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Mark of Bruise


今日いっぱいの仕事を順調に終えた俺は、定時を一時間程過ぎたあたりで本社の高層ビルのエレベーターに乗り込む。この時間あたりにあがりたいと言ったらすぐにそのように上手く一日のスケジューリングを立ててくれた有能な秘書のエスコートを受けながら車に乗り込んだ。
「今日も昨日と同じところだっけ」
「そう」
秘書として組んでくれた時からの約束で、仕事の場で以外は敬語を使わないで欲しいという約束をきちっと守ってくれているのが嬉しい。こんなひょろりとした優しげな雰囲気をまとっていながら、以前は大企業の重役についていたのだ。しかも、不正に気付いてからは着々と資料を集めていって、潜入していた捜査官と手を組み内部告発を起こしたというなかなかな経歴を持っている。
たまたまバーで会いダメ元で頼んでいたところ喜んでOKしてくれて驚いた。
「あ、小山、車は駐車場貸してくれるらしいからそこに停めといて。一緒に来ない?」
「……まっすーからそんなこと言われるとは思ってなかったわ。ウブな子だったはずなのに」
「うるさいなぁ…でもさ、いいじゃん!無理強いはしないって。……そうだ!今日の帰りは俺が運転するからさ、小山はバーで軽く飲んでなよ」
「いやいや、そんなこと……」
案外そういう線引きをしっかり引いている彼は俺からの誘いを何回言っても断ってしまう。
「ねえ、小山って有給とったのいつが最後だっけ?」
「えー…っと、あ、前にみるくが風邪ひいた時に一日……」
「一日って……いくら秘書って言ったって休む権利はいくらだってあることを忘れないでよ。俺の会社は前のとこみたいにブラックじゃないだろ」
数秒黙ったあと、赤信号で泊まりこちらを振り返る。
「まっすー、何でそんな……」
「あの店行くのに付き合ってくれたら休め休め言わないから、なぁいいだろ?バーにいてくれるだけでもいいからさ」
「……分かったよ、今日だけね?」
やっと折れてくれた。なんだかんだ言って彼は俺の押しに弱いのだ。



