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預けられた子猫






「やっば、遅れそう」

ミツルの家でBBQの前打ちも兼ねて飲もうという話だったのだが、ちょっとばかり仕事が長引いた。

仕事というのは、あの後藤峰子の秘書。この前ミツルに声をかけられたのだ。

『姉さんからだ。小太郎君は、少しでも仕事がしたいって言っているってカズヤから聞いていたんだけど』
『うん。思ってる。いつまでもニートだか主夫だか分かんないのはいい加減どうかと思ってさ』
『そっか。あのね、姉さん直々のスカウト、受ける気ある?』
『……え?』

カズヤは苦い顔をしていたが、僕に甘い後藤姉弟が近くにいるなら安全だろうと背中を押してくれた。仕事は通常の秘書の業務、加えて頻繁にプレゼンも任されることが多い。一介の秘書に何故ここまでと彼女に聞いたら「口が上手いから他社の重役をいい具合に言いくるめられるから」とのことだったので信頼として受け止めている。



良き上司である彼女は今日の予定を知っていたのか、「さっさと上がりなさい」と僕を送り出してくれたのに甘えてすぐに私服に着替えたのだが、上手くタクシーが捕まってくれず結局十分かけて歩きで行くことを選んだ。
取り敢えず遅れるとメッセージを送った直後に心配したのかカズヤが電話をかけてきた。

『平気?なんなら迎えに行くけど』
「大丈夫!あと五分ぐらいだから」
『なんかあったらすぐかけてきてよ』
「分かってる。じゃあ、またすぐに……」

そう言ってスマホを耳から外した。目線の先には薄暗い公園が見えて、なんとなく不気味さを感じて足を速める。交差点が見えると突き当たりのコンビニの明るさが道路を照らしているのに安堵を覚えた時、後ろから肩を叩かれた。

「あのーすみません。迷っちゃって、」
「あ、そのビルなら……」

方向を指さそうとするとパシャリとシャッター音がして目が眩んだ。何だ、と背後を向くと携帯のライトで照らされていて反射的に目を瞑れば、

「うわ、マジでコタローじゃん」
「お前のトモダチ、大企業に務めてるって聞いたけどまさか在全グループってどんなコネ使ったんだよ。身体でも売ったかよ」

顔が見えないけれど間違いなく高校の時の知り合いだろうと思い走り出そうとしたら腕を捕まれ薄暗い公園の中に引きずり込まれた。なんとか逃げ出そうとするも頬を思いっきり殴られ、弾みで後ろにあった倉庫の壁に額を打って頭がぐわんと揺れる。
ズルズルと座り込んだら泣いてないはずなのに頬に濡れた感覚がしたと思うと鉄の匂いがして、出血したんだと自覚した。前髪を引っ掴まれて上を向かされてまたパシャリ。そんな写真、一体何に使うんだろう。
時間が過ぎてしまう。早く行かないと心配をかけてしまう。
そう思って手を振り払い、這いつくばるようにして道に出ようとしたら公園の物陰に引き戻されうるっさい声で延々と怒鳴られる。偉くなったもんだとか、そういう言葉が頭上を飛び交うのが分かるけれど頭がぼーっとして上手く読み取れていないことに気付いた男が思いっ切り平手打ちをしてきた。

「ぅ……」
「寝てんじゃねえよ」

寝てるわけじゃない。痛くて動けないだけだ。そうしたらうつ伏せに転がされてTシャツをまくり上げられる。何か話しているのが聞こえるけど上手く聞き取れない。とにかく逃れたいと前に手を伸ばすが、目の前の草を掴んだだけでなんの意味もなさなかった。すれば、カチャリと金属音がしてなにかを用意している気配がして尚更恐ろしくなり起き上がって振り返ろうとしたらタオルを噛まされ土の地面に顔を擦り付けられる。湿った土の感触は久しぶりだった。

