このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

君には僕じゃない。だから、

今日もメイクルームに彼がやってきた。マスクの下の表情をあまり変えぬまま会釈するのをみて体調が悪いのかも、と予測する。
「体調大丈夫?顔色悪いよ」
率直にそう告げると、奥二重の瞳を二度瞬きさせ軽く息を吐く。
「身体が悪いというか……ちょっと」
先は言いたくないようでなんとなく濁される。自分はそこまで答えを強要することをしようとは思わないので適当に頷きいつも通りセットを解き始め、黒髪に染めてからしばらく経つというのにトレードマークの赤になかなか戻らないさらりとした頭髪を見つめる。
「気分転換に赤に染め直さないんですか?」
マスクを外しながら目を細めて微笑む彼。ヘアメイクを生業としている自分はこの唄歌い兼役者に数年前まで恋人としての役割も兼ねていた。思いも通じ合っていて、もちろん体の関係だってあったが、それらはとうに終わりを告げていた。
『ごめん。別れて欲しい』
そのセリフは、やっと別れられると清々としたものでもなく、したくないけれどこれが自分たちの定めだと悲観するものでもなく、その表情と声色で申し訳ないと思っているのが伝わるようなもので。
『俺はコウのことを本気で愛せてない。大事にしてもらってるのは分かってる、知ってる、感じてる……でも、応えられてない。それをずっと気付かないふりをしてた。ごめんなさい』
だぼっとしたボトムスを握る手に綺麗な筋が入っている。今まで何度それを握りこちらに引き寄せキスをしただろうか。そっと目を閉じて息を吐くと今までの思い出が綺麗なまま再生される、けれど。
『……うん、知ってた。ついに、言われちゃったな』
寂しさもありながらも自分の口元は自然に上がっていた。それを見た彼は潤ませた目をまん丸に見開いて「いつから」と震える声で聞いた。
この子に相応しい相手は俺ではない他の人だということをいつ、というのははっきり分からないがだいぶ前から感じてはいた。ほんわか光る暖かな明かりで周りの人を照らして幸せにする職業にティーンネイジャーになるより前からなり始めて、今でも自分のアイドル像を完璧に貫いている眩しいくらい格好いい恋人に一目惚れして徐々に距離を詰めていき、時間をかけて、自分より少し背が低くふわっと笑う身体をこの腕の中に入れることが出来たけれど……何度頭髪の色を抜いてもいずれ本来の色に生え戻るように、彼の想いもおそらくあるべき方向に戻っていった。俺は自然の摂理に抗い彼が俺の隣にいる時間を少しでも伸ばそうとしたが、それもその時までとなった。向かいから隣に移動しいつもはぷるんとした唇をカサカサにして、それを引き結んでいる彼をそっと引き寄せ抱きしめる。
『たかひさ、愛してる。でもお前は本当は違うんだろうってコトは気付いてた。今まで俺のわがままに付き合ってくれてありがとうね』
『そんなっ……わがままなんて』
『わがままだったよ。たかひさは俺みたいな人じゃなくてもっと……やべ、嫉妬しそう』
震えたかわいい唇が少し噛んだからか赤くなってしまっていた。そこにそっと口付けるけれど、涙で冷えて少ししょっぱかった。この形のいい唇が拗ねると尖らされるのを見るのが大好きでたまに意地悪をしたりしてみたこともあったがそれももうこれまでだ。でも最後に、と抱きしめる。されるがままにされていた彼は控えめに背に手を回してくれた。あんまりお互いの家に相手の荷物を置いているわけではなかったから自分の家にあるものは後日送ってあげればいい、と思いながら自分の荷物を持ち帰る準備をした。予想以上にコンパクトに収まったのに驚いた。
『じゃあね』
俯いて顔が見られないのが悲しかった。頬を撫でてやるとそこはしどどに濡れていたけれど顔を見せてと頼んだらちゃんとこっちを向いてくれた。
『ちゃんとたかひさの本当に好きな人と結ばれてくれよ。挙式とかするんだったら呼んでくれたら嬉しい。……俺はお前の運命の人にはなれないからね』
『コウ、さん』
深い黒色をした瞳が潤むのがとても綺麗で、それを網膜に焼き付けるように見つめた。髪から頬を撫でて涙を拭ってやる。ずるいよ、その顔。離れがたくなってしまうだろう?
