には雑誌が二冊。
「一昨日のあなたが欲しいって言ってたやつ。一応渡しておくから……それだけ」
パタパタと俺の横をすり抜けて浴室に入っていった彼の体温が袋の持ち手に取り残されている。中を見てみれば、確かにそれは俺が買おうと思っていたもので、表紙を捲るとレシートがこぼれ落ちた。裏返しに落ちたそれを拾い上げると、端正な字で、
『2083円、3日後まで!』
と記してある。印字によれば買ったのは四日前と日付が書いてあった。それを手に寝室へ向かい、そのレシートを慎重に財布のポケットの中に入れた。ここで生活していた俺の証のこの紙切れは雑誌よりも大事に思えた。
スマホを備え付けてあった充電器に繋ぎ、手越とのトーク画面を開いてみる。スクロールすれば、覚えているやりとりと覚えていないやりとりが混在していて頭がちりちりと焦げていくような痛みを感じた。名詞も指し示す語も入っていなくても通じている短い会話を、俺はどんな風に送ったんだろう。考えているうちに眠くなってきて、スマホが鈍い音を立てて床に落っこちた。慌てて拾い上げ、ベッドサイドに置くと尋常じゃない眠気を自覚しそのままシーツに倒れ込んだ。
「ねっむ……」
かつてこんなに急に眠気が来ることは無かったので戸惑い頭を搔くと、自分が思った以上に疲労を体に溜め込んでいることがわかる。体というか、頭が重い。怒涛の情報処理に疲れたのだろうか。もっと情報を処理していきたかったが脳がついていかず、電池が切れるように眠りに落ちた。





「……ださん、増田さん!」
「う、ん……へ?て、手越?」
「うん。おはよ。コーヒー飲む?」
朝起きて直ぐに相方の顔を見た事で一瞬頭がバクった。そうだ、俺は彼と同棲しているんだった。
用意された軽めの朝食を口にしながら端正な横顔を盗み見ると、隣にいる彼が少し違う人物にさえ見えた。この家がそうさせるんだろうか。
「……昨日、ベッドで寝なかったんだ」
「うん。起きた時にびっくりさせたら嫌かなって」
ブランケットのかかったカウチを横目で見て彼がベッドを使わなかったのを知ったから、一応謝ると控えめに笑われた。
「あなたがそんなに引け腰だと調子狂う」
食べ終わった皿をシンクに置くと、キッチンの一角を見つめて動きを止めた。俺が何だ?と見ようとする前にそれをひっくり返す。写真立てだった。
「分かってるだろうけど、俺、しばらくサッカーの仕事が続くから家空けることが多くなる。ある程度この家に置いてるものの場所とか言っておこうと思うんだけど時間ある?」
「あ…ありがとう。わざわざ」
彼はいつものように笑う。
「大人しい増田さんって、なんかかわいーね」
仕事で会う時と変わらない顔だった。

彼は部屋のものの場所や暗証番号の類をひとつひとつ丁寧に説明して、エマは実家だからチェックしなくても大丈夫だと寝室の隅にあるペット用品の棚はスルーし、俺のアクセサリーケースの場所なども全て通して家の中を一周ツアーを二人でした。素直な自分の態度が余程珍しいのか、彼は終始上機嫌だった。
「手越はいつ海外行くんだっけ?」
「明日の夜。でも、今日の夜からずーっと仕事で立て続けに生があるからしばらく顔見なくなっちゃうけど」
「そうか」
「当たり前だけど、この家は自由に使っていいよ。……引っ越す時とかは言って欲しいけど」
「引っ越すって……手越はそれでいいの?」
思わずといったふうにこちらを振り返った彼が目をぱっちりと開けたと思えば、その色の薄い瞳を細めて「うん」と頷いた。
「無理に引き留めようとは思わない……あんたにとって、俺はそんなこと言える立場じゃないだろ」
そんなこと、と不器用ながらも何かを言いだそうとしたのだが、その横顔があまりに静かで喉元に出かかった言葉を見失う。その間に、彼は俺が伸ばした腕をすり抜けて玄関に歩いていってしまった。
「じゃあ、俺もう出ないとだから」
「あ……そう」
行き場の無くなった手を腰にやってどうするかと考える間に彼はもう玄関で靴を履いていた。
「手越!」
いつの間に荷造りを終えたのか、スーツケース片手に大きな目を瞬かせてこちらを見上げた。
「俺、ここにいるから」
数秒の間を空けて、彼は少し俯く。
「……無理、しなくていいからな」
「しないよ。わざわざ」
ネックウォーマーに覆われた鼻口をもごっと動かした気がするが、何も聞こえない。小さな筋の目立つ白い手が握り締められたと思うと、「ああ」とも「うん」とも聞こえるくぐもった返事をして彼は家を出ようとする。

