ブラックバカラは黒いばら
最初に言っておく。
少し前まで、いや大まかに言えば今でも俺達の仲は良好だ。仕事もあるから定期的に会えてるし耳元で「好き」と囁けば懲りずに耳を真っ赤にして返してくれる恋人は相変わらず最高に可愛い。そんな恋人に疑いを抱くことは今まで無かった。
のだが、
簡単に言えば、様子がおかしい。まず電話に出ないのだ。LINEの返信が遅いのは平常運行だから気にしないのだが、すぐに向こうからかかってくるので電話を取れる位置にはいるのだろうに俺からの電話に出てくれない。毎度のように「寝てた」と言われるけれどだとしたら寝すぎだ。
それに呼び鈴にも反応しない。「今着いたよ」と連絡しない限り。これに関しては普通に心配だ。そんなにイタズラが多いのだろうか。
心配なことはまだある。心ここに在らずな瞬間を目撃するのが多々あった。その上ドアが開く音とかものが落ちる音にはビクッと反応する。生活音の大きいシゲが毎回「あ、ごめん」と言って手越が首を振るのを何回見てきただろう。
あと、家に入れてくれないこと。呼び鈴に反応しないを通り越して最近は家に入れようとせず俺の家に来ている。今日もそう。家に行っていいかと聞いた時の答えは予想がついているので普通に自分の家に招き入れた。最近変わったことを追加すると、求められる抱擁の時間が長くなったことだ。
「まだ?」
「もうちょっと……」
「うん」
隣合って抱きしめていた身体を持ち上げて膝の上に乗せると尚更強く抱きついてくる。彼は元々情事のさなかにも抱きしめられるのは好きだが通常運行がそうかと言ったら当然違う。ただ黙ってこうした静かな時間を二人で過ごすのが多くなった。
他のおかしな挙動から浮気の二文字が浮かんだこともあったが、それらは違う気がした。彼の身体に気になる点……付けた覚えのない鬱血痕やそういう物があるのは見たことがないし。だからそういう裏切りとかは絶対にない。それを言い切れるぐらいには彼を丁寧に愛してきた自信があったから。
「……本当に、なんかあったんじゃないの?」
「なんもないよ」
そう言って彼は静かに体を離してそっと唇を合わせてきた。
とはいえ気になるものは気になる。ある夜友達と飲みに行ったとき、恋人がさ〜とぼやいたら浮気とか家に見られたくないもんがあるとかと言っていたが、最後別れる時に俺に言った。
「てかさ、そもそも普通に家行ってみたら?合鍵あるんだろ?」
「ああ……」
「たまには強行突破するのもありかもよ」
確かに、彼の意思を尊重しすぎて両者共にすれ違ってしまったら元も子もない。そう思って俺は彼の家に向かった。ロックを解除しながら電話をかけると最近では珍しいほど早く繋がった。
『まっす……』
「今から手越の家行くけど、いい?」
『え、い、今?飲みに行ってるんじゃなかった?』
「うん。都合悪い?エレベーター乗ったとこだけど」
『だ、大丈夫!ちょっと、片付けるから』
バタバタと音がして電話が切れる。俺が家のドアの前に辿り着いたのはそのすぐ後だった。比較的すぐドアを開けた彼はいつも通りのテンションで俺を迎え入れた。酔っていたからかそれに少し腹が立ってしまった。
「ねえ」
「何?」
「なんで今まで家に入れてくれなかったの」
「それは……ちょっと、散らかってて」
薄桃の髪を掻き混ぜ、後頭部から首筋までを手が往復する。手越の焦った時の癖。
「てごしはそういうのあんま気にしなくない?」
「そういう時もあるって。てかさ、それ軽く失礼よ?」
「……いや、マジで。何回も言ってるけどさ、何かあったでしょ」
一瞬、軽薄な笑みにヒビが入る。何が、と言う声も掠れていた。近寄ろうとするとその分後ずさる。「逃げないでよ」と言い歩みを進めると小さく首を振って逃げ足を速めたがすぐに薄い背は壁にくっついた。腕で彼を閉じ込めた時、壁のコンセントに不自然な電源タップが刺さっているのを見て盗聴器の3文字が浮かび眉を寄せる。手早く取って置いたままの水が入ったグラスに放り込んでからまた彼の方に戻る。
