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おかえり、透








これはヤバいかもしれない。

頭は朦朧としているのに指先は冷えきって逆に意識を引き戻してくる

助けたあの少女は逃げきれただろうか

腰を中心にした痛みが広がる身体に鞭を打って逃げこんだ部屋の隅で愛しい声を聞いた時、左膝に無慈悲な蹴りが飛んでくる

床を滑っていった端末に伸ばした手は、彼らに届いただろうか











tr × tg 「ボイス」パロ












今日は特段大変な事件があるわけでもなく、以前の事後処理を終わらせるので終わった。定時を一時間ちょっと過ぎたあたりで兄貴が「今日は早めに帰れるな」と言ったのでそれに同調しながら上着を腕にかけた時、デスクに伏せてあった端末が震えた。
「え、電話……?」
そこには九割九分同居人となっている男の苗字が浮かんでいて、断りを入れそれに出る。彼が俺に電話する、まして勤務時間かもしれない時にかけてくるなんて初めてだったから正直驚いた。すぐにスワイプして声をかけるが、金属やコンクリがぶつかるような物音ばかりで全く返事がなくて胸あたりにもやがかかった。
「もしもしー?手越?」
微かな衣擦れの音、控えめに咳き込む声。彼の愛用するサッカーウェアと風邪気味の時に聞いた時のかすれ声とそれらは酷似していた。
「手越?おい、なんかあるなら言って、手越?」
上司が怪訝な表情でこちらを伺う。
「おい……」
『透、俺、ヤバいかも』
「は?何、今、どっかに試合に行ってるんだったよな」
たしか今日はコーチをしているサッカークラブのトーナメント戦の練習試合の付き添いにどこかへ行っているはずだったが……
『そう。だけど生徒の妹、七歳なんだけど、その子が自販機行ったっきり帰ってきてないって言って俺も探しに行ってたら危なくなってるとこ見つけて』
必死に逃げいたのか言葉言葉の間にいちいち息継ぎしているのがわかる。
『……助けられたはいいんだけど、帰りに邪魔されたのを怒ったらしい加害者が追っかけてきててヤバかったのを一旦逃げたら迷い込んじゃってて、そんで今必死に逃げて、……やばっ』
「手越!?」
「透、どうした?」
「友人が変質者に追いかけられているみたいで、110押したくても携帯を落としたせいで画面が一部壊れてかけられず、履歴から俺にかけてきてて……すみません、繋ぎに行きます!!」
「ああ、もたついてないで早く!」
わざわざかけるよりもそっちの方が早い。気は進まないなんて感じる余裕もなくECUに駆け込んだ。




俺が血相を変えてやってきたことに驚いたひかりだが、すぐさま事情を把握し司令室にその電話を繋いだ。流石、としか言い様がないが、さっきも言った通り正直感心している余裕はない。
「近い時間に高坂ななって子が姿を消して、その子が危なくなっていたところを発見し加害者の男を警官に預け持ち場に戻っている途中で、どういう訳かその男がまた襲おうと追いかけてきたそうで……」
「分かりました」
一を聞けば十、一欠片の情報を言えばすぐにその情報をスタジアムのエリア全体に広げられる彼女に感謝した。インカムを耳に運転する車の中で、最後の方に聞こえた手越の声が頭をよぎる。

━━正直、走るの既にきついかも。

数年前に事故で片足を壊したらしい彼は、今でも定期的に病院通いをしていてこの前手術したばかりだった。デフォルトの運動神経がいいからかパッと見では分からないが、調子が悪いと痛むと言っていた。昨日も、明日に備えて早く寝ると言っていたし。
……怖い。
不安定で脆くなりやすい自分にとって、いつの間にか彼は安定剤のような立ち位置にいたんだ。兄貴は動揺を滲ませる自分を見て眉間の皺を更に深くしていた。
「近しい人間だからっつって事件から離れろとは俺は言わない。ただ、落ち着け」
「……はい」
胸元に感じるお守りのネックレスの冷たさを感じながら祈るような思いでいた。持ちこたえてくれ、そう願いながら、インカムの声に耳を傾けた。