『ねえ、これからもたかひさのヘアメイクを担当したいって言っても怒らない?』
『怒らない……それぐらいいくらだってしてよ』
『ありがとう』
頬から手を離してドアノブに手をかけて。
『じゃあ……また、仕事で会おうね、増田さん』
指輪の外された手が握りしめられるのが最後に目の端に写った。

赤から黒に染められた頭髪を櫛を持った手でそっと撫でる。それだけで痛いぐらいに愛しさが高まるがそれを一切彼には感じさせちゃいけない。俺が決めたことだ。それに彼はあの後しばらくして他の人と付き合い始めたらしい。別れを受け入れたあとも彼の些細な変化に気付いてしまう自分が滑稽でならないけれど止めようもないので、一人歩きする恋情を好きにさせることも慣れた。「もうちょっとは黒でいくつもりなんで」と言い穏やかに笑う表情を見れるだけでも幸せだと思わなくてはいけない。
彼の運命の人は誰なんだろう。綺麗な女優さん、幼なじみの可愛い子、もし自分と同じ男ならまさかメンバーとか?小山さんはスタイルが良くて物腰も柔らかく優しい印象だ。前髪に女子並みにこだわりを持っているのがキュートだと思ったことはある。加藤さんは四つ下だとは思えないほど大人びていてかっこいい。疲れてぼーっとしている横顔にもどこか色気を漂わせる姿にグッとくるやつも少なくないだろう。手越さんは天真爛漫でちょっとわがままっぽい感じがするがそこが良さで可愛いところ、と相方である彼がそう言っていた。
「まっすー、いる?」
ノックの音の後入口からひょこりと顔をのぞかせたのはキュートなリーダーさんだ。増田さんの姿を見つけると俺に会釈しながら近付いてくる。セットは終わったからと片付けをする俺から少し離れて二人は話すが、この地獄耳は聞き取りやすい小山さんの言葉をしっかりと拾った。「手越となんかあった?」と気遣わしげな問いかけをぶっきらぼうに否定する彼。
「今日ほんとに元気ないんだよ。いつも以上にお弁当残すしさあ」
「……体調悪いとか?」
「それはまっすーの方じゃないの?」
「いや、俺は全然。俺もよく分かんなくって……何かあったんだろうっていうのは分かるんだけど」
「いつからああいう感じなのよ」
「昨夜。飲みで誰かと話したっぽいけどそれが誰かも教えてくんなくて……あ、電話」
「噂をすれば……!出て出て!!」
「ああ、」
手越くんに何かあったらしいということはわかったが、そろそろ俺はお暇しなければならない。ここに来た目的は整髪料とメイクをオフすることだけだったのでここにいる必要は既にない。久しぶりに早く帰れるな、と二人に声をかけ一緒にいた女性スタッフと部屋を出た。

いつも賑やかなテレビ局の中を歩いて行く。収録はまだあるので帰っていくスタッフもまだあまり見られない。まだ窓から見える町は闇の中ではなく、うっすら太陽が残っている。いつの間にか日が落ちる速度がここまで早くなっていたらしい。夕焼けが闇に呑まれる瞬間が見たいな、とその場で思い立ちエレベーターに入り少し上の階に行ってみる。そこには広めの休憩所があり、この時間帯は人もいないのでちょうど良いだろうと思ったが、そこには先客──先程二人が話していた手越さんがいた。ぽさっとした薄ピンクの頭を壁にもたれかけスマホで通話している。
「……だから、お願い。ちょっと待って…考えさせて。…違うって!そういうんじゃなくて、俺の問題だから、さ」
声はそう大きくなく、少し潜めるようにしてスマホ越しに話している。普通に聞こえる声に反して顔色が悪く、肩でする呼吸も不自然に見えて、小山さんが増田さんに体調のことを聞いた時の答えを思い出した。『俺は全然』というのは、手越さんはそうだということだったのだろうか。
「ほんとに、そうじゃねえって…好きに決まってんじゃん。そこは疑わないでって。……ねえ、あなたは俺のこと……」
相手の言葉を聞いているであろう一拍分の沈黙。その間の彼の表情から目を逸らせなかった。
「……うん、うん。ありがと。ごめん。……うん……俺も、俺も好きだよ…タカ」
泣きそうな顔で微笑む綺麗な横顔。さっき彼は誰の名を呼んだか。