「手越」
「な、に」
「何があったか言って。気付かないと思うの?」
何かを言おうとしたらしい口はすぐに閉ざされ頭が振られる。頑なな姿に少しイラッときてしまった。
「…ないよ、ないッ……」
「……、頑固者」
首の後ろを片手で引き寄せ頑固な唇に噛み付いた。一瞬抵抗したが上顎をくすぐればすぐに力が弱まるのをいいことに窓枠に浅く腰を乗させて逃げられないぐらいに押し付けると肩の布が強く掴まれる。目の前の大きな瞳が、どんどん潤んで舌を引きずり出し絡めた時に決壊する。苦しい、もうダメと胸を叩かれるもキスをやめようとはしない。酔った頭は彼への苛立ちを抑えてやれることが出来ずに呼吸を奪い続ける。そんなに信用出来ないか?と腹が立ってしまうくらいに自分は自分の予想以上にそれが結構悲しかったらしい。
そしてジュっと音を立ててさらに吸い付いた時、かくんと彼の身体から力が抜けた。やり過ぎてしまったと思うと同時に一気に酔いが冷めた。倒れかかるのを支え、軽く頬を叩くと眉間に皺が寄ったので取り敢えず一安心する。細くなった首筋と腰骨の感触にヒヤリと冷たいものが背に走りながらソファーに寝かせて赤みの引いた頬を撫でた。
「……やりすぎた。ごめん」
起きた後もう一度言わなきゃな、と思いつつ項垂れていた時、足元に何やらモコモコとした感触。暗がりの中で視界に映るこの愛らしい毛玉さんは一匹しかいない。
「エマ?」
俺が存在に気づいたとわかるとぱたぱた入口に戻り鼻を鳴らし始める。俺を待っているようだった。恋人の傍を一旦離れてエマの後を追いかける。彼女は真っ直ぐに玄関へと向かった。
外、と言うようにひと吠えし、玄関の先を威嚇する。覗き窓から外を見て、念の為傘を構えて一気にドアを開けるが、念の為扉の裏も確認したが誰も居なかった。ただ廊下に置いてある封筒と黒い薔薇が異様な雰囲気を醸し出していた。
もう一度辺りを見渡し、念の為写メを撮ってからそれらを回収して部屋の中に戻った。彼が眠っているのを確認しベッドに移動させてから居間でその封筒を開いた。
「うわっ」
手に張り付いたのは千切られ潰された黒い花びら。おそらく共に置かれていたこのバラと同じ種類だろう。それらを払いながら取り出されたのは数十枚の写真の束だった。わざわざリングでまとめてある。全て手越を盗撮したもので、テレビ局の前や様々な場面の彼が切り取られていた。わざわざ現像までされたそれらを1枚1枚捲り見ていく。だが4分の1を過ぎたあたりで様子が変わった。
まず目に止まったのはあるマンションの全景。今俺がいる手越の住処だ。そこからコマ送りのように彼の部屋に近ずいて行き、部屋の前に着くと扉を開けて部屋に侵入していく。速くなっていく鼓動を沈めたくて深呼吸をし、2,3枚飛ばして見てみた……すれば手が止まらなくなった。恋人がどんな仕打ちを受けたのか、押し付けられるように知らされる。嘘だろう、なんだこれ。混乱しすぎたことで、手を滑らせその束を落としてしまうが1番後ろの写真になにかが書いてあったのに気付いた。拾い上げ、殴り書かれた文字はこう言っていた。
『薬は依存性ないやつだから安心してください。あと、タカ、タカってうるさいです。その名すら言えないようにされたいですか?嫌でしょ』
『待っててね。怖がってる顔もかわいいね。また見せ────』
ハガキサイズの白い裏面に赤黒い文字でびっしり綴られた狂っているとしか思えない文章。短文が多く、文字の大きさも安定していなくてまともな人間が書いたように思えなかった。それを凝視していたから、背後から彼が寝室から起き出したのに気付くことが出来なかった。
横から突然手に持っていたそれらをひったくられる。「見たの」という問いにどう答えていいのか分からず口篭ると、前髪に陰った充血した瞳が俺を見て。
