おかえり、透
━━━手、貸して
自分を支えてくれた腕と手は頼もしくて。
抱き締めてくれる身体は芯まで熱が通るほど温かかった。
━━━━━━━━━━━━━━━
「……ひかりさん」
「いますね、何か」
偶然とはすごいものだ。
仕事からの帰り道、件の室長さんとばったり会った。休憩時間に差し入れを買おうと思ったがちょっと迷いかけてしまったらしい。
案内しますとたわいも無い話をして歩いていた時だった。後ろから気配がして嫌な予感がすることに気付いたのはそこのコンビニの角を曲がった時だ。
でも、逃れようとした時はもう遅かった。変なスプレーを嗅がされたあげく追い打ちというようにハンカチを口に当てられる。何回も蹴ったりして抵抗はしたのだが、それをかがされた途端一気に身体の力が抜けた。
「手越さん!手越さん!!」
ひかりさんの声を最後に、俺は意識を手放した。
そして、気付けば二人でどこかのアパートの一室に手錠をかけられて監禁されていた。彼女は必死に二人で逃げる方法に頭を巡らせているけれど、俺の中で作戦はすでに決められていた。
手首をこちらに伸ばししてもらい、三秒もせずに針金で手錠を解く。驚いた彼女に俺はこう言った。
「俺、元々脚悪いし、なんか弛緩剤みたいなの打たれたみたいで動けないんです。だから、窓から逃げて携帯使って助けを呼んでください」
彼女の携帯は既に瀕死。辛うじてGPSは機能するので俺はそれを受け取り、代わりに自分のを差し出した。
「暗証番号は1061。さあ、早く行って!!」
束の間葛藤を見せた彼女だが、早口に説得を続けると唇を噛み締めながらなんとか行ってくれた。その約三十秒後、俺たちを連れ去った拉致犯数名が監禁されていた部屋に戻ってきた。ひかりがいなくなっていると見るとまず腹を蹴られ為す術なく蹲る。
「逃がしやがって……」
「別にいいだろ。こいつが責任取ってくれるだろうし」
責任ってなんだ、嫌な予感がした直後、俵のように担ぎあげられ居間のソファーに乱暴に落とされ、受け身が上手くいかずに左膝に痛みが走った。顎を掴まれ無遠慮に顔をジロジロ見られる。
「きれーなツラしてやがる」
「アンタにそう言われたってなんも嬉しかねーよ。……ぅぐッ」
つい煽るようなことを言ってしまうがもう遅い。殴られると雑に下肢の衣服を剥ぎ取られ、なにも慣らしていないそこにいきなり三本の指が突き立てられ痛みに呻く。そして何を血迷ったかほぼ解れていないそこに男のモノが押し当てられた。
「ちょ、待て……!!」
「は、おい見ろよ。締りが良さそうだ」
「やめ……ッ〜〜!!」
最悪な感覚が秘孔に走り現実を否定しようと目を瞑る。無理やり出し入れされる長細いものから快感など微塵も感じないが、不本意に声が盛れるのを堪えきれなかった。
「ひ、や、やめ……」
誰の性癖だか知らないが首に巻かれた奴隷の印のような革小物に、自分のプライドを捻り潰された気分だった。似合うなんて、仮にこれをされたとしたっていい気分にさせてくれるのはこの世にただ一人だってのに。
「ぅあ、あ゙ッ、…やめ、はなっせ……ヒッぐ、」
「おいおい、予想以上にいいな、コイツ」
「可愛い顔してるし、経験済みなんじゃねーの」
「ハハッ、あるかもな……どうだ、兄ちゃん。感じてるみてーだけど」
「誰がッ……あ、あぁあッ、ぐ、……んぁ…」
方々から、やっぱり気持ち良さげじゃねぇかと興奮交じりの嘲りが飛んでくる。こいつで三人目だったか。吐き気がして動きを止めたら首にきつく巻かれた首輪のチェーンが引っ張られ息が詰まり、首の皮膚も擦れて痛みが生じる。調子に乗ったのか、自分の急所を俺の頬に擦り付けてくる最初に俺に跨った馬鹿がほら、しゃぶれなんて言ってくる。 仕方がないというふうにそこに口を付けると思い切り頭を掴まれいきなり喉奥までそれが当たって、勝手に動かされる。
「どうしたよ、ほら、弱ったウサギみたいに怯えた声を聞かせてくれよ」
聞かせるかよ。力が抜けて声が漏れるようにしたら勝手に盛り上がるろくに理性がない奴らが詰まった空間。早いものであっという間で果て、力が緩んだ時、頭上でカチャリと金属音が鳴った。
━━━やられっぱなしでたまるかよ。
「……お前がな」
「あ?今何言っ……」
従順を演じていた身体に力を入れ、許容範囲内の力で歯を肉棒に突き立てた。