タカ………たか………貴………。
本当に彼が恋人かは分からないけれど、電話のタイミングからしても間違いないだろう。控えめに咳き込んでいるのを見て、波音を立てる心を鎮めようと暖かい茶をサーバーで汲み、一杯飲み干すともう一度茶をいれてもうひとつの紙コップにも汲んで休憩室に足を運んだ。彼はまだそこのソファーに小さくなって座り込んでいる。自分が目の前に座ったと気付くのにも時間を要したのには流石に心配になった。
「あ、増田さんのヘアメイクの……」
「そうです、高明っていいます。お身体悪そうなんでお茶でもと思って」
「わぁ、わざわざすいません」
長めの袖口、萌え袖状態の両手でコップを持つのはあまりにあざといが無意識らしいことに静かに戦慄するが、ふるりと身体を震わせているのを見て大丈夫ではないことを確信した。これは早く帰らせた方がいい。
「何かあったんですか?」
「いえ、」
「体調悪そうですけど」
誤魔化すように小さく笑いながら目を逸らす。
「元々悪かったんですけど、色々考えてたら酷くなってきちゃって」
「俺、これでもあの増田貴久のヘアメイクずっとやってるんで、割かし口は固いですよ。何かあったのなら話してみてください」
大きな瞳が俺を覗き込むと奥の方まで透視されるような錯覚に陥る。それに引かずに目を合わせ続け数秒後、小さな頭を俯かせた。
「……恋人、とのことなんですけど」
泣きごとみたいでカッコ悪いんですけどね、そう憂うようにして目を伏せぽつぽつ話し出す。
「全然合わなくて、俺、あの人の……前の人のこと考えちゃって。タイプが全然ちがくって」
「そういうのは気にしないが一番ですよ」
薄い肩が上下する。
「外野から言わせてもらうと、お二人はお似合いですよ。でこぼこ過ぎて逆にかっちりハマってる」
「でも、もっと他に、俺よりもっとあの人のことを理解して受け止められた人はいるはずだって思ってて。……そんな人が現れて取られたらって思うと怖くて」
こっちは君に恋人を取られたようなものなんだけどなと、お門違いと分かってはいたが頭の奥がカッと熱くなって隣の可愛らしく整った顔立ちの男が憎らしくなり、小さな顎を掴んで上向かせる。
「え、…何か?」
だがその顔を見てしまったらその怒りがすぐに溶け消えてしまった。
────この子には適わない。
マスクの下には、押し込め渦巻いた焦燥を必死に堪えていたことで真っ赤になった鼻の頭と頬は、涙を何度も拭ったせいで荒れかけている肌があって。大きな瞳は充血していて、涙声など一切聞いていなかった自分が驚いてしまったのに気付き慌ててまた下を向く。大好きな人を失う恐怖を彼のヘアメイク、加えて元恋人(彼は知らないだろうが)である自分に吐露しているうちに泣けてきてしまったことを必死に隠そうとした彼は、こちらが不用意に触ればいとも簡単に砕け散りそうに儚く、そして強く庇護欲を掻き立てられる。彼の前に立ち、わざわざ一度も使っていない清潔なハンカチを頬に軽く当てた。
「大好きなんだね」
「……まあ、そうですね」
火照った耳は、熱のせいか照れのせいか。
「真っ赤ですよ。手越さん、今日他に撮影は……」
「ないです。あ、もう俺帰りますね」
バックパックを掴んで足早に去ろうとした彼の前に回り込む。
「……君の恋人って、増田さんだよね」
その名を口にすれば、なんでと薄い唇が動く。そりゃあ分かるよ。恋情を捨てきれていない別れた人の新しい恋人が誰かってことぐらい。
「彼、まだ探してるよ」
踏み出そうとせず立ち尽くす彼の腕を有無を言わさず引く。細っこいそれはあの子と全然違う。もちろん俺とも。
「何かあったんですか?」
「……聞いたんです」
「何を?」
「その…あの人の昔の恋人のこと」
ぎょっとして背中に冷や汗が伝った。これはやはり自分が首を突っ込んではいけない案件だったのか、いくら親切心とはいえど。
「誰か、とかは聞かなかったんですけど……」
彼にバレないように息を吐く。それは正直ホットした。