「お前、昔焼印を自分で押したよな」

もう消したけど。そう言いたくたって口を塞がれている。頭の痺れは治まったのに体を二人がかりで押さえつけられていて全く動けない。

「あれ、俺たちが入れてやりたかったのに勝手にやりやがるからつまんなかったんだぜ?先輩はすぐに飽きて別にいいって言うから残念でさぁ。泣き叫んでるとこ、見てみたかったのに」

殺意が沸いた。もう十分だろ、満足したろって藻掻く。暗い視界の端に鉄製であろう何かの一部が映って全身が総毛立った。
まさか、嘘だろ。

「んんーーー‼ぅぐ、んんッーー」
「怖がんなよ、すぐに終わらせてやるから。腕の良い奴が知り合いにいてさ、」

空気が高速で抜けていくような音。蒼い火が吹き出すバーナーの音のような気がする。まくり上げられた衣服を抑えながら背をなぞる指。場所を決めたように指が置かれた場所は、肩甲骨の間の皮膚だ。尚更きつく押さえつける男に他の男が声をかけた。

「これか、お前がいつも使ってんの」
「そーだけど」
「いや、よく出来てんなーと思って」
「だろ?やるからにはリアリティ出したくってさ。中世の奴隷につける為の紋様とか調べて作ったんだからな」

……殺す気だ。間違いなく。見知らない奴が一人いると思ったら連続変死事件の主犯だったのか。死にたくなんかないし屈辱的な痕を残された末に命を奪われるなんて御免。せめて気が逸れている今のうちにと道路に向かって精一杯叫んだ。

「ッ誰か‼おねが、助け……!!」

舌打ちをする音がする。また頭を押さえつけられて視界が真っ暗になった。熱い気配を背に感じる。
嫌だ、嫌。だってそこは恋人がよく一緒に寝る時とか、情事の最中やあとに撫でてくれて、『綺麗だね』って言ってくれた場所で。まだ僕がカズヤのとこに来たばっかりの時から寝付けない時にいっつも撫でてくれて。何度も口付けてくれた場所で。

「さわ、んな……ッッ‼‼」

いつから居たのか分からないまた他の男にスマホのカメラを向けられているのが分かる。でも映像とか、データとかは自分にとってどうでもよくって。
あの人が触れてくれた痕跡を塗り替えられるのだけがただただ嫌だった。


でも、僕はいつまでたっても弱いままだったようだ。


耳をつんざくほどに上げられた叫びは狭い公園に響いて、今までで感じたことがない激痛が全身を襲い、一瞬失神しかけて身体が痙攣した。焼き印を離されてひりついた部分の皮膚だけが、夜風に煽られてもその冷たさを感じれない。なんでこんなことになっちゃうのかな。しゃくりあげるような呼吸を小刻みに繰り返しながら自らに問う。ショック状態でビクつく自分を撮られているのがわかる。気付いてんだよ、こっちは。昔っからそういうの。お前らの中でリンチ動画や画像をシェアして、笑っていたのだって知っているんだ。
以前の光景がフラッシュバックする。
『すみません』
何度そう言ったことだろう。僕はなんの悪いことだってしない。
『勘弁してくださいよ〜』
ほんとは、止めろって、その動画だって消せよって言いたかった。でも、僕は弱くて、臆病で、ヘラヘラ笑っているだけだった。

「う、うぅ……」

昔っから、祖父母の暖かい手が離れてから、人にいっつも振り回されて押し付けられて好きなようにされて、運命に抗おうとしたってあっという間に奈落の底に引きずり下ろされていく。優しい手が一本差し伸ばされて、疑心暗鬼の末に掴んだらそれが二本三本と増えていった。日差しがさしてきたと思ったら、これだ。
身体を起こそうと腕をつっぱろうとしてすぐに崩れ落ちる。そんな自分を鼻で笑うと、男はスマホを片手で操作しながら焼き痕を爪で引っ掻いた。そこにあるのはミツルと峰子に向けたインスタでのやり取りのスクショ数枚。

「お前の友達、笑えるよな」
「あぅッぐ、は、」
「前みたいにリプ送ったらさあ、お前んとこのお偉いさん?が、長文で名誉毀損とか言ってきやがってさぁ」
「やめ、……ヒッ、あ゙ぁ…」