「……見たよね。はは、さいあく」
ゴミ箱に投げ入れ、寝室に引っこもうとした彼を引き止めるが、怯えたような震えと同時に振り払われた。俺だってもちろん驚いたが、彼の方がショックを受けたように呆然と立ち尽くした。振り払われた俺の手を見ている。
もう一度、ゆっくりと手を絡ませると、力は入らないものの払われることは無かった。
「てごし、今まで何があったの」
項垂れる彼にできるだけ柔らかい声で問いかける。
「少し様子が変だったのも、そのせい?」
沈黙は肯定ととっていいだろうが、目を合わせることもしようとしないし口も開いてくれない。俺はただ、どんな言葉を彼に掛けたらいいのかを考えていた。ここで間違えたら永遠に彼を失うような予感がしてしまう出来事が身の周りで起きていたから。
先日、友人の弟のフィアンセが自ら命を絶った。暴漢に乱暴され穢されたと思い深く傷ついた彼女のお腹の中には、愛する人との新しい命が宿っていたのにも知ることがないまま彼女は亡くなったらしい。彼の弟自身も気を病んでしまったらしいと聞いていた。
だから、尚更怖かった。
「祐也」
小さい手を繋ぎ直して、じっと目を合わせて。
「何があったのか教えて欲しい。お願いだから」
「……見られたもんは仕方ないもんな」
繋いだ手を引かれ、2人でソファに腰掛ける。エマは俺の膝に飛び乗ると、黒々とした目で俺を見上げる。
「今からは俺が守るよ、エマ」
毛並みを撫でながら言うと彼女は了承したように自分のベッドに戻っていった。
「ずっと言えてなかった。相談出来る勇気がなくて」
「そ、っか。ごめん。気付けなくて」
「いいよ。それは。……俺」
「うん」
「3ヶ月ぐらい前から……その、ストーカー、されてて」
膝の上で震える、自分よりも小さな手を上から重ねるようにして握った。それは彼らしくなく、酷く冷えきっていた。
少し前まで、いや大まかに言えば今でも俺達の仲は良好だ。仕事もあるから定期的に会えてるし耳元で「好き」と囁けば懲りずに耳を真っ赤にして返してくれる恋人は相変わらず最高に可愛い。そんな恋人に疑いを抱くことは今まで無かった。
のだが、
簡単に言えば、様子がおかしい。まず電話に出ないのだ。LINEの返信が遅いのは平常運行だから気にしないのだが、すぐに向こうからかかってくるので電話を取れる位置にはいるのだろうに俺からの電話に出てくれない。毎度のように「寝てた」と言われるけれどだとしたら寝すぎだ。
それに呼び鈴にも反応しない。「今着いたよ」と連絡しない限り。これに関しては普通に心配だ。そんなにイタズラが多いのだろうか。
心配なことはまだある。心ここに在らずな瞬間を目撃するのが多々あった。その上ドアが開く音とかものが落ちる音にはビクッと反応する。生活音の大きいシゲが毎回「あ、ごめん」と言って手越が首を振るのを何回見てきただろう。
あと、家に入れてくれないこと。呼び鈴に反応しないを通り越して最近は家に入れようとせず俺の家に来ている。今日もそう。家に行っていいかと聞いた時の答えは予想がついているので普通に自分の家に招き入れた。最近変わったことを追加すると、求められる抱擁の時間が長くなったことだ。
「まだ?」
「もうちょっと……」
「うん」
隣合って抱きしめていた身体を持ち上げて膝の上に乗せると尚更強く抱きついてくる。彼は元々情事のさなかにも抱きしめられるのは好きだが通常運行がそうかと言ったら当然違う。ただ黙ってこうした静かな時間を二人で過ごすのが多くなった。
他のおかしな挙動から浮気の二文字が浮かんだこともあったが、それらは違う気がした。彼の身体に気になる点……付けた覚えのない鬱血痕やそういう物があるのは見たことがないし。だからそういう裏切りとかは絶対にない。それを言い切れるぐらいには彼を丁寧に愛してきた自信があったから。