響き渡る絶叫、そして物音。
先程まで陽気に腰を振っていた男が腹を抱えて倒れる。俺は口に残った精液と僅かな血を吐き出し、隠し持っていた針金で解いた手錠から片腕を抜いた。
「気持ちわりぃ……」
下肢に伝う生暖かい白濁が不快だ。かと言って手で拭うのも嫌なのでその辺に放られていた誰かの上着でさっさと拭き取って、股間を押さえて泡を吹いている男の上に投げ捨てる。噛み切ってないだけマシだと思えと吐き捨てれば他の男共が一瞬怯えたように後ずさった。けれど、軽く引き摺っている俺の左足を見て嬉々と襲いかかった。殴りかかってくる拳を躱すと真後ろにいた男に偶然当たり、男が驚いた隙をついて思い切り肘鉄を食らわす。だが、気配に気付かず後ろへ引き倒された。何とか頭は守ったが腹を踏みにじられ脇腹を蹴られたので右足で向こう脛蹴って口を塞いでいた手にギリ、と音が鳴るまで噛み付いた。
ここにいる人数はそう多くない。殺さずとも動けなくさせることは簡単だが、ついに左足に激痛が走って崩れ落ちた。後ろから降ってきた何かをなんとか躱すがそこで強烈な吐き気が襲ってきて蹲ってしまう。朝はスムージーしか飲んでいないから出てくるのは胃液と不潔な白濁だけ。後ろで何かが振り下ろされるのを横に転がって避けると地面に当たった凶器、鉄パイプの正円だった断面が半円になるまで歪んだ。当たっていたら即死だったろうな、逆に笑えてきてしまう。
「ッハ、ネズミ一匹にそこまでする?」
「させたのは誰だ?」
「ぅぐ、ッゲホ……」
後ずさろうとしても後ろにあるのは壁だった。逃げる先はなく、もう諦めるかと目をつむった、とき。
「動くなァ!!」
耳鳴りするかというぐらいの怒声が響いて、暖かくて逞しいからだが自分を包み込んだ。ゆうや、と声がかけられて答えようとしたらまたえずいて地面に這いつくばる。ガクガク震える腕を見た彼に身体を支えながら、数分に渡っても胃液ぐらいしか吐き出せないまま収まるまで、というより力尽きるまでその状態が続いた。それが終わったと思ったら、不快な水音を立てて秘孔から白濁が溢れ出して息を飲む。透に見られたくなくて体の向きを変えようとしたらもうほとんど力が入らないのに気づいた。
「ゆう、ちょっとごめんね」
いつもの彼の優しい手付きでそこが広げられて、ナカのものがドクドク出ていく。綺麗な彼を汚しているようで苦しくなった。手早くタオルで拭かれてズボンを戻されると、そっと胸の方に引き寄せられた。抱き上げられそうになるのを制して彼に言う。
「……手、貸して」
「うん」
立てるのか、という疑問はあったろうに透は素直に手を差し出してくれた。本当はこの傷だらけな身体ではろくに立てないとわかっていたようですぐに腰に手が添えられる。肩を貸したり担ぎあげた方が早いだろうに、彼は俺のなけなしのプライドを守ってくれているようで。
「手越さん!!」
「……ひかりさん。怪我は?」
「全然……私はなにも」
「はは、よかった」
「そんなこと、手越さんがあの時逃がしてくださったからです!すぐに救急車出すので、石川君も一緒に」
「え、俺は……」
「兄貴から、今日はもう上がっていいって。付き添ってやりなさいと仰ってましたよ」
「……ありがとうございます」
瞼が重い。視界が霞む。
二人がやり取りをしているとどんどん瞼が重たくなっていって、頭を彼の肩に預けてからはぱたりと記憶が途切れていた。それでも、愛しい温もりが自分を隅から隅まで穢れた体を浄化するほどに強くに抱きしめてくれた感覚だけは、覚えていた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
連れて帰ってきて三時間後。薬を飲まそうかと寝室に入ると、布団が僅かに動いた。
「起きた?」
「……うん。病院じゃないんだな」
「覚えてないかもだけど、ここがいいってお前が言ったんだよ」
「うっわ、恥ずいわ」
薄く笑って手越は言った。細い体のあちこちに出来た傷跡、綺麗な顔にできた痣に貼られた湿布が痛々しい。
ひかりのスマホのGPSを頼りに向かった廃墟に入った当初は彼にしか目が向かなかったが、その奥に広がっていたのは急所を的確に突かれた男達の昏倒した姿で、正直手負いの彼がしたとは一見見えなかった。びっくりしたと伝えたら片眉を上げて、