顎を引っ掴まれて土で汚れた顔を舐めるように見られる。

「このきれーな顔で誘ったのかよ。全員男前だし高級取りっぽいし?この顔が足開いて誘ったらたんまり金くれたんじゃ……」
「あの人たちはテメェらみたいなんじゃねえよ‼」

その言葉に一瞬で頭の血管が切れ、顎を掴んだ手に噛み付いてなにか武器はと探し背後に先程押し付けられた鉄を見つけ、あるたけの力を全て込めて男の方に振り下ろした。僕のことだったらまだマシだ。でも、彼等を悪く言うんだったらそれだけは許せないと思った。肩に直撃したそれを見た男の仲間に引き倒され首を絞められる。背中の傷が布地と草に擦れて痛いけど必死に首に回った手の甲を引っ掻いた。離せ、離せと潰れた声で呻くように言っていると、1メートル先に自分のスマホが光っているのが分かり、しかもちょっと傾いていたせいでその表示がよく見えた。


ーーCalling  山口カズヤ


あと一押し、と馬乗りになっている男に金的を食らわせ、首の拘束が緩んだ瞬間に煌々と光る端末に向けて叫んだ。

「───カズヤぁ‼‼」

喉が焼き切れそうなほどの声で呼ぶ。そうしたら、さっき刻印で肩を殴った男が起き上がって僕に殴りかかろうとしたので腕をなんとか持ち上げてせめてものガードをする。すれば、不思議にも男の体が後方にひっくり返った。へ?と思う間もなく両肩を掴んで引き起こされ、ふらつく体を預けられた先には焦った表情をするゼロ。

「おいカズヤ!やりすぎんなよ!」

後ろから鈍い音が断続的に聞こえてくるので振り返ろうとするとそれを制される。

「小太郎、アレは見ない方がいい」

若干青くなったゼロの顔に、背後でカズヤがどんな力で殴りかかってんだと思うが、正直体がだるすぎて体をゼロに支えられてしまっていてその様子を見ることは出来なかった。ゼロにもう十分だろと言われるまでそれを続け、気が済むとカズヤは「戻るよ」と言って僕を背負いマンションに向かったのがぼんやりと分かった。

朦朧としていたこともあって帰ったばかりの時は状況がよくわかっていなくて、みんなが傷の処置をテキパキと進めてくれていることはなんとなく分かりふと気づいたら塗り薬を塗り終わった額にガーゼを当てられたところだった。

「小太郎?他に痛いとこないか?」
「……ごめん、集合時間、だいぶ遅れたわ」

ちょっと茶化してそう言えば表情が強ばっていたカズヤが破顔して力が抜けたようで。
そんな彼に手を伸ばそうとしたら焼けた背の皮が突っ張って刺されるような痛みを感じ「ダメ!見ないで」って往生際悪く抵抗していたら、薄い布地から傷が見えたのか体液が染みていたのかわかたないが周りで息を飲むような気配がしてミツルが先程帰らせたらしい専属医を呼んでいるのが聞こえた。

「……なんか、高校の時の知り合いに会って、逃げようとはしたんだけど物陰に連れ込まれちゃってさ、そのまま……。抵抗はしたんだけど」
「ごめんな。やっぱり迎えに行けばよかった」

カズヤはそう言いながら額のガーゼに引っ掛かった前髪を退ける。

「それは違う」
「ん、そうかもね。でもこれからは何がなんでも一緒に帰るぞ」
「……わかった」

よしよしと、小さい子にするみたいに頭を撫でられると耳の裏から首をマッサージをするように通って肩に大きな手が乗せられ、深い色をした瞳がしかと合わせられた。

「背中、見せてもらっていい?」

どんなあとがついているか自分でも分からないから正直不安だったが、何があっても大丈夫だと言い聞かせてゆっくり慎重に服を脱いだ。

〜〜〜

「取り敢えず、薬を処方しますからそれを塗ること。抗生物質も忘れずに飲んでください。傷が深いので、もし完全に治したい場合は手術が必要になるかと思いますので」

背に塗られる薬による痛みをカズヤの肩にしがみつきながら耐えて、終わった頃にはヘロヘロだった。これからの処置の説明はカズヤ達に任せ自分は逞しい胸板に遠慮なく全体重を預けている。どうやら加害者の一人は巷を騒がせている容疑者だったようで、その証拠に自分の背に刻まれた烙印は今までの被害者と全く同じもので明日警察に聴取を受けることになった。僕以外の標的は全員殺害されていたと言うからみんなに感謝するほかない。