現場に着くと直ちに位置情報を元にして練習場の裏側の方へ向かった。結構大きい場所で、その分大道具的なものも大量にあり進むにも一苦労で思い通りに行かず舌打ちがこぼれそうになりながら塀を飛び越えた時、左前から甲高い叫び声が聞こえた。水路か何かの大きめの溝の中に、暗がりによく映える黄色とピンクの蛍光色が動いていた。鉄製の格子を引っこ抜きそれを引っ張りあげると解けかけのツインテールに泣きっ面の少女がで。
「高坂ななちゃんだね?」
大きく頷くと、彼女は目の前の十字路の左側を指して言った。
「手越くん、あっちでななにここを通って逃げろって言ったの!なんか、お椅子がいっぱいあるお勉強の部屋みたいなとこに逃げてた!…お兄ちゃん!!手越くん助けて!!」
「ありがとう、今助けに行くから……この子を頼む」
同行していた刑事に彼女を託し先に行った上司を追いかける。少女の言う通り、左折するとズラリ並ぶ会議室。沢山ありすぎてどれがどれだか分からない。
『エリアはその辺りで間違いないですが、マル害、危険な状態にいる模様です。おそらく今……』
「……ッ!!」
聞こえてきた情報に脳内の血管が数本切れたようだ。早く、早くと必死に頭をめぐらせるが、進めど進めど彼の姿はない。電話がかかってから何分すぎた?汗が滲んで来た道を戻ろうとした時、インカムにひかりの声が響いた。
『近くに……その辺に、用水路はありませんか?水が通っているものです!』
「ここには枯れてるものしか無いみてえだが……」
兄貴が目を光らせながら廊下の先から手前を見渡す。
また水か、と思った時、一昨日の夜の彼との会話を思い出した。ここの練習場は古いは敷地は広い。今度建物のエリアを更地にし、サッカーコートを広げる予定で……その理由は大雨の日にかつて用水路だったところに雨水が入り込んで溜まってしまい水が腐って不衛生だからで、たしかその場所は……
いきなり走り出した俺を察した兄貴もついてくる。地震のせいでで割れたコンクリの地割れやらを通り抜け、一際広い会議室の入口には少女が持つようなポシェットが落ちていた。その十センチ先には血痕も一緒に。迷いなく乗り込んで銃を構える。不満げに顔を歪めた男がナイフをその薄い腹に突き立てようと腕を振り上げたところで兄貴が奴の片腕を軽く撃ち抜き、それを避けようと姿勢を低くしながら手越の元に走った。腕を抑えながらも片腕で襲いかかる男。間に合ってくれ、そう思い手を伸ばした時、予想外にも手越の握り拳が男の顔面にクリーンヒットした。勢いに乗って鳩尾にもアタック。そんな力が残っていたとは。後ろに倒れ込んだ男を兄貴はキャッチしそのまま手錠をかける。力尽きたように崩れる手越を抱きとめ、血の滲むその口元を拭った。
「とお、る……?」
「ごめんね、遅くなった」
傷だらけの姿に謝れば、そんなことねーよと返ってくるけれど彼は確かに衰弱している。喉の奥が切れたかのような聞くに耐えない喘鳴にあちこちに残る殴打痕。崩された服装。せっかくほぼ完治かと思われた足も動かしにくくなっているようで、振り出しに戻るとは言わないがまた治りが遅くなってしまうだろう。
「なあ、ななちゃんは……」
「大丈夫。あったりまえだよ、手越のお陰で無事。擦り傷程度だ。今話してんだからお前も生きてるに決まってるじゃん、早く会ってあげないと心配させるから行こっか」
「うん。……へへ、よかったあ……」
安心したのかそのまま意識を失い、こてんと俺の胸に頭を預けた彼の衣服を整えてやってから抱き上げる。彼らしいけれど、こんな重傷を負っても人のことかと呆れたような感心したような兄貴の声がコンクリ剥き出しの部屋に響いた。
「〜〜ああ、現場は片付いた。救急は?」
いつの間にか現場には他の警官達が既に現場保護に着手している。担架に彼を乗せてから署に戻ろうと車に乗り込んで、シートに脱力し貯めていた息を一気に吐き出してから車を出した。