「あれ、正当防衛に入るかな」
ととぼける。
「かなり微妙なラインだけど、あんなことされたんだ。精神状態も考えて、大丈夫だと思う」
「そっか」
そう答える彼の瞳は虚ろげで、受け答えも覇気がない。お茶持ってくる、と言って台所へ向かおうとすると尚更細くなり華奢と呼べるまでになった手がシャツの裾を掴んだ。
「ごめん、背中貸して?」
ちょっと弱々しくなった声に従ってベッドに腰を下ろすと、ゆっくり起き上がった彼がそこにもたれかかった。腹に回された手の指に自分のを絡めて握り合うと背に感じる重みが増した。
「とおる」
「なに?」
「呼んでみただけ」
「そっか」
ちょっと間が空いて、小さく息を吐く音がして。そうしたら身体がベッドに横たわった衝撃でポスンと軽い音が聞こえた。
振り返り見れば遠い目をした彼がゆっくりと俺に視線を合わせる。色を取り戻さぬままの青白い頬を撫でたらその手を掴まれ、薄い胸板の上に導かれて呼吸による上下の動きを感じる。何がしたいのかな、と静脈の透ける瞼を見つめていたら。
「悔しい」
布地を引っ掻きながら言った。
「こんなんでも、前はもっと腕っ節強かったんだよ」
「そんなこと分かるよ。なかなかいないって、一人で五、六人昏倒させられる人なんてさ。……でもね、祐也」
握られていた手首をそっと解いてぎゅっと握り返す。
「怪我してたら勿論だけど、無傷だったとしても心配なのに変わりないから」
ベッドについていたもう片方の手を握られる。それを握り返そうとする前に、引き寄せようと腕を引かれた。
「どうした?」
「……て。来て」
「ん?」
ちょっと屈んで顔を近付ける。
「来て、透」
痛めていない右足で布団が蹴りあげられ、シェードランプの淡い光で細い体躯が照らされた。来て、の意味を分からないほど鈍くはないけれど、傷だらけの彼を組み敷くことには気が進まない。でもそれ以上に、珍しく縋るような目を向けてくる恋人を放っておくことなど出来なかった。
「……あ、んッ…ふぁ、」
「くッ……ん、気持ちい?痛くない?」
「いい、きもちい…ん、あんッ」
若干赤みがかっていた蕾を慎重に慣らしてから対面で迎え入れ、彼の脚に負担がかからぬように俺から上下に揺らす。しがみついてくるのも高くあがる可愛い声も、頻繁に名前を呼んでくれるのも全て愛しい。
「ゆう、好きだよ」
「ばか、…んッ、おれ、の方、が……ッッ!!やっああぁッ!!」
「く、は……ッ!!」
もう二回果てた上気し赤みを帯びる身体を一旦開放して、こちらに寄りかからせ息を整えている間にスキンを外して口を縛りゴミ箱に入れる。もう寝させた方がいいなって思い抱きあげようとしたら、ぎゅうっと首に手が回りいやいやをされてまた膝の上に乗せた。すれば、
「透、」
「……って、おい!バカ、」
俺のよりも少し小さな手が躊躇いなく俺の陰茎を掴んで擦り始め、驚いて跳ね上げた肩を支えにすぐさま硬さを取り戻した俺のを緩んだそこにあてがった。
「可愛がってよ。俺の事、直接」
「祐也、落ち着けって……ふ、く…ッ」
「ぅ、あ…ひぁ、…」
こうなったらとにかく気持ちよくしてあげなくては彼がキツいだけだと思い細腰に手を回した。ボロボロ泣きながら、でも口角は上げたまま、彼は自ら腰を振ろうとする。ナマはダメだって、と慌てる俺の言葉も聞いてくれない。
「お願いだから、透ので中まで綺麗にしてよ!」
「ゆ、う……」
「ふ、ぅくッ…ん、あ」
色の白い肌にあちこち付けられた傷を視線で追う。真新しいそれらを包むガーゼや湿布を目に入れるのも辛かった。
「……祐也」
鎖骨の付近に残るピンク色の刺傷の痕跡に口付けてから、ゆっくり律動を再開した。無意識に指を噛む癖を止めさせ、代わりに口付けを深める。
「う、ふ……ぉる、とおる……」
「ん、大好きだよ。ゆう」
「ふゃ…ぅ、ぁあああ!やん、と、るぅ…あ、う」
「気持ちいね」
「あ、透、気持ちい、よ……んぁ、う、ぁん、あっ」
汗で張り付いた前髪をそっと除けてやると快感に喘ぎながらもふんわりと微笑む。堪らず、またぎゅっと抱きしめた。
「ん、やん、ダメ、そこ……」
「ここ?」
「ぅ、あぁあああッ!!!」
薄い腹がヒクヒク震えて、かなり強く締め付けられる。堪えきれず中に出したら、それを感じた彼が自分の腹をそっと撫でた。