「ありがとう、助けてくれて。ねえ、なんで僕の居場所がすぐに分かったの?」
「こっちに来る途中にカズヤと電話してたろ?」

ゼロがブランケットを僕の剥き出しの肩にかけながら続ける。切ったと思ったカズヤとの電話は実はお互い切らないまま放置され、僕の叫びが突然電話口から放たれたことで異変に気付いたという。
ツイてないし運がない。
自分をそう思っていたけれど、やっと神様はこっちにも幸運を分けてくれているように感じた。

あと追加で運を使えるなら、約束のアウトドアのある一週間後までに粗方の傷が治ればいいな、と不思議なほど穏やかにそう思った。














見事に晴れた夏の終わり、秋の初め。
僕達はみんなで再来月に開かれるというレジャースポットに足を運んでいた。ミツルが提案してくれたようで、貸切状態ではしゃぎ回っている。

「小太郎、かかってるぞ」
「あ、マジか。やった!これで全員分だな!」
「うん。一回戻ろっか」

ゼロと虹鱒釣りをしながらのんびり話すのも楽しくて、全員分釣る時間があっという間に感じる。
コテージの方に戻ると、BBQのいい匂いが嗅覚を刺激して、トングで肉を裏返しながらカズヤが手招くのが見えた。魚を入れた箱をゼロが掲げるとノリのいい歓声が上がる。僕は頼まれた野菜を切りながら横目で虹鱒の下処理を手際よく進めるゼロの手つきを見ていた。何か自分に出来ることないかな、と考えて、切り終わったのをカズヤとセイギに渡しながら調味料の用意を進めるミツルの肩をつつく。

「ねえミツル、テーブルのお皿とか準備したいんだけどどこにある?」
「コテージに全部入れてあるよ。じゃ、小太郎くんに任せよっかな!」
「楽しみにしててよ〜」
「してる〜!」

  昔はこういう仕事を引き受けることも多かったし、セッティングは自分がほとんどやっていたから慣れている。それに留学の時だって目立たない分こういう仕事ばかりを引き受けていたから自信があるのだ。
パスされた鍵で中に入ると、色々使えそうなものがズラリと並んでいる。その中からいくつかをとって、投票からみんなで選んだ多角形のテーブルに向かうと、ウッドデッキを思わせるその色味につい記憶が呼び起こされた。
自分の会社の、最後の依頼。
全てをぶち壊したSNSのコメントに、周りを怯えさせた自分の拳。
首を振ってそれを打ち消して、みんながいる方を向いたらカズヤと目が合ってにこりと微笑まれる。それに笑い返したらさっきまで浮かんでいたモヤモヤは消えていた。
気を取り直し、花柄だけれど男子会にも向くシックなデザインで長方形のテーブルクロスを配置し、奥から取ってきた大きめのパラソルをテーブルの中心に差し込む(これは重かったのでセイギが手伝ってくれた)。そして色合いを気にしながら造花を選んで花瓶に入れる。もちろん風対策の重りも忘れずに。皿の大きさを相談してから選んでそれらを並べ、フォークなどの食器類のために柄ありと無地のナプキンを重ね合わせて組み合わせを決める。色違いのものを細く割いて折り曲げリボン状に加工して、ナイフとフォークに蝶々結びをする。ワイングラスを取り出し、投票で決めたスッキリとした味わいのフルーツサイダーを氷につけた。これぐらいは先に置いておこうと全員分のサラダを配置したところで、それぞれ出来上がった料理を手にしたみんながやって来た。そして、総じて目を丸くして驚いた。

「……小太郎、これ全部お前が……?」
「パラソルは手伝ってもらったけどね。気に入ってくれた?」

すごいすごいと予想以上に喜んでくれて、思い切りニヤつく。うへへ、って変な風に笑っちゃったあと、「でしょ!」ってドヤ顔をかましたらカズヤとセイギとユウキにわしわし髪を撫でられ、ぐっしゃぐしゃじゃんって文句を言ったらみんなが笑った。

「コタちゃん、料理並べたらここ写真撮って公式のインスタにあげていい?」
「いいよ!」
「ありがとう〜!めっちゃ映えるよ!いい宣伝だ」

作ってもらったクリームソーダのストローに口を付けながら、こんなに楽しい時間ってあるんだなって思った。久しぶりっていうか、初めてかもしれない。食べた後みんなで写真も撮った。最初より若干ちらかったテーブルもそれが楽しんだ痕跡みたいに見えて愛しく思えた。


お腹が満たされてデザートのフルーツをつまみながら、楽しい雰囲気が弾けた写真たちをスクロールしていると。

「みんな、この集合写真のどれかを投稿したいんだけどさ、写っちゃ困るとかどれがいいとかある?」

僕の昔のことを聞いているのか、ミツルの目は僕のことを気にかけているように見える。他のみんなはそれに気づいていながら写りが悪いとか意見を言っていて、その立ち振る舞いでみんなの優しさが何となくわかった。

「大丈夫だよ」

やっぱりみんな知ってるんだ。ちらりと向けられる視線はそれぞれ僕のことを心配しているみたいで。

「ほんとだよ。だって、もう僕のこと、みんなに知られちゃってるし。でも、変な批判コメきちゃったらごめん」
「コタちゃん、そんなんきてもうちの会社大きいからそんなのには構う暇ないよ。それにこんなに可愛い子がいたら注目されるだろうしね!」

僕がそれに返す前にカズヤがミツルに「かわいいって言い過ぎだろ」って釘をさして、それで皆に思いっきりからかわれた。
敷地内にある川の方に行ったらいい歳した男達で水を掛け合ったりもしたし、楽しすぎてうるっときたのには水が目に入ったからって言い訳したほど幸せで。ミツルが送ってくれた写真にはきゃっきゃしてはしゃぐ成人男性七人がおかしくて河川敷で座り込みながらまた笑った。

こんなふうに心の底からはしゃいで遊ぶなんて初めてに経験だった。本当に、本当に楽しくて、日が落ちるのがあっという間に感じた。







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「カズヤ、お風呂上がったよ」
窓の外を眺めながら待っていると、血色が良くなってほかほかとした空気をしょった小太郎が奥から顔を覗かせた。
パタパタとスリッパを鳴らして寄ってきた彼をちょっと強引目に引き寄せ抱きしめる。おわっと色気の無い声を出しながら腕の中に収まる彼をひょいと抱き上げ大きな寝室の大きなベッドまで運び、かわいい旋毛に口付ける。
「びっくりするわ!」
「ごめんごめん、可愛くつい」
ごろんと寝床に横になりながらまた抱きしめる。布越しに背の傷を摩ったらそこはほとんど治っていた。

ここは特別にミツルが貸し出してくれたスイートのコテージ。ゆっくりしていってねと言われた通り、俺達はそれに甘え久しぶりの逢瀬を楽しむことにしていた。

「カズヤ」
「ん、どした?」
「そろそろ……いい?」

ようやっと二人でゆっくり出来るんだ。せっかくだし、十分に満喫しよう。













「あ、んぅ……」
「もっと力抜いていいよ」
「ひゃッ…あッ、んん」

これだけ一緒にいるのに体を重ねたのはほんの数回程度。必要以上に怖がらせることもないだろうと思ってそこまで数をこなしていなかった。でも、この山々のなかで二人きりの中誘われたら断る手はないし、濡れた目で見上げられて堕落しない奴はいないだろう。