「すごい、いいひとだったって聞いて。なんでも受け入れてくれる大人な人だって。俺は昔からずっとあの人のことが好きだけど……お互い頑固なまま今までやってきて、わざわざ変えることなんてできないし、そんな風にはもっと出来ない。それでちょっと動揺しちゃって、時間を頂戴って言ったらすごく心配されてしまって」
「……手越さん」
きょとんと見上げる顔はすごく綺麗で可愛くて、こんな顔で見つめられたらどんな奴だってイチコロだなと思いながら小さめの手からマスクをとって赤らんだ顔に着けてやる。『大好きなんだね』と言った時の真っ赤な顔ををもいだした。
うさぎのような目は不思議そうに俺を見上げている。
「あの子を幸せにしてあげてよ」
「あの子?」
「増田さんのこと」
やはり熱があるのか熱い身体をそっと抱きしめてみる。肩幅は狭いようには見えないのに、俺の知っているあの子よりも一回り小さい身体。これが彼の腕の中にはピッタリ収まるのを想像してまた勝手に嫉妬した。
「たかあきさん?」
「……コウ」
「え?」
「名前を音読みして、コウって呼ばれてたんです。数年前まで、あなたの恋人から」
彼の体が完全に硬直し、恐る恐るこちらを見上げられる。
「あなたが……」
「うん」
体を離し、肩を支えてエレベーターに向かい扉が閉まったところでまた彼の大きな瞳を見つめ返した。
「彼には、俺じゃなかった」
そう言えば綺麗な眉が寄せられる。そんな顔をさせたいわけではなかったけれど、それでも彼に聞いて欲しかった。
「分かっていて、俺は彼と付き合ってた。でも……運命っていうのは自然に引き合っていってしまうものだから」
「運命なんて……」
否定しようとする言葉に首を振る。
「俺からはそう見えるんだ。君がその人って、気付いたら何となく、曖昧な表現になるんだけど、ストンと胸に落ちた。誰が君に俺を褒めるような事言ったか知らないけど、気にしないでね」
子気味いい音がしてエレベーターが止まり、ドアが開く。立つのにもふらつき出す彼をベンチに座らせて腕にかけていたスカーフをそっと震える肩にかけた。それはかつてプレゼント用に用意したけれど渡す機会を失ってしまったもの。これで少し未練が薄れる気がした。
自分は今月中に海外に遅めの留学をしに行くことになっていて、胸に燻ったままのこの思いにどう落とし前をつけようか迷ったままだったからこれをいい機会にしてケジメをつけよう。
「あの!」
背後から高い声に呼び止められる。この階の人間は大きな番組の収録のため出払っているから止めずに背を向けたまま立ち止まる。
「このスカーフ、あの人にあげようとしたやつなんじゃないですか?」
「どうして?」
「これ、数年前まであの人がよく着てたとこのものな気がして」
痛いところを突いてくれるな。その通り、それはクリスマスの贈り物のために一月以上先走って購入したものだった。出国前、最後に彼の仕事に参加できる日だったからなんとなくつけてきて、その恋人に授けた。悪い気分にさせて申し訳なくなる。
「……気付いたんなら、捨てといて構わない」
「そんなことしません。その、…ありがとうございます」
少し間を置いてから聞こえた彼の声は少し複雑そうな色を帯びていた。軽く手を振り、俺はそのビルを後にした。




✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼




駆け回ったビルの人気のない階の休憩室。俺一人では絶対辿り着けなかったが、小山が古参のスタッフさんに心当たりのある場所を聞き出してくれた情報のうちの一つであったその場所に手越はいた。
「おい、手越」
放心していて俺が来たことに気付かなかったようだ。肩を軽く叩くと潤んだ瞳と目が合って、布越しに伝う熱にぎょっとした。
「お前、熱……!」
「いや……」
「マジで…ああもう、帰るよ」
肩にかけてあるスカーフをきっちり首に巻き付けると「あ」と言って驚いたが、手を引けば大人しくついてきた。