「代金はこっちで支払っとくから、行ってていいよ。言ったとおり俺はバーで待ってるから楽しんでって」
そう言って小山は俺を店内に送り出した。淫猥な雰囲気漂う広間に入り目的の金糸の彼を探すも見当たらないので、とりあえずバーカウンターの方に近づき前回と同じ黒髪のバーテンに声をかける。
「ねえ、ユウヤって今どこにいるか分かる?」
「……増田様ですね、ご案内します」
そう言うと、彼は俺をカウンターの奥のカーテンの中に誘い、階段を指さした。ユウヤ、増田さんが来たよと声をかける。返事はない。
「階段を上がって正面のピンクのカーテンの部屋が彼の部屋です。ちょっと今日アクシデントがあって引っ込むように言っていて」
「アクシデント?」
「あ……えっと、気にしないでください。では俺はこれで」
逃げるように去っていった彼を一瞬目で追いかけるが、すぐに足を階段に向けユウヤの部屋へと進めばふわりと彼の香水が香った。無数に輝くビーズがレースに編み込まれたカーテンをしゃなりと鳴らして部屋に踏み入ると、毛布の中から金髪が覗くのが見えた。靴を脱ぎ、ベッドを回り込んで彼の顔が見える側に腰かけて上掛けをちょっとずらせばあどけない寝顔。クッションを股に挟みぎゅっと抱きつくようにして寝付いている。肩から背にかけてを控えめになぞるとちょっと身じろいだあと、ぱちりとその目が開かれた。
「まっすー?……えっ、なんでここに!?」
腹筋の力で見事にバネのごとく起き上がり、整った顔が目前に迫った。びっくりして一瞬よろける。
「バーテンの子、あ、シゲだっけ?…に教えて貰ったんだよ。ちょっと今日出れないからって」
「あ、そうか。俺が言っといてって言ったんだ」
「なんかアクシデントがあったって聞いたんだけど大丈夫だったの?」
いい生地のガウンに包まれた身体がピシッと固まる。顔を曇らせ、言わないでって言ったのに……とぼやく。そんな苦虫を潰したような顔は初めて見るなと思いながら何かあったのかと聞いてみたら、そんなに隠す気はなかったのか答えてくれた。
「前によく俺を買ってた客がいたんだけど、そいつの会社が倒産して負債抱えてて…でもまだ俺を買おうとここに来るんだけど俺しつこいの嫌いで袖にしてたの。そしたら……」
はあっと深くため息をつく。
「昨日あんたと居て楽しそうだったって……まあ実際楽しかったんだけど、それを聞いたそいつが乗り込んできて無理矢理に犯してきたの。慣れてるから別にいいんだけど、シゲが今日は引っ込んどいた方がいいって……」
「大丈夫なのか?身体は」
「へーきへーき。ちょっと体殴られただけ……ってちょっと!」
ガウンをまくりあげれば腹に赤い殴打痕。まだあざにはなっていないが、男の拳で容赦なく付けられたと見られる大きなものがいくつもあった。そっとそれ等をなぞればひくっと体が震える。その辺に幾度か唇を降らせて、ぽかんと開いたままになっている薄桃のそれにも口付けた。
「身体キツかったら添い寝でもしてくれれば十分なんだけど……」
「え!全然平気だって!!そんなことでやめないでよ。お願いだから」
必死に言う彼にふふっと笑いが漏れる。
「そっか。じゃあ今日は寝っ転がってて、優しくするから」
「ふふ、よろしく〜」
くしゃりと笑った彼の目尻から頬を撫でて口の端にキスしたのを合図に甘い空気が流れ出した。ガウンの腰紐を解き胸元をはだけさせる間に彼も俺のベルトに手をかけ始める。
顕になった小さな蕾はいつもより赤くなっていて、怒りというより嫉妬心で心が波立ったのを気付かれないうちにそこにあったローションボトルを手のひらに出してそこに塗りつけた。「んぅあッ」と感じ入った声が聞こえてぐっと嬉しくなる。彼は俺だとこんなにも感じれるんだ。
「うぁ……あっ」
「慣らすだけでもそんな感じんだ」
「いつもは自分でッ…やってるし、」
皮肉にも今日無理を強いられたせいでそこは緩んでいたので簡単に程よい具合にすることが出来た。自分の滾りは軽くすけばすぐに勃ち上がるほどになっていて、迷うことなくそこにあてがい「いい?」と確認する。
「いい、はやっ…く……!」
「分かった。……ッは」
ひくひくと収縮していたそこは上手に俺のを受け入れ熱い粘膜が大きくうねり包み込んでくる。熱く息を吐き出したら手越が涙に頬を濡らしながら嬉しそうに笑った。枕を掴んでいた手で俺の髪をくしゃりと撫であげる。
「お前、俺の髪いじるの好きな」
「さらさらだし…んっ、あんたみたいな神経質っぽい人が髪触らせてくれるとか珍し…うぁ、あ、あッ……あああ!!」
「よく分かってんね、俺のこと」
「ちょッ、不意打ちは…あんっゃ…な、しだっつの」
俺の性分を意外に理解している彼を褒める代わりに胸の飾りを触り、同時に奥を突いたら高く喘いだ。律動を止めぬまま上体を傾け口を赤みを帯びた耳に寄せる。軽く息を吹きかけただけでひゃっと可愛い声が聞こえた。
「まだ会って二日目なのに、こんなふうになってる自分が不思議」
「はっ、んッ…それ、は、俺も」
「ん?」
ちょっと離れて潤んだ色素の薄い目を覗き込む。
「会ったばっかなのに、この部屋に人をあげるのを許すことなんて初めてだよ。なんでだろうな、気は絶対合わなそうなのに」
「……俺は、目が合った時にもうユウヤがいいなって思ってたよ。吸い込まれた、みたいな、そんな感じ」
「ははっ、…ん、そう?まあ俺もなんとなく、どう見ても連れてこられましたーって顔したあんたに"相手はいるの?"なんて、聞きたくないなとは思って……あっう…んゃ」
おもむろに目を合わせたまま腰のラインを撫でた。従順に感じ身体を反応させるのを愛しく思いながら、横に向いたせいで丸見えになった左耳に囁く。
「そんなん聞くのは野暮だろ?――それに、俺がどんだけお前に入れ込んでんのか…分かる?」
「ひゃっ耳…やぁあ!」
「……ふふ、かわいいの」
耳に舌をねじ込んでぴちゃりと水音をたてて時折吐息をつく。その度に喉から細切れのしなやかな声が出て枕の端を掴み細い腰が揺れる。片耳が枕に押し付けられているせいで頭の中に音が響くせいで尚更感じてしまうのだろう。はらはらと涙のこぼれる瞳が責めるようにこちらを見上げた。
「ね、もう、しつこい……!」
「んーー?」
「ぁは、いッ…んああ!い、やぁあ!!」
顔と一緒に薄い身体を傾けさせて右足を抱えあげ奥まで穿つようにガツガツと突き上げる。混乱した彼が両手をばたつかせて俺の肩をかすめ、何度か繰り返した後にやっと手首を掴んできた。でも快楽に当てられると身体の力が抜けるらしくほとんど力が入っていない。
「ふぁ、あ、あぁッ…」
「っ、は……!」
「あんッますだ、さ…っ」
その手をとって首に巻きつけるように促してから、柳腰を掴んで――一気に引き抜き、一息に打ち込む。
長い睫毛に縁どられた目からぼろぼろ大粒の涙が溢れたと思ったらビクンと大きく背から腰がしなり、細かく痙攣したあと数度に分けて白濁を吐き出した。よしよしと頬を撫でたらその手をぎゅっと息切れながらも握ってきて顔が緩んだ。
「んっ、ねえ」
「うん?」
「はぁ、は…ぎゅーって、して。あとキスして」
「……うん。喜んで」
初めてそんなわがままに言われて嬉しい。
仰せのままに、その半身を自分の方にもたれさせるようにして痩身を抱きしめて顔にキスを降らしていく。目元、頬、口端……そして唇。その間に俺のよりも小さな手が俺のTシャツをきゅっと掴んできた。顔を離してみたら、うつらうつらした様子の彼が頭をとんとこちらの肩にもたれた。