「手越……!」
反射的に手が動くままに薄い肩をきつく抱き締め柔らかい髪に頬を寄せる。こんなに近くにこの男を感じたのは初めてな筈だが、シャンプーの香りは自分と同じだし、首筋から香る香りにはどこか懐かしさがある。すれば、頭の奥がまた焦げ付くように痛んだ。
「増、田さん」
暖かいはずの部屋の中で、腕に冷えた指先が触れる。少し震えるそれは俺のスウェットをクンと引っ張った。
「離して……」
「何で。……時間にはまだ余裕あるでしょ」
抱き締めた薄い胸がゆっくりと上下して、腕を解こうと俺の手首に彼の手がかかる。
「勘違いする」
「何を?」
「……俺の増田さんが、戻ってきたって」
その声は前までとまったく違って酷く悲痛で。
無意識に腕の力が緩み、その隙に手越は俺の腕を振り払ってキャリーケースを引き部屋を出ていった。






情けないが何も思い出せぬまま五日が過ぎ、今日手越が帰ってくる予定だ。皮肉にも今日はクリスマス。恋人たちの夜。
俺も仕事が立て込んでいてバタバタしていたから思い出そうと思考できる落ち着いた時間があまりなかったのが言い訳といえば言い訳だが、このまま彼を迎えるのは嫌だった。もし俺の不用意な言葉でまた彼を傷付けたらと思うと胸が苦しくなった。この前、この家を飛び出して行った時に見えたうさぎのように赤くなった瞳が網膜にずっと張り付いている。手越は、自分が泣きそうになったらそれを悟られないようにごまかすのが得意だ。そうさせたくない。
まだ何も思い出せていないことに俺は焦っていた。仕事から直帰してからというものスマホのデータを延々と漁っている。自分のカメラロールの『エマ』というファイルに彼女の写真がぽつぽつとあって、中には手越の手が映り込んでいるのもあって。その中からムービーを見つけ、再生してみる。

『ほぉら、エマとこっち向いて〜』
『ん!はーい、おばあちゃーん!誕生日おめでとー!!』
『エマからは?』
『おめでとぉ〜〜〜今度遊びに行くからね!』

誕生日祝いの動画を撮っているようで、しばらく賑やかな声が響き、エマを抱えた手越がニコニコとこちらに笑いかけた。俺の知らない俺の笑い声に彼はさらに笑みを深めた。
数十秒の後終わるかと思ったそれは俺が停止し忘れていたために流れ続ける。

『これでいい?』
『いい感じでしょ。十二時になったら送るわ』
『んー』
『あ、タカ、棚からエマのご飯用意出来る?』
『えーっと……』
『キッチンの入口の……』
『分かった!……あ、やべ、動画撮ったままだ』