息があらかた落ち着くと、控えめに笑った彼が口を開く。
「とおる、……ここ、痕つけて」
「首?」
「そう。何個でもいいから」
どーせしばらく家出れないし、と言って首輪の擦傷を指でなぞった。むしろ付けたいぐらいに思っていた嫉妬心にも従い、骨っぽい肩を抱き寄せて乳突筋を唇で辿ってから赤く擦れた傷跡に吸い付く。鏡で見せたら、「ありがと」と礼を言われた。その表情からは先程より憑き物が落ちたように見えた。
「透、起きて」
「んー……」
「朝だよ。ほら早……って、うわっ」
居間から美味しそうな朝食の香りが漂っている。寝起きがよくテキパキ家事もこなしてくれる働き者恋人の手を引き、寝転がる自分の隣に引き込んだ。
「もう、なんだよ突然」
抵抗をやめると大人しく腕の中に納まってくれた。無意識に彼の頬に手を滑らすと昨日貼っていた湿布がないことに気づく。聞いたら寝てる間に剥がれたとの事で、遠慮するのを引き留めてガーゼから何からを使って手当をし直した。色の薄い瞳は俺の手先をじっと見ている。
「上手いね、手当すんの」
「まあ、慣れてるから。祐也、ちょっといい?」
はてなを浮かべる彼に両腕を広げ言う。
「ギューってしていい?」
「……へ?」
「駄目?」
「いや、いいけど」
寝っ転がったままの彼を膝の上で横抱きするようにさせてかいなの中に閉じ込め抱きしめた。小さな頭が肩口に収まって、密着しているおかげで薄い胸の上下を感じ取れる。
「本当にどうしたの?遅れるよ」
「早めに起こしてくれたじゃん。しかも今日午後からで大丈夫だって」
「なら、いいけど。だったらしばらく、このまま」
「うん。……祐也、」
「なに?」
「すきだよ」
衣服を掴む力が強くなる。
回されていただけの腕に縋るような力が込められていく。
ピンと張った繊維がじわじわと解されていくように、表面張力が壊れ溢れる水のように堪えられていた彼の涙腺が決壊した。嗚咽が狭い部屋に響く。
無理しなくたっていいのに。そういうとこでも高いプライドを発揮しなくたっていいんだよと言っても聞かないだろうけど、必死に泣き声を出さないように堪えてしまうとこもどうしたって愛しく思える。
「ゆうは綺麗だよ。誰にもそれは汚せないから、安心して俺に愛されて?こんな可愛い恋人を手放そうなんて、嫌いになろうなんて思うわけないから」
「……ふふ。もう、いっつも鈍いのになんでこういう時は俺が欲しい言葉くれんだよ」
「だって……」
「だって?」
「好きだから」
大きな目を優しく細めて綺麗に笑う。澄んだ涙が伝ったのを手で拭う。既に目元は赤くなってしまっていた。
「十二時前までここにいられるなら、それまでこのまんまでいてよ」
「朝食、冷めちゃうよ?」
「またあっためればいいからいいの!」
ここ最近ずっと忙しくしていたので久しぶりのゆっくりな朝だった。じんわりとお互いの体温が伝わり合う。
出勤までの数時間、そのまま二人でじっとしていた。
「気をつけてね」
「うん。祐也も無理しないで、ね」
からかうように首に咲かせた痕をちょんと指差すと、ちょっと顔を赤くして「ばか」と言いながら笑った。そして自らの左肩を指さしてくるので、なんかあったかとTシャツの襟を広げて覗き込むと、結構大きめの痕が残されていた。ハッと顔をあげればこれでもかってくらいのしたり顔。
「それをどっかの凶悪犯に上書きされない様に気をつけて!約束!」
そう言う笑顔に、自然と元気が湧いてくる。
「了解」
なんだか嬉しくなって思い切り抱きついた。
「うお、……ふふっ、透って子供体温だよな~ほんと。癒される」
「ハグって長ければ長いほどリラックス出来て心体両方の健康にいいんだってさ」
「なるほどなるほど。じゃああと三十秒でお願いします」
「追加十秒で」
「遅刻するよ~」
子供みたいに笑う恋人に軽くバードキスをして、一旦体を離した。
「大丈夫。いつもより余裕あるから」
「そう?あ、ほんとだ」
じゃあ、と目の前に手を広げられる。
「もうちょっとお願い」
お言葉に甘えて、追加二十秒。
惜しみながらも、外の暑さに身を投じてスイッチを切りかえた。
その日の昼休憩で暑さを逃がそうと服をパタパタしている時、運悪く兄貴にキスマークを目撃されニヤつかれるのはまた別の話。