「……まっすー、」
「どした?」
用意されていたホットタオルで体を清め、きちんと拭き終わり汗で濡れた前髪も乾いたもので軽く乾かし終わったので部屋に置いてあった触り心地の良い寝間着―一瞬女物にも見える桃色の絹地にを腕に通させる。
眠いからかいつもより厚めの二重幅が色っぽく見える、ちょっと気だるい雰囲気で手越が口を開いた。
「三日目の明日……予約するって認識でいい?」
「ああ。そうしてくれると嬉しいな」
「……ありがと。楽しみにしてるわ」
彼は俺のコートを持って部屋の前まで送っていってくれた。明日待っててと言いながら目元をなぞって額に口付け、背を向けた時、ぐっと後ろに引っ張られた。
「……っ!!」
「約束、な?」
そう言い悪戯に微笑み、細まるアーモンドアイ。
腕を掴んだ左手、確かめるようにトンと胸を叩いた右手。触れられたところがじわじわと熱が伝わる感覚……

――あぁ、好きだ。

まだ会って二日目。なのに、俺は脳が焼き切れそうなほどこの男に惚れているらしい。
たまらず強引に腕の中に閉じ込めてその薄い唇を深く奪った。










フロアに戻ってくると、黒髪のバーテン君と親しげに話す小山の姿が見えた。言った通り軽く飲んでいたらしく、いちごが添えられたグラスが見えた。
「あ、まっすーおかえり~」
「うん。待っててくれてありがと。楽しめた?」
「もっちろん!シゲのカクテルが美味くてさ」
ありがとね、という彼はそこまで酔っていないように見える。何を注文したのかと聞いたら「度数低めの甘いヤツ」だったらしいので納得だ。それに加えてシゲと話が思った以上に弾んだらしくご機嫌なふうだった。さりげなく個人のメルアドとIDを書いた名刺を渡しているのが視界の端に見えた。
「明日だっけ。その子をこっから連れ出すの」
「そうだよ」
「嬉しそうな顔~」
「小山だって機嫌良さそうじゃん」
そんなことを言い合いながら車に向かおうとしていると。
「あ、増田様!」
後ろから掠れたバリトンが聞こえ、同時に振り返った。「シゲ?」と小山が呟く。駆け寄ってきた彼は手に何かを持っているようで。聞けば忘れ物をしてしまったらしく、小さな紙袋の中には銀の指輪とメッセージカードが入っていた。
「わざわざありがとね。また来るよ、連絡楽しみにしてるから」
「は、はい」
バイバイ、と小山に手を振られる彼はちょっと嬉しそうに手を控えめに振り返した。いつも運転席に乗る秘書が助手席に座ったのを確認してから車に乗り込もうとすると、目線の上の窓から人影が見えた。そこにはユウヤがこちらを見下ろす姿があり、キザに投げキッスをしてきた。"待っててよ"と口パクで伝えるとこれまた嬉しそうに花開くような笑みを浮かべた。











車内にもどって来てから指輪をはめ直して紙袋の底を見る。

『俺、あんたのこと好きだわ』

指輪と共に渡されたメッセージカードには意外なほど綺麗な字でそう書いてあった。



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