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Mark of Bruise



建物中に響く嬌声。

ベッドやソファーの軋む音。

何度いなしても寄ってくる甘い香りをまとった女達。



俺はなんだか知らんが友人達にこのハプニングバーに連れていかれたのだ。気は進まなかったが、歓楽街の大きめのビルの地下に潜った先にある看板を見てふと興味が湧いた。
どこかの洒落たバーのようなデザインだが、どこからか溢れるほどの劣情が滲み出ているような気がして、そのネオンで滲んだ"D.I.D."の文字を目で数度なぞった。

中に入ればそこは異様な空間だった。
鮮やかな赤からワインレッド、そして赤みのある上品なブラウンのカウチとソファーがグラーデーションになるように並べられている。数人がけのそれから少し離れた場所に1人がけの同じデザインのものも置かれていた。そのいくつかの上に人間達が絡み合っている。男女の組み合わせは秩序を失っていた。その奥にはバーカウンターがあり、かっちりと制服を着たボーイがそこからグラスを受け取り、盆に乗せて行為に及んでいる者達に手渡ししていく。
カウンターに視線を戻せば、そこで一人真っ赤なカクテルを手にしていた男に同じ色のドレスをまとった女が腕をからませた。男はそれに応じ、奥の目の細かいレースのものと三重にくらいになっているカーテンで閉ざされた小部屋に向かった。それと同じような部屋がいくつかあり、使用されているかどうかはそこから漏れる声でやすやすと判別できる。

俺はとりあえずそのバーカウンターに腰を下ろし、あたりを見回した。そこであることに気付く。数人の男女―男の方は大体ネコ側だろう―がそれぞれの首に首輪をつけていた。犬首輪のようなごついものではなく、猫につけるような華奢な革製のもので、それがこの淫猥な空気を増幅させているようだった。気になってバーテンダーに辛口カクテルをオーダーしたついでに聞いてみる。
「なぁ、ここ来んの初めてなんだけど、あの首輪に意味ってあるの?」
黒髪の凛々しい顔立ちをした彼がグラスを差し出す。ちらりと俺を一瞥し店内を見回すと意味がわかったようですぐ答えてくれた。
「つけていない方は行為の立ち位置問わずお客様です。首輪が付けられたもの達はこの店の所有品です。ここに売られたか自ら飛び込んだか……理由は様々ですが、彼らは買われるまでは外にすら出られません。死ぬまでここで働かされます」
「へえ、現代の吉原みたいだね」
「間違いじゃないですね。でも処遇はオーナーがしっかりしてるので、そう残酷ではないですよ」
「そうなのか」
イェローのグラデーションが美しいカクテルに口をつける。カットフルーツの飾り付けも綺麗で彼の腕の良さが伺えた。
「ん、美味い」
「ありがとうございます」
彼がそう言い軽く頭を下げた時、視界の端、二つ隣の席に座ったらしい白っぽい人影が映り込んできた。
「シゲちゃん、俺にもなんかちょうだいよ。カクテルでも果物でもいいからさ。あ、カクテルだったら甘くないのを頼むわ」
透けるほどの白い肌が白のダメージニットからでも映えている。鈍い斜光の下で金の髪がギラギラ光り、細い首にはバーガンディの首輪、真ん中にはハートにカットされたルビーがぶら下がっていた。フロアにいる首輪のついた者の中で一番可愛らしい顔をしていると俺は思った。
シゲ、と呼ばれたバーテンが淡々と器に盛り付けた果物を彼の前に出す。
「ありゃ……酒はくれないんだ」
「ッたり前だろ。お前酒飲んだら暴走することをそろそろ自覚しろ」
「えー、いいだろ少しくらい」
「気ぃ使ってやってんだよ」
気を遣われた彼は拗ねたように頬ふくらませる。
「シゲちゃんのケチ」
「お前なぁ、」
友人同士のように話す二人を意外に思う。さっきまで敬語を使っていたバーテンの緩んだ喋り方にも大分驚く。昔からの知り合いなのだろうか。
そう思案していた時、色の薄いアーモンドアイがこちらに向いた。見れば見るほど綺麗な顔だ。
「ねえ…あんた、ここ来るの初めて?」
「そうだけど。なに?相手してくれんの?」
大ぶりの苺をくわえた小さな口が笑みを形作る。
「経験あるんだ。男の」
グラスに口付けながら頷くと、彼は離れたふたつ空いた席を越えてすぐ隣につめよる。ぺろりと口の周りについた果実を舐めとって、手馴れたように細い指で俺の唇をなぞった。
裂けたトップスから覗く鎖骨がなまめかしい。
「ソファーがいい?それとも奥の小部屋?」
「……後ろは解してあんのか」
「こんな所で働いてんだから当たり前でしょ?あ、小部屋埋まっちゃった。いい席少ないな……一人がけとかでもいい?」
「ん、いいよ」
肯定を示したら手にしていた俺のカクテルの残りをクイッと飲み干して俺の手を引いた。親しげだったバーテンはフルーツの残りやグラスを手早く片付ける。ここはそういうことが当たり前に行われるんだ、そういう場所であるということを改めて理解した。