「……本当に、なんかあったんじゃないの?」
「なんもないよ」
そう言って彼は静かに体を離してそっと唇を合わせてきた。
とはいえ気になるものは気になる。ある夜友達と飲みに行ったとき、恋人がさ〜とぼやいたら浮気とか家に見られたくないもんがあるとかと言っていたが、最後別れる時に俺に言った。
「てかさ、そもそも普通に家行ってみたら?合鍵あるんだろ?」
「ああ……」
「たまには強行突破するのもありかもよ」
確かに、彼の意思を尊重しすぎて両者共にすれ違ってしまったら元も子もない。そう思って俺は彼の家に向かった。ロックを解除しながら電話をかけると最近では珍しいほど早く繋がった。
『まっす……』
「今から手越の家行くけど、いい?」
『え、い、今?飲みに行ってるんじゃなかった?』
「うん。都合悪い?エレベーター乗ったとこだけど」
『だ、大丈夫!ちょっと、片付けるから』
バタバタと音がして電話が切れる。俺が家のドアの前に辿り着いたのはそのすぐ後だった。比較的すぐドアを開けた彼はいつも通りのテンションで俺を迎え入れた。酔っていたからかそれに少し腹が立ってしまった。
「ねえ」
「何?」
「なんで今まで家に入れてくれなかったの」
「それは……ちょっと、散らかってて」
薄桃の髪を掻き混ぜ、後頭部から首筋までを手が往復する。手越の焦った時の癖。
「てごしはそういうのあんま気にしなくない?」
「そういう時もあるって。てかさ、それ軽く失礼よ?」
「……いや、マジで。何回も言ってるけどさ、何かあったでしょ」
一瞬、軽薄な笑みにヒビが入る。何が、と言う声も掠れていた。近寄ろうとするとその分後ずさる。「逃げないでよ」と言い歩みを進めると小さく首を振って逃げ足を速めたがすぐに薄い背は壁にくっついた。腕で彼を閉じ込めた時、壁のコンセントに不自然な電源タップが刺さっているのを見て盗聴器の3文字が浮かび眉を寄せる。手早く取って置いたままの水が入ったグラスに放り込んでからまた彼の方に戻る。
「手越」
「な、に」
「何があったか言って。気付かないと思うの?」
何かを言おうとしたらしい口はすぐに閉ざされ頭が振られる。頑なな姿に少しイラッときてしまった。
「…ないよ、ないッ……」
「……、頑固者」
首の後ろを片手で引き寄せ頑固な唇に噛み付いた。一瞬抵抗したが上顎をくすぐればすぐに力が弱まるのをいいことに窓枠に浅く腰を乗させて逃げられないぐらいに押し付けると肩の布が強く掴まれる。目の前の大きな瞳が、どんどん潤んで舌を引きずり出し絡めた時に決壊する。苦しい、もうダメと胸を叩かれるもキスをやめようとはしない。酔った頭は彼への苛立ちを抑えてやれることが出来ずに呼吸を奪い続ける。そんなに信用出来ないか?と腹が立ってしまうくらいに自分は自分の予想以上にそれが結構悲しかったらしい。
そしてジュっと音を立ててさらに吸い付いた時、かくんと彼の身体から力が抜けた。やり過ぎてしまったと思うと同時に一気に酔いが冷めた。倒れかかるのを支え、軽く頬を叩くと眉間に皺が寄ったので取り敢えず一安心する。細くなった首筋と腰骨の感触にヒヤリと冷たいものが背に走りながらソファーに寝かせて赤みの引いた頬を撫でた。
「……やりすぎた。ごめん」
起きた後もう一度言わなきゃな、と思いつつ項垂れていた時、足元に何やらモコモコとした感触。暗がりの中で視界に映るこの愛らしい毛玉さんは一匹しかいない。
「エマ?」
俺が存在に気づいたとわかるとぱたぱた入口に戻り鼻を鳴らし始める。俺を待っているようだった。恋人の傍を一旦離れてエマの後を追いかける。彼女は真っ直ぐに玄関へと向かった。
外、と言うようにひと吠えし、玄関の先を威嚇する。覗き窓から外を見て、念の為傘を構えて一気にドアを開けるが、念の為扉の裏も確認したが誰も居なかった。ただ廊下に置いてある封筒と黒い薔薇が異様な雰囲気を醸し出していた。