そうして動画が終わる。見てはいけないどこかのカップルを盗み見たようで少々きまりが悪い。俺はタカって呼ばれてたんだな、と近くて遠い世界に思考を巡らせるとある違和感に気がつく。
エマのご飯、ベット用具。彼はそれを寝室のところだと言っていたが、この動画で言っていた場所と違っている。試しにキッチンに行ってみれば、入口の棚に本当にエマのあれやこれやが収納してある。それなら、この前彼が説明を飛ばした寝室の棚は何なのだろう。吸い寄せられるように肌触りの良い木製の棚を開く。
「うわ、」
支えを失い転がり落ちてきた何か、板のようなものを寸ででキャッチすると、それは表面のガラスカバーがひび割れた写真立てだった。多分、手越が俺に見られないように伏せていたものと同じ。俺がいて、手越が笑って、エマが手越の腕から首を伸ばして俺の頬を舐めている、そんな平和な写真。もっとその棚をよく見れば、アルバムがいくつも並んでいた。いくつか手に取って見た。俺が知らない顔で笑っている彼がいた。
手越が俺が見ないように仕向けたのは、二人の思い出を詰め込んだ宝箱だった。思い出させるのにこれを見せるのはきっと何より効果的なはずなのに、なんでそうさせないようにしたのだろう。
本当は別れたかった?忘れて欲しかった?
そんなはずない。それなら俺の言動であんな赤い目にならないはずだ。手がかりを探したくて、棚を整理して閉じ、最後のアルバムをめくり続ける。するとあるページからはらりとかメモがこぼれ落ちた。写真を台紙と薄い透明なフィルムで挟むタイプのアルバムだから、間からこぼれ落ちてしまったのだろうかと慌ててそれを拾い上げる。特徴的な彼の筆跡の上にくしゃっと折り目が入っているが、読むのは容易だった。
『……どう…う意味……?』
刹那、頭に今日れるな痛みが走り上体を傾ける。捻り絞られるような激痛の中で、彼の声が響いている。
『そりゃ、……けど』
『……いっ、黙れっての!!』
『……、…れが、俺がッ』
ああ痛い。千切れて張り裂けそうだ。彼のこの声に。頭も、胸も。
『……俺があんたに中に出される度に、どんなふうに思うかなんて知りもしらねえくせにッ!!』
うさぎのように真っ赤になった瞳、噛み締められた薄い唇。
「ん……ッ、…ゆ…や……ゔッ」
ごめん、ごめんな。そこまで悩んでくれてるなんて思ってもみなかったんだ。ごめん。
部屋を出ていく彼の姿。それが頭に流れたと思うと、手足は言うことを聞かなくなり、再起動の前の電子機器のように視界に入る全てが黒く染まった。




