ニコニコとあどけない笑みで俺を座らせ、ズボンのジッパーを歯で噛んで下ろす流れは手馴れている。たまにこっちの顔を見上げながら俺のものを取り出して、躊躇い無く小さな口に咥え込んだ。弱そうなところを擽って、吸い付いて、舐めて這わせて。足りない部分は指で刺激して。手慣れているだけあって俺も熱っぽい息を何度か吐き出す他ない。いいよ、というと同時に頭を撫でるとこれまた嬉しそうに目を細めた。
ラストスパートに入り出ると思って引き剥がそうとしたら、彼自ら俺のをさらに喉奥へと深く咥えこんできた。彼の小さな口に、容赦なく白濁を撒き散らした。
「おい、なんでお前……ほら、吐けって」
「んっ…大丈夫。もう飲んだ」
口から溢れでて顎を伝ったものを指ですくってぺろぺろと子猫のように舐めとる。飲むなんて思わなかったから驚いた。
でも本番はここからだろう。
小さい顎に手をかけて目を合わせさせ、彼にしか聞こえない程度の声で。
「言ってなかったから言うよ。俺は増田貴久、まっすーって呼んで」
「まっすー、ね。俺はユウヤ。ま、好きに呼んでよ」

ユウヤはおもむろに下肢の衣服を脱ぐ。長めのニットで隠れてはいるが、周りからの不躾なまでの浴場を帯びた視線が彼を包み込んでいる。なんだか面白くなくて俺が羽織っていた大きめの半袖シャツを着させ、それらからシャットアウトした。周りから責めるような視線を感じたがそんなことは気にもならなかった。

片手でローションの袋を開け指に絡めていき、俺からは見えないが器用に解していく。片膝を俺のすぐ隣について片手は肩に置かれていてなかなか無理な体勢のように見えて、その細い腰を掴みひょいと持ち上げ膝の上に乗せた。きょとんとする顔も可愛いななんて思いつつ、指に残っていたローションを絡め取り秘孔に手を伸ばす。
俺が何をするか察したらしい彼は慌てて止めさせようとするが、構わず二本の指をゆっくり入れる。丁寧に傷つけぬようにいい所を探しながら指を進めていった。
「なぁ……ッこんなこといいから、…んぅっ…俺は平気だから……」
「一応、な?痛かったらやだし」
「ちょっとぐらいいいから!俺みたいのに対してそんな気遣いは不要だって……ぁあ、やっ」
だんだん分かってきた感じる部位をクッと押す。
「ユウヤ、」
「…ッは、なに?」
「なんも考えなくていい。いいからお前は感じてろ」
「んッそんなこと……ふっく…あ、」
俺の首に回され、細かく震える細い腕。
ちょっと視線をあげれば額がひっつくほどの距離で手越瞳を閉じてが小さく悶えていた。三本やすやすと入る頃になって、ようやく俺は自分のを軽く梳いて彼のそこに押し当てた。
「いくよ」
「あ、あぁ……」
「はっ、締め付けやば…!」
「んぅッ…ひ、あぁあ」
両の肘掛けに投げ出された足がぱたぱたと揺れる。高い声が一旦おさまって、荒い吐息が耳をくすぐり始めたのを確認したところで腰を動かし始める。ぐちゅ、と水音が鳴るたびに、あ、あ、とあえかな声が鼓膜を揺らした。
目の前に迫った鎖骨にあとが残らない程度のキスを降らしながら唇を滑らせ、首輪で隠れるところの位置にしっかりと痕をつけた。必死にTシャツを掴む腕さえも愛しい。
「あん、や……はぁっ」
「っ、ユウヤ…!」
「ひッあ、あぁ~~~!!」
徐々に律動を速め、不意をついてズンと深く深く彼の中に滾りを押し込めた。掴んだ柳腰がビクビク震え、手を回された背からも痙攣が伝わってきた。
がくりと力が抜けたからだを受け止め、適当にボトムスを引き上げると空いたらしい小部屋へと横抱きで運んでいく。その間にも彼は熱い息を吐き、先程の余韻に浸っていた。さっきまでの彼の乱れっぷりに口をあんぐりと開けてボトムスの股部分が押し上がっている男達の視線を彼から遮るように、俺はそそくさとその場を後にした。