助手席に乗せ、トランクから季節の変わり目だからと用意していたブランケットを持ってきて肩からかける。ヘドバン並にかくかく首を動かして眠らないようにするのを横目で見ながらも自宅に着き、軽く起こして支えながら部屋に向かう時も夢うつつという感じだった。
「てごし、着替えるよ」
「んぅ……」
真っ赤な顔からマスクを取り、首から口元を覆うスカーフに手をかける。でもそれは彼らしい色をしていなくて意外に思い、手触りのいいそれを手に取った。
懐かしい匂いがした。小山と違う兄のような優しさと手越ともまた違う愛情で包んでくれていたあの人を思い出す香り。小山と同じか少し高いぐらいの身長の彼に抱きしめられるのが好きだった。でも自分は傲慢で、時が過ぎるにつれていつも傍らで華やかな顔をくしゃりとさせる相方に激しく惹かれていく己を無視できなくなっていって……笑って、全て分かっていたかのように別れを受け入れた彼は何処までも大人だった。
このスカーフは俺が彼に憧れてよく通っていたブランドのもの。でも当時の自分には少し大人っぽすぎて浮かないようにアレンジするのが大変だったな。手にあるそれはマリーゴールドが主な色なのに程よく白とピンクベージュが差し色の役を担っているからバランスも季節感も綺麗に納まっている。ちょうど色が抜けてきた薄桃の髪にぴったりだ。綺麗に畳んでローテーブルに置き、いつものスウェットに着替えさせベッドに運んでからやっと風呂場に向かう。
汗をかいた身体は拭いたし、冷えピタも貼った。さて薬はどうしようかと思った時、薄い瞼がゆっくり開く。
「ごめん、起こした」
「……んーん、大丈夫。それって薬?」
「そう。あ、飲める?」
しばらく俺の手元を見つめたと思ったら、鯉みたいに口を閉じたり開いたりしてみせる。綺麗に並んだ白い歯を見つめながら彼の言わんとしていることを察して、自分の口に水を含み薬を小さな口に流し込む。口角から溢れた水を吸い取ってやると照れながら嬉しそうに笑った。
「タカ、ごめん。変な態度とって」
気にしていないよと髪をすきながら伝えると、首裏に回された手に引き寄せられ額がくっつくほどに顔と顔が近くなるが、自分でやっておいて照れたのか肩口に額を埋めてきた。柔らかな髪がくすぐったい。
「あなたのさ、昔の相手の人の噂聞いて、全然俺と違うことに勝手に落ち込んでた。……俺らしくもない」
「……そりゃあ全然違うよ」
顔を離し、いつもより二重幅の広い目を見つめる。
「まず歳も身長も違うし。てごしは無意識なわがまま多いし、デフォの仕草がまずあざといし、服のセンスも……」
「おい」
「ふふふ…でもそこがいいんだって」
ぎゅっと熱い体を抱き込みベッドに並んで寝転がる。
「……好きだよ、全部。さっきみたいに照れた時の笑った顔も拗ねた時アヒル口になるとこも顔くっしゃくしゃにして泣くとこも。たまにそういうとこ見たくて意地悪してるけどごめんね」
長いまつ毛も抜けた髪の色も暖かな体温も薄い色の髪の匂いも、カメラの前のハートが舞うような笑顔もふんわりとした表情も。
「あと、笑った時目が大きめの涙袋に隠れちゃうのもかわいい」
「……」
「あとさ、酔い回るの早いのに照れてんの誤魔化そうとするとガンガン飲んじゃって、そこで焦らした時になんで触ってくんないのって拗ねたのも可愛かった」
「嫌なとこもあるだろ?」
「まあね。でも正直そこも好きになってきたから俺の負けだし……ていうかてごしもそうでしょ」
「えへへ、うん。こだわり強すぎるとこあってたまに面倒だけど、そういうとこも……ん、」
聞き終わる前に少し腫れた唇に口付けた。
「ねえ、もう一回キスしていい?」
「移るよ」
「今更」
昔は『キス』なんて言葉、こんなスムーズに言うことさえできなかった。気恥ずかしくて誤魔化したりなんかもしてからかわれたこともあった。彼に背中を押された先で、ちゃんと手越の恋人として今こうして一緒にいられることが嬉しい。堪らないくらい幸せだ。
あの人みたいに優しく暖かい心で、俺なりにこの恋人を愛していけたらいい。
それが出来なきゃ、俺は何にも自信が持てないから。


穏やかに眠る彼の額、冷えピタ越しにそっと口付けた。



1/1ページ
    スキ