「……きて、起きて…!なあ、たか起きろって!」
気付けば、温かい誰かの腕の中に包み込まれていて、大きな声が名前を呼び続けている。ぺちぺちと頬を叩かれ刺激され、ゆっくりと意識が浮上した。瞬きを繰り返しながら真っ先に視界に入る男の顔にピントを合わせる。
「たっ……増田さん?起きた?」
柔らかく、皮膚の薄そうな頬にそっと指を滑らせてみる。ぽかんとして俺にされるがままになっている彼に笑いかけると、大きな瞳が僅かに見開かれる。
「ますださ……」
「タカって呼んでよ、祐也」
「……え、た…か?」
自力でむくりと上体を起こしソファーに座り直して、もう片方の手も彼の頬に持って行って顔を近付ける。
「そうだよ。お前の、増田さんだよ」
ごめんね、クリスマスなんにも用意できてないや。そう謝ると手越は激しく首を振って。
「いい、いい……!そんなの、どうでもいいから」
ぎゅうっと抱きつかれて、少し苦しい。けれどそれがたまらなく嬉しくて。
「帰ってきてくれただけで、……もう、嬉しい」
ひとしきり抱きしめ合って落ち着いたら、彼はなんで思い出したのかを聞いてきたので手に持ったままだった紙切れを見せた。
「懐かしいなって思ったら、頭痛くなって」
「え、そんな簡単なこと?」
力が抜けたように笑って破顔する手越を見て、またそっと引き寄せた。
「……ごめん」
「なんのこと?」
「この前の喧嘩」
「……なんでそんなこと覚えてんだよ。忘れてよ」
「忘れられるわけないだろ。俺、酷いこと言った」
最近活躍している子役の子と仲良くなって素直に可愛いなって思い、その時体調を軽く崩していた手越にそのことを話していた時。悪気なく言った言葉が彼の琴線に触れてしまったのだ。ちょっとした小競り合いがどんどん広がった末に俺はソファーに突き飛ばされた。その直後、彼はあの言葉を叫んだのだ。気を失う前に頭に流れたあの声をまた思い出して、もう一度きつく彼を抱きしめる。
「……手越があのメモを書いた時にね、お前、初めて面と向かって、シラフで、大好きって言ってくれたんだよ。ずっと一緒って書きながら」
「それだけで全部思い出せるほど嬉しかったのかよ」
「すっげー嬉しかった」
そう言えば、体を離され両肩を捕まれて、芯の通る大きな瞳に射抜かれる。
「それなら何回でも言うよ。大好き…って。ねえタカ、こっち」
久しぶりに触れた唇は暖かい。でもそれはすぐに離れて、目線も逸れてしまう。
「俺があんなこと言って、悩ませたんなら本当にごめん。自分が忘れれば、俺は自由になれるって、本当は思ってたんじゃねーの?」
違う、と言い出そうとした口を指で塞いで、彼は続けた。俺の考えていることはお見通しのようだった。
「喧嘩になって、頭が熱くなってて、……あなたに可愛がられるあの子を想像して、嫉妬して、怖くなって……悩ませるようなこと言った」
「でもさ、嘘じゃないだろ。辛かったのは」
肩を掴んだ両手の力が少し弱まる。
『あの子の方がよっぽど素直だ』
喧嘩を悪い方に突き落とした俺のセリフは恋人の逆鱗に触れて、上手く隠して無かったことにできていた傷口を開かせてしまった。素直じゃないことなんてお互い様だと分かりきっていたはずなのに。
「ゆうや」
ゆっくりと上げられた顔にキスを落とす。
「大好きだよ」
綺麗に跳ね上がった目尻が光に反射して光る。
「全部覚えてる。二人っきりの楽屋で疲れきって珍しく静かにしてるなって思ったら突然告られたことも、引っ越したその夜はなんか照れちゃってなかなか寝室に来なかったことも」
「そんなこと……」
「俺にとってはそんなことって済むもんじゃない。忘れたの、本当に後悔してる……祐也」
ソファーに彼の肩を軽く押し付けて小さな口に吸い付き、軽いキスを重ねる。「ふ、」と鼻から抜けるような吐息が漏れたと思うと、白い頬に一筋雫が伝っている。それを吸い取った。
「どうした?」
「タカ……」
すんと鼻を鳴らして、俺の手を強く握って。
「俺のこと、好き?」
「好きだって言ってるでしょ」
「……それなら、」
もう片方の手が俺の服を縋るようにして掴んだ。
「ぜったいに、もう、俺のこと忘れないで」
目を伏せて、トンと俺の胸を叩く。長い睫毛がしっとりと濡れて、次々に涙が流れる。薄い体を抱きすくめると微かにしゃくり上げる声が耳元に届いた。俺と同じ香りのする色の変わった髪に口付け、そっと撫でつける。
「うん、忘れない」
また口付ければもっともっとと泣きながら求められるので、背を支えてキスを深くした。「タカ、タカ」とキスの合間にも名を呼び続ける。一旦休ませるために口を離すと、銀の糸が二人を繋ぎぷつりと切れて彼の唇を濡らす。それを拭い、なだめるように額に口付ける。
「……メリークリスマス」
「ふはっ、ちょーっと遅刻だな。それじゃあせっかくだし、ワインでも飲む?用意してたのがあるんだけど」
「いいね」
取り出してきたのはクリスマスツリーの形をしたボトルに入ったワイン。彼は基本的にちゃんとした高級格のものしか買わないはずだから、わざわざ用意したのだろう。
「いつからこれ用意してくれてたの?」
「二週間前。かわいいなって」
「……ねえ、もう一回そのボトル持ってみてよ。CMっぽい感じで」
「へ?こう?」
顔を少し傾け、可愛らしいボトルをそばに添わせるようにして持つ。
「ふふ、似合う。やっぱりてごしには可愛いのが似合うね」
「……なんじゃそりゃ」
短めだが細い彼の首の後ろに手をやって、引き寄せ口付ける。赤くなった耳元にまた愛しさが募る。
さあ、気を取り直して乾杯しよう。全部思い出せたこと、仲直り出来たこと、そしてちょっと遅めのクリスマスを祝ってーーー。











「ゆうや、後でベッドの下、確認しておいて」



Merry X'mas💕


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