痩身をベッドにそっと横たえ、その隣に自分も寝転ぶ。細い金糸に指を絡ませながら話しかけた。
この小部屋がなかなかに趣味の良い部屋だったのが意外だ。お陰で落ち着いて話が出来る。
「ここで働いてるのに、意外と快楽に弱いのな」
「は、うるせ……」
「いっつもそうなの?そうは見えないけど」
すれば少しバツが悪そうな顔をし、視線を逸らし何かをボソリと呟いた。よく聞き取れず顔を近づけて聞き返す。
「え、なんか言った?」
「いや……」
「ん?」
「なんか、こんなに感じれたの…久しぶりで。いつもはほとんど演技で乗り切るのに、さっきのはそんなこと考える余裕もなかったから……なんて言うか、その」
逸らしていた視線をこちらに向け、俺の顔を認識するときゅっと眉間を険しくする。
「おいコラ、なん笑ってんだよ!」
「ふふふ、いや……ふふっ。あー、ごめんごめん。怒んなって」
背を向けようとした身体を強引に引き戻し、ついでに軽く頬に口付ける。ユウヤは初心な奴のように頬を赤くしていて、俺も自分の表情が常より緩んでいることは自覚しているが、こればっかりは許されるだろう。こんな可愛らしい生き物を前にしては仕方がないに決まっている。
「……ねぇ、ユウヤ」
「何?」
口付けた頬を顔に添えた右手の親指の腹でゆっくり撫でる。今から言うことはお互いの同意が必要な決断に繋がるから、慎重に言葉を選ばねば。嫌われたらかなわない。
「またお前んとこに来てもいい?」
「変なこと聞くのな。俺には拒む理由も、権利もないよ」
「そうじゃなくって、」
彼の頭の左右に肘を付いて、お互いの瞳の収縮までがはっきり見えるほど近くに顔を寄せる。
「三回目、俺が来た時さ、お前は俺のプロポーズに応じてくれる?」
「……へ?」
大きな瞳がパチッと見開かれる。
そういう所にも何故かグッときた。根本的には合わなさそうな性格なのに、何故だろうか、この男が欲しいと思った――自分だけのものに、したいと。
「俺、高いけど大丈夫?」
この男のいい所は可愛らしい、美しいだけではなくてこういうギラついた不敵な笑みでもこっちを誘える魅力を持っているところだ。自分もそれに見合わなくてはならない。
「舐めてくれんなよ。これでも一応アパレルのトップだかんな」
「へぇ、意外~」
茶化すような物言いをする薄い桜色くちびるを人差し指で塞ぎ、
「……で、答えはYes?それともNo?」
と答えを急かした。
束の間の静寂の後、白い手が俺の手を取って血管の浮いた甲に唇を落として答えることには。
「うん、Yesだよ。やれるもんならやって見せて? 俺をこの鳥籠から攫っていってよ」
「もちろん。ここでお前を買うには最低三日、手越んとこに訪ねる必要があるから…あと二夜、ここに来る。……待ってろよ」
口付けられた手で彼のと指を絡め合い、俺も同じようにその甲に口付ける。暫し目を合わせ、それから微笑みあった。


彼を手に入れるにはあと二日。
この店の数少ないルールのひとつである、買うなら三日は通えという昔ながらな掟だ。
焦がれすぎて仕事が手につかなくなったら小山には朗らかな笑みと共に遠回しなフォローだか注意だかよく分からんものを貰いそうだが、服を買うことだけでは消費しきれない貯金を使うとあらば少しはマシになるだろう。

約束の印に、その左薬指の付け根の内側にキスマークをつけておいた。名刺を渡し、ちょっと切なそうな顔をする男を抱きしめてから俺はこの店を出た。








「長かったね、まっすー」
「おう。サンキュ、小山」
秘書である彼が後部座席のドアを開け、それに従って柔らかいシートに腰を下ろす。すれば、直ぐに安定した運転で東京の歓楽街を抜けた。
「お気に入りの子、見つけたの?」
肯定の意を示せば、えッ!と心底驚いたような声が聞こえた。いつもその辺にいつも俺が淡白だったのを知っているから尚のこと以外だったのだろう。
「小山も来れば?」
「えー、俺あなたの秘書ですけど?」
「いいよ別にそんなの。それとこれとは別でしょ?」
「まあ、付き合うくらいならいいけど。どうせ俺バーカウンターでずっと度数の薄いやつを飲んでる気しかしないよ」



そう言って彼も俺も笑っていたけれど、案外そこのバーテンと意外と気があってまさかのそちらの方にも赤い糸が繋がっていたらしいことはまだ検討もついていなかった。
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