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「手越くん!!」
「ななちゃん!よかった、元気みたいだね」
「助けてくれたおかげだよ!あのね!お兄ちゃん達勝ったよ!」
「マジか〜やっぱり!おめでとうって伝えといて」
「うん!」
透が病室に来る頃は俺は目も覚まして、ギリギリ守りきれた少女が見舞いに来てくれていた頃だった。彼が来たのを見ると警察が事情聴取に来たと思って母親が気をつかったのか小さな手を引いて帰っていった。手を振り返し引き戸がしまったところで 一息ついて彼に向き直ると、その表情はしょげた仔犬のようにかなり不安げだ。負傷を気遣う声も。
「怪我、どうなの」
「大したこと……」
「あるよ」
不必要な謙遜を遮られえへへ、と誤魔化すように笑ったが、強ばったままの顔を見て眉尻をさげるしかない。
「治りはどういう感じ?」
「大きいものは頭の切り傷とかだけ。あと、足はリハビリ頑張れば元通りになる可能性は十分あるってさ」
「そっか……ねえ、手越」
なにされたか、細かくは既に他の刑事に報告したから、透にも伝わっているだろう。彼に限って嫌われたりはしていないとは思うが、こういう時はやっぱり怖くなるものだ。
「ごめん、一応抵抗したんだけど」
「なんで謝るの」
「やっぱり、申し訳ないから」
もう少し早く通報していたらただの怪我で住んだんだから、防ぎようはあったんだ。逃げ切れると思って油断していた。隙を見せて押し倒されるなんて、思ってもいなかった。
「ななちゃんに変なとこ見られなかったのが幸いだったよ。……ごめん、俺が馬鹿だった。あの子を見つけて助けた時点で110を呼べばよかったのかな、そしたらスマホまだ使えたし」
それを言い終わる前に抱き締められる。なんだか彼の方が泣きそうだ。逞しい身体をしておいて、こういう時彼は弱くなる。こんなんじゃ悪い奴に簡単に付け込まれてしまいそうだけど、そんな優しいとこも好きなんだから仕方がない。柔くふっくりとした唇にキスをして、痩せた頬を両手で包んで額を合わせる。
「こんな俺でも好き?」
「バカ、嫌いなわけないだろ……」
「じゃあ退院したらさ、時間ある時に抱いてよ。初めての時みたいに優しく、さ」
彼にしか聞こえない声でそういった。引き戸の外に誰かがいる気配がしたから。
透は何度も頷いたと思うとぽろぽろと泣き始め、誤魔化すように俺の肩口に目元を埋めてきた。年上のはずなのにこんなに可愛がりたくなるのはなんでだろうな、なんだか逆に安心してしまってその黒い頭髪を撫でるとともに頼りがいのある肩に身を預けた。彼の匂いが自分に移ってきたと満足できていつの間にか流していた涙を拭った数分後、気が付けば大きな手に頭を撫でられ優しい目で見守られていて恥ずかしくなる。さっきまで可愛かったのに、いつの間にか立場が変わっていた。こういう時にいちいちドキリとときめいてしまうなんて、絶対本人には言えないな、と思いながらパステルカラーのハンカチで目元を拭かれる。最後におでこにキスをし、頭を撫でてから優しくほほ笑みかけられた。
「できるだけ、時間見つけて来るから」
「……ありがと。でも無理だけはすんなよ、寝る時間まで削ってきたりなんかしたら承知しねーから。できるだけでいいからな」
「ほんっと、物分りっていうか、お前っていい子すぎて逆に心配になる」
寂しくなった言うんだぞ~なんてまた頭を撫でてから言って彼は引き戸の外に消えていった。
その奥から聞こえる通り過ぎて言った声は彼とその彼が兄貴と慕う男性のものだろう。暫く会えなくなるかもということはわかっている。でもそう思ったら無意識に彼の名前を呟いていた。
すると、
「どうした?」
完全に独り言につもりだったのに聞こえていたのかと焦るが、彼の背後にちらりと見える女性の影を見て納得した。彼女が例の室長さんなんだろう。何かの報告に来たのだろうか、それなら早く送り出さなくては。
「ふふっ、なんでもない」
からかうように笑いながら言った。
「そう?……じゃ、またね」
「うん。気を付けて」
「手越も、ちゃんと安静にしてろよ」
「わかってるよ!」

引き戸が閉じる寸前、上着の襟からキラリと光ったものが視界をかすめる。

それは特注のペンダント。

あの人は腕っ節が強いから大丈夫だとは思うけれど思い詰めたら危なくなるだろうと予想できるからそこが心配。
ただ、たまに見せる頼もしさに自分は惚れ直すんだからまあまあ重症な気がするな。



無意識に、自分の胸にもある御守りを軽く握った。








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