「だめぇ……そこ、んぁッう、あん」

唇で腹の色素沈着をなぞったら痺れたように感じ入る。もうそこは普通に触っても触られた感覚すら感じないはずなのに、滑らかな肌の中で目立つその一部分はすっかり俺のためだけの性感帯になっていた。
薄い唇の奥の狭い口内を喰らうように絡めて掻き回し、それに彼が応えようと必死になっている間に下の蕾を解していく。胸をトントン叩いて苦しいと伝えてくるので珍しく俺はそれを許し口を話すと、薄桃のそれはすっかり熟れて、飲み込みきれないどちらのとも分からぬ涎が口の周りを光らせる。彼がはしたないそれらを拭おうと顔を横に向けたので丸見えになった赤い耳に目を向けた。

「ふぇっ!?…やっ、みみ、やぁあ」

耳輪にやわやわと歯を立てて凹凸に舌を這わせ口付け水音を聞かせる。中に響かせるようにしたら泣きそうな声で喘ぐ。耳がいいから、そこで酷く感じてしまう。触ってもいないのに彼のそこは勃ちあがっていた。

「耳だけでこんなんなってるよ。わかる?」
「え……? あっ、や、だめっ…さわっちゃ」
「でも気持ちよさそうだよ」
「きもちぃ、けど」
「ん?けど、なに?」

潤んだ瞳が一瞬そらされる。

「……いい、」
「何が?」
ちょっとしらばっくれるとムッとして睨まれ、
「もう、挿れていいから……‼ …ん、あああッ─」

その言葉に頷き、ゆっくりと小さな身体に杭を押し込んだ。緩んだそこは痛みをあまり感じないようで早い段階で恍惚の表情を浮かべる彼に安心して首筋に吸い付き、そこから顔中にキスの雨を降らせる。
律動に喘ぎ艶のある声で鳴き、片手は顔を隠しもう片方は枕元に置いた俺の手を握る。

「顔見せてくんないんの?」
「恥、ずい、し……」
「じゃあキスできないけど」

そう誘導すれば真っ赤で、潤みすぎて睫毛まで濡れた瞳と出会う。ふふ、と笑って目元の雫を吸い取り赤く腫れた唇にも口付けた。


































「───綺麗、だ。」

目覚めて一言。
仰向けに寝ながら俺の方に顔を向けて寝る恋人を見て勝手に口が動いた。
涼しいな、風がある。窓を閉めていないのか。金糸がサラサラ揺れる。長い睫毛に引っかかって、このまま起きたら痛い痛いと騒ぐだろうと前髪を起こさないように控えめに払う。でも洗いざらしの癖のないそれはマシにはなったもののすぐにほとんど同じ場所に戻った。美容院連れてってやらなきゃな。起きようかと迷いながらも上体を起こそうとすると、俺の腕を掴む手に少し力が入った。それならお言葉に甘えてもう少し微睡んでいようと枕に頭を預け直す。まだふわふわした視界の中の彼まじまじと見つめる。

「綺麗になったよ」

肩からずれたブランケットをかけ直して、頬に落ちた睫毛を払う。

「サテンのリボンで首輪付けられたちびっちゃい子猫を預けられた時の衝撃、お前にわかるか?」

あの時より大分マシになったフェイスラインをなぞると控えめにむずがられる。寝ている間にちょっかいを仕掛けた時の反応は、車椅子の彼が飼う優雅な猫とそっくりだ。

「しかも警戒心MAXときたもんだ、扱いずらいっちゃありゃしない。なのにほっとけないってなんか思わせられるし」

腕に絡む小さな手。身長はそこまで変わらないのにこの差はなんだろうね。小さな爪先にキスをしたら光を反射するほど長い睫毛が震える。
起きたかな、いや、まだぐっすりだ。
つやっとした頬の肌に口付けようとしたその時、腕に絡んでいた手が離れて俺の両頬を包んで半ば強引に引き寄せられた。
至近距離で見えたのは、楽しそうに歪められた大きな瞳。朝日に反射するアンバーの色。