もう一度辺りを見渡し、念の為写メを撮ってからそれらを回収して部屋の中に戻った。彼が眠っているのを確認しベッドに移動させてから居間でその封筒を開いた。
「うわっ」
手に張り付いたのは千切られ潰された黒い花びら。おそらく共に置かれていたこのバラと同じ種類だろう。それらを払いながら取り出されたのは数十枚の写真の束だった。わざわざリングでまとめてある。全て手越を盗撮したもので、テレビ局の前や様々な場面の彼が切り取られていた。わざわざ現像までされたそれらを1枚1枚捲り見ていく。だが4分の1を過ぎたあたりで様子が変わった。
まず目に止まったのはあるマンションの全景。今俺がいる手越の住処だ。そこからコマ送りのように彼の部屋に近ずいて行き、部屋の前に着くと扉を開けて部屋に侵入していく。速くなっていく鼓動を沈めたくて深呼吸をし、2,3枚飛ばして見てみた……すれば手が止まらなくなった。恋人がどんな仕打ちを受けたのか、押し付けられるように知らされる。嘘だろう、なんだこれ。混乱しすぎたことで、手を滑らせその束を落としてしまうが1番後ろの写真になにかが書いてあったのに気付いた。拾い上げ、殴り書かれた文字はこう言っていた。
『薬は依存性ないやつだから安心してください。あと、タカ、タカってうるさいです。その名すら言えないようにされたいですか?嫌でしょ』
『待っててね。怖がってる顔もかわいいね。また見せ────』
ハガキサイズの白い裏面に赤黒い文字でびっしり綴られた狂っているとしか思えない文章。短文が多く、文字の大きさも安定していなくてまともな人間が書いたように思えなかった。それを凝視していたから、背後から彼が寝室から起き出したのに気付くことが出来なかった。
横から突然手に持っていたそれらをひったくられる。「見たの」という問いにどう答えていいのか分からず口篭ると、前髪に陰った充血した瞳が俺を見て。
「……見たよね。はは、さいあく」
ゴミ箱に投げ入れ、寝室に引っこもうとした彼を引き止めるが、怯えたような震えと同時に振り払われた。俺だってもちろん驚いたが、彼の方がショックを受けたように呆然と立ち尽くした。振り払われた俺の手を見ている。
もう一度、ゆっくりと手を絡ませると、力は入らないものの払われることは無かった。
「てごし、今まで何があったの」
項垂れる彼にできるだけ柔らかい声で問いかける。
「少し様子が変だったのも、そのせい?」
沈黙は肯定ととっていいだろうが、目を合わせることもしようとしないし口も開いてくれない。俺はただ、どんな言葉を彼に掛けたらいいのかを考えていた。ここで間違えたら永遠に彼を失うような予感がしてしまう出来事が身の周りで起きていたから。
先日、友人の弟のフィアンセが自ら命を絶った。暴漢に乱暴され穢されたと思い深く傷ついた彼女のお腹の中には、愛する人との新しい命が宿っていたのにも知ることがないまま彼女は亡くなったらしい。彼の弟自身も気を病んでしまったらしいと聞いていた。
だから、尚更怖かった。
「祐也」
小さい手を繋ぎ直して、じっと目を合わせて。
「何があったのか教えて欲しい。お願いだから」
「……見られたもんは仕方ないもんな」
繋いだ手を引かれ、2人でソファに腰掛ける。エマは俺の膝に飛び乗ると、黒々とした目で俺を見上げる。
「今からは俺が守るよ、エマ」
毛並みを撫でながら言うと彼女は了承したように自分のベッドに戻っていった。
「ずっと言えてなかった。相談出来る勇気がなくて」
「そ、っか。ごめん。気付けなくて」
「いいよ。それは。……俺」
「うん」
「3ヶ月ぐらい前から……その、ストーカー、されてて」
膝の上で震える、自分よりも小さな手を上から重ねるようにして握った。それは彼らしくなく、酷く冷えきっていた。
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