「……起きてたのかよ」
「うん。ぶっちゃけカズヤが起きる前から」
「えぇ……マジか」
「ふふ、いきなり綺麗だーなんて言われたからびっくりしちゃって」

目尻がふわりと緩む。
先程触れ合った俺の唇を細い指がなぞって、また両頬を包んでふにふにと弾力を体感している。

「ホント、そう思ったからさ」
「そんな見つめられて言われたら照れるんですけどー?」
「いいよ、照れても。コタの照れ顔好きだし」
「僕もあんたのそういう調子乗ったふうな顔、嫌いじゃない」

小太郎の表情はいつも以上に上機嫌に見えて、いい夢でも見たのかと聞いたらはにかんで頷く。
目を閉じて思い返すように夢で俺に会ったと言った。それも、高校時代の。

「僕がヘトヘトになって座り込んでるとこに声掛けてくれたよ。初めてあった日は絆創膏くれた。次の日は、ちょっとかなりボコられた後でさ、そしたらカフェに連れてって手当してくれた上にクリームソーダ奢ってくれた。その店がね、初めてデートしたあのオシャレなところだったんだ。レコードはビートルズで、あの日カズヤが買った曲が流れてた。覚えてる? 多分僕、あの時にカズヤを……や、なんでもない」

と、目線を咄嗟に逸らした。それに口元が緩みながら、彼を抱き込んで起き上がり一緒にキッチンに向かう。小太郎は昨日作ったぶんのサンドイッチを温め、俺はココアとコーヒーを作りコテージのアメニティで置いてあった茶菓子を机に並べた。

「ねえ、カズヤ。僕達が高校の時会ってたら、良かったのにって思ったりしない?」

パンのくずをナプキンで拭いながら静かに問われる。ココアの波立つ水面を見つめている。クッキーを運びかけた腕を一旦止め、小さな口に食べかけのそれを押し込んだ。同じものをつまんで咀嚼しながら思案し、手をテーブルの上に置いてから口を開く。

「確かに、もしそうだとしたら嫌な思い出の一つや二つは味あわずにすんだのかもしれないけど」

押し込まれたクッキーをココアで流し込みながら様子を伺われているのがわかる。

「俺は、今がいい。これがいいや。だって絶対その時の俺より自分の方が小太郎のこと好きな自信あるし……何より、」


────今、幸せだもん。


小さな喉を鳴らして菓子を飲み込んだ彼ははにかみながら「ありがとう」と、睫毛を伏せた。照れくさくなりコーヒーを煽ろうとすると思いのほか熱く慌てて口を離す。


「ふふふ、カズヤなんで泣いてんの」

「いや、別に……クッキーの粉が飛んだだけ」

「そんなことってあるんだ」

「うるせぇ」

「……そんなにしあわせ?」

「うん」

「僕もだよ。今度、二人で教会に行こうよ。僕の祖父母にカズヤを紹介したいんだ。お墓参り、付き合ってくれる?」

「あ、ああ!勿論‼…とびっきりのお花、用意しないとな」

「そうだね」、と言って小太郎は鼻をすすった。どちらからとなく指を絡ませて強かに握り合う。白いシンプルなデザインの寝間着は初めて彼を見た時のことを思い出させた。
俺が命じられた一番最初のミッションは、『小太郎に生きる意志を与えること。幸せを感じられるようにしてあげること』だった。小太郎、俺は後藤峰子からのミッションをクリア出来たかな。
その言葉に弾かれるように顔を上げた小太郎は。

「合格。クリアボーナス大量に出るレベルだよ、ブラザー……ふふっ」

椅子を蹴るようにして抱きつかれる。

「クリア報酬に小太郎と添い遂げる権利を与えてくれますか?」

「もうとっくのとうにそうしてる!!」






ばかみたいに惚気合った今日が付き合って半年の記念日だと気付くのは、その昼過ぎのこと。















朝露が光る森を見に行こうと俺の腕を引いた彼に何かの面影を見た。

前髪を上げて高校の制服を着た小太郎と同じ髪色をした青年。

俺の知っている彼と同じく、澄んだ瞳で無垢にきらきらとした笑顔で笑